~湯煙高校~ 午前8時
季節も2月。
肌寒い環境となり、マフラーやらコートを羽織って登校している生徒が数多く見られている。
その中には、宮崎千紗希の姿も見られていた。
彼女も他の生徒と同じように、コートを羽織っていた。
しかし、今日の千紗希は廊下を歩きながらも周りの目線、特に男子の目線を気にしていた。
彼女は学年人気ダントツトップで注目を浴びてはいるが、今日は一段と視線があつくなっていた。
何故こんなにも今日は注目を浴びているのかというと、
「おい見ろ、宮崎だ」
「誰かにチョコをあげるのかな?」
「俺も同じクラスだったらなぁ」
そう、今日は2月14日、つまりバレンタインデーなのだ。
美人で人気も高い千紗希からチョコを貰えたら、これ以上嬉しいことはないだろう。
だからみんな、千紗希が誰にチョコを渡すのか気になっていた。
実際、千紗希はチョコを用意していた。
昨夜、自宅で幽奈と一緒にコガラシに渡す為のチョコを作っていたのだ。
しかし、彼女は悩んでいた。
千紗希(冬空くんに、なんて言って渡そうかな?このままあげたら、告白も同然になるんじゃ!?///)ドキドキ
千紗希はコガラシに好意はあるのだが、告白する勇気がいまだに持てていない。
だから、チョコを渡すか渡さないか悩んでいたのだ。
???「よっ、宮崎」
千紗希「っ!!」
後ろから不意に声をかけられて、千紗希はドキッとしてしまう。
兵藤「今日バレンタインデーだろ?チョコプリーズ?」
しかし、声をかけたのは、友人の兵藤だった。
兵藤は、友人関係の千紗希からならチョコを貰えると踏んでいたのだ。
千紗希「ごめん兵藤くん、義理チョコ用意してないんだ・・・」
兵藤「な、なにぃ!?」(ガーン
だが、兵藤の狙い通りとはいかなかった。
兵藤「臨海学校やハロウィンを共に過ごした俺に、義理チョコなし!?今年こそ、皆に自慢できるかと・・・」
柳沢「何堂々ともの乞いしてんだテメェは」(ガシッ
愚痴を漏らしている兵藤の背後から、柳沢が肩を掴み、怖い顔をしていた。
千紗希「あ、芹!おはよう!」
友人の柳沢に千紗希はあいさつをした。
柳沢「ったく、帰りにコンビニでチョコ買ってやるから大人しくしてな」
兵藤「ありがたやー!」
落ち込んでいた兵藤も、チョコを貰えると分かると、一気に元気を取り戻した。
例え市販のチョコでも貰えることが嬉しいのだろう。
コガラシ「どうした兵藤?やけに嬉しそうだな?」
秋宗「義理チョコでも貰えたのか?」
兵藤「おお!その声は冬空と西条か!聞いてくれよ!実は、だ、な?」
後ろから声をかけられて、兵藤は友人のコガラシと秋宗と分かり、義理チョコが貰えることを自慢しようと振り向くと、秋宗を見て絶句してしまった。
なぜなら、秋宗の両手には紙袋が下がっているだが、その紙袋からたくさんの箱が見えており、チョコの香りが漂っていたのだ。
兵藤「お、おい、西条?なんだ、その、両手に下げてある紙袋は?」
秋宗「あぁ、これか?実はコガラシと学校に行く途中で他校の学生やら女子大生から沢山チョコを貰ってしまって、なんでこんなに貰えるんだろう?って不思議で不思議で、って兵藤?」
秋宗から訳を聞いた兵藤は顔を伏せてプルプルと震えて、
兵藤「この裏切り者ー!!お前となんか絶交だー!!チキショー!!」(ダダダダダダッ
涙目になりながら、秋宗に罵倒を浴びせて走り去ってしまった。
コガラシ「ったく、兵藤のやつ」
秋宗「・・・でも、なんで俺こんなに貰えるんだ?」
柳沢「お前知らねぇのかよ?湯煙高校に灰色髪のイケメンが転校してきたって、結構有名になってるぞ」
秋宗の疑問に柳沢が答えた。
秋宗が転校してきて1ヶ月も経たないというのだが、いつの間にか秋宗の噂が広まり、今日のような結果になったのである。
秋宗「へぇ、そりゃあ知らなかった。そういや宮崎はチョコとか用意してんのか?」
千紗希「えぇ!?」
秋宗から突然質問されて千紗希は驚いてしまい、
千紗希「いや!学校にそういうの、持って来たら駄目かと思って・・・!用意してないよ・・・!」
コガラシ「そうなのか」
千紗希「う、うん」(どうしよう、ますます渡しづらくなっちゃったよぉ)
つい、持ってきてないと嘘をついてしまう。
コガラシに渡すかどうか悩んでいたため、持ってきていると言えなかったのだ。
先生「おい西条、ちょっといいか?」
すると今度は、秋宗の後ろから担任の先生が声をかけてきた。
秋宗「あ、先生、おはようございます。用ってなんでしょうか?」
先生「もうすぐ入学式があるだろ?それで新入生の親御さんに入学式用のパンフレットを渡すんだが、綴りを今日までに終わらせないといけないんだが、量が多くてな。それで生徒数人にも手伝ってもらいたいんだが、西条も手伝ってくれないか?」
先生から入学式用のパンフレット綴りの手伝いを頼まれた秋宗は、
秋宗「別に構いませんよ。帰ってもそんなやることもないので」
こころよく引き受けてくれた。
先生「ありがとう。じゃあ放課後、職員室に来るように。あと、もうすぐホームルームだから、早く教室に入っとけよ」
先生は教室に行くようにコガラシたちを促してその場を立ち去って行った。
コガラシ「・・・悪い西条、手伝いたいんだが、俺も宮崎もバイトがあるからなぁ」
秋宗「いいって別に。それより早く教室行こうぜ」
柳沢「そうだな」
千紗希「うん・・・」
4人は教室へと歩いて行ったが、千紗希の表情は暗いままだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
午後7時
秋宗「あぁ~、引き受けたとはいえ、疲れたなあ~。いくらなんでもあの量は多すぎだろ」
秋宗は先生の手伝いを終わらせて、夜の暗い道を1人歩いてゆらぎ荘へ帰っていた。
パンフレットの束は1人当たり約100冊近くも出来上がり、流石の秋宗も思わず愚痴をこぼしてしまう。
秋宗「腹減ったし、さっさとゆらぎ荘へ帰るか、ってあれ?」
秋宗は石橋の上にクラスメイトの千紗希が1人たそがれているのを見かけた。
その表情は、暗いままであった。
秋宗「・・・こんなところで1人でボーッとしてたら、不審者に襲われるぞ?」
千紗希「ッ!さ、西条、くん」
秋宗は千紗希の方へ歩いて声を掛けて、隣に行き橋の手すりに肘を置いた。
千紗希「先生の手伝い、もう終わったの?」
秋宗「まぁな、そっちはバイト帰りか?」
千紗希「うん、さっき、冬空くんと別れたんだ」
秋宗「そっか・・・」
二人の間には沈黙が漂っていた。
すると、秋宗は沈黙を破るように千紗希に話しかけた。
秋宗「・・・その鞄に入ってるチョコ、渡さなくていいのか?」
千紗希「・・・気づいてたんだ」
秋宗「オオカミは鼻が鋭いんでね」
千紗希は苦笑いを浮かべていた。
実は千紗希は今日用意したチョコをまだコガラシに渡せずにいたのだ。
秋宗「・・・好きなんだろ?アイツのこと」
千紗希「ッ!!///な、なんで知ってるの!?///」
秋宗「俺はお嬢や姐さんみたいに他心通使えないけど、アイツに好意抱いてんのバレバレなんだよ」
千紗希は顔を赤くして俯いてしまう。
秋宗「大丈夫だって。アイツならきっと宮崎のチョコ受け取ってくれるさ。間違ってもフッたりはしねぇだろ」
秋宗は千紗希を励まそうとしているが、
千紗希「うん・・・フラれるのが怖いっていうのもあるけど・・・」
秋宗「けど?」
千紗希「実は・・・」
千紗希は秋宗に事情を話した。
今まで千紗希は何人もの男子に告白されてきたが、気持ちに答えてあげられずに全員フッてきたのだ。
その度に、相手は勿論、自分の心も、物凄く重くなってしまう。
そんな気持ちをコガラシにさせたくないという、彼女なりの気遣いなのである。
それを聞いた秋宗は、
秋宗「・・・まぁ渡すか渡さないかは宮崎が決めることだが、それじゃあ絶対後悔するぞ」
千紗希「え?」
千紗希は思わず、川の流れを見ている秋宗の方を見てしまう。
秋宗「時間ってのは元に戻せないんだ。あの時やりたかったことをやれなかったら、それは一生、自分の心に残ってしまうんだ」
千紗希「自分の、心に・・・」
秋宗「だからさ、やりたかったことをやらずに後悔するより、やりたかったことをやった方が、後悔せずに終わるんだ」
千紗希は秋宗の言葉を聞いて、心に響いた。
一生後悔するよりも、何かをやった方が絶対に後悔しないことにその通りかもしれないと思ったのだ。
千紗希「・・・ありがとう西条くん!やっぱり私!冬空くんに渡して来る!」
秋宗「・・・なら一緒にゆらぎ荘まで行こうぜ」
千紗希「うん!」
千紗希がチョコをコガラシに渡すことを決断して、秋宗と一緒にゆらぎ荘まで行こうと思わず駆け出してしまう。
ズルッ
千紗希「ッ!?」
しかし、雪が積もっているところで足を滑らせてしまい、尻餅をついてしまう。
その拍子に、鞄に入っていたチョコの入った箱が鞄からこぼれ落ちて、川の方へ飛んでいってしまう。
秋宗「宮崎!?大丈夫か!?」
千紗希「そ、それよりも・・・っ」
秋宗は千紗希を心配するが、彼女はコガラシに渡すチョコが川に落ちてしまう光景を見てショックを受けてしまう。
もうだめだ。
千紗希がそう思ったその時、
パシッ
誰かが川の方へ飛んで千紗希のチョコの箱をキャッチした。
誰かというのは、言うまでもないだろう。
コガラシ「宮崎っ」(バッ
千紗希「ふ、冬空くん!?」(パシッ
そう、コガラシであった。
コガラシは空中でキャッチしたチョコの箱を宮千紗希へパスをして、千紗希はそれを受け取った。
秋宗「ッ!コガラシ!掴まれ!」
このまま川へ落ちてしまうコガラシに、秋宗は身を乗り出して手を伸ばした。
ガシッ
コガラシ「悪い西条!助かった!」
コガラシは秋宗の手を掴んだまま、ぶら下がった状態になった。
秋宗「宮崎手伝ってくれ!コガラシ引き上げるぞ!」
千紗希「う、うん!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コガラシを秋宗と千紗希が引っ張り上げた後、3人は近くの公園へ移動して、コガラシはベンチに座っていた。
コガラシ「悪い2人とも、おかげで川に落ちずにすんだ」
千紗希「お、お礼を言うのは私の方だよ!でも、どうして冬空くんがあそこに?」
秋宗「お前、宮崎と別れてゆらぎ荘に帰ったんじゃなかったのか?」
二人の疑問にコガラシは答えた。
コガラシ「なんか今日、宮崎の様子が変だったからよ。俺が口に出すことでもねぇと思ったけど、やっぱり訊くだけ訊いてみようと思ってな」
千紗希「・・・・・・」
秋宗「・・・コガラシ、俺先にゆらぎ荘に帰ってるから、宮崎を家まで送っとけよ。女の子が1人でこんな夜中に帰ったら色々と危ないからな」
コガラシ「お、おう?分かった」
秋宗は空気を読んで、コガラシと千紗希を2人きりにさせて、その場を立ち去った。
千紗希は秋宗の気遣いを察した。
コガラシ「そうだ、その箱大丈夫だったか?それって多分・・・」
ぎゅっ
千紗希は思わず、コガラシを抱きしめてしまう。
コガラシ「み、宮崎!?///」
千紗希「・・・はっ!?///」
千紗希は我にかえって、コガラシから離れた。
千紗希「ご、ごめんねいきなり!///ほら!ちょっとでも暖まるかなって!///冬空くん寒そうだったから!///それとね!///」
千紗希はチョコの箱をコガラシへ差し出した。
千紗希「これ///・・・冬空くんへのチョコ、だから///」
コガラシ(ドキッ
千紗希「えっと、バイト仲間からの義理チョコってことで!///」
コガラシ「そ、そうか!ありがとな宮崎!」
その様子を、秋宗は遠くから隠れて見ていた。
秋宗「・・・渡せてよかったな、宮崎」
こうして千紗希は、コガラシへバレンタインデーのチョコを渡すことができたのであった。
感想のほど、よろしくお願いいたします。