インフィニット・ストラトス~もうひとつの翼~ 作:勿怪の幸い丸
後半は作戦会議、ちょっと長くて退屈かもしれません。
あ、ISに関してはちょっと独自解釈が入っていますのであしからず。
「はぁ~」
「うるさいぞ、一夏。いつまでも敗北にクヨクヨするな」
「別にいいだろ。マジで悔しいんだからさぁ。つーか、ちょっとくらい慰めてくれてもいいだろ~」
「大和男児が人前で弱みを見せるな。だ、だがどうしても慰めてほし――」
「はいはい分かったよ。俺は真流に慰めてもらうからもういいですぅー」
「――ふんっ」
「あてっ! なんでぶつんだよ!?」
「……二人とも、どうしてここにいるんだ?」
月曜日の一三時、初の対IS模擬戦を控えた俺たち三人の前で、篠ノ乃と織斑が夫婦漫才を繰り広げていた。午前中の模擬戦で、織斑は序盤と中盤、終盤それぞれに見せ場があったのにもかかわらず、何故かオルコットに惜敗するという逆離れ業を見せた。普段から暢気な言動の多い奴だが、今は多少ナーバスになっているようだ。
俺たちの対戦相手はオルコットになったので、織斑が試合準備をしていないのは不思議でもなんでもないのだが、さすがに試合前の控室にいるのはいただけない。こちらにも企業秘密というやつがある。
「な~んだ~よ~、慰めてくれよ~」
両肩に手が置かれ揺さぶられる。しっかりと体重のかかったそれは、鬱陶しいことこの上ない。ここ数日で織斑のパーソナルスペースの狭さは把握したつもりだったが、今日の暑苦しさは一入だった。
「いいじゃないか。作戦会議も終了して、そろそろ激励の一つでも欲しかったところだ」
平田は二人の存在を気にしていないようだった。むしろ歓迎している節すらある。対照的に、尖寺は最初から二人をいないものとして扱っていた。篠ノ乃は別にいてもいなくても一緒なのでどうでもいいが、織斑はどんな意図があるのか俺に執拗に接触してくる傾向がある。少しでいいから距離を置きたい。
「あ~真流と対策したのにな~負けちまったよ~」
「織斑くんは健闘していただろう。先進国の代表候補生相手にあそこまでやり合えたなら、十分に上等な部類だ」
「でもな~」
むしろ精神的なダメージが大きいのはオルコットの方だろう。最適化すら済ませず試合に臨んだ初心者相手に、ほとんど引き分けと評し得る結果にまで持ち込まれたのだ。気位の高い彼女のことだから、この試合をサボって落ち込んでいてもおかしくない。
『模擬戦開始三分前です。模擬戦参加者は隔壁前に移動してください』
「……いつまで遊んでんだ。並べ」
織斑の肩を軽く叩いて、入場口前のスペースへ移動する。金属製のブーツが床とぶつかって、ガシャガシャと音を鳴らした。
「……魔法使いか。見たところ、私が想像していたそれとは程遠いな。まるで軍の特殊部隊のような風体だ」
「それは固定観念っつーんだよ。あの篠ノ乃束の妹を自称するなら、ちっとは言動に気を遣え。あと、魔法使いじゃなくて魔術士だ」
俺たちを睨むようにして観察する篠ノ乃の言葉に、首だけで振り返った尖寺が抑えた早口で答える。篠ノ乃が瞳の険を更に深くした。こいつら、特に平田は喧嘩腰じゃなければ離せないのだろうか。
篠ノ乃は軍の特殊部隊と評したが、俺も初めてこの装備を見たときは似たような感想を抱いたものだ。全身が黒で統一されており、初見では不気味な印象を与える。首から下をすっぽりと覆う全身被膜型感応スーツ《人帯》にはエネルギー供給用のラインとアタッチメント用のジョイントがついている。超能力に対応した機関を内蔵したブーツ《黒兎飛》は、ファッション性を極限までそぎ落とした安全靴のようだ。
頭蓋には中心の空洞ばかりがデカいドーナツのようなヘッドギア。そこから伸びた二本のケーブルが後背上部のネックホールダー(マフラー)を通してMANと接続されている。
「で、どうかな? 俺たちの戦闘用スーツは」
「……ISよりよっぽどスーツって感じだよな」
「まぁね。俺としてはもうちょっと遊び心があってもいいと思うけど……あたっ」
不用意な発言をした平田の脇腹を、尖寺が肘で突いた。二人は着ているスーツこそ同じだが、装備が別だ。
尖寺の背には一本の幅広な両刃剣が背負われている。両刃とはいっても、中心の接合部を境にして、左右の刃は一目で性質を異にすると分かるくらいに外観が違っている。鈍色に光る黒色の刃は、MANによって生成される魔力をISのシールドエネルギーに対して有効な波動に変換して纏う。切断性能はなく、通常兵器に対してはほとんど無力だ。逆側の刃は一転して派手な緋色だ。こちらは単分子振動ブレード。鋼鉄くらいならば豆腐のごとく撫ぜ切りにできる。黒い方よりも長いため、左右で長さが違っている。機能美とは程遠いフォルムをしている。名は《龍牙虎爪》。通称はガソウ。刃渡りだけで尖寺の身長とあまり変わらない長さを誇るので、尖寺は斜め掛けに背負われている。
この主兵装を皮切りに、いくつかの近接格闘武装を搭載したのが一型装備乙種。近接戦闘に特化したセットだ。
「別に感想を聞くぐらい構わないだろう? 非関係者にお披露目するのはなんだかんだで初めての機会なんだから」
「んなことやってる暇はねぇよ。各自、装備の最終点検。終わり次第、緑を打ってアタッチメントの動作確認をしろ」
「了解」
「りょーかい。あ、二人とも。後で感想は聞かせてね」
遅れてゲート前に来た平田はおそらく篠ノ乃用の爽やかスマイルを振りまいた。めげない奴だ。
平田の装備はブレード二本とアサルトライフルが一丁。ブレードはガソウを片手持ち用に改良したものだ。単分子振動ブレード《
ちなみに、俺は平田と同じアサルトライフルにバズーカ砲の《山鯨》、二つ折りにされた大盾の《牛面》を装備している。防御特化の二型装備だ。
装備の状態を確かめて、右の腰に取りつけられた小型のポーチから液体の入ったアンプルを取り出す。MANを活性化させるための薬品だ。職員は略称であるMANAを使っているが、俺たちは三種類ある薬液の色で呼ぶ。アンプルの先端は機械性の注入器になっており、これをマフラーにセットすると自動でMANに薬液を送り込んでくれる。マフラーなしでも装着はできるが、安全性の観点からアンブルは防護される方が望ましい。
薬液が注入されて、視界が数秒緑色に染まる。色彩が元に戻ると、通常時では有り得ない量の情報が展開されていく。MAN活性率や損傷状況、使用できるアタッチメントや
《戦闘補助システム《ケモノ-Naturalizer》が起動しました。ようこそ、登録番号002―円 真流様》
《スタンバイモードから機動モードへ移行します》
《処理中です……バイタル正常、MAN活性率五〇パーセントで安定、スーツ内蔵アタッチメントの正常な稼働を確認しました》
活性化した脳が視界に表示されるAR情報が正常であることを瞬時に把握する。
《三次元機動装備《黒兎飛》を起動します》
脚部機構が起動したのを確認して、右足を大股で歩くように大きく上げる。膝蹴りをするような角度まで上がったところで右足を下ろそうとすると、まるでそこに見えぬ段差があるかのような抵抗が生じた。ブーツに仕込まれた魔術が発動し、空間に固定された気体塊が発生しているのだ。
空気塊を踏みしめるようにして、グッと大腿に力を入れる。
普通、俺のようなお肉ダルマでなくともこの高さの段差を手も使わずに昇るのは難しい。だが、俺たちが来ているスーツ型装備の《人帯》は外筋の役割を果たし、身体能力を強化する。身体の動きに感応したスーツが、締緩と硬軟化を繰り返して筋力を補強し、空中に立ち上がることを可能にした。空中にし直立した俺の目線は、通常時より一メートル弱も高い。空気塊の維持も正常に行える。
「すげー」
「うむ……」
背中に織斑と篠ノ乃の感嘆を聞きつつ、空気塊を消して、《牛面》《山鯨》《T.Bn.A》の動作を確認する。それらが滞りなく完了したところで、頭の中にくぐもった声が響いた。
《こちら尖寺、心経回路の接続を確認する。聴こえているなら応答しろ。なお、本模擬戦闘ではコードネームを用いないものとする》
《こちら拓深、聴こえてます。どうぞー》
《こちら円、聴こえている》
テレパスを応用した通信機能も問題なく機能しているようだ。
確認が終了したので接続を切ろうとすると、舌の上に刺さるような酸味が広がった。
《おい》
《あっはっは、ごめんごめん》
《ったく、言語通信以外は遮断しとけ》
平田が謝って、口元に銀紙を当てた。どうやらガムでも食べていたらしい。俺は食物の味にこだわらない方だが、あまり積極的に食べたくはない強烈な味だった。
『模擬戦開始一分前、正面ハッチを開きます。選手は入場後……アリーナの競技スペース中央に整列してください』
ゆっくりとハッチが開いて、薄暗いピット内に自然光が差し込んできた。尖寺が先陣を切って歩み出し、俺と平田がそれに続く。午前中の模擬戦とは違い、観客席には人影一つ見られない。平田が不平を言いつつも、教師と交渉して締め出しを実行した結果だ。
正面を見ると、ナノマシンと《人帯》の機能によって強化された視力が、反対側のピットから入場してくるオルコットを捉えた。織斑との模擬戦で破壊された装備は換装してあるようで、目立った損傷はない。アリーナ中央まで飛ぶ姿にも異常は見られなかった。
俺たちもピットの縁からそこに見えない階段があるかのように、競技場に向かって降りていく。下は見ずに、漠然と前方を見る。オルコットが軽く瞠目したのが分かった。
着地して一〇メートルほど歩いたところで、前方の尖寺が足を止めた。俺と平田もそれに倣う。
「お高いところから失礼いたしますわ。それとも、降りた方がよろしくって?」
「態々有利なポジションを捨てようとしてどうすんだよ。午前中のあの体たらくじゃそんな余裕は見せられねぇはずだぜ」
「……そうですわね。ではこのままで」
尖寺が微かに眉根を寄せた。俺も改めてオルコットの表情に注目する。
「ふーん……なんか、雰囲気が変わってるね」
俺と同じ感想を抱いたようで、平田が小声でそう言った。いや、平田の顔は少しだけ険しくなっていた。がしかし、二秒後には心なしか普段よりも嬉しそうな微笑みを浮かべる。忙しい奴だ。
ISのハイパーセンサーにかかれば、声をいくら潜めたところで無意味だろうと思ったが、オルコットからのリアクションがない。受け答えはできているが、どことなく心ここにあらずといった様子だった。
「念のためにお尋ねしますけれど、貴方たちは本当にブルー・ティアーズのレーザー兵器に耐えられますの? いくら防弾防刃仕様の衣類を着込んだところで、ISの前ではただの布きれでしてよ」
「平田」
「オッケー」
尖寺が短く呼びかけると、平田は躊躇なくアサルトライフルを横に構えて、右隣に立っている俺へとぶっ放した。反射的にビクッと体が震える。隣を見れば、正確に俺の頭を狙って発射された弾丸が、球状に俺を覆う薄紫色のシールドに阻まれている。銃弾一発ならば怪我などしないのだが、突然のことだったので過剰にリアクションを取ってしまった。
尖寺はそんな俺の反応を胡乱気に一瞥して、オルコットの方に再度顔を向ける。
「この通り、テメェに心配されなくとも対策はしてある。ISで言うところの絶対防御に似た機構も備えてっから遠慮や手加減はいらねぇ。つっても、始めりゃすぐにそんなものをくれてやる余裕はねぇってことに気づくだろうがな」
「あら、それはそれは。心が躍ってしまいますわ」
尖寺の挑発にオルコットの発していた脱力した雰囲気が霧散していく。どうやらあちらも戦闘態勢に入ったようだ
『みなさん、準備はいいですか?』
競技場内に設置されたスピーカーから山田先生の声が発せられる。尖寺は耳に装着したインカムに、オルコットはISの通信機能を使って返答する。
モニター室と同期不可というのはあらゆる点で不便があり、今のようにインカムなどをつけなければならないだけでなく、ISのようにステータスを数値化して送信することができないので、俺たちは敗北を自己申告するしかない。さもなければ、物理的に首が飛ぶか土手っ腹を吹き飛ばされるまで戦い続けなければならなくなる。
『それでは、模擬戦闘開始のカウントダウンを始めます』
オルコットが主要武装である《スターライトmkⅡ》を横出しに展開した後、ゆったりと下段に構えた。
一瞬遅れて、尖寺が背の大剣に手をかける。平田は膝を曲げて腰を落とし、アサルトライフルを構える。最後に、俺も二つ折りになった大盾を展開しつつ正面に回した。
『戦闘開始五秒前、四、三、二、一。始め!』
けたたましいサイレンが鳴り響いて、試合開始を告げる。
IS学園に来て、最初の戦闘が始まった。
遡ること二時間前。場所は第七実験倉庫。俺たち三人は二時間後に迫ったオルコット戦の対策会議を開いていた。俺の指示棒が指す移動型モニターにはいくつかの画像と映像が映し出されている。全て青い機械装甲を纏ったセシリア・オルコットのものだ。
「――以上が博士から送られてきたレポート、学園のデータベースで閲覧した入学試験及び先刻の模擬戦から得たデータを総合した、ブルー・ティアーズのスペックだ」
数値や理論でブルー・ティアーズのスペックを説明し終えて、俺はモニターを切り替えた。
「そして、ここからはセシリア・オルコットが運用した場合の想定スペック、加えて俺の推測による彼女の戦闘中の行動傾向を説明していく。あくまで推測の域を出ないから、作戦行動に反映するかは合議で決めたいと思う。それを踏まえた上で聞いてくれ」
「御託や言い訳はいらねぇよ。さっさと始めろ」
俺の前置きを遮る尖寺には教室にいるときの弛緩した空気が一切感じられない。目は休みなく手元のスクロール型タブレットの上を走っている。
俺はタブレットを前方へ軽く振った。その振動を感知して、データが二人の持つタブレットへ転送されて、画面から立体ホログラムが出現する。尖寺が短く体を震わせて、俺を睨んだ。平田はそれを見て朗らかに笑った。
狙って悪戯をしたわけでもないので、無視して口を開く。
「入学試験の映像と、先刻の模擬戦からコンピュータでオルコットさんの戦闘パターンを分析してみた。それが今転送した立体映像だ」
画面が床と平行になるようモニターを回転させ、立体ホログラフィを展開する。こちらは動画として再生できるタイプだ。
「ブルー・ティアーズには四基のBT兵器が搭載されていて、オルコットさんはその全てをイメージ・インターフェース(以下、i2)による思考操作で操っている。これは現在のBT兵器技術の上では、トップクラスの成績だ」
「しつもーん」
平田がピッと真っ直ぐに挙手する。
「……どうぞ」
「四基の砲台が空中を飛び回って狙ってくるっていうのが、僕たちみたいな敵対者にとって脅威なのは分かる。でも、それってそんなにすごいことなのか? ISの門外漢からすれば、それくらいできても不思議じゃないっていうのが正直なところなんだけど」
「そうだな……俺もIS用の兵器についてそこまで詳しいわけじゃないんだが。例えば、先日、欧州で開かれたイグニッション・プランの定例会では、八基ものBT兵器を搭載したティアーズが発表されもした。だが、その機体の場合、i2を使用しはするが、AIの補助なしではBT兵器を使用することはできないらしい。操縦者が独りで操作するなら、四基は十二分に驚異的な数字だ」
「ふーん」「……なるほどな」
質問した平田のリアクションは薄かったが、尖寺は得心したように頷いていた。午前中の模擬戦を観て、疑問に思ったことでもあったのだろうか。
「で、ここからが重要なことだ。通常、戦闘にBT兵器を用いた場合、それらの役目は牽制になる。どうしてもエネルギーレーザー型兵器としては火力が出せないんだ。その映像から見て取れるように、二発撃ったらブルー・ティアーズの腰部フィンに格納している。i2の根幹を成すノンマテリアル・エネルギー・バイパスでは、移動分のエネルギーは供給できても、攻撃となると三、四発分が限界らしい。時間をかければ話はまた別だろうが、IS同士の超高速戦闘下においてはそれも難しい」
言葉を切って、ペットボトルを口につける。思えば十五分以上喋りつづけていた。
「実際にオルコットさんのブルー・ティアーズも主力兵装はスターライトmkⅡだ。レーザーの威力や、純粋な砲口からの射程距離もこちらの方が断然高い。例えるなら、BT兵器が猟犬で、オルコットさんが猟師。当てなければならない攻撃は、主砲の方なはずだ。にもかかわらず、オルコットさんはこの定石から外れたBT兵器運用をしている」
流れるがままになっていた映像を巻き戻して、狙った場所で止める。織斑がBT兵器の掃射を喰らい、最後に主砲からきつい一発をもらった場面だ。時間を指定してリピート再生に設定する。
「ここではなんとか成功しているが、普通はBT兵器を格納せずに牽制
「つまり……どういうことなんだい?」
結論が近いことを察してくれたらしく、平田が続きを促した。
「オルコットさんは、BT兵器使用中は意識の集中を要求されるあまり、他の武装を一切使用できない可能性が高い」
「……」
二人が何か言いたげに黙った。その沈黙は当然だ。俺だっていまだに解決していない疑問を抱えている。
「さっきも言ったように、それならばBT兵器の稼働を二基に絞って主砲を使えばいい。俺だってそう思う。シュミレーターにかけてみたが、そっちの方が兵器としても有力だ。だが、データ収集のためにそうするのか、それとも彼女なりの流儀があるのか、ないとは思うが四基同時にしか起動できないのかは分からないが、彼女は四基のBT兵器を同時に使用することに固執しているみたいだ」
以上が俺の推測だ、と話を締めくくった。結論は曖昧にしたが、俺は四基のBT兵器を操るのはオルコットのスタイルによるところが大きいと思っていた。
俺から視線を外した平田は手元の立体映像を眺めている。尖寺もしばらくの間はそうしていたが、やがて物音を立ててタブレットを机上に放った。
「円の推測は概ね正しいと俺も思う」
尖寺にしては珍しいくらいにストレートな同意の言葉だった。
「つっても、俺はISにもその兵器にも詳しくねぇ。今の今までオルコットの奴は舐めプしてるもんだと思ってたぐらいだ」
尖寺は言葉を切ると、頭の後ろで手を組んだ。
「それにだって根拠がねぇわけではねぇんだ。オルコットは戦闘において明確に相手をいたぶる傾向がある。猟師云々の比ゆで言うなら、あいつは鼠をいたぶる猫だ。罠をかけたとしてもそれは確実に仕留めるためのものではなく、意表を突かれた相手の反応を楽しむためのものでしかない。一種の加虐趣味だと判定してもいいかもしれねぇな。その上、かなりの派手好きだ」
ひゅーと平田が口笛を吹いた。
「ンだよ」
「なんでもないさ。我が隊の隊長兼参謀がよく分かっていらっしゃるようで喜ばしかっただけだ」
「あン?」
「絡まないで続けなよ、大将」
「ちっ……俺が考察するなら、オルコットがロスや不利を承知で四基のビットを運用する理由はあいつのプライドがそうさせている以外にはねぇな」
そう言って、尖寺は含み笑いを続けている平田の脛を蹴った。平田は大袈裟に痛がって床に転がる。
「そういう前提を作ると、オルコットの面白ぇ
尖寺がこちらに手を差し出した。意図が分からなかったので、俺はとりあえずポケットからカロリーバーを取り出して渡す。
「ちげぇよ。そのタブレットを貸せ」
「なんだ、こっちか」
「つーか、昼飯食ってんだろ。なんでんなもん持ってんだ」
ぶつくさ言いながら、尖寺がタブレットを二、三度指先で叩く。ホログラフィのオルコットがリピート再生の呪縛から解き放たれて、今度はものすごいスピードで早送りされていく。織斑の虚像も投影された。コマ送りが止まる。試合開始から二〇分が経過したあたりだ。
「織斑がこの直後に一つ目のBT兵器を撃墜する。ここまで一方的に攻撃し続けていたオルコットだが、これ以降は至近での追尾性ミサイル発射までピットを立て続けに失うことになる。おそらく織斑はこの数手前の時点で、オルコットが決定打を自分の背後からしか撃たないことに気づいた」
尖寺がタブレットをこちらに差し出す。俺はそれを受け取って、他の場面の映像を確認した。確かに織斑がダメージを受ける攻撃は、そのほとんどが織斑の後方に陣取ったBT兵器から放たれていた。
「意識の死角か」
「熟練したIS操縦者でもなくせねぇらしいじゃねぇか。完全な素人の織斑には有効だろ」
「……おいおい、二人だけで納得してないで俺にも共有してくれよ」
いまだに床に寝転んでいた平田が立ち上がって体の埃を払う。尖寺は細めた目でそれを見て溜息を吐いた。
尖寺にその気はないようなので、俺から説明する。
「ISに搭載されているハイパーセンサーは、三六〇℃全方位の視覚情報取得を可能にする。ゆえに、理論上、ISには死角が存在しない。が、操縦者が人間である以上、相当な訓練を積んでも常に全方位の視覚情報を把握し続けるのは難しい。そういう、見えてはいても意識ができない視界をIS界隈では『
織斑はその意識の死角を突かれ、一方的といっていい蹂躙を受けたわけだ。なるほど、尖寺が組み立てたサディスティックなオルコット像に合致する戦い方だ。
しかし、続く場面で織斑はBT兵器を連続して撃墜している。改めて詳細に観察してみれば、その数手前から織斑が対応しようとしている兆候が見て取れる。映像で傍目から見れば、かなり分かりやすい挙動だった。対峙していると気付かないものだろうか。
その疑問には尖寺が回答を用意していた。
「オルコットが自らのスタイルにプライドを持って戦っているとすれば、その戦術にも奴なりの拘りがあると推測できる。織斑が対応していることにも気づかないほどに、もしくは気づいていても戦術を変更しないくらいにな。この場合は相手の意識外から痛烈な一撃を浴びせるっつー戦法なわけだが、これには奴の加虐性が表れている。と同時に、その依存とも捉えられる徹底ぶりには奴自身の苦手意識が反映されていると、俺は推測した」
尖寺がまたタブレットを強奪する。今度は試合前半部分、織斑がISに初乗りした興奮のままに、滅茶苦茶な縦方向の高速機動でオルコットの背後を取ったときの映像だ。織斑が動きだした瞬間BT兵器のうち二基が前に出て織斑を迎え撃っており、残りの二基はオルコットの傍で待機している。オルコットは無謀と評するしかない織斑の吶喊と機動に驚いたようだったが、最後には速攻で振り返って待機させていたBT兵器で対応していた。
「ここだ。気づいたか?」
「……何かあったのか」
俺の目には特異な現象があったようには見えなかった。
「俺は分かったよ」
「お前には分かるだろうな」
「まぁね」
平田が少しだけ得意げに口角を上げる。今度は俺が置いていかれる番だった。もう一度、リピート再生中のホログラフィを注視する。
分からない。
「別にクイズやってるわけじゃねぇから続けるぞ。ここで、オルコットは身体全体を織斑の方に向けて応戦してる。この場面なら、BT兵器だけを背後に飛ばして対応させた方が早ぇはずだ」
「つまり……」
「あぁ。意識の死角に悩まされているのはオルコットの野郎も同じってわけだ。おそらくだが、奴は自分の背後でBT兵器を操ることを不得手としている。オルコットの戦法はその苦手意識の裏返しでもあるってわけだ。通常のハイパーセンサーの感知よりもずっと意識というリソースを割かなきゃならねぇんだろ、BT兵器っつーのは」
「なるほど」
得心がいった。注意して見てみれば、あの振り返るという挙動は不自然だった。
「後はこれに加えて、IS共通の弱点ってものを含めれば、作戦は絞られてくるだろ」
「……錐、今日は本当によく喋るね」
「お前らが無知だからな」
「そう言われるとぐうの音もないな。で、IS共通の弱点っていうのは?」
「単純なこったよ。よっぽど国から手厚く育てられている奴なら話は別だが、IS乗りってのは基本的に対IS対単機の競技を想定した訓練しかやってねぇ。まぁ、軍事予算の許す範囲で現代兵器を制圧するくらいの訓練はやってるだろうが」
何が言いたいのか分からなかったので、平田と同様に続く説明を待つ。
「つまりだな、ISが一対一の決闘形式試合で使われるスポーツ用品でしかない以上、あいつらは同等のスペックを持つ対多数と戦ったことなんてねぇはずなんだよ」
「……なるほどな。確かにそれはそうだ」
兵器に関してはこの二人よりも知識があるつもりだったが、やはり戦闘や戦術が絡んでくると尖寺には勝てなかった。俺たち魔術士がISと同等のスペックを持つとの評価には言いたいこともあるが、とりあえずここでは俺が思いつく限り最良の戦術を挙げておく。
「ここまで議論しておいてなんだが、BT兵器の機動力と牽制力が問題なら、俺の念動力でどうにかなる。BT兵器にはシールドバリアーがないようだし、虎切で撃墜できるだろう」
「あの念動力は対象自体に機動力や推進力が備わってたら途端に制御が難しくなんだろ。お前が縦横無尽に動き回るBT兵器を補足して抑え続けられるってんなら、作戦に組み込んでやるよ」
「……一個づつ、二秒くらいなら」
「その止めた一個が俺たちの狙いだって筒抜けになるだろ。よしんば最初の一個を撃破できたとしても、俺たちがBT兵器を止めることができると相手に知らせてしまえば、奴も破壊されないようにBT兵器の戦術的運用を対魔術士用に再考するはずだぜ。あいつは頑なだが馬鹿じゃねぇ」
オルコットを褒めるような言葉に俺が目を丸くすると、尖寺は言ってから気付いたようで機嫌が悪そうに口を曲げた。
「……大体、今日の模擬戦はIS相手に俺たちの兵器がどれだけ通じるかのテストでもあるんだ。姑息な攻略法で勝っても意味がねぇんだよ」
尖寺の言う通りだった。俺はこの試合で達成せねばならない目標をすっかり失念していた。
「だとすると、作戦の基本方針は一極集中や縦列陣形を組むよりも、可能な限り多方面から攻めて、背後を取る感じか?」
「概ねはそれでいい。使える装備は?」
「午前中も説明した通り、一型装備の甲種と丙種、後は二型装備くらいだ。A型装備は届いているが、調整が間に合わなかった」
「乙種は間に合わなかったのか?」
「上の方で揉めたそうで、そもそも対ISスナイパーライフルが届いていない。一番の射撃武器がないのは痛手だな」
「そうでもねぇよ。あれはこの手の狭い競技場じゃ本領を発揮できねぇ。初手必殺が可能だが、それこそ一撃を外せばおじゃんもいいとこだ」
尖寺が瞑目して考え込む。尖寺に考えがないのなら、俺に案出できるはずもない。乙型主兵装の評価に関しては一言モノ申したかったが、黙っておいた。
手持無沙汰だったので、無意味に使用可能な兵装がリストアップされた画面をスクロールしてみる。画面は三人の《牛面》装備時の発揮値で止まった。
「二型装備で基点を作るっていうのはどうだ?」
「……ありだな。一人が二型で防御と嫌がらせに徹して、残り二人が機動力で攪乱、誰かが背後を取れりゃあ御の字だ。ま、機動力の兼ね合いもあっから、正面からの攻撃も視野に入れる必要はあるかもな」
「どっちも丙種でいいか?」
「それだと決定打に欠ける。片方は甲種の方がいい。ブースターの出力を挙げりゃあ、接近のチャンスぐらいはあるだろ」
「了解。平田、ブースターの出力を調整するから準備してくれ。……平田?」
平田の方に目を向けると、彼は自分のケータイを弄っていた。途中から作戦会議にも入ってこなかったな、そういえば。
「あぁ、ごめんごめん。話は聞いてるから安心してくれ」
「……どうかしたのか?」
「……うん、二人ともそれぞれ彼女に対する調査と推測をやってきたみたいだから、俺もちょっと発表しておこうかなと思ってね」
平田はそう言って、水平に戻した正面モニターに向けてタブレットを振った。一際大きく画面に映し出されたのは、城と形容してもいいくらいの豪邸、そして赤い盾を背景に弓矢が描かれた紋章だった。他にも英字新聞の切り抜きや、見たことがないISの試験映像が画面上に出力されている。あれは確か、ほとんど退役しているイギリスの第二世代型初発機『ラウンドテーブル』だ。
「なんだこれ?」
「セシリアさんち」
セシリア山地――いやオルコットの実家という意味か。豪邸のビジュアルが人家という言葉の語感から離れすぎていて、一瞬変換が正しく行われなかった。
「彼女がイギリスのお貴族様だっていうのは周知の事実だけど、それだけじゃないみたいなんだ。ISっていうのは今や全世界の女子の憧れの的だけど、そういう雰囲気が醸成されてきたのはここ数年のこと。基本的に保守層が多い貴族の間では、今でもいい目を向けられていないっていうのが現状だ。セシリアさんが代表候補生養成課程に入った数年前ならばそういう人種に対する風当たりはもっと強かっただろうね」
「あいつが蓮っ葉っつーだけだろ」
「あっはっは、まぁ彼女が強い女性だってことは否定しないよ」
心底どうでもよさ気な尖寺は平田の方を見もせず、既に自分のコネクタに調整用のコードを繋ごうとしていた。
「彼女と仲のいい錐には悪いと思ったけど、セシリアさんに色々と聞いてみたんだ。メールとか電話、ちょっと外に出かけたりしてね」
「あぁ? 何言ってんだボケ」
日本には喧嘩するほど仲がいいなる諺があるが、全然その気配すらないような人間に言っても激情を誘うだけだろう。俺から見ても尖寺とオルコットにそのような絆があるとは思えない。
そんなことよりも、俺は平田が教室であれだけ男子を糾弾していたオルコットと連絡先を交換している方に驚いた。こいつは何をしているんだ。
「これはそのときに彼女自身の口から聞いたことだけど。彼女ね、両親を亡くしてるらしいんだ。未熟な身だが今は自分が当主だとも言っていたかな。逆に、それ以上は何も言ってもらえなかった」
ピタリと尖寺の手が止まった。俺も豪邸の窓の数をカウントする作業を止めて、首だけを平田へと向けた。
「彼女はまったく気にしてない風に話してた。俺は悪趣味だと思ったけど、研究所に調査を依頼した。そしたら、出るわ出るわ。彼女は莫大な遺産を相続した子どもが直面するであろう、ありとあらゆる人間の汚さを見た、そう想像するに難くない結果が送られてきたよ。関係者から話を聞けたらしくて、当時の生々しい状況がレポート用紙換算で二〇枚に渡って書き綴られてるやつが」
平田が一度タブレットをはじくと、画面に出ていた画像や動画が消えた。
第七実験倉庫内に静寂が下りる。
「二人はセシリアさんのプライドの高さや加虐性、自らのスタイルに対するこだわりが、あのBT兵器に対する依存として表れていると言ったね。俺もそれには同意するよ。けど俺は少しだけ違う解釈をする。彼女にとってブルー・ティアーズとその要であるBT兵器は、絶望的な状況で縋りつくしかなかった側杖であり、遺されたものを守るために使いこなさなければならない盾なんだ。彼女の精神面において、その存在は限りなく大きい」
その分析に対して、俺は感想も評価もなんらの向ける言葉を持っていない。自然と視線は尖寺の方へスライドした。
「……だからなんだよ。そのあいつの背景とやらが俺たちに関係あんのか? 大体、お前が今言ったことは俺たちの作戦行動に敵の心理的な面から確実性を与えこそすれ、なんらかの改善や変更を強いるものじゃねぇ。弱い者が縋るべき強い力を得たとき、その有効性を実感するために必要以上にそれを頼みにして、誰も彼にも力を振りかざすなんざ、珍しくもなんともねぇだろ」
尖寺が眼光鋭く平田を睨みつける。平田は涼しくもしっかりとした瞳でそれを受けていた。
数秒間、そんな体勢が続いただろうか。先に折れたのは平田だった。
「そっか。そうだな、うん、錐の言う通りだ。悪かった、余計なことを言ったよ。あぁ、役割分担のことだけど、もしものことがあるかもしれないから、俺は前衛じゃなくて中衛に回してほしい」
「……了解した。尖寺、お前が前衛ということで調整を進めていいか?」
「あぁ」
有効と思われる攻略法が見つかり、作戦の方針も決定した。順風満帆と言っていい船出だ。しかし、結果とは裏腹に、作戦会議は奇妙なしこりを残して終了したのだった。
次回、戦闘回です。
明日には投稿できるかな。