真・恋姫†無双 呉史『神弓の章』   作:軍団長

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敗北

SIDE 韓当

 

逸材である。

 

蒋欽と刃を交える最中、思ったのはその一言につきる。

 

十倍の軍勢に対し、物資も不満足で備えも賊のそれで半日以上持ちこたえる指揮力はまともな軍勢とまともな装備、防備だったならばと思わせるだけのものがある。

 

一騎打ちを持ちかける機、限界ギリギリを見極め立て直しが効かなくなる寸前で仕掛けてきた。その戦術眼を活かせるだけの兵数と手駒が不足している、と言う現実。

 

惜しい。

 

そしてこの一騎打ち。

 

興覇たちからは弓の名手と聞いていたが、直刀を用いての近接戦もまた相当なものである。防ぐ事は出来ているが、何度か冷や汗をかかせられた場面がある。だがいかんせん、基礎的な体力の差だろうか。既に蒋欽は疲労困憊、当初に比べ剣速が鈍ってきている。

 

惜しい。

 

何よりも『重み』が足りない。威力も速度も非凡、だからこそその『重み』の無さが悔やまれる。

 

大殿より仲謀様を任されているのは、儂と仲謀様の性質が互いに『慎重』さと深く『考える』事に重きを置く共通項があるからこそなのだろう。それは光栄な事だ、不謹慎な事ではあるが大殿と伯符様、双方に何かがあれば次代の当主は仲謀様。よもやすれば、泰平な世を創り上げた後には仲謀様に万事を任せ引退する事すら考えているのかも知れない。

 

だが、仲謀様にも片腕が、『矛』が必要となってくる。仲謀様自身は興覇をそうすべしと考えている節があるが、興覇はむしろ『盾』に向いている。後事を仲間へと託し、顧みる事なく標的を討ち果たすべく前へと進む。『矛』に求められるのは『冷徹』である事と『仲間を信じる事』。蒋欽は間違いなくそれが出来ている、出来ているからここにいて、敗北が見えている今もなお耐えている。

 

「蒋公奕に一つ問う」

「・・・・・・・・何、だ」

 

肩で息をしながらも、律儀に言葉を返してくる。今の蒋欽の目的は時間を稼ぎ、仲間たちが『逃げる準備』を済ませる事。だからこそ、儂からの問にも必ず答えなければならない。

 

「何故賊になった?」

 

純粋な興味だった。彼ほどの実力者、その気になれば仕官先などいくらでもあっただろう。家柄、と言う点で取らぬ者は多かったかもしれないが、確かな眼と見識を持つ者であれば彼の才能を見抜き、あるいは見出し登用するハズだ。

 

「求められた、からだ。賊になろうと思っていた訳ではない、俺を頼ってきた皆を食わせるためにそうする必要があっただけだ。故郷にいられなくなった者、家を逃げ出して来た者、そんな者ばかりであるが故に仕官する訳にも行かなかった、だからこうした」

 

見捨てられなかった、自分を頼ってきた者たちを見捨てると言う選択肢など最初から『有り得なかった』。だから世間一般から賊とされようと、そうする選択肢しか選ばなかった。

 

「我らが主君、孫文台は・・・・そんな事はまるで気になさらんお方だ。この戦、儂らが勝ったならば降る事も、考えてはくれんか?」

「勝てば、だ御老公。貴方の加減があったとは言え私はまだ立っている」

 

ヒュン、と直刀を一振りし構え直す。その眼には、先程までよりも鋭い光が宿っている。

 

「それにだ、降る事も考えてくれ、などと弱気な考えで他者を降せるとお思いか?」

「む?」

「『我らは勝者だ、故に降れ』と。俺を打倒したならば高らかに宣言されるが宜しい」

 

なるほどなるほど、耄碌しかけておったらしい。そのような単純な摂理すら忘れておったとは、恥ずかしい限り。

 

「うむ、そうだな。詮無き事を聞いてしまった、忘れてくれ」

「承知つかまつった」

 

儂も今一度戟を構え直す。相手は手負いの猛禽、気を引き締めてかからなければこちらが喉笛を噛みちぎられる事とてあるやも知れん。

 

「ならば、続きと参ろうか」

「あぁ」

 

 

―――――――――

 

凄烈では無い、驚く程の剛撃でも無い、堅実で基本に忠実な動き。だがそれを崩す事が出来ずにいる。しかも・・・・

 

「セァっ!!」

「っ!?」

 

疾く、重い。

 

受け流す事を許されぬ速度に加え、受けに入れば一々直刀を弾き飛ばされる始末。それも身体もろとも、だ。体格差と地力の差があるとは言え、ここまで一方的に押されるとは思わなかった。

 

『大将の攻めは弓矢にしろ剣にしろ軽いんだよなぁ』

 

ふと、頭の中で昂さんの言葉が流れる。

 

『人としての重みって言うのかねぇ?俺らみたいなハンパ者をキッチリまとめるだけの器は間違いなくある、あるんだけどその器が空っぽって言うか何て言うか・・・・あー、学がねぇから上手く言えねぇんだが・・・・』

 

人としての『重み』とは良く言ったものだ。韓当殿は孫家でも最古参であり、常に前線に立ち兵を指揮していたと聞く。賊の頭目である俺と一軍を率いる韓当殿、その背負うものの差が『重み』の差なのだろう。

 

「ゼァアッ!!」

 

最上段からの振り下ろし、韓当殿の上背から、韓当殿の膂力が加われば到底受けきれるものでは無い・・・・無いが。

 

「アァアッ!!」

 

ガラにもなく声を張り上げ、真っ向から戟を受け止めに入った。腕も、肩も、脚も、全身が悲鳴を上げる。それでも、受け止めるべきだと思った。将の持つ『重み』を真っ向から体感したかったのだ。

 

「その意気や良し」

 

一瞬の拮抗。だがそれは直ぐに崩壊し、徐々に押し込まれていく。

 

「だが・・・・儂の勝ちだ、蒋欽」

「あぁ、俺の負けだよ韓当殿」

 

甲高い音と共にヘシ折れた直刀、右肩から袈裟懸けに走る熱。視界を染める赤。

 

「好きに・・・・す、ると、い・・・・」

 

途切れる意識、暗転する世界。

 

「軍医を呼べぃ!!この者の手当を急げ!!儂らは山に残る者たちに降伏勧告をしに行く!!」

 

最後に聞いたのは、韓当殿の声だった。

 

―――――――――

 

次に起きた時、そこには見慣れない天井があった。

 

「おぅ、起きたか棟梁」

「良かった・・・・」

 

覗き込む昂さんと柚杏の顔。二人が無事だった、と安堵すると共に俺は事の顛末を理解してしまった。

 

「負けたか」

「はっはっは、悪ぃ悪ぃ。あの爺さん強過ぎだ」

「昂さんが一合もたずにやられてしまったので降伏せざるをえませんでした」

 

俺と同じように全身包帯だらけの昂さんと、真逆に無傷なままに座る柚杏の姿。

 

「仲間はどうなった?」

「棟梁が韓将軍に敗北して間も無く、潰走致しました。棟梁を助けようと昂さんと一緒に突貫したのが三十、私と一緒に投降したのが二十弱。併せて捕縛されて城外にいるのが五十弱で、他は散り散りになりました。まぁ、棟梁に負けて無理やり抑え込まれていたのが殆どでしたからね」

 

五十弱か。むしろ、それだけの人数が俺と共にいる事を選んでくれたと言うわけか。

 

「起きたか、蒋欽」

 

戸を開けて現れたのは韓当殿と他数名。その中には甘寧、徐盛、陳武の姿もある、あとは・・・・

 

「さて蒋欽、勝ったのは儂ら孫家だ。『降れ』」

「そうする他無いだろう、この二人と城外で捕縛されている面々も引き連れての降伏になるが?」

「今は人でが足りんでな、一人でも使える者が増える事に関して異論は出るまい。賊、という点でならば興覇らの前例もある」

 

とうとう官兵か。物の見事に何の感慨も沸かないな、これは。

 

「とは言え・・・・興覇や文嚮、子烈のように多くの手勢が残った訳では無い。下手をすれば新兵を預かってもらうやもしれん」

「構わない」

 

古参の兵と、お目付のように補佐の名目で武官の誰かを付けられる、と言う可能性も考えていたのだ。昂さんや柚杏がどうなるかは分からんが、敵意などとは無縁な新兵を預けてもらえるならばむしろ好待遇とも言えるだろう。兵に関しては自らの望む色になるよう、鍛えれば良いだけなのだから。

 

「それと手勢の関係上、一武官として働いてもらうことになると思う」

 

何でも甘寧は水軍大将、徐盛と陳武は副大将をそれぞれ拝命しているとの事。江賊である甘寧と、半分江賊的な活動範囲だった徐盛、陳武が水軍関連に選ばれるのは当然と言えば当然。しかも俺たちは特に何か孫家側の軍勢を極端に手古摺らせたわけでも無く、特筆すべきところが現状無いわけだからこれもまた当然だろう。

 

「凌操も武官、顧雍は文官として働いてもらう事になる」

 

昂さんと柚杏が、それぞれ無言で肯く。

 

「と言うわけで、宜しいですかな?仲謀様」

 

甘寧たちに守られるようにしていた桃髪、褐色肌の少女が前へと進み出てきた。なるほど、遠目にも見ていたが・・・・

 

「孫権、字を仲謀だ」

 

江東の虎の次女、か。親に似ず慎重である、と言うぐらいの話は聞いていたが実際相対してみるとそのとおりだ、と分かる。

 

「貴方には私の直属武官として働いて貰う」

「・・・・韓将軍、ご説明を願おうか」

 

苦笑しながら、韓当殿が頭をかいて。

 

「儂を始めとした黄蓋、程普、張昭、張紘の宿老。孫堅様、孫策様、孫尚香様の主家の方々、他、周瑜や天の御使いをはじめとした若手一同もお主らを臣従させる事に異を唱えはせんかった。だが・・・・仲謀様だけが否と申された。興覇らのように直接干戈を交えた訳でも無く、また義憤から戦っていたわけでもない。そんな面々を手放しで信用など出来ぬ、とな」

 

良くも悪くも真面目なのだろう。そして俺の行動が相当、不実に見えたのだろう。ハンパ者を集め、徒党を組み、義賊のような事はしているが甘寧たちのように国を憂うような主義も主張も無く。また敗れればあっさりと掌を返し降る、うん。自分で言ってても小物にしか聞こえてこないなコレは。

 

「仲謀様は今現在、直属の部隊と言うものを持ってはいない。故に、これ幸いにと監視をするために手の届く場にお主を置きたいと申されたのだよ」

「俺だけ、なのだな?」

「えぇ、そうよ」

 

なるほど、形は違えどもこの人もまた間違いなく虎の娘だ。

 

「承ろう」

 

観念するしか無いだろう。無い信頼は、今から勝ち取っていけば良い。が、それにしても・・・・

 

先行きが、不安で仕方ない。




第四話でした。

まぁ後衛メインの弓武将と前線で戦う長柄系武将がまともに一騎打ちやったらこうなるよねーって話でした。

そして蓮華様の主人公に対する塩対応・・・・まぁ、場合によってはご褒美ですよね!え?私だけですか?

とまぁ、次話からは日常編?的なモノを書いていこうと思います。

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