インフィニット・ストラトス~もうひとつの翼~   作:勿怪の幸い丸

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エピローグ。
いわゆる打ち上げ回。


6

 ピザを口に詰め込んで咀嚼していると、会場中央でまた笑い声が上がった。横目でそこを見れば、織斑がまた何か失言したらしく、篠ノ乃がそれに食いつている。その二人のやり取りは周囲の笑いを誘うものだったようで、平田が「もう夫婦漫才はいいよ」と茶化して、周りがそのツッコミでまた朗らかにリアクションを取った。織斑は不思議そうな表情、対照的に篠ノ乃は頬を染めて今度は平田にくってかかっている。数分前にオルコットと織斑を挟んで何か言い争っていたところをみると、篠ノ乃も篠ノ乃で案外喧嘩っ早い方なのかもしれない。

 クラス代表者決定戦+高飛車と不良のケンカから数日後、多目的ルームを貸し切って、打ち上げが開催されていた。俺たち三人を含めて対戦者は主役だとのことだったので、会場の飾りつけや料理の手配はクラスメイトがやってくれたらしい。これは主に平田の人徳のなせる業だろう。

 立食パーティーというものは初めてではないのだが、やはり自分には合わないなと実感する。壁の華を決め込んでもいいのだが、それは見目麗しく王子を待望する姫の特権だ(と博士が言っていた)。常時のメニューにはないような料理が楽しめるまたとない機会なので、料理の載せられた机から机へ移って豪勢な食事に舌鼓を打っていた。

 ちなみに、尖寺も平田に引っ張られて一応参加していた。が、案の定最初の五分で姿を消した。

「お隣、よろしくて?」

「ん、あぁ。別に」

 ローストビーフをどう切り取るかで悩んでいたら、先程まで篠ノ乃と論戦を繰り広げていたオルコットから声をかけられた。背中の開いたワインレッドのイブニングドレスを身に纏った彼女は、まさしく格式高いパーティーを本領とするお嬢様なのだろうが、今回はあくまでもクラスの打ち上げなので完全に浮いていた。入ってきたとき、そのあまりのハマりっぷりにクラスメイトが硬直していたのを覚えている。

 数日前までは言葉を交わしたこともなかったのに、先日いきなり干戈を突きつけあい負かした相手だ。罵倒はそのプライドが許さずとも、嫌味くらいは浴びせられても不思議ではない。目の前のローストビーフに集中する振りをして、存在感を消すことに努める。

 すると、人ひとり分ほどの間を空けて立っていたオルコットが、そっとその剥き出しになったまっ白な腕をもたげて、俺の手に指をそえるように置いてきた。ほっそりとした指先は俺の体温よりずっと冷たい。

「貸してくださいまし」

「えっ……」

「取り分けて差し上げますわ。一応、慣れておりますので」

「あ、あぁ」

 オルコットは俺から皿を受け取ると、意外なほどにテキパキとローストビーフを切り分けた。返された皿の上には薄くスライスされた肉だけでなく付け合わせの野菜が鮮やかに盛られ、大皿の脇にあったソースがプロもかくやと美しい紋様を描いていた。

 記憶の隅には彼女の家事はしない発言があったのだが、おそらく貴族の子女の手習いというやつだろう。庶民感覚で言えば、趣味としての料理くらいはできるのかもしれない。

「すまん」

「お気になさらず」

 最後に微笑みを添えられた。

 その不気味なほどの態度の豹変を不可思議に思いつつも、ローストビーフを口へと運ぶ。もしや俺に検知できない手法で毒を盛られたのでは。口腔へと投入する0.5秒前にそう気づいたが、オルコットが隣でニコニコと笑っている状態でその動きを中断することはできなかった。

 超常の存在へ祈りながら、ローストビーフを噛みしめる。少し酸味のあるソースと特有の触感のある牛肉の味が唾液に乗ってジワリと舌を濡らす。二度、三度、咀嚼して飲み込んだ。

「……うまい」

「ふふっ、それはそれは」

 微笑みが温かさを示すように深くなる。

 これは単純な親切心なのだろうか。いや、あの酸味はもしやソースではなく、遅効性の――。

「二人とも、楽しんでるねー」

 やはり吐き出そうかと指を喉に突っ込もうとしたところで、風のように爽やかな声が俺たちの方へ吹いた。死の恐怖で気づかなかったが、平田がいつの間にか談笑の輪を抜けてこちらへ来ていたようだ。細いグラス二本を器用に片手で持っている。

「えぇ、もちろん」

「それなりに」

「あはは、それはよかった。俺も企画を手伝った甲斐があったよ」

 そう言って、平田はこちらへ右手を差し出した。俺は二本とも受け取って、オルコットに片方を渡した。内を満たす黄金色の液体はノンアルコールのシャンパンだった。

 初めて飲む味だが悪くない。

「料理に夢中になるのはいいけど、打ち上げの主役が誰とも話さないって、それは駄目だよ。もっとクラスメイトと交流を深めなきゃ」

「……これは代表決定戦の打ち上げだろう」

「屁理屈は結構。俺とセシリアさんばっかり第二試合のことについて聞かれてるんだから、真流も少しは手伝ってくれ」

 ね、セシリアさんと平田がオルコットへ差し水を向ける。

「えぇ、私にとっては負け戦の話になるのですけれど……好奇心の前にはそのようなこと、関係なかったようですわね」

「天下のIS学園に魔術士を名乗る男がいるんだ。気になるのは当然じゃないかな。ま、意図的に情報を制限している俺たちが言うなって話だけど」

「そう思うなら、もっと情報を曝け出してくださいな。隠し事の多い男性は嫌われますわよ?」

「だってさ、真流」

「……俺に振らないでくれ」

 渋面を作ってローストビーフを食む。さっきはオルコットと対面という状況から妙な勘違いをしてしまったが、よく考え直せばここで俺を毒殺する理由がない。ソースの酸味はソースの酸味でしかなかった。

「主役と言えば、わたくしに止めを刺した不躾の塊のようなあの殿方はどこにいらっしゃるのかしら?」

「あー、錐ね。言われてみればいないな。なんか知ってる?」

「……入って五分で出ていった」

「ふっ、やっぱりマナーがなっていませんわね。それとも、あのお猿さんにはパーティーなんて文化的な空間は早かったのでしょうか」

 オルコットは鼻で笑っているが、そこに数日前までの険みたいなものは存在しない。俺でも見て取れるのだから、きっと他の人間からも一目瞭然のはずだ。

「セシリアさん、錐に用があったの?」

「え、えぇ、この国のチェスには感想戦なる習慣が存在すると聞き及んでおりましたので、それをして差し上げようかと。……ほ、本当にそれだけですわ。荒々しさこそありましたが先日の決闘の攻防や戦術には学ぶものあると思った、本当の本当にそれだけですの。大体、一夏さんに比べれば乱暴な挙措が多すぎますわ、あの方は。もう少しマナーや常識というものを学ぶべきだとは思わなくて?」

 俺も平田も何も言っていなかったのだが、オルコットはまるで言い訳するように捲し立てた。日本のチェス、将棋のことを言ってるんだろうか。あと、織斑を名前で呼んでいた。これも心境の変化だろうか。

「錐だったら後少しで帰ってくるんじゃないかな」

「そうか? 部屋で寝てそうだが」

「あっはっは、それはないよ。連れ出すときわざとカードキーを持ってこさせなかったから、今頃締め出しだ。財布も持ってなかったみたいだし、料理だけでも食べに戻ってくるでしょ」

「……なるほどな」

「そ、そうなんですの」

 平田の暴挙にオルコットは少し引いた様子だ。俺も心の中で今後こいつに誘われたときは財布とカードキーだけは必ず確保するようにしようと固く心に誓った。

「そのくらいしないと、あいつはこの手の催し物に参加しないからね」

「俺は料理があれば参加するから、締め出しだけは勘弁してくれ」

「それじゃ俺がいつもひどい奴みたいじゃないか」

「……」

「返事くらいはして欲しいな」

「ふふっ」

 俺は半分くらい本気だったのだが、オルコットの目には俺たちのやり取りは漫才のように映ったようだ。口元に手を当てて、淑やかに噴き出している。平田が満足そうに俺へと流し目を寄越した。思うところは微塵もないので特にリアクションは返さない。

「いえ、お二人のやりとりがおかしくて。申し訳ありませんわ」

「別にいいさ。ISを倒しに来たなんて宣ったけど、いがみ合うよりは笑って話せる方がいいからね」

 平田が微量の毒を含んだ言葉を投げかける。先日まで顔を合わせる度にいがみ合っていた誰かさんたちに向けたものだ。代表候補生なんて頭脳もコミュ力も必要なものをやっているオルコットが、その皮肉に気付かないはずもない。

「……そうですの。そのことについても、改めてお話ししなければなりませんわね」

 オルコットが両手でグラスを持ち、真剣な表情で俺たちに向き直る。平田はあくまでも自然体を維持ているが、俺はどうしていいのか分からず、とりあえず食べようとしていたフライドチキンを咥えたままにした。

「まずは謝罪を。貴方たちのことを知らないのに、侮辱してしまったことを謝らせていただきますわ。彼の粗野な言動を受け入れる気はいまだにないのですけれど、貴方たち二人も一括りにして侮辱したことは完全に私の落ち度ですの」

「……うん。錐の言動に関してはこっちも擁護できないからいいし、何か直接言われたって感じもなかったから、気にしてないよ。な、真流」

「まぁ、そうだな」

「錐や一夏のことだって、どちらかと言えば喧嘩みたいな感じだから。そっちが仲直りできたなら、この件はもういいんじゃないかな」

「……そう仰っていただくと、気が楽になりますわ」

 オルコットはホッと大袈裟なくらいに息をつくと、今度は満面の笑みを浮かべた。

「それはそれとして――拓深さん、真流さん」

「ん?」

「……」

 もう話は終わったものとフライドチキンを貪っていたら、名前を呼ばれた。普段平田以外からは音声として出ない名前なので、咄嗟には反応ができない。平田もオルコットから名前呼びされるとは思ってなかったのか、返事がちょっと硬くなっていた。

「ここからは謝罪ではなくお願いですわ。わたくしと友達に――いえ、強敵(とも)になってくださいませんか?」

 発言の意味が分からず、思わず食べる手が止まってしまった。平田も同様だったのだろうが、そこは平田。一秒もかからずに復帰する。

「あー、ともって、あの漫画とかでよくある強敵と書いてってやつ?」

「ご存知でしたか。そう、まさしくその強敵(とも)ですの」

「あー、なるほどね。うん」

 これまた珍しく歯切れの悪い相槌を打つ平田。俺は突然の告白にどう反応していいか判断がつかなかったので、対応を平田に任せて二本目のフライドチキンに手を伸ばす。

「わたくし、本代表候補生に選ばれるほどの才覚を備えている自負しておりますわ。本国でもわたくし以上にBT兵器をうまく扱える人間はおらず、いつも稼働試験ではトップを維持しておりましたの」

「……」

 平田は黙ってその告白を聞いていた。俺もフライドチキンに伸ばしていた手を引っ込めて、顔だけはオルコットに向ける。

「ご存知かもしれませんが、我が国の第三世代ISはBT兵器を主力としておりますの。そのため、代表候補生選出において最も注目されるのはBT兵器適性なのです。ですから、候補生たちのほとんどはBT兵器を操作する訓練に専念することになりますわ。わたくしも例外ではありません。元々、射撃には自信がありましたから、なんとか専用機を配備されるまでになることができましたの」

 オルコットがグラスをテーブルに置いた。

「来る日も来る日もBT兵器の訓練に明け暮れました。幸いBT兵器には適性があったようで、同期の候補生の中ではトップの成績を維持できましたわ」

 あまり俺には関係のなさそうな話だった。フライドチキンの取っ手を持って食事を再開しようとしたら、平田に無理矢理引っこ抜かれた。俺の取り皿に置かれるフライドチキンと平田の若干怒りの宿った瞳を交互に見ながら、口腔に残存した皮を噛む。

 オルコットは続ける。

「ゆえにと言いましょうか。この学園の入学試験において、教師を下すことができたときは勝利を当然のものとして考えるとともに、心のどこかでは安心していたのですわ。自前の射撃能力と空間把握能力にかまけた訓練しかしてこなかった己に、果たして他者を圧倒する実力はあるのか。そのことがずっと心に引っかかっていましたの。ですから、自分がIS乗りとして他より優れている、そのことがとても嬉しかったのですわ。けれど……」

 オルコットの目が悲しげに伏せられた。

 俺もフライドチキンが手元から離れたことが悲しい。伸ばそうとした手はがっちりと平田に抑えられている。

「先日のあの二試合で、そのプライドは見事に打ち砕かれてしまいました」

 目だけでなく顔も伏せられる。表情が読めない。話している内容が内容だ。このまま泣き出すのではないだろうか。

 平田も難しい顔でオルコットを見ている。もし本当に泣き出しでもしたらこいつに丸投げした方がいい。俺が下手に噛んでも状況を悪化させるだけだろう。

「ですが!」

 バンッと白いクロスのかかった長机が叩かれる。机上の皿が音を立てて揺れた。平田も俺も突然の行動に小さく肩を硬直させた。常に余裕を絶やさない平田にしては珍しいリアクションだ。

「わたくし、目覚めてしまったのですわ! 強敵(とも)と切磋琢磨する素晴らしさに!」

「せ、セシリアさん……?」

「セシリアと呼んで下さいまし!」

「へ? あぁ、うん。じゃあそう呼ばせてもらおうかな。セシリア」

「はい! 拓深さん!」

「……」

 そこからはオルコットの独壇場だった。あの二試合を通じて得た気づきを列挙し、他者と直接戦って切磋琢磨する素晴らしさを熱に浮かされてでもいるかのように捲し立てる。返事をしたのが平田だったせいか、オルコットはあちらに向かって喋っている。相槌を打つのも基本的に平田なので俺は蚊帳の外だった。

 平田の圧も消えたので食事を再開する。

「真流さん!」

「ほごっ!?」

 思い出したかのように急激に接近してきたオルコットが、フライドチキンを持っている俺の手を取って、両手で包むようにして握ってきた。それにつられて引きずり出されそうになるフライドチキンをなんとか噛みしめて止める。

「真流さんもセシリアと呼んで下さって構いませんわ」

「あ、あぁ」

「……」

 その場しのぎで了承の返事をしたのだが、オルコットは胸の前で手を合わせて、何かを待っている。これは俺が名前を呼ぶのを待っていると解釈するべきなのか。正直なところ、勘弁願いたいのだが。

「あ、尖寺」

「錐さん!?」

 タイミングよく尖寺が入室したので、興味の対象が移ることを願って名前を出した。思惑通り、オルコットは絨毯が抉れるのではないかと心配するほどの速度で振り返って、尖寺の方へ早足に歩き去ってしまった。

 今度こそ、安心して食事を再開する。

「錐に助けられたね」

「……」

「何か言おうよ」

「別に……まぁ、助かったが」

「あはは。正直、俺も」

 フライドチキンの骨を弄びながら返答する。平田が机の縁に張り付けられたゴミ袋を指差してくれた。残骸を捨てて、また新しい一本に取りかかる。

 教室の入り口に程近い場所では、だるそうにおにぎりを齧る尖寺にオルコットが懸命に話しかけている。しかし、あくまでも鬱陶しそうな尖寺には談笑する気など更々ないようだった。傍目にも気の毒なほどの一方通行だったのだが、五分も経つと、オルコットからのボディランゲージ(肩をはたく、耳を引っ張る等々)が増え始める。肉体的な接触があると尖寺も無視するわけにはいかないようで、開き直ったかのように大声で言い返していた。

 オルコットは終始笑顔である。

「いやー、いいね。昨日の敵は今日の友。まさに王道展開って感じで」

「……なんか少年漫画でそういうのがあったな」

「懐かしいねぇ、ジャンプ。友情・努力・勝利。そして、その先にある圧倒的知名度と商業的大成功。これこそ、俺たちが目指すものだろ?」

「……そうだな」

 どこか芝居がかった、こちらにもそれ相応のテンションを要求するような平田の口調。だが、この打ち上げパーティーという環境とオルコットの大胆な告白を見た後でもそれには乗れそうになかった。

 平田の発言内容には立場上完全に同意せざるを得ないのだが。

 




これにて一章が無事終了しました。
あと一話だけ閑話を投稿して、第二章に突入します。
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