インフィニット・ストラトス~もうひとつの翼~   作:勿怪の幸い丸

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第一章 孵化
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 それだけを目的に作られた人工島だと聞いていたから、てっきり桜は拝めないものだと思い込んでいた。

 一切の無駄なく等間隔で整備された桜並木は、校門までの道を文字通り華々しく彩っている。入学式にも出席せずに堂々と遅れて登校する身としては、その歓待に身が竦む思いだ。俺の図体では縮こまらせたところで相手に与える太々しい印象は目に見えて減りはしないのだが。

「世界に名だたる名門校とはいえど、校門は意外と普通の造りだねぇ。中央タワーを見たときはおったまげたけど」

 俺の右前を歩く長身の男子――平田が春の陽気を吸ってそのまま吐いたかのようにゆるやかな口調で言った。答えを求められたわけではなさそうなので、黙って歩みを進め続ける。

「……軍隊の行進じゃないんだから会話しようよ。まるで俺が独り言を呟いているみたいじゃないか」

「……特に意見はない」

 桜並木の優美な佇まいと簡素なコンクリと白塗り鉄骨の校門の取り合わせに、漠然としたノスタルジアを覚えはしても、興味まではそそられない。ましてやそれを言葉にまでする平田に返せるような感想は持ち合わせていなかった。

「わざわざ校門をエキセントリックなデザインにする理由が思いつかねぇな」

 両手を頭の後ろで組んだ、俺より背の低い男子――尖寺も皮肉を交えて返答する。

「あのねぇ、君たちは今からほとんど女子高同然の学校に通うっていう自覚があるのかい?」

「まぁ、一応は」

「……」

「今までは男所帯みたいなものだったから、全会話を事務連絡みたいなトーンで済ませてもよかったかもしれないけど、これからはそうもいかない。女子との会話で大事なのはまずリアクション! 話の中身なんて二の次三の次でいいから、とにかく相槌はハ行を使って深く大きくするんだ」

 俺たちが黙っていると、平田は聞いてもいないのに「はぁ~、ひぃっ、ふ~んそうなんだ~、へぇ~、ほぉほぉ」と手本を実演し始めた。途中、ハ行なのか疑惑のリアクションがあった。

 ツッコミ待ちなのかとも思ったのだが、上手くできる気がしないので、とりあえず何も言わないでおく。

「ほら、リピートアフタミー」

「嫌だ」「嫌に決まってんだろ」

「はぁ……そんなんじゃ本当に青春できないよ」

 平田はオーバーなアクションでため息を吐いてから、ここからでも視認できる学園中央の超高層タワーを指差す。俺は比較的すぐにそちらに視線を向けたが、尖寺はめんどくさそうに緩慢な動きでそちらを見た。

「せっかくの青春、しかも世の男子垂涎のじょしこうぐらし! なんだ。楽しまなくてどうするんだよ」

「俺たちには任務があんだろ。テメェは気を抜き過ぎだ」

「錐、俺はマジレスを求めているわけじゃないんだ。真流、カモン」

「……お前と違って俺はどんな学校にいても青春とやらはできそうにない」

「悲しみが増しただけで普通にマジレスじゃないか……」

 平田は俺に憐れみの眼差しを注ぎつつ、タワーを指していた人差し指を指揮者のように振るった。

「これからの会話は情報の伝達手段ってだけではなくなるんだ。それそのものを楽しむっていう習慣をつけないと。はい、というわけで調整がずれた影響で一切会えなかった春休み期間中のエピを話していこう」

 歩みを再開し、平田の話に耳だけは傾けておく。

「まずは俺から。とは言っても、何か大したことがあったわけではないよ。家族と食卓を囲んだり、友達と会ったりしたくらいだ。もう何年も会っていなかったのに、俺のために歓迎会を開いてくれたよ。あれは嬉しかった」

 平田は続けて、数年ぶりに会った妹の話や、変わらない友人とのやり取りを話していく。平田の春休み中の話は自分には縁遠く、それゆえに興味深かった。一時間後にはそのほとんどを忘れているような内容だが、なるほど、これが特に必要ないコミュニケーションの楽しさというやつか。

 それにしても、普段からコミュニケーション上手な奴だとは思っていたが、今日は特によく喋っている。学校の印象は給食が食べれるところくらいしか残っていない俺には共感できないが、一般的に高校入学は心躍るイベントなのだろう。平田はともかく俺と尖寺は一般的と呼ぶにはいくらか差支えのある人間ではあるから、そういう感性は貴重だ。

「とまぁ、こんなところだね。さっき教えた相槌すら聞こえてこなかったのはちょっと残念だけど、そこは君たちの話を聞けるってことで良しとしよう。じゃあ、真流」

「ビジネスホテルとコンビニを往復してた。あの水色と白のストライプの店の商品はほとんど全種類食べた」

「……それだけ? 春休みは一ヶ月近くあったのに?」

「あぁ、あと、一回だけ焼き肉の食べ放題に行った」

 平田は呆れたように手を顔に当て、尖寺は憚ることなく大口を開けて哄笑している。面白みに欠けると思っていたのだが、笑ってもらえているようで何よりだ。

「錐は?」

「野暮用」

 尖寺はぼそりと一言だけ告げた。それ以上答える気はないらしく、口を閉じて桜並木の方へと顔を逸らした。平田も追及する様子は見せない。

 ふつりと会話がなくなると、ちょうど校門に着いた。脇の詰め所にいる守衛が一瞥をくれたが、呼び止めはしないらしい。向こうではこの手のガードマンは絶対に男性だったのだが、ここでは女性だった。これもらしさといえば、らしさなのだろう

 示し合わせたわけでもなく、三人とも鉄柵を引くための溝の手前で足を止める。後ろから吹きつける風が、桜の花弁を学園の敷地内へと運んでいく。尖寺がその中へ手を伸ばすと、花びらが一枚だけ不自然な軌道を描いて掌へと収まった。

 また風が吹く。今度は一段と強い。尖寺の緩く握られた手が開き、花びらは一際高く舞い上がった。他の花びらすら巻き込んで、どこまでも高らかに。

「行くか」

 返事に代えて、足を踏み出す。

 東京湾沖に浮かぶ、人工島。その大半を占める、公立IS学園。そこで、俺たちの高校生活が始まろうとしていた。

 

 

 

 受付で伝えられらた所属クラスのドアを開けると、廊下にすら小波のごとく届いていた喧騒が消えた。尖寺の頭越しに見えるクラスメイト達は、先程までの話声が幻聴だったかのように全員が整然と着席している。それが頭だけ、位置によっては目だけでこちらを確認しているから不気味だった。

 先陣を切る尖寺は気負った様子を見せずに入室する。続く平田も落ち着いた笑顔だ。俺も失態だけは晒さないように悠然と敷居をまたいだ。

 教室には三つの席が空いていた。各席に名札のようなものは置かれていない。黒板にA4用紙が一枚貼られている。あれに席順が示してあるのだろうが、教卓まで行くとなると注目を集めてしまう。できればさっさと席についてしまいたい。

 必然的に国際色豊かになるIS学園で席順に五十音を採用しているとは思えない。ならば、おそらく生年月日順に席が当てられているはずだ。長い付き合いになるが、この二人の誕生日には自信がない。しばし入り口付近で立ち止まる。

 しかし、他の二人――少なくとも平田は別だったようだ。迷うことなく最前列の左端の席に向かっている。それを見た尖寺も教室中央より少し後ろの席に座った。俺も残る前から二列目の席に座ろうと移動する。

 当たり前だが、ここはISの学校なので女子しかいない。俺たち三人は異物でしかないので、猜疑と不審の視線が遠慮なくぶつけられる。平田は世の男子垂涎の女子高生活などと評していたが、実際に渦中の人となってみると、夢は夢でしかないことが実感させられた。生来鈍感を自称してきたが、教室内に満ち満ちた様々な香水の臭気は、まるで東洋思想における気が入り混じっているかのように感じた。

 席に着いても両隣からの視線は外れない。絶対に目を合わせないようにしようと、身体全体を硬直させて前を向いたら、俺の前に座った人物も似たような姿勢で固まっていた。

 あぁ、そういえば、この学園にはこの人がいた。異物度でいえば俺たちとは比べるべくもなく、渦中も渦中の台風の目、今全世界の話題の中心にいるであろう、俺たち三人以外の男子がいたのだった。

 男性の希望にして、女性にとっての何か、世界唯一の男性IS操縦者である織斑一夏氏。全国ニュースでスポーツ選手さながらに全身像が公開されていたので、後ろ姿だけでも分かった。平田よりも上背はなさそうだが、すらっとした長身だ。俺とは違って、急きょ作られたIS学園の男子用制服もよく似合っている。

 予想外の人物の入室に対する驚きが騒めきに変化し始めたのと時同じくして、今度は前方のドアが開いた。

 新たな入室者は喧騒を消し飛ばしたまでは俺たちと同じだったが、その後に教室にいる人間に感嘆のため息を起こさせた。一塊の氷から削り出した刀を想わせる美貌と雰囲気は、確かに余人をして感嘆せしめるものだ。平田の平常運転仕様の微笑みを見たところ、受ける感銘は同性であるほど大きいのかもしれない。

 俺にはその美貌は魅力ではなく脅威に映った。

「IS学園へようこそ。担任の織斑千冬だ。これから一年間、ひよっこと呼ぶにもおこがましいお前たちの面倒を見ることになった。生徒諸君においては、様々な意図や夢を持ってこの学園に入学したことだと思う。中には不純かつ薄弱な動機しか持たん者もいるだろう。それを改めろとは言わん。私がお前たちに求めるのは一つだけだ。課せられた規則を守り、与えられた任務をこなせ。それさえできれば後は自由だ。これから一年間、よろしく頼む」

 パチパチと疎らな拍手が鳴る。義務感がそうさせるのではなく、目の前の美女が放つ強烈な威圧感がそうさせるのだろう。俺も一応、義務感七割といったところの拍手を送っておいた。

 挨拶を終えた織斑千冬が一つ咳払いをして、「では、山田先生。よろしくお願いします」と眼鏡の女性(山田先生というらしい)に場所を譲ろうとして、チラッと目の前の男子に目を向けた。織斑一夏だ。

「なんで、千冬姉がいるんだ?」

「……はぁ、馬鹿たれが」

「んべっ!?」

 織斑千冬はため息を吐きながら、ほとんど視認できない速度で、日誌を卓上から取り上げ丸めて織斑一夏の頭を叩き再び卓上に戻した。おそらく最前列に座っている生徒でも、何が起きたか理解できた人間はいなかっただろう。平田を除いて。

「お前は小中学校で最低限の礼儀を学ばなかったのか」

「そんなこと言ったって、千冬姉は千冬姉だ――ごっぺっぱ!?」

 今度の破裂音は二回。しかも、織斑千冬は武装解除せずに丸めたままの日誌で左掌を叩いている。露骨な警告だった。

「……織斑先生」

「よろしい。私もお前のことを身内びいきするつもりはない」

「あ、あの!」

 全く心の温まらない姉弟の会話を打ち切ったのは、ショートカットの女子だ。半立ちになって挙手している。

「質問か?」

「は、はい! お二人はご兄弟なのでしょうか!?」

「そうだが……」

「きゃー!」「やっぱりそうなのね!」「千冬様が担任なだけでも幸運なのに、織斑くんまで同じクラス! しかも二人の絡みが見られるなんて最高よ!」「ヴァルキュリアのプライベートが見られるだなんてもう死んでもいい!!!」「なんか訳分かんない男子が入室してきたときはビックリしたけど、これは学園生活勝ったも同然だね!」「にゃっはー!!!!!」

 織斑千冬の工程から一拍置いて、教室中に爆発的な騒ぎが広まった。何に心を揺さぶられたのか、泣き出す者や抱き合う者までいる。織斑千冬の輝く栄誉は万人の知るところだが、ここまでカリスマ性があるとは。

 当の本人は呆れたのか、頭痛を堪えるような仕種で嘆息していた。面食らっていないところを見るに、毎年の恒例行事なのかもしれない。

「ちょうどいい。喋りたいのなら自己紹介でもしろ」

 追い払うように手を振る織斑千冬。この状態の生徒に司会進行を丸投げしても物事は進まないんじゃないかと思ったが、左端最前列に座っている平田が音をたてないようにして椅子を引き、振り返って教室内を見渡した。

 途端に、織斑姉弟フィーバーは熱を引いていく。今の平田の動作はおそらくクラスメイトを眺める行為ではなく、自分に注目を集めるためのものだったのだろう。

「えー、じゃあ、俺から自己紹介させてもらいます。今日からお世話になります、平田(ひらた) 拓深(たくみ)です。趣味は音楽鑑賞で、特技ってほどじゃないですけど、スポーツは大体なんでもこなせます。みなさん、どうして織斑くん以外の男子がこの学園にいるんだと不思議に思われているかもしれませんが、それは後々お話しできると思います。ですので、どうか仲よくしてくれると嬉しいです。あ、ちなみに一つだけ言っておくと、ISは操縦できません」

 平田は星でも飛び散りそうな明るい語尾の後に、止めとばかりに微笑みを浮かべた。目が合ったのか、俺の隣にいる女子が顔を赤くしている。

「次、お願いできる?」

「ふぁ、ふぁいっ!」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だって」

 飛び上がるようにして起立した女子を、平田がウインク交じり(!)にからかうようにしてフォローする。教室内のそこかしこで暖かい笑い声が上がった。完璧といっていい流れが作られ、自己紹介は和やかな雰囲気で行われていく。

中学時代の部活や、出身国、好きな物やIS学園での目標。実に多彩なその個人を示すためのステータスが本人の口から告げられる。ドギマギして喋れていない女子には、平田が誘い水をかけてトークを引き出していく。あれは本来ならば教師がやらなければならないことなんじゃなかろうか。

 織斑が考え事でもしていたらしくとぼけた自己紹介を終えて、いよいよ俺の番が来た。

(まどか) 真流(しんりゅう)です。一応、そこの平田と尖寺と同じ所属になります。よろしくお願いします」

 織斑に負けず劣らず面白みのない自己紹介には、これまた無味乾燥なリアクションしか返ってこなかった。平田は仕方ないなぁとでも言いたげな表情だ。

 ちょっと喋っただけなのにどっと疲れが押し寄せて来る。こんなに大勢の前で喋る機会なんて今までなかったので変な汗が背中に滲んだ。

 俺と織斑の自己紹介がなかったかのように、次の女子は終始軽快な口調で自己紹介をやり遂げ、平田の作った流れは途切れることなく最後尾の人間にまで届けられた。

 つまり、尖寺の出番が来たということだ。

尖寺(せんじ) (きり)だ」

 名前だけを最も簡潔に告げた自己紹介は、声だけでなく視線も鋭い。今までの和やかなムードをぶった切らんばかりの刺々しさだった。

「……今年は例年にも増して問題児が多そうだ。なるほど、私にお鉢が回ってくるわけだな」

 織斑千冬はかぶりを振るって、生徒たちの注目を自分に集めた。

「始業まで二〇分ほど時間がある。精々、ごっこ遊びにならない程度に仲良くやるといい」

 解散、と掌に日誌が叩きつけられた。それを皮切りに、生徒たちは思い思いの行動を取り始める。隣同士で雑談する者たち。既に複数人のグループを形成している者たち。幾人かは織斑一夏と平田のところに突撃していた。平田は鷹揚に構えていて、織斑一夏も落ち着かないようだがきちんと受け答えしている。対照的に、俺と尖寺の周りには人がいない。

 俺は鞄から固形栄養補給バーを取り出して食べた。織斑一夏が時折こちらをチラチラと見ているが、意図が分らなかったのでバーを食べることに集中した。

 

「あのー、私はどうすればいいんでしょうか……」

 

 

 

「あなた、わたくしを馬鹿にしていらっしゃいますの!?」

 二時間目の休憩時間。自動販売機でジュースを買って教室に戻ってくると、俺の席で金髪のクラスメイトがブチぎれていた。凄まじい音を立てて俺の机に手が叩きつけられている。周囲にいる女子はおっかなびっくりといった様子でその金髪を宥めていた。教室の全員がその絶叫の主に視線を向けていた。

 こちらからでは表情こそ見えないが、声に含まれた怒気といきり立った肩がその内面の炎を十二分に表現してくれている。

 にもかかわらず、その怒りの矛先を向けられているはずの織斑一夏は、めんどくさそうな顔をしていた。

「馬鹿にしてるわけじゃねーよ。ただ知らなかっただけだ」

「ありえませんわ! わたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生にしていまだ数少ない第三世代型IS『ブルー・ティアーズ』の所有者、世界的なIS雑誌『カクテル・ウィンドウ』からも取材を受けたことがありますのよ!」

「あー、なんだ、悪いな」

 織斑一夏の謝罪には一ミリも悪びれた感じなどない。なんか怒ってるみたいだしとりあえず謝っとこうかなーという内心が透けて見える。

「……ふ、ふふふ。そうでしたわね。世界初の男性IS操縦者といえど、所詮は昨日今日ISに触れたばかりの新参者。そのような方にわたくしの肩書きの素晴らしさが理解できるはずもありませんもの」

「うんうん」

 織斑は顎に寄った皺だけで神妙さを表現するように頷いた。オルコットは皮肉を言ったつもりだったのだろうが、全然効いていない。その余裕の態度がオルコットの怒りに油を注ぐ。

「お、織斑くん。もしかして代表候補生も知らないの?」

 見かねた女子が間に入り、織斑一夏に講釈を授ける。国家代表というIS操縦者の花形とその候補生たちというエリートの肩書きについて、イメージ・インタフェースを使用した兵器を搭載する第三世代型ISの性能について、そしてその両方を持つセシリア・オルコットという人物のすごさについて。随分と澱みなくパーソナルなデータまで説明しているが、IS操縦者にとってはそのくらい朝飯前なのだろうか。

「なるほどなー。……でも待てよ。代表候補生って候補ってだけで別に国家代表に内定したわけじゃないんだろ? さっき遅れて挨拶してた山田先生だって候補止まりだって言っていたし。しかも、第三世代型って今聞いた感じだと、最新鋭ってより、試作機の要素が強いんじゃないか? ISは所詮兵器なんだろ。俺が国のトップだったら将来有望な奴にはすぐにでも戦場に立ってもらえるように実用的なISを配備すると思うんだが」

「それはそうかもしれないけど……」

「私が読んだ雑誌にも、第二世代型における突厥(とっけつ)やレッド・パンプキン段階までは至ってないって書かれてたけど……」

 織斑の質問に答えた二人は油の切れた絡繰り人形じみた挙動でセシリアの様子を窺った。セシリアは何も言わずに肩を震わせている。どうやら図星だったらしい。

 それにしても、織斑一夏は今の短い間でそこまで考えを及ばせたらしい。とぼけた受け答えとは裏腹に、意外と頭が回るらしい。ボーっとしている上に中身もポンコツと言われることが多い身としては羨ましい限りだった。

 しかし、織斑一夏の考えには少しだけ間違っているところがあった。オルコットに助け舟を出すわけではないが、間違いは訂正せねばならないだろう。

「織斑くんの意見にも一理ある」

 声など何もかけずにいきなり話に割って入ったので、その場にいた四人がバッと俺の方を向いた。ちょっとたじろぐ。

「ISは確かに兵器だ。開発されてからこっちいくつかの内紛や小競り合いを平定するために国連主導で実戦配備されたこともある。けれど、そのほとんどが局地的な対通常兵器戦における試験運用、本格的にドンパチやった国や企業はいない。複数のISが実際に戦場で相入り乱れる機会は、大国間の戦争でしかありえないと仮定すると、核兵器が変わらず脅威となっている現代においてはそう訪れないはずだ」

 一度、言葉を切る。

「では、何故各国や大企業がIS開発に注力するのか。勿論、核兵器同様に抑止力という面が大きいのも事実だ。しかし、ISには核兵器と違う点が存在する。人死を出さない実に平和な競技的決闘の下で、他のISと雌雄を決することができる。軍事科学力の突端を突き合わせるだけでなく、ぶつけ合わせることができるんだ。あたかも冷戦状況下で東西両陣営が注力したオリンピックやチェスのように」

 四人はポカンと口を開けている。おかしい。何も間違ったことは言っていないはずだ。居心地が悪い。さっさと説明を終えてしまおう。

「つまり、何が言いたいかというと、使用者と共に進化していくその特性と現代国際社会の情勢を踏まえれば、多少悠長に見えてもISの技術的発展と次世代の操縦者育成に力を入れた方がいいという結論にも達する。無論、他国と緊張状態にある国々は実戦配備を強く意識した方針を取っているだろうから、一概にまとめることはできないが」

 一つ咳払いをして説明が終わったことを宣言する。真っ先にフリーズが解けたのはオルコットだった。すかさず口を開く。

「そこ、どいてもらっていいか?」

「え、えぇ、申し訳ありません……」

 すごすごと数歩下がるオルコット。他の三人も衝撃を顔に残したまま自分の席に戻る。騒ぎが収まったのが分かったようで、傍観していたクラスメイトも白けたように席へ着く。そこにタイミングよく織斑千冬がやってきた。

「席に着け、馬鹿ども。始業のチャイムはとっくの昔になって――どうした、えらく大人しいな」

 織斑千冬が不思議なものを見る目で教室を見渡す。

「まぁ、いい。大人しくて困ることはないからな。早速、三時限目の授業に入りたいところだが、その前に決めておかねばならんことがある」

 織斑千冬はそう断った上で、黒板に大きく文字を書きだした。会って数時間しか経っていない俺にもらしいと感じさせる凛々しい筆跡だった。

「クラス代表、耳の早い者は知っている奴もいるだろう。代表戦を始めありとあらゆる学校行事に引っ張り出される、有体に言ってしまえば、鎖の代りに貧相な冠をつけた使いパシリだ。授業の時間を浪費するのは惜しい。一〇分で決めろ。自薦他薦は問わん」

 パシリと評しておいて他薦でも構わないとは、薄々自己紹介のときから感じてはいたが、かなりいい性格をしていらっしゃるようだ。

「はい! 私は拓深くんがいいと思います!」

 SHRでも先陣を切って織斑千冬に質問をしてた女子が、手を挙げながら平田を推薦する。名前呼びとは、もうそれほど仲良くなったのか。

「推薦してもらえるのは嬉しいけど、俺はISを使えないからね。今回は辞退させてもらうよ」

 えーと複数の女子が不満を示す。可愛らしくも「ずるいぞー」とヤジを飛ばす者さえいた。驚愕のコミュニケーション能力だ。

「じゃあ、織斑くん!」

「お、俺か?」

「情けない声を出すな。言っておくが、辞退は許さんぞ」

「なんでだよ!? 平田は辞退してるじゃねーか!」

「教師には敬語を使え」

 スパンと小気味いい音を立てて、織斑一夏の頭髪が乱れる。一笑いが起きて、このままクラス代表は織斑一夏に決定しそうな雰囲気になった。

「納得いきませんわ!」

 椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がったのは、周囲の者からはリアクションが予想されていたオルコットだった。彼女はバンバンと両手で机を平手打ちしつつ半ば叫ぶようにして言葉を吐き出す。どうやら机を精神安定剤か何かだと認識しているらしい。

「どのような理由があって、そんなIS初心者をクラス代表に選出するんですの!!」

「だって男が代表になれるのってうちのクラスだけだし」

「クラス代表戦を戦い抜くのならば、重要なのは物珍しさよりも実力のはずですわ!」

「でも、織斑くんって専用機持ちなんでしょ?」

「あー、なんかそんな感じのことを言われたっけな。まだ持ってねーけど」

 オルコットが虚を突かれたような表情で静止する。

「……専用機が配備されますの?」

「って聞いたけど」

「……ふっ、ふふふ。IS学園に入学せよとの上意を賜ったときは、これから極東の蛮地で暮さねばならないと嘆いておりましたけれど、ここは予想以上に文化的水準が低かったようですわね。まさか男というだけで専用機が与えられるなど、この国の上層部の正気を疑ってしまいますわ」

「はぁ?」

「この国は伝聞通りにおかしいと、そう申しましたの」

「イギリスだって国民全員が馬鹿舌だから、料理がクソ不味いらしいじゃん。あれって本当なのか? 飯が不味い国なんて絶対行きたくないんだけど」

「……ッ!! さ、魚や卵を生で食べる野生動物じみた食文化を持つ蛮族に言われたくありませんわね。全く、IS学園は人工島に作られていると聞いて多少は安心していたのですけれど。何を間違ったか、四人もお猿さんが紛れ込んでいるなんて」

 心底、馬鹿にした表情で順に教室内の男子四人を見回していくオルコット。まずは対峙している一夏、次に平田、俺、最後に尖寺ときて、また一夏に戻る。平田は苦笑いでその一瞥を受けていた。尖寺は廊下側に顔を向けている。俺はといえば、オルコットの罵倒に新鮮味を覚えていた。他の三人とひとまとまりにされたとはいえ、猿呼ばわりされたのは物心ついてからは初めての経験だ。道行く人間から白豚呼ばわりされたことなら何度かあるのだが。

「まぁ、お猿さんに身の程というものを教えて差し上げるのも、人間の仕事ですの。動物の調教は初めてですけれど、そうですわね、ひとまず力関係を分からせるために、決闘でもいたしましょうか」

 オルコットはチラと織斑千冬に視線を向けた。好きにしろと言わんばかりに手が振り返される。

「正式に許可も出たことですし、いかがかしら?」

「いいぞ。ハンデはどうする?」

「あら、先程までの威勢はどこに行ったんですの?」

「? 男と女が戦うんだ。ハンデは必要だろ」

 低い騒めきに包まれ始めていた教室が一瞬だけだが静まり返った。俺も他の全員とほとんど同時にその発言の趣旨を理解する。

「もしかして、織斑くん、セシリアさんにハンデをあげようとしてるの?」

「あぁ」

 再び、一瞬の沈黙を経て、笑い声が教室内に木霊した。

「おっ、織斑くん、それはないよ」

「ぷふっ、セシリアさんは代表候補生だよ? たぶん織斑くんの何倍も強いよ」

「大体、今の世の中、男と女が戦争したら三日かからずに終わるって言われてるんだよ。男だからハンデを付けなきゃいけないって発想は時代遅れ過ぎでしょー」

 確かに、織斑の発言はオルコットの実力を見誤ったものだ。ともすれば、侮辱になりかねないほど、彼我の実力差を測れていない。女子と男子が云々の言説はネット由来の冗談のようなものだが、人口に膾炙する程度には世人の意識を反映したものとして存在している。

 本日一番の笑いが教室を満たした。あまりいい気分はしない。

「ブロンドは頭が弱いって聞いてたけど、マジだったみたいだな」

 三度、静寂。今度の発言主は、教室の右後方で机に両足を乗せ、両手を頭の後ろで組んでいる。野性味を感じさせる声と雰囲気が、一言で教室内の笑いを刈り取った。

「……ここまでステレオタイプな罵倒を受けたのは生れてはじめてですわ」

「お前の方こそ、カスみてーなオリエンタリズム丸出しだぞ。ったく、人が黙って聞いてりゃ、ベラベラきたねぇことばっかり言いやがって。粗悪な油で揚げたフィッュアンドチップスばっかり食ってるせいで、よっぽど舌が肥え太ってるらしいな」

 一息に言い切って、眠たげなあくびを一つ。

「織斑に専用機が与えられるのはちょっと考えれば当然だって分かんだろ。なんせ世界初の男性IS操縦者だ。自衛手段を持っているに越したことはねぇし、なにより今後の技術的発展のためにもデータを取っておきてぇだろ。そいつのISには数値採取用の装置がゴテゴテついてくるぜ」

「……なるほど、ですわ。お猿さんではなくてモルモットでしたのね」

 え、そうなのという表情で織斑が俺を見た。何故俺を見るのだろうか。こっちを向かないでほしい。

 尖寺は傾けた椅子からネックスプリングのような要領で飛び上がると、隣の机の端に飛び移り、そこから一足でオルコットの近くに着地した。

「そして、どうやら、このクラスの奴らはIS乗りのくせして科学系のニュースも見てねぇ奴らばっかりみたいだな。お人形遊びでもしてる気なんか? ママゴト好きな頭の軽いオンナノコが多くて喜ばしい限りだぜ」

 尖寺の痛罵は相手に反感を抱かせる前に、恐れを抱かせる。言葉の内容ではなく、声や表情で威嚇する典型的なチンピラのそれだ。

 オルコットも悲鳴こそあげていないが、目の前で獰猛に笑う野獣に怯んでいる。

「いい機会だ。物を知らねぇテメェらに、俺たちがこの学園に来た目的ってのを教えてやるよ」

 尖寺が教室内を明確な敵意を込めた目で見渡す。

 俺は平田を一瞥した。平田は困ったように首を横に振った。俺も諦めて、尖寺に目を戻す。

 

「俺たちは魔術士。ISを倒すためにこの学園へ来た」

 

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