インフィニット・ストラトス~もうひとつの翼~   作:勿怪の幸い丸

5 / 7
戦闘回です。
後半は三人称のセッシー視点。



5

 会議で挙げられたオルコットの弱点を基に、俺たちが建てた作戦は非常にシンプルなものだ。

 まずオルコットの有効視界中(非IS装着時のオルコットの視界に同様と仮定)において、それぞれが同一平面上に存在しない形――理想的なのは空間を斜めに分断する三角形――でポジショニングする。続いて、オルコットの使用している兵装に合わせて、攻撃対象を選択する。俺たちにとって幸いなのは事前情報によって、BT兵器とIS本体のどちらかを意識すればいいと判明していることだ。これを利用しない手はない。

 具体的な作戦はこうだ。オルコットも三人を相手取る都合上、織斑と試合したとき以上にBT兵器を多用せざるを得ないと予想される。俺たちのシールドではまともに貰えば、十発以内に一次戦線離脱が必要なレベルのダメージになる。

 基点となるのは大盾を装備した俺で、他の二人が機動力を活かしてオルコットと殴り合う手筈となっている。俺の仕事は自分へと注意を引きつけて、オフェンス二人が標的となるのを避けることだ。ネックは後部ブースターしか搭載していない《人帯》で、これは基本的に正面方向への推進力を生む噴射しかできない。そのため、ISと比べると圧倒的に機動力とその柔軟性の点で劣る。単機対単機を想定したシミュレーションでは、第三世代型相手ではまともに攻撃を当てるのは至難の業という結果が出た。

 試合が始まって一〇分が経った。ここまでは事前の作戦通りに来ている。アリーナの中央線と俺たちが出てきたピットの間に陣取った俺はアサルトライフルで牽制射撃を行い地道ながらダメージを与え、平田がBT兵器のうち二基を引き受け、尖寺がオルコットになんとかまとわりついている。

 相手の武器に対応した標的の効率化は奏功しており、BT兵器こそ破壊できていないものの順調にシールドエネルギーを削れている。がしかし、やはり高い機動力を誇るIS相手に背後を取るというのは容易ではない。フェイントレベルではどうにかできているが、背面への攻撃となると一度も成功していなかった。それでも、防御特化の二型装備を身に纏った俺に集中させることで、試合は概ねこちらが優勢だった。想定していたよりも試合は長く続かないかもしれない。

「はぁっ! どうした!? 英国の代表候補生ってのはその程度か!」

「そちらこそ! 息が上がっているのではなくってっ?」

 平田をBT兵器で遠くへ誘導した後、オルコットは主砲で尖寺を迎え撃つ。俺とは違って尖寺は移動が上手い。この距離では俺と平田は射撃補助システムのアシストを受けても援護することはできない。

 不可視の壁に挟まれたかのごとく、尖寺は左右の空中を蹴り上げて上昇する。MANA残量が少ないのだろう。シールドではなくガソウでエネルギー弾をはじき、ブースターを吹かしてオルコットに肉薄せんと迫る。が、いかんせん距離があり過ぎた。オルコットは余裕を持てスライドするように後退、下方から突っ込んでくる尖寺を躱し、距離を取りつつ主砲を撃った。尖寺も躱されることを予想していたようで、ガソウを構えたまま身体を丸めて回転しエネルギー弾を弾き飛ばす。

 攻撃は失敗したが、オルコットが尖寺から離れた。そのチャンスを逃さず、ブースターを全開にして接近していた平田と大盾から半身を出した俺がオルコットへ銃口を向けて半エネルギー弾を斉射する。全てがシールドに阻まれているが、無視できる攻撃でもない。オルコットはこちらへ向き直ると、迫り来る平田を無視して、俺にスターライトmkⅡをぶっ放してきた。

 距離があるので油断していた。咄嗟に大盾の内へと身を引く。肩を掠ったエネルギーレーザーが硬質な音と共にシールドを削る。この二型装備は一型装備に比べて、大盾を展開している間はシールドが薄くなるように設定されている。衝撃で肩が脱臼しそうになった。

 戦況を見失わぬように、肩の痛みに耐えて素早くオルコットと他二人を補足する。オルコットは二人から等しく距離を取り、またも二人それぞれにBT兵器を差し向けている。が、尖寺はオルコットの動きを先読みしていたらしい。小回りの利く地上を移動して、BT兵器を一回やり過ごせば攻撃可能な位置に付けている。

《援護しろ。一撃入れる》

《了解》

《言われなくても》

 平田は既に尖寺の行動を補佐するため、なるべく自分にまとわりつく二基のBT兵器を二人から引き離そうとしていた。俺は即座にアサルトライフルを腰に戻し、背から《山鯨》を取る。魔力を練りこめる特殊な弾頭を使用したロケットランチャーだ。

《ロケットランチャー《山鯨》の接続を確認。残弾数、三。高感度モードへ移行します》

 合成音の女声が流れ、右目のARが変化した。標的追尾性能を持つ《山鯨》用の射撃補助システムが起動。視界に《準備完了》のメッセージが表示されたのを確認して、《牛面》から身を乗り出し、尖寺に迫るBT兵器の一基に狙いを定める。ロケットランチャーのセンサーが対象を補足し、ついで視界に固定された照準に合わせるようにして、砲口の向きを微調整する。程なく二つの照準が重なった。

 引き金を引く。普通の人間ならば耐えらない反動が身体を襲った。《人帯》の補助を受けてなんとか砲身を固定し、狙いが大幅に逸れることがないようにする。放たれた砲弾の軌道は尖寺を二重に囲んで旋回しているBT兵器の片割れに一直線だ。妨害がなければ直撃するだろう。

 狙い通り、オルコットはその砲弾に対処した。標的とは別のBT兵器を大回りに移動させて、迫る砲弾を撃ち抜く。守られたBT兵器より高エネルギーのレーザーが射出されたが、尖寺はそれをガソウで打ち払い、オルコット目がけて跳んだ。今、両者の間には一切の障害物はない。もう一発撃つ必要があるかと身構えていたが、尖寺を巻き込む可能性がある以上追撃は意味がない。

 それにしても、オルコットはやはり並の射撃能力ではない。迎え撃つならまだしも、他のBT兵器を操って移動させつつ撃ち落とすとは。

「……撃ち落とす?」

 ぽつりと言語化できない違和感が零れ落ちた。その思考の空白を埋めるようにして焦燥感が胸中を埋め尽くしていく。

「尖寺!」

 衝動的に大声で名を叫びつつ、アサルトライフルに持ちかえる。具体的な指示は思い浮かばなかった。この距離だが当然俺の声は届いているはずだ。無論、だからと言って尖寺はこちらを見るほど敵を舐めていない。四基のBT兵器を放ち、今は逃げることしかできないオルコットを見据えている。そもそも、既に離脱という選択が取れないくらいに接近してしまっている。俺が注意を喚起しようと展開は変わらない。

 俺がアサルトライフルを構えるより早く、両者の間合いはあと一メートルでガソウが届くまでに狭まる。

 そこでオルコットに動きがあった。

 幾度かの光の閃きと衝撃音。それに遅れること数秒、煙幕中より尖寺がガソウを手にしたまま落下し始めた。オルコットがスターライトmkⅡからエネルギー弾を発射し、そのことを全く想定していなかった尖寺に全弾命中させたのだ。

 落下する尖寺のシールドが被弾したと思しき部分から消えていく。見開かれた眼からは緑色の液体が漏れていた。クライアウトだ。あの状態になると追加のMANAを打たない限り、尖寺は残り十数秒で一時的に魔術が使えなくなる。

《平田! その二基を完璧に引きつけておいてくれ!》

《そっちは任せた!》

 平田に指示を送りつつ、大盾を構えて飛び出す。《牛面の遠隔防御代行機能《牛車》を起動します》何故、オルコットがBT兵器を操っているのにもかかわらず他の装備を使用できたのかは疑問だが、今はそのメカニズムよりも実際的な脅威の方が優先だ。《人帯》の補助機能とブースターを全開にして地を蹴る。その間にもオルコットは主砲で尖寺に狙いをつけている。二基のBT兵器はオルコットを護るようにしてその周囲を旋回しており、今のところ攻撃態勢に移る気配はない。

 オルコットが連続して主砲を撃った。尖寺は最小限の動きで大きく横に跳んで躱す。二発目以降の射撃には、俺の《牛車》が間に合った。薄緑色の六角形がいくつも連なり合って密集し、尖寺をエネルギー弾の雨から守護する。

 更に二秒経過。平田以外の三人の位置は互いが互いを意識せざるを得ないほど狭まった。ここまでくれば大盾は必要ない。俺は右手だけで大盾を前方の地面へ投げて突き刺し、その上へ飛び乗って、狙いもそこそこにオルコットへ《山鯨》をぶっ放した。オルコットめがけて飛ぶ弾頭は二基のBT兵器にあえなく撃たれた。が、尖寺にばかり集中していたオルコットの意識のリソースが俺にも割かれることになる。

 その、対象が移り変わる瞬間に生じる、一秒の半分にも満たない意識の空白。それを利用できるものに変えるべく、俺はオルコットへ吶喊するコースに体の向きを変えて、ブースターを吹かした。

 今度こそオルコットの意識は完全にこちらへと移った。《山鯨》を放り出して、アサルトライフルでBT兵器を射撃する。オルコットは少し後退しただけで、当たり前だが撃墜はできない。大したダメージも与えられていないだろう。

 が、狙いが移ればこちらのものだ。俺を迎撃せんとオルコットが構えたのを見て取って、《黒兎飛》を発動。右足の甲側に空塊を作り出し、ブースターの出力はそのままにして、強引に右旋回した。

 正面にはガソウを盾にして身を守る尖寺がいる。

「尖寺!」

「……」

 自らのシールドを左側面に集中させて、尖寺に呼びかける。向けられる視線には険があった。その理由には心当たりがあるのだが、緊急事態ゆえに気にしていられない。

 尖寺がガソウの柄を握っているのを視認して、俺はガソウの刃を掴むようにして着地した。つんのめりそうになるその勢いを利用して、掴んだままのガソウをスイングする。当然、反対側を持っている尖寺はそれに合わせて振り回される。

 ガソウを振り抜く直前、フッと重さが消えた。視界の端には宙を舞う尖寺が見えた。予想外の出来事にオルコットは動揺しているようで、吹っ飛んでいく尖寺に攻撃する様子は見せない。無事にと言っていいのか、尖寺は空中で体勢を微調整して、大盾の内に着地した。

《無茶するなぁ……ととっ》

 平田のぼやきが脳内に直接響くが、相手をしている暇はなかった。尖寺に意識が向かないように、俺がガソウでオルコットを相手取らなければならないのだ。

 アサルトライフルを尖寺の方へと放って、ガソウを握り直す。《《龍牙虎爪》が接続されました。装備者別の一時データをフォーマットしますか?》メッセージを飛ばす。全ての通常手続きをキャンセルして、俺はガソウを起動させた。

 ブンと重低音を発して、ガソウに魔力が供給される。あまりにも雑な離脱方法ゆえに尖寺へ注目していたオルコットも、当面の対戦相手が入れ替わったことに気づいたのだろう。三つの砲口が俺に狙いを定めた。

「あら、次は貴方がお相手してくださるのかしら?」

「悪いな」

「悪いなどと仰ることはありませんわ。貴方の方が、あの山猿さんよりは幾分か紳士的そうですもの」

 向かって左側のBT兵器が腕試しとばかりに火を吹く。俺はそれをシールドではなく、ガソウで弾き飛ばして、ブースターに点火した。オルコットへ直接接近するのではなく、まずは地面すれすれを飛行する。オルコットは無理に迎え撃つことはせずに、俺と同程度の速度で左後方に下がりつつ牽制射撃を行ってきた。

 どうやら平田の相手をしていたBT兵器のエネルギー残量が心許なかったらしい。オルコットは大きく迂回するようにして、アリーナ中央線へと移動している。俺も追随するが、やはり基本的なスペック差は如何ともしがたい。いとも容易くオルコットにBT兵器を全て腰部フィンに収納することを許してしまった。平田も俺も、オルコットの動きについていけていない。戦線に欠員が生じた影響が早々に現れてしまったようだ。

 織斑戦で見せたような手抜きは、今のオルコットにはない。俺と平田を合流させないように、エネルギーの充填が済んだBT兵器を素早く放っている。俺たちを左右に配置するような二方面展開だ。微妙にズレた縦列で、BT兵器がこちらへ飛んでくる。

 事前に立てた作戦が役に立たないと判明した以上、こちらも目的に沿って制限していた行動を解禁しなければならない。

 体内にインストールした原種魔術用のナノマシン群から、念動力を選択。《原種魔術を発動します。LLDにナノマシンを放出中……》両目のARが変化する。理路整然と各種の数値を移していた表やグラフは消え、かろうじて装備の使用ができる程度しか残らない。《イメージ投射終了します……原種魔術『念動力』の発動準備が完了しました》代わりに、視界には念動力の超能力者が見ていたイメージが投影された。

 まるで全ての静物が笑って歌って踊り出しそうな、愉快な世界が眼前に広がっている。これが狂った常人の見る世界ならばそれだけなのだが、超能力者のものである場合には「まるで」では済まない。

 見境なく対象を取らないよう先行するBT兵器に意識を集中して魔力を開放する。外からブレーキをかけられたBT兵器は見えない壁にでもぶつかったかのように空中で止まった。そのBT兵器越しにオルコットの驚愕の表情が見える。が、もう遅い。俺はブースターを全開にして、射角に入らぬよう停止したBT兵器へと迫る。後方のBT兵器が僅かに横に逸れてエネルギーレーザーを撃ってきたが、前方に寄せたシールドで衝撃まで防ぎきった。追撃はない。

 確実に一撃で断ち切るためにガソウを右上段に振りかぶる。隙だらけの構えだ。しかし、オルコットには主砲を構え直す猶予はない。

 とった――。

「させませんわ」

 オルコットのこの呟きを脳が認識したのは、完全に油断していた俺がものすごい衝撃に襲われ、右半身を地面に擦りつけながら吹っ飛ばされている最中だった。次いで、人帯の補助を土を削りつつ受けて立ち上がってようやく、映像と音が高速で処理されて、自分の身に何が起きたのかを理解する。

「……千切られた?」

 俺が空中に縛り付けていたはずのBT兵器が、突如出力を上げて念動力の戒めを破り、残弾でシールドを消し飛ばして、俺の胸に激突したのだ。人帯の防御機構が発動したおかげで胸骨や心臓などの器官は守られたようだが、衝突箇所を中心に鈍痛が広がっている。

「ふふっ、ちょっとした手品でしてよ。驚いていただけたようで何よりですの」

 試合中という興奮があるからだろうか、オルコットの笑みは教室でふりまかれているものよりも艶やかになっている。陶酔していると表現してもいいかもしれない。が、代表候補生としての判断能力は失っておらず、エネルギー量が低下しているBT兵器はきちんと腰部の格納部へと回収している。

 呼吸を落ち着けて痛みを排除しようと試みるも、鼓動はどんどん間隔を狭めている。ガソウを盾のごとく構えた両手と、地面を抉って吹き飛ばされるエネルギーを殺した両足は、今にも衝動に任せて動きだしそうなほどに震えていた。多量のアドレナリン分泌による視野狭窄まで起きている。

 こうして冷静に自己の状態を分析しようとすることでなんとか理性を保っているが、あと一押しがあれば容易に恐慌へと走り出しそうだった。

《五秒後にアサルトライフルで牽制する。円、変われ》

 脳内に少しくぐもったような尖寺の声が響いた。少しだけ頭蓋にこもった熱が引く。

《このままポジションを入れ替えなくても大丈夫なのか?》

《テメエに心配されるほど柔じゃねぇよ》

《だが、さっきの攻撃は――》

《いいから、ぐだぐだ言ってねぇで、変われ》

 これは提案ではなく命令だとばかりに、強く短く区切られた言葉が送られてくる。《あっはっは、まるで離脱した方と援護した方が逆の会話だ》《無駄口叩いてねぇで、テメエはあの空飛ぶ鼠を一基でも撃ち落とせ。俺の失態に対する文句だったら、試合後にいくらでも聞いてやる》《アイアイサ―》直後、俺と睨みあいに陥っていたオルコットを淡い緑色の燐光を纏った銃撃が襲った。このまま拘泥していても仕方ないので、それに合わせて、オルコットを正面に補足したまま後退する。

 オルコットは仰ぎ(・・)注ぐ銃弾を大きく後ろに退くことで払い、単独でBT兵器を相手取っているにもかかわらず大してダメージを受けていない平田を警戒してか、三基を平田のいる方へ差し向けた。

 残る一基と主砲が直線状に存在する俺と尖寺に狙いをつける。が、それよりも俺と尖寺がすれ違う方が早い。邪魔が入る前に再度武装の交代が行われる。一切減速なしの受け渡しだったので少しだけヒヤリとした。

 追撃を警戒しながら、なんとか大盾の内へおさまり《山鯨》を拾い上げる。

《ちょうどいいわ。一気に決めるぞ》

《は?》

 突然の宣言に俺と平田の疑問符が合唱する。

《推測でしかねぇが、オルコットのエネルギー残量はもう底を尽きかけている》

《いやいや、作戦会議での想定の大部分がひっくり返されたんだ。特に作戦の根幹になっていたBT兵器と通常兵器の併用不可っていう想定が間違っていたって分かったんだから、ここは一度退いて――》

《その絡繰りだったらもう解けてる》

《……聞いてもいいか?》

 アサルトライフルの再装備を手早く完了し、平田を取り巻くBT兵器を牽制しつつ、続く尖寺の言葉に集中するためこめかみに指をあてる。

《気づいてねぇのか? あんな警告してたくせに》

《さっきのあれか……》

 BT兵器を狙った《山鯨》の一撃が、他のBT兵器によって防がれたあのシーン。

《あれはどこか違和感があっただけで、何か確信をもって発したわけでは……》

《はぁ……イギリスがBT兵器運用に補助AIを使ってるっつったのはお前だろ》

 尖寺のその言葉で漠然と胸裏に広がっていた違和感が凝縮され、具体的な姿形を帯びる。BT兵器用の補助AIか。そうだ、そういうことか。

 おそらく、イグニッションプランの定例会で発表されたISと同じものが、ブルーティアーズにも搭載されている。i2 も当然使用せねばならないのだろうが、操作のいくらかを補助AIに負担させることで、スターライトmkⅡの使用を可能にしたのだ。そして、その補助AIの完成度はそこまで高くない。例えば、補助AIに操作を任せているBT兵器は、敵からの攻撃を咄嗟に回避することができない。ゆえに、自分が操るBT兵器で援護する必要がある。

 筋は通っている。

《うんっ、真流が納得したみたいだからその推測は正しいんだろうけど、ね!? ちょっとは三基を引き受けている俺のことを援護してくれもいいんじゃないか!》

《もう少し頑張ってくれ。尖寺、エネルギー残量の方の根拠は?》

 申し訳ないが、平田には耐えてもらおう。

《そっちは単純だ。あの傲慢が高飛車を纏って歩いているような女が自分のスタイルを曲げたんだ。勝つためにはそうする必要があると判断するところまで追い詰められたんだろ。最低でも三分の一……いや、五分の一辺りまでは削れてんじゃねぇか?》

《なるほど》

《話し合いは終わったかな! 俺もちょっと言いたいことはあるけど、もう勝負の後でいいから決めちゃってくれ!》

 珍しく慌て口調の平田がBT兵器の相手を諦めてこちらへ接近してきた。オルコットも敵の逃走によって状況がリセットされたと安心したらしく、平田を小突きまわしていたBT兵器を一旦回収した。

 が、エネルギー残量が心許ないという尖寺の予想は的中しているのだろう。再度、焦っているかのように素早くBT兵器を展開する。

《オルコットはAI操作とi2操作のBT兵器を必ずセットで戦わせてやがる。それに加えて、さっき円の念動力をぶっ千切った一基は明らかに機動力が落ちてる。平田の方に向かっている方のペア、その後ろ側で、おそらくそいつはi2操作だ》

《……無視するか?》

《ちょっと真流は俺に対して冷たくないか!? 結構、MANA残量が心許ないんだけど!》

 平田の悲痛な叫びが脳内で木霊する。ざっと振り返ってみるが、確かに平田は一人でBT兵器に対処する場面も多かった。むしろ今までよく持たせている方だと思う。だからもう少しだけ頑張ってくれるはずだ。

《いや、お前らは二人でそっちのBT兵器を確実に沈めろ。おそらくそっちに二人がかりで行くとなれば、オルコットは三基、下手したら全部をそっちに回す可能性が高ぇ》

 そうなれば後は俺が決める、と尖寺は作戦内容を結んだ。主兵装を使用できる相手に単機決戦を挑むというのは負担が重すぎる。そのあまりにも前向きで好戦的、つまり無謀と言っていい作戦に違和感を覚えたが、代替となる有用な作戦を思いつくわけでもない。リーダーは尖寺だ。従うしかない。

 奇襲の方が撃墜できる公算が高いので、動きだすその瞬間まではこちらに向かってきているBT兵器に集中する振りをする。平田もMANA換装は諦めたようだ。こちらに接近する速度を徐々に緩めている。

《五秒後、仕掛ける》

 尖寺が短く切るようにして告げた。

 

 

 

 イギリス代表候補生にして、第三世代型IS――ブルーティアーズの操縦者でもあるセシリア・オルコットは有体に言って、焦っていた。

 彼女自身には対戦相手である三人の自称魔術士を軽んじていた自覚はない。むしろ午前中の辛勝とそこから生まれた熱っぽい靄、更には今試合前半の手間取りの影響で、今現在は焦げ付きかけていたプライドを捨て去って、ブルーティアーズの性能を十二分に発揮できていた。実際、大太刀を振り回していた猿を前線から撤退させることに成功し、交代で前に出た肥満男子を射撃用に変換したエネルギーをBT兵器に推進力として取り込ませるという奇策で撃退することができた。

 しかし、それでも勝ち筋は見出せない。多人数を相手にするのに慣れていなかった前半戦での消耗もさることながら、いくら総合的には劣っていると判断はできても、空中をピンボールやビリヤードの球のごとく跳ね回る機動力には独特な強みがあった。

(なによりの問題は、終わりが全く見えないことですわね)

 魔術士。初めて尖寺の口からその言葉を聞いたときは、何を世迷言をと軽侮の念すら抱いた。しかし、食堂での一件や独自に調べさせた情報から、あながち彼らがただのホラ吹きではない可能性が浮上した。その語感と情報から相手の戦闘スタイルを恐る恐る夢想したこともある。

 がしかし、現実に相対してみれば、そんな行為などまるで意味をなさなかった。移動手段一つとっても予想外の連続であり、なにより勝負ごとにおいて明確でなければならないはずの勝敗条件が曖昧なまま相手の降参宣言に委ねられているのだ。その不透明さが与える心労は余人には計り知れない。

(完全に油断していましたわ。……いえ、これは油断していなかったところで、どうにかなった戦力差なのでしょうか)

 セシリアは下品にならないよう唇を湿らせ、思いっきりよく頬の内側を噛んだ。鋭い疼痛が広がるが、それを絶対に表情には出さないよう努める。戦いの最中であっても淑女たることを忘れない。それが一人で戦うことを選んだ彼女が、己に科したルールだった。

(そうですわ。ここで弱気になっては駄目ですの。己が矜持まで捨て去って勝利に固執したのです。なんとしても、勝たなくては――)

 BT兵器を展開させながら、主砲を構える。相手は合流しきっていない。先程の様子ならば、全員を一時的に戦闘離脱させれば相手は降参せざるを得ないはずだ。エネルギー残量は心許ないが、可能な限り消費を抑えつつ戦えば、勝機はある。状況を完全に膠着した消耗戦にするわけにはいかない。

「っ!」

 大盾を構えた男子――円が跳ぶようにして平田の方へ駆けだした。セシリアにとっては望ましくない行動だ。概算による予測でしかないが、それが正しければ次に燃料切れが起こるのは平田だ。ここで合流されるのは非常にまずい。

(仕方ありませんわ)

 AIに標的の変更を命令し、尖寺の方へと向かっていたBT兵器を自分の方へ戻らせる。三基で狙うは合流せんとする円。やはりあの大盾は機動力を大幅に削ぐらしい。盾が向けられていない方向からの射撃が命中し、その場に円を縫い止めた。援護に入ろうと動きが直線的になった平田にもすかさずi2操作のBT兵器で一撃を見舞う。その間もAIが操作する二基は円を牽制することをやめない。

(……AI補助と聞いてしり込みしておりましたが、なんとかなりそうですわね。むしろ、このAI補助二基にi2操作一基という形は前よりも馴染みますわ)

 今までまともにBT兵器使用時にAIの補助を受けていなかったが、この一戦で自分に合った運用法を確立できそうだった。

 スターライトmkⅡを持った手に力が入る。

 湧き上がった高揚感のままにこちらへと迫る尖寺に向き直る。現段階で脅威の度数は尖寺が一番低い。これは何も教室での小競り合いがセシリアにそう思わせているのではない。今試合における尖寺の立ち回りは、セシリアも評価している。しかし、近接装備しか持たないと予想される相手は単純にこのブルーティアーズと相性が悪いうえに、一度戦線を離脱しなければならない状態まで持っていっている。セシリアの瞳には迫る尖寺が無謀の輩にしか写っていない。

 かと言って、もう油断するセシリアではない。堅実に勝利を得るため、大きく円を描く軌道で後退する。十秒後にBT兵器を回収するための挙動だが、必然的に三基が相手取っている二人の方へ接近する形になる。

 尖寺はこれを読んでいたのか、その間へ割り込むような方向へ地面スレスレを飛ぶ。時折降り注ぐセシリアの牽制射撃もきっちりと紫色のシールドと大太刀で防いでいる。

(小癪なっ!)

 いかんせん目標までの距離が違う。尖寺はかなり正確にセシリアの行動を予測していらしく、BT兵器の帰還ルートへ割り込んでこようとしている。

 オルコットはそれを見て、目標としていた地点よりも手前で急上昇し、狙いもそこそこに主砲を放った。円はここからでは大盾に隠されていたので、漠然と平田を狙ったものだったのだ。案の定、掠ったのみに留まった。その射撃に平田と円がひるんだ隙を狙って、BT兵器へ帰還命令を飛ばす。

 そこに、尖寺が割り込んだ。

 完全に虚を突かれる。これまでの攻防であちらの推進装置は前方にしか力を及ぼせないことは看破していた。それゆえに彼らが垂直方向の急上昇に対応できないであろうとたかをくくっていたのだ。

 緩く迂回するような軌道で飛んでいたBT兵器が、不可視の壁を駆けあがった尖寺に音もなく緋色の刃に両断された。数瞬遅れて主砲を撃ちこむも返す刀で弾き飛ばされる。

「はっ!」

「させませんわ!」

 帰還中だったBT兵器へ指令を送り、向かって左方向へ退避させる。入れ違うように手元に残していたBT兵器を前方へ飛ばす。これ以上、攻撃の手数を減らすわけにはいかない。

「っ!!」

 セシリアは尖寺がBT兵器へ追撃をすると決めつけていた。しかし、尖寺はそちらを追う様子を見せていない。そして、その手には何か菱形の物が握られていた。

 黒光りするそれは爆薬を詰め込んだロケット弾頭だった。

 尖寺がその弾頭をこちら側へ放る。普段のセシリアならば、それがほとんどなんの意味もない行為であるがゆえに、ブラフである疑いを抱いただろう。しかし、予想外の攻撃を繰り出す相手との戦闘で疲弊していたセシリアはそれを反射的に撃ち抜いてしまった。

 弾頭が破壊されて、爆音と多量の煙幕を生み出す。セシリアが自分の判断ミスに気付いたときには、BT兵器と尖寺は鼠色の靄に包まれていた。

(あれは現在唯一攻撃可能なBT兵器、失うわけにはいきませんわ)

 ハイパーセンサーでもBT兵器の位置がつかめないので、最大速度でそのまま上方へ抜け出させる。推進装置に無理をさせた感触があったが、その甲斐あってか撃破されることなく、BT兵器は煙幕の外側に姿を見せた。

(これで――)

 袋の鼠だ、と緊張感に一縷の綻びが生じた瞬間だった。

 煙幕を切り裂くようにして、尖寺が凄まじいスピードでこちらへ吶喊してきた。

「なっ!?」

 いくら目くらましを用いられたとはいえ、彼我の距離はいまだに自分の間合いでしかない。BT兵器は尖寺の後方に置き去りにされてしまったが、十分に援護射撃が有効だ。その学習能力ない突撃には意表を突かれたが、致命打を受けるほどではなかった。

 だから、セシリアはいつもの癖で、自分の誇りでもあるBT兵器を頼み、それを尖寺と煙幕との間に滑り込ませて、斜め上空から撃ち落とそうとした。

 が、その目論見はあえなく阻止された。尖寺によって後方へと放擲された大太刀によって。

 回転する大太刀はまず黒色の刃でエネルギー弾を弾いた後、縦に半回転してBT兵器の中ほどまで食い込んだ。意識を集中させるも、i2で操るときの繋がっている(・・・・・・)間隔がプツリと消えてなくなった。

 余裕だと判断した間合いが、既にあと一手に詰まっている。更に悪いことに、セシリアはBT兵器の操作に集中するときの常で、スターライトmkⅡの銃身を下げてしまっていた。一射すら間に合うか危うい。

(ならば一時退避して――)

 冷静にそう判断したセシリアを、冷たく闘志を宿した瞳が射抜いた。一度手ひどくやられたのにもかかわらず、ほとんど丸腰同然の状態で果敢にもセシリアに挑んでくる。その姿が今日戦ったもう一人の男子のそれと重なった。

 ――迎撃しなければ。

 セシリアはほとんど無意識のうちにそう判断していた。

「い、インターセプター!」

 怯懦に近い何かが喉を震えさせる。

(間に合って――!)

 光の束によって成った剣が迫る敵を討たんと振るわれる。

 だが、馴れない武装を用いた攻撃は鋭さや威力とは無縁のものだった。

「……はっ」

 肘と膝で挟むようにして光剣を受け止めた尖寺は、いつも通り馬鹿にしたような吐息を漏らした。

 それから、左手をセシリアの装甲がない部分に向かってかざす。

 パキパキとプラスチックが割れるような音を立て、黒色の左腕が変形している。急接近の最中には変化が始まっていたのか、右腕と見比べればもうほとんど別物になっていた。

「今のは悪手だったな。こんな中途半端な近接武器に頼らずに、その主砲を撃つべきだった」

 最後にガチリと音を立て、変化が終わる。尖寺の左手はまるで蜂の臀部のごとく、丸く膨らんで端には絞り上げられたかのような棘がついていた。

「お前の性格は最悪だが、射撃の腕はまぁ、悪くねぇ」

 どこまでも不本意そうな、それでいてどこか楽し気な表情でそう告げて、尖寺は左手を更に突き出した。

 

「《喰猫齧歯(ジャイアント・キラー)》」

 

 




戦闘回、いかがでしたでしょうか?
ご要望やもっとこうした方がいいなどのご意見があればぜひ。
……感想が欲しいです(切実)

次回は一章のエピローグ、そして閑話をひとつだけ挟んで二章に突入します。

(追記)
エピローグは8/12の昼頃に投稿します。
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