五月三日
中学生になって、1ヶ月が経った。
あの日から、僕の週末の居場所はあの館になった。
「あら、いらっしゃい」
「お邪魔します」
「また、背丈が伸びたかしら。会う度に頭が斜め上に傾いてる気がするわ」
「僕も最近、斜め下に傾いてる気がするよ」
彼女は、少し僕を睨んで、すぐにいつものように笑った。
「まぁ、普通は男の子の方が大きくないと困るものね」
「一体何で困っているんだい?」
「本棚で高いところに置いてあるのを取って欲しいの」
「届くかわからないけど、頑張って背伸びしてみるよ」
彼女について行った先は、たくさん本棚があった。
一生読んでも読み切れるか自信がない。
「お父さんは本が好きなの。でも、読むんじゃなくて、集めるのが好きだったのよ」
「なるほど、でもよくこんなに集めたね」
「お母さんも頭を抱えてたわ。さぁ、こっちよ」
彼女は指を上に向けた。
確かに彼女が踏み台を使っても届かなさそうだ。
僕は、そこにあった彼女が上って背伸びしたであろう踏み台に上って彼女の指示通りに、手を動かして、本を何冊か取った。
「竹取物語写本、Alice in wander land」
「かぐや姫、夢の国のアリス、そうよね?」
「そのようだね、竹取物語の方は読めるか心配だ」
「どうして?」
「Alice in wander landは題名だけが英語なだけみたいだ。中身は他の本と変わらなさそうだよ。でも、この竹取物語は写本だ。誰かが自分の文字で書いたものだから、その人の書く文字が汚かったら読めないかもしれない」
「なるほど、よくわかってたわ」
その二冊を持ち出して読むことにした。
ソファに隣り合って座った。
竹取物語写本は読めなかったので、絵本の『かぐや姫』を読んだ。
「………」
「…?」
寝ている。座りながら寝るなんて器用だなと思った。
本を置いてしばらく起こさないように、観察した。
…まて、もしかしたら起きているのでは?
そうだ、座りながら寝ているなんて器用すぎないか。
考えはそこで止まった。
彼女が僕に寄りかかったからだ。
驚いたが、たじろがなかった。
「……貴方は、意地悪ね」
「意味がわからないよ。あと、やっぱり起きていたんだね」
「恋人同士が隣り合うと、今の私たちみたいに体を寄せ合うのよ」
「とても素敵で魅力的だね。でも、君と恋人になった記憶はないよ」
「貴方がそう思っていても、私にとって…んー、友人以上の関係があるのは貴方だけなの」
「学校ではどんな風に過ごしているだい?」
「できるだけ、人と関わらないように過ごしているわ」
「どうして?」
「貴方が連れて行ってくれたお祭りの騒がしさが好きだからよ」
「それは答えになる?」
「あの特別な騒がしさを特別なままにしたいの」
「なるほど、君は本当に変わっているね」
「…そうかしら」
会話が途切れて、二人は互いの呼吸を聞いていた。
「髪が伸びたね。とても綺麗だ」
「ありがとう、貴方は短い方が好き?」
「長い方が好きだけど、君のは切ってしまった方が良いと思う」
「…どうして?」
二人はささやくように会話した。
僕にとって、心地よかった。
「人間味がないんだ。綺麗すぎて」
「なるほどね」
また、会話が途切れる。
「………」
「………」
「……ん」
「どうしたの?」
「発動するわ」
彼女が“入れ替わる”
「…ここは?」
「2015年5月です」
「どうしたのよ、なんで敬語なの?」
仕方ないだろう。だって君は、いや、なぜ君は、
入院患者の服を着ているんだ。
「…貴方は?」
「2028年7月よ」
「なんで、その服を着ているんですか」
「倒れてしまったの、お祭りのときに」
「それで?貴方は『今』より痩せているように見えます。どうしてですか?」
「…だからあの時貴方はよそよそしかったのね。いいわ、答えてあげる」
その一言を残して、彼女は“戻った”。
帰ってきた彼女はすぐに寄りかかり直した。
「どうしたの…?」
「……悲しいんだよ」
とても、悲しい。
“入れ替わ”ったということは、彼女も、知ってしまったはずだ。
「ねぇ、今回、私が知る限り、一番先の未来を見たわ」
「……言わないで、欲しかったな」
2028年まであと13年。
カウントダウンが始まる。
「おかしいわね、以前貴方は私に、人はいつか死ぬんだと、言ってなぐさめようとしてくれたのに」
「君はとても無意識に、真実を伝えているんだ」
「そうかしら…?例えば?」
「…君は、なぐさめようと、って言っている」
「………ごめんなさい」
「…それは、僕の台詞だ。君に意地悪して、傷つけた。ごめんなさい」
彼女は何も言わないでくれた。
本当に寝てしまったように、静かに、ただひたすら静かに。
まるで………。
「泣きたいなら、泣くべきよ」
「…ありがとう」
「やっぱり、髪を伸ばしてくれないかな」
「どうして?」
「綺麗だからだよ」
「…わかってたわ。じゃあ、私からもお願い」
「何かな?」
彼女は、僕の顔に手を伸ばし、首に腕を回し、彼女自身の顔を僕の顔にこすり合わせる。
僕は、彼女の体に腕を回し、寄せる。
「私の恋人になってください」
これにうなずけば、あの未来にさらに近づくことになってしまう。
それは、嫌だ。
とても、嫌だ。
彼女に、あの未来が来て欲しくない。
なら、僕が言うべき言葉は、わかりきっている。
「わかったよ。僕は君の、恋人になる」
彼女は、微笑んで、目を閉じて。
だから僕も、目を閉じて。