インフィニット・ストラトス~もうひとつの翼~   作:勿怪の幸い丸

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閑話です。
題名の通りなので、生徒は出ません。
あ、あと、オリキャラが出ます。使い捨てです。


職員会議――とある技術教職員視点

 メモを取る必要があるかもしれない。そう考えて机上を探ろうとし、部屋の照明が落とされていることを思い出した。その間抜けな行動が自らの心身の状態を的確に表わしているようで、溜め息が抑えられない。

 自然と寄ってしまう皺を伸ばすために、眉間に指を当て、ついでに目元を揉み解す。ジワリと熱のような心地よさが広がる。周りが暗いこともあって、気を抜くとこのまま寝落ちしてしまいそうだった。

 IS学園技術科の教師である御原(みはら) 鉄華(てっか)は、改めて職員室の中を見回した。現在、時刻は夜の七時。いつもならば残業している人物がちらほらといるだけの職員室だが、今日は席が全て埋まっていた。

 体制だけが理想に沿って真っ先に組み上げられたがゆえに、その内を満たす人材と設備に不足のあるIS学園では新年度移行時に部署を問わず多忙になりがちだ。御原も急遽、某大国の要請によって納入されることとなった新規ISの受け入れ作業という吐き気を催すような激務を、三日三晩ぶっ通しで作業して三十分前に終えたばかりだった。本来ならば技術科棟から自室へ直行し、ベッドへ飛び込み夢の世界へと旅立っていておかしくない。にもかかわらず、こうして滅多に座らない自分のデスクに収まっているのは、全教員に緊急の呼び出しがかかったためだった。その理不尽に次ぐ理不尽には殺意すら湧いてくる。似たような心境の者は多いだろう。

 そのような認識があるからだろうか、職員室の空気は今年に入ってから一番重く感じられる。IS学園の渉外案件を一手に担っている外務課の代表者に至っては、これでつまらない案件だったならば呼び出したやつを八つ裂きにしてやろうと待機状態のISに手を添えている、ように見えた。御原も冗談半分でそれに倣う。

「年度移行時の雑務も多い中、こんな時間に集まってもらい申し訳ありません」

 教師たちの発する鬱蒼とした熱を払うようにして、一人の教師が教室の中央に立った。おそらく誰よりも激務をこなしているであろうにもかかわらず、一切疲労疲弊の色をどこにも出していない。

 今年度、一年生を担任している織斑千冬だ。隣には副担任の山田麻耶の姿もある。

「ですが、これは非常に緊急性を要する事案だと判断しましたので、こうして全教員及び各部署の代表者にお集まりいただいたのです。どうかご容赦を」

「ご、ご容赦を」

 少し慇懃に過ぎる織斑の前口上を中和するように、山田の間の抜けた合いの手が差し挟まれる。それだけで職員室内の空気が少し和らいだ。

「織斑先生、貴女も仰る通り、みんなお疲れだ。前置きは早々に切り上げて本題に入りなさい」

 教頭が柔らかい口調で促す。ここでは珍しい男性教諭だ。持ち前の柔和な物腰で職員生徒を問わず結構な好印象を持たれている人物で、このようなとき率先して発言するような人物である。

「それでは……皆さんもご存知の通り、今年度、IS学園には史上初めての男子学生が入学しました」

 フォンと独特な効果音を上げて、各々の机のホログラフィ投影機能が起動し、空中に一人の男子生徒の顔写真が投影された。

「一人が織斑一夏。現在までにたった一例だけ発見された、男性のIS適正者です」

「ふむ、貴女の弟さんだね」

「えぇ」

 どうやら議題は織斑一夏に関してではないらしい。教頭の言葉に対して、織斑千冬はそれ以上何も続けずに、持っているタブレットを操作した。

 織斑一夏の顔写真が消え、代わりに三枚の男子の顔写真が現れる。暗闇の中で数人が息を飲んだのが分かった。御原もその写真が男子のものであることと、その数が三つであることから、ようやく今回の会議の目的を察することができた。

 気づいてしまえば、仕事に忙殺されていたとはいえ、IS学園にとってこれほど重大な案件を忘れていた自分の阿呆さが身に沁みてしまう。

「先週の会議において、突如理事会からの決定が我々に伝えられたことは、みなさんの記憶にも新しいことかと思います。彼らが、理事会によって通達されていた、『IS学園における新しい試み』だと推測される人物です。一度だけですが、「ISを倒す」とクラスメイトへ宣言したときに自分たちのことを『魔術士』だと名乗っていました」

 いまだ春休みの最中だった、先週の職員会議。そこで理事会からの決定事項として送られてきたのが、『IS学園における新しい試み』と題の付けられた一枚の紙きれだ。大して長くもない文章だったが、余計な巧言を除いてしまえば、たったの一行に要約されるほど中身のないものだった。

 いわく、『IS学園に正体不明の男子生徒を複数人入学させる』

 職員一同、この訳の分からない通達にその場でできる限りの確認をした。しかし、結局は何も分からず仕舞いとなり、追加調査という業務が織斑千冬に与えられた。その結果が出たということなのだろう。

「まずはこちらの映像をご覧ください」

 机上と正面モニターに映像が流れる。それは青色のIS――御原には一目でそれがイギリスのブルーティアーズだと判った――と、何か黒色の武装を着た三人の人間が戦っている記録映像だった。

「これは……」「EOSか?」「いや、博覧会で実物を見たがあれはもっと大きい。それこそISよりも」「飛行ではなく空中を跳躍しているようだな」「このシールドの反応は初めて見ますね」「南城大学で研究されている侵食性のエネルギー兵器に近いわね」「光る銃弾か」「歩兵用のレーザー兵器は開発こそされてますけど……」「この前最新の論文を読んだが、ありえないな」「エネルギー系の問題が解決されているならあるいは……」「だからそれがないんだって。まずISありきっていう、今のエネルギー兵器の基礎理念を忘れたのか?」

 映像が流れ始めて数秒で、室内の人間が口々に感想を呟き出した。IS技術に覚えのあるものは持てる知識を総動員して議論をしているが、観察と思考の段階を二三歩進める度に「正体不明」という言葉を口に出している。

 ISのソフトウェア、特に駆動系を専門とする御原にもその黒い鎧がどのようにして成り立っているのかは分からなかった。ただ、ISを初めて見たときにも近い驚きをもって、映像を目で追うだけだ。

「これは先日行われた模擬戦闘訓練の映像です。ISを操るセシリア・オルコットはこの試合の前にも別のISと試合をしていますが、装備は換装済み。コンディションに問題はなかったと思われますが、この十五分後に負けています。戦闘から推測される彼らのスペックがこれです」

 また新たなホログラフィがポップアップした。室内のざわめきが一段と大きくなる。

「織斑先生」

「なんでしょうか」

 映像と場を静観していた教頭が着席したまま織斑に呼びかけた。光源が乏しいのでボンヤリとしかその姿は見えないが、どうやら顔の前で指を組んでいるらしい。

「一つお聞きしたいことが。何故、セシリア・オルコットと彼らは模擬戦をやっているのでしょうか?」

 言われてみれば当然の疑問だ。

 騒めいていた室内の人間が教頭から織斑へ視線を移す。

「……教師としての力不足を告白するようでお恥ずかしいのですが、クラス代表者の選出で少し揉めまして。生徒同士の間に多少の諍いも認められましたので、それならば実力で決着をつけさせようとした次第です」

「なるほど。クラス代表者を模擬戦闘で、ね。ということは、彼ら三人の内の一人にでもクラス代表者になる意思があったのですか?」

「いえ、彼ら三人はクラス代表を辞退していましたが、彼らの内の一人がオルコットと細やかな口論になりまして。最終的にはオルコットが決闘するなどと言い出しましたので、それならばと。監督できないところで私闘などの事態に発展すると問題ですし、私としても彼等の情報を得る必要がありましたから、オルコットの命が危険にさらされることはないと判断し、今回の模擬戦闘訓練を許可しました」

「なるほど。概ね理解しました」

 普通に立っているだけでも他人を圧倒しかねない織斑の視線を受けても、教頭の語気に揺らぎはない。御原など中途半端にIS搭乗経験があるから、向かい合って立つだけで冷や汗をかく自信がある。

「クラス代表者を模擬戦闘で決めるというのは別に問題はありません。IS学園の理念に反するところは全くないでしょう。しかし、未だに正体所属の分らぬ人間と生徒を模擬戦とはいえ戦わせるのは、少し問題でしょうね。貴女ほどの人間が戦闘に関してそう判断し、近くで待機していたのならば滅多なことは起こらないでしょうが、せめて上司である私には事前に相談してほしかった、というのが本音です。いくら国家代表候補生にして軍属であるとしても、彼女が当学園の生徒であることに変わりありません。生徒にもしものことがあっては駄目ですから」

「……申し訳ありません」

「ははは、偉そうに説教をしましたが、私はIS関係に関してはほとんど門外漢です。今回のこともおそらく事前に相談されても首を縦に振るだけだったでしょうから、謝罪されることはありませんよ」

 御原は素直に感心していた。

 IS学園はその性質上、IS関係者を教師として招き入れている。彼女らは基本的にISに関するスペシャリストであって、決して人を教導することを専門にする人間ではない。ゆえに、大抵の教員がISを第一に考え生徒を二の次にしがちである。このように生徒を案じることを第一にするような人物は希少だった。

「では、織斑先生。続けてください」

「はい。今、流している映像は後ほど学内メールに添付してお送りしますので、正面にご注目下さい。山田先生」

「は、はいっ」

 ホログラフィが消えて、山田が正面モニター前で何か作業をし始めた。僅かながら光源となっていたホログラフィが消えたため、室内はまた仄かな暗闇に包まれる。教頭の説教が終わったからか、教員たちはまた思い思いに会話を再開する。ここら辺は教え子と変わりない。

 御原は誰とも会話せずに、先程の映像を脳内で繰り返し再生していた。しかし、何か有益な情報を脳から引っ張り出すことはできそうにない。もう一度、眠気を飛ばすために眉間を揉んだ。

 そのままボーっとしていると、いきなり視界が強烈な白色で満たされた。驚いて口唇が悲鳴の形になったが、疲れのせいかそこから声が漏れることはなかった。

 代わりに作業をしていたはずの山田が声を上げる。

「……山田くん」

「す、すいません! でももうあとはフィルムを入れるだけなので」

「そこじゃないだろう。申し訳ない、御原先生」

「い、いえ、お気遣いなく」

 どうやら白い光の正体は射影機だったらしい。モニターではなくこれが使われるということは、その情報が情報的にスタンドアローン下で取り扱われるのが望ましいということ。つまり、今から見せられるのは何らかの点で黒い情報だということになる。

「では、こちらをご覧下さい」

 えいっと可愛らしく掛け声を上げて(少しイラッとした)、山田が射影機の再生ボタンを押す。

 こちらも映像のようだ。白壁に投影されていることを考慮しても画質が粗い。それに加えて数秒その映像を見ていると、どうやら写っているのが荒涼とした砂漠であることが見て取れた。撮影者が歩いているのか、手ぶれも酷い。強風がマイクを擦る耳障りな音と、英語で話す声が遠巻きに聞こえる。

 目的の部分ではないようで、織斑がリモコンを取り上げて映像を早送りしていく。しばらくすると、映像の視点が動かなくなった。早送りが止まる。

「山田くん。説明を」

「はいっ。これは今から約二か月前、アフリカの某所で撮影された映像です。撮影者は国連の平和維持軍の兵士ですが、この映像自体は軍の命令で撮られたものではないようです。詳細は不明ですが、どうやら彼の個人的な興味から撮られたものだと推測されます。立派な軍規違反ですので、彼は処罰されこの映像は破棄された、ということになっています」

 山田が画面端に立ち、上半身の右半分を照らされた状態で映像の説明をする。

 この情報化社会で一度撮影された映像が完璧に破棄されることなど基本的にはありえないと言っていい。この映像だってどのような処分を受けるのかを決定される段階でも、様々なネットワークを媒介し様々な人の手に渡ったはずだ。それこそ、これがあの奇妙な連中に関しての重要な情報なのならば、その価値は計り知れない。破棄したということさえ建前でしかないのだろう。

「写っている場所は新興宗教『P3(peace,peak,puncture)』と平和維持軍が戦闘を繰り広げている地帯になります。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、『P3』はISを神によって人類に与えられた道具だとする宗旨を持つ新興宗教団体です。各地で発生していた難民を信徒として取り込んでいくことによって、各国政府から危険分子だと見なされるまでに膨れ上がりました。数年前、この団体から別離した一派がSERA新興国にてISを用いたテロを起こしたことはご記憶に新しいかもしれません」

 一度言葉が切られ、山田がフェードアウトする。鮮烈な光に目が慣らされたせいでその行方を追うことはできなかったが、代わりに微かな水温が聞こえてきた。どうやら喉を濡らしているらしい。

 山田が映像端に立って、説明が再開される。

「宗旨にISを置く『P3』ですが、ISは所持していませんでした。しかし、半年前に一つの軍事基地への襲撃が成功し、IS開発のバイプロダクトである自立歩行兵器を複数奪取していることが判明していました。此度の作戦はそのことによって脅威の判定が段違いになった『P3』に決定的な打撃を与えることを目的に遂行されたものです」

「確か、その作戦は成功のうちに終わったと聞いていたのですが」

 山田の長ったらしい説明に焦れた教員の一人が、既に公然の事実となっている紛争の結果を言葉に出した。

「はい、作戦自体は成功しています。しかも、国連によって半ば容認されかけていたISの投入なしに」

 山田は焦らすかのように情報を小出しにする。突っ込んだ教員の不満げな鼻息が聞こえてきた。

「山田くん、前置きはそのくらいにしておこう。映像の説明に入りたまえ」

「りょ、了解です」

 織斑からのフォローが入り、山田がリモコンを取る。

 少し前から気にはなっていたいのだが、織斑山田両名の言葉遣いがまるで先輩と後輩のようなものになっていた。指摘することでもないので御原は映像を注視する。

「映像は最も苛烈になることが予想されていた、『P3』所有の自立歩行兵器との戦闘映像です。国連軍は現地で雇った民間軍事会社にこの戦闘という業務を委託したそうですが、結果として一切の被害なくこの戦闘を終わらせています」

 PMCに業務を委託する。そのこと自体は別段、珍しいことでもない。無人の自立歩行兵器はIS配備の遅れている発展途上国及び民間の軍事会社で主に研究が進められているので、それらを当てにして国連軍も彼らに任せたのだろう。そう御原は順当に見当をつけた。

「では、ご覧ください」

 荒涼とした大地に二十から三十機に及ぶ鉄塊が直立している。IS開発研究においてISには適用できなかったが、科学技術としては有用なものが生まれることがある。それらはIS開発の副産物として軍事を始めとするさまざまな技術分野に応用されている。この無人自立型歩行兵器もその一つだ。

 御原も開発に携わった経験がある。そのため、画面に映った自立歩行兵器のおおよそのスペックは一目で分かった。

 IS相手では五分と戦闘を持続できるかも怪しいが、それでもIS以前の兵器しか持たない陸軍にとっては十二分に脅威となる戦力だ。ISを投入できないのであれば、空爆による対処がベターである。

 定刻になったのか、鶴翼形に展開した自立歩行兵器群が前進し始めた。歩行という文字が名前に入ってはいても移動手段は足底についたホイールに頼っている。脚がその機能を発揮するのは高低差がある地帯でのみだ。

 目測で百メートルも進んでいないだろう地点で、左辺の中央辺りにいた自立歩行兵器に変化が現れた。

 縫い止められたかのように動かなくなったと思うと、上下に分断される形で地面に転がったのだ。他の自立歩行兵器を操る面々――おそらく程近い基地でこの兵器を無線操作している連中――もそれに気づいた様子はない。

 そこかしこで怪訝そうな息遣いが漏れる。高所から撮影している映像なので、対象を具には観察できない。

 御原はその不思議な現象に魅入られたかのように、上半身を乗りだした。

 映像は続く。

 全体が更に十メートルほどを進んだところで、今度は倒れた自立歩行兵器の両隣の兵器が止まった。実際の操縦者たちも近くに座って操作しているのだろうか。異変の発覚は小波のように波及していく。

 敵襲の可能性を考慮してだろう。集団は歪な円形を描くように陣取って、周囲を警戒している。すると、突如画面外から鋭角に飛来した何かが、円の外側にいた自立歩行兵器に衝突した。

 一瞬の後、飛来物がその機体を離れるのに合わせて爆発が生じる。そこで初めて付近にいた自立歩行兵器がIS用に開発されたアサルトライフルを発砲するが、既に襲撃者は次の行動に移っている。銃弾は空を裂くに留まった。

 続けざまに二、三機が倒されたところで、襲撃者が地面に降り立った。そう、襲撃者は複数の標的を破壊するまでの間、自立歩行兵器から自立歩行兵器へと飛び移りながら、ずっと空中に留まり続けていたのだ。

 その機動は正しく先程見た模擬戦闘映像の三名と同じものだった。

「まさか……既に実戦へ投入されているのか」

 技術科の同僚の驚嘆を皮切りに、皆が口々に感想を漏らす。御原はその興奮にあてられて、逆に自分の姿勢を確認した。前のめりになっていた上半身を慌てて戻す。

 映像は続く。

 着地した襲撃者は警告などなにもなく、激しい銃火に晒された。回避はしてるようだが御原が予想していたよりも操縦者たちの練度が高い。襲撃者の周囲に展開された球状のシールドが下手な鉄板ならば容易く貫く銃弾を弾いていた。

 また一機、自立歩行兵器が襲撃者の餌食となる。ズームによってその様が拡大されているので、襲撃者の詳細が見て取れる。纏っている鎧こそあの三人と同じものだが、黒いヘルメットで覆われているため顔を確かめることはできない。武装もあの模擬戦闘映像のものとは違い、この襲撃者は右腕がそれこそ体と同等の大きさの円筒に覆われている。肩の部分は球状になっており、そちらのサイズも円筒と遜色ない。

 その円筒の先端が攻撃の発射口のようだ。倒す機体に必ず接近しているところから判断するに、どうやらその円筒は近接武器に分類されるものらしい。

 『P3』の自立歩行兵器部隊は突発的な襲撃に混乱していたようだったが、五機の損失を出した段階で完全に陣形を立て直していた。やはりそれなりの訓練を積んだ人間たちが操縦しているのだろう。

 一機が襲撃者に牽制射撃を行いつつ、他の一機が単独で前に出る。囮であることは明らかだったが、襲撃者はほとんど迷いを見せずにそれへと接近していく。カメラの側からは自立歩行兵器の目論見が分かった。

 その機体は左手に電磁パルス砲を装備していた。物理的な損傷は最小限に、大型の近代兵器が必ず備えている電気回路を破壊するタイプの兵器だ。襲撃者が何らかのパワードスーツを装着していることは見た目に明らかなのだから、その判断は妥当なものだと内心で見知らぬ作戦指揮官に同意を示す。

 その電磁パルス砲の有効射程まで残り一メートルのところで、襲撃者がその円筒状の兵器の先端を持ち上げた。すると、まだ距離があったのにもかかわらず、自立歩行兵器の左腕が吹き飛ばされてしまった。

 しかし、その自立歩行兵器はあくまで囮。その間にも四機が襲撃者を囲み、他の機体とはフォルムの違う一機が襲撃者に急速接近した。

 その機体はまず動きからして他の機体とは段違いである。御原の見識を軽く超えるほどの駆動性を発揮しており、飛行能力を除けば現行のISと張り合えるのではないかと思わせるほどの小回りとスピードで襲撃者を追い詰めていた。

 徐々にではあるが襲撃者の動きが精彩を欠いていく。その後ろにはパイルバンカーを装備した一機がそこを狙い澄まして、痛打を見舞わんと死角より忍び寄っていた。あのエネルギー性シールドの強度ははっきりしないが、自立歩行兵器用に開発された『巨杭(ビッグ・ブリッツ)』の威力には耐えられない可能性が高い。

 前二方面からの銃撃を受けて、襲撃者が後退する。が、そこには件のパイルバンカーが待ち構えている。襲撃者もそのことに気づきはしたが、既に振り向いて迎撃することは危うい速度と距離になっていた。

 御原はショッキングな映像になるかもしれないと目を細めた。

「……は?」

 今までの映像では表情すら変えなかった御原も無意識のうちに声を漏らしていた。周りの教師たちも瞠目し疑問の声を上げている者の方が多い。

 結果的に、パイルバンカーは発射すらされなかった。

 なんの前触れもなく画面中央に出現した影が襲撃者を受け止めて、不可視の大槌でカチ上げるようにして、自立歩行兵器を上空へと吹き飛ばしたからだ。

 映像トリックだとネタバラシされた方がいっそ納得できる。まるで映像のコマが跳んだかのようにその人物は映像へと登場し、コメディ映画さながらの攻撃で自立歩行兵器を破壊したのだ。粗い映像だったが、隠れられる余地のある砂地にも変化はなかった。

 見た目の印象は襲撃者その一と同じく黒だ。フード付きのマントのような装備を纏っており、右手には上端が紫色に発光している棍杖のようなものを持っている。その登場の仕方も相まって、魔術的な雰囲気を醸し出していた。

 襲撃者その二が登場してから、戦況は一方的な蹂躙へと傾いていった。

 その一は相変わらず右腕の兵器で鉄塊を紙のごとく引き裂き、その二は自然を操る魔術士であるかのように風を起こし岩を飛ばし火の剣を生み出して襲ってくる敵を撃退していった。

 数分で自立歩行兵器部隊はその数を当初の十分の一にまで減らした。

 あまりにも簡単に自立歩行兵器が撃墜されていったので、御原はカメラワークの拙いハリウッド映画でも見ている気分になってきていた。

 それほどまでに映像は非現実的だったのだ。

「……もういいでしょう。山田先生」

「はい」

 映像が消され蛍光灯がつけられた。それによって意識が急激に現実に引き戻される。危うく映像に飲まれそうになっていたのは御原だけではなかったらしく、職員のほとんどは周囲を確認するように職員室内を見回していた。

「この後、すぐにP3の自立歩行兵器部隊は撤退。翌日以降の局地戦にも残存した自立歩行兵器は投入されたようですが、全てこの黒衣の兵士たちによって撃退されたとの情報が入っています。私の調査が及んだ範囲ではそちらは映像どころか画像すら見つけることができませんでしたが」

 以上で報告を終わらせていただきます、と織斑は結んだ。

 職員室内に沈黙が落ちる。織斑の発表はあくまでも見つけた映像を流しただけに過ぎず、彼らについてなんらかの予想を立てたわけではない。調査の発表としては及第点だ。が、そこにケチをつけようとする者はこの場にはいなかった。

 いや、と御原は心中を探るようにして、漠然と何かを否定する。もしかするとあの織斑千冬でさえ手元にある情報から最も妥当かつ最悪の想像をすることを避けているのかもしれない。

(だって、つまり、これは――)

「……いやはや、ありがとうございます織斑先生。まさかこんなにも早く彼らが何者なのかそのヒントを得ることができるとは」

 教室が嫌な静寂に包まれそうになったところで、教頭が会議に復帰した。

「彼らの正体所属についてなんら確定的な情報は得ることができませんでした。力が及ばず申し訳ありません」

「はっはっ。謙遜なさることはありませんよ」

 教頭が朗らかに笑い声を上げる。魔術的な呪縛にかかってしまったかのように身体全体を強張らせていた周囲の人間が肩の力を抜いていく。

「いずれにしても、彼らが不穏分子であることに変わりはありません。引き続き担任として監視は続けていく所存です」

「えぇ、そこは抜かりなくお願いします。ですが、まかり間違っても彼らの前では教師としての態度を崩すことがあってはいけません。あの織斑先生に、わざわざ言い含めることでもないでしょうが」

「……できうるかぎり尽力します」

 つまり、この会議の結論は現状維持ということでまとまったらしい。たとえ直接的な接触の機会がなくとも、あれだけ衝撃的な映像を見せられればいやでも意識してしまう。御原は再び眉間に疼痛を覚えたので、そこに指をやった。

「では、先生方。次は私の報告を聞いていただきましょうか」

 教頭が立ち上がりながら軽く掌を打ち鳴らした。その音でガヤガヤと騒がしくなり始めていた室内が今一度静寂に包まれる。御原も目の前に持ってきていた指を下ろして、そちらに顔を向ける。

「……教頭先生も独自に調査を?」

「いえいえ。私の場合は、趣味の調べ物をしていたときに興味深いものを見つけたくらいに思っただけですよ。実際に織斑先生の発表された映像を見るまでは忘れていたくらいですから」

 教頭は言いながらもホログラフィのキーボードを叩いている。

「みなさん、正面のモニターに注目してください」

 教頭の言葉と同時に映像が流れ始めた。教頭が発見した映像は某大手動画サイトに投稿されたものらしい。先程も自らのフォルダなどを漁っていたわけではなく、URLを打ち込んでモニターに出力していたのだろう。

 映像内では白い布のかけられた長机に座ったスーツ姿の男がニコニコと笑みを浮かべている。一つだけ置かれた卓上マイクを見るに記者会見のようだ。しかし、距離的に記者席の中ほどから撮られたと推測される映像にはその男以外に二人の人間しか写っていない。どちらもよれよれの洋服を着ており、三流雑誌のライターといった風采だ。大学の講義ではないのだから、まさかこのカメラの後ろに大量の人間がいるということはあるまい。

 カーキ色のジャケットを着た男が人目をはばからずに大きなあくびをする。映像が開始して一分ほどが経過したが、砂漠の戦闘映像が衝撃的だったこともあってか、御原もそれに追随したくなるほど退屈な映像だった。

 そこから十秒ほどして、チラリと腕時計を確認したスーツの男が、机に手をついて勢いよく立ち上がった。

『定刻になりましたので、ただいまより我が大日本産業振興株式会社の新技術に関する発表を始めさせていただきたいと思います。司会進行及び発表者は私が務めさせていただきますが、立場上技術の詳細や専門的な質問にはお答えしかねますので、そちら方面でご質問のございます方は社にご連絡いただければ……なにとぞご了解ください』

 スーツの男は記者が二人しかいないとは思えないほど明朗な声音で口火を切った。慇懃な口調と常に笑っているような口元が相まって、非常にうさんくさい印象を与えている。

『早速で恐縮ですが、記者の方々に質問をしてみたいと思います。そこのジャケットを着たあなた』

 先程あくびをしていた記者が指される。その記者は身体を震わせて硬直した後、不機嫌そうな声で短く返事をした。どうやらあくびが失礼だという自覚はあるらしく、意趣返しをされたものと思ったらしい。

『今、最もホットな科学技術というものはなんでしょう?』

 ジャケットの男は少しだけ沈黙して、アルファベット二文字だけをボソリと答えた。スーツの男は満足そうに頷いて言葉を続ける。

『正式名称インフィニットストラトス――元々は宇宙探索用のマルチスーツとして開発された技術で、現在ではもっぱら格闘スポーツ用マシンの一種という建前の下、軍事技術として運用されています。関連分野も合わせると最も市場規模の大きい科学技術だと言えるでしょうし、政治的には神輿のごとく祭り上げられています。上には女性と呼ばれる素晴らしい存在を乗せてね』

 半笑いと表現して仮借ないスーツの男の冗談に、二人しかいない記者は声を上げて笑う。

 御原も含めて数人の職員が顔をしかめたのが分かった。ISはスポーツを騙った軍事技術でしかないと断じて、毛嫌いする連中は少なくない。ISに関係する仕事をしていれば、心ない言葉を投げかけられた経験の一つや二つあるはずだ。

 後半の揶揄も女性の社会進出をあげつらうありふれたものだ。怒りこそ湧かないが、快いものではない。

 この男もそういう人種かと、御原は口元に軽い嘲りを浮かべた。

『では、そちらの方。はい、あなたです。このISには重大な問題があるのですが、ご存知でしょうか』

 今度の回答者は一呼吸置いただけですぐに返事をした。特に専門知識がないと答えられないわけではない、ごくごく常識的な問題だ。

『そうです。インフィニットストラトスは女性にしか操縦できません。世界中の科学者たちがこの問題を解決しようと躍起になっていますが、解決の糸口すら掴めていないのが現状です』

(はいはい、いつもの男の僻みか……)

 御原は嘲りに上塗られた失望を隠すようにして口を手で覆った。そこで、自分が疲れゆえにまたもありえない失念していたことに気づいた。

 教頭がそう判断した以上、これはあの『魔術士』を名乗る少年たちに関連する映像なのだ。だとすればこの男は――。

『……我々人類は、そんな欠陥技術(・・・・)に頼っていてよいのでしょうか。人類の半分はその恩恵に預かれないことが前提の技術に、我々の趨勢を託して大丈夫なのでしょうか』

 職員室内に妙な緊張感が満ちる。ほとんどの者がISに携わっているので、スーツの男の言葉は挑発でしかない。中には目に見えて不快そうにしている者もいる。

 御原も心中の半分は怒りが占めているが、それと同時に虚を突かれたような感覚があった。

 ISが女性にしか扱えず、男性にも操縦が可能なように研究されているのは周知の事実だ。

 しかし、そのことを理由に堂々とISを欠陥技術だと評する発想はなかったのもまた事実だった。

『そこで、ご紹介したいのが我が社が開発した前代未聞の新技術『MAN』、Magic artificial nervesでございます』

 スーツの男がスッと横にスライドして、正面の壁に画像が投影された。ど派手なエフェクトが施されたそれは、質の悪いコントにでも出てきそうなデザインをしている。

 そこからは虚実が判然としない、詐欺まがいのプレゼンが始まった。IS登場以降、このような革新的新技術を謳った詐欺は横行している。普段ならば間違いなくプレゼンが始まって数秒で見る価値無しと判断するようなものだ。

 しかし、信憑性のあるデータなど何も提示されないにもかかわらず、御原は画面から目が離せない。事前にまず疑う余地のない物証を見てしまっているからだ。

 他にも一年生として入学してきた三人とは別の魔術士と思しき人間が超能力を使う映像が流される。このときばかりは息をのむ教員がいた。

『この人工的に培養された特殊な神経細胞を移植すれば、誰であろうと超能力が使えるようになるのです。個人差はあるでしょうが、ISなどとは違って、全人類の半分が最初から除外されるなどということはありません。これによって、人類は新たな段階へと足を踏み入れることが確約されるでしょう』

 プレゼンが終盤に入ったのか、スーツの男の口調にも熱がこもってくる。視線はカメラに対して真っ直ぐに注がれていた。まるでその向こうにいる人間たちを射抜かんばかりに鋭い眼光だ。

 続いて被験者と思われる人間が超能力を行使する映像が流され、技術についても図式を持ちて簡易的な説明がなされた。他にもSERA新興国に本拠を構える研究所の紹介など、最初の胡散臭い印象とは裏腹にしっかりとしたプレゼンだった。

 二人しかいない記者も幾分か興味を抱いたようだ。

『と、長々とお付き合いいただきありがとうございます。しかし、おそらくこの映像を見られた方は私のことを十中八九手品を使って誇大妄想を騙る詐欺師だとお思いになることでしょう』

 男はここで一際大袈裟な笑顔を作る。

 約一時間に渡ったプレゼンを、男はこう締めくくった。

『なので、私は宣言します。近い内に必ず、このMANの有用性を証明することを。それも、引き合いに出したISを倒すというこの上ない完璧な形で』

 




ありがとうございました。
二章が何時頃投稿できるかは、ちょっと確かなことがお約束できません。
あまり長くないので、レイアウトや(もしいただけたら)ご意見などを踏まえつつ、ゆっくりしあげられればなと思っています。
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