「乾杯〜♪」
「うん、乾杯!」
白を基調とした無機質な室内に、グラスを交わす音が響いた。並々と注がれた液体を半分ほど飲み下して、立夏の目の前のサーヴァント──長尾景虎は、流麗な銀髪を揺らし、満足気に頷いた。
「やっぱりお酒は最高ですね! おっと、大事なつまみを忘れてました」
「……あんまり舐めるとお腹壊すよ?」
景虎が猫のように舌を出し、チロチロと舐めるのは白い粉末。怪しげなものではない、言うまでもなく塩である。マスターの助言にサーヴァントは「もう死んでるのでいいんですぅー! あー、サーヴァント最高!」と高らかに叫んで、残り半分を飲み干した。
「やっぱりお虎さんは酒豪だなあ、いい飲みっぷりだよね」
「あはははは! まあ、好物ですので! そなたのようにちびちびと飲む方が、酒の味を楽しめてよいとも思いますよ!」
「や、でも憧れちゃうよね。俺もそんな風に豪快に飲んでみたいよ! ちょっと勿体なくも感じるけど……」
グラスの酒を飲む。とても飲みやすい日本酒である。口当たりがよく、一口ごとに米の香りが口内に広がり、飲み込むと優しく全身を火照らせていく。立夏に酒の知識はないし、景虎の持ってきたものだから詳細は知らないけれど、まあ間違いなく良い酒である。
「いつも晩酌に付き合ってもらって悪いですね、今宵はマスターのために梅干しを持ってきたのでよろしければどうぞ! 越後製ですよ!」
「いえいえ、酒なんて誰かに誘われないと飲まないし、俺も楽しいよ。いただきます!」
梅干しを摘む。文字通りいい塩梅である。確かにこれは酒が進むなあ、とグラスを煽る。景虎ほど酒が強い訳では無いが、弱い訳でもないので丁度いい。だが今日に限って疲れているのか、少し酒が回るのが早い気がする。強い酩酊感に思わず目を擦る。揺れる視界の中で、景虎の口元が弧を描いた。
「お虎さん? どうかした?」
「ああいえ、幸せなものだにゃーと。こうして好きな人と盃を酌み交わし、同じ時を過ごすというのは」
「お虎さん……」
一升瓶を抱え、二人分のグラスに注いでいく景虎。その様子を眺めながら立夏は声を洩らす。
「え、もしかして今あっさりと告白した?」
「はい? そうですけど」
ごくごく、と何事もなかったかのように酒を飲む。こちらの不安や緊張、胸の高鳴りなんて露知らずと言った様子だ。立香は嘆息する。
「なんで、俺?」
「そりゃあもう、面白い人だからですよ。力はないのに傲慢不遜、その癖志は高く、意思は強く、信念は固い。特異点では滑稽とまで言いましたが、それでこそ人間。故に惹かれたのですよ」
酔いが回ってきたのか、景虎の頬には朱がさしている。しかしその眼差しは真剣で、真っ直ぐと立夏を見つめていた。
「……お虎さん、変わったね」
「そうですか?」
「そうだよ」
安心したように立夏は微笑む。
「前は少し怖かった、というか……なんかズレてる印象があったんだ。悪い人じゃないのはわかってたけどね。でも今は、そのズレの中に一本筋が通ってる感じだ」
「……だとしたらそれは────」
「ん?」
「いえ、にゃんでもにゃいですよー!」
素直にならずに、誤魔化すように景虎も笑った。それを見た立夏は答えを出す。
「お虎さん、俺は────―?」
座っていた椅子が倒れた。机の上の物も軒並みひっくり返って、グラスは手の先で割れた。指先を苛む痛みでようやく、視界が回っていることに気づく。そこまで酔ってんのか、と瞼を擦る。開いた目の先に、微笑む景虎の姿があった。
「ようやく効いてきたみたいですねえ、よかったよかった」
「おとら、さん……?」
「ああ、心配しなくて大丈夫ですよ! 恐らく、体に害があるものではにゃいので!」
不安な前置詞は立夏の耳には届かない。分かったのは、目の前の彼女に自分が何かをされたということだけ。絞り出すように「なぜ……?」と問う。
「言ったじゃないですか。そなたは弱く、哀れな人間です。故に愛おしく、故にいじらしい。それ自体は悪いことじゃありません。
安心してください、と。その一言は、まるで耳元で囁かれたように、甘く脳内に反響した。
「そなたはちゃんと私が守ります。だから、何も気にしなくていいんです」
彼女の手が頬に触れる。その冷たさと、彼女の吐息の温かさで、おかしくなりそうだった。近づいてくるその淀んだ瞳は、翡翠のように見えて──美しいと、そう思った。