「飛鷹、今日は仲謀様の部屋へ行け」
朝一、前日に予定されていた部隊の調練に赴くべく準備をしていた俺に風央殿からそう告げられた。調練は悠那と陽が代わるから、との事でもあり俺は仲謀様の部屋へと向かっていた。
俺と仲謀様の仲はあまり良くない。こちらから意識してそうしている訳じゃない、仲謀様がこちらを避けるようにしているのでこちらも意を汲んでそのとおりにしているだけ。だがそうする事で、領民たちにまでそれが伝わっている事は分かっている。仲謀様への領民からの信望は厚い、だがその直属武官であるハズの俺とは仲が悪い。そんな状況があらぬ憶測を産み、民の不安を煽る事も分かっている。分かっているからこその、仲謀様からの呼び出しなのだろう。仲謀様がどのような解決方法を取るかは分からない、だがそれ次第で・・・・俺は去就を考えなければならないだろう。
「仲謀様、蒋欽です」
「入って」
部屋の外から声をかければ、直ぐに返答が入ってくる。短く「失礼」と言いながら扉を開ければ、最近では護衛のように張り付いていた思春の姿は無い。補佐に着いていた穏(陸遜)の姿すら無い。
「急に呼びつけてごめんなさい、二人で話がしてみたかったの」
「いえ、今の俺は仲謀様直属の武官です。その指示、要請に従うのは至極当然の話でしょう」
「・・・・そう。立ち話もなんだから座って」
一礼し、椅子に座る。
「貴方とこうやって話をする事は無かったものね」
「そうでしたな」
思い返しても見れば、最低限の指示、報告を除けば改まって話をするという時間は無かった。俺と仲謀様に足りないのは相互理解、と言う事なのだろうか。
「公奕は呉郡の生まれなのよね?」
「ええ、父母はそこそこ大きな商家でした」
「・・・・それで何故賊に?」
そう思うのも当然だろう。と言うことで俺はかいつまんで、賊になるまでの経緯を説明していった。少々、人に言えないぐらい荒っぽい事もしたのでそこはぼかして話をしたが。
「そう、だったの。ごめんなさい、踏み込んだ事を聞いてしまって」
「いえ、思春、悠那、陽、昂さん、柚杏は知っている事ですし風水様、雷火様、風央殿もこの話は知っています」
それでも、どこか申し訳なさそうな顔をしている仲謀様。
「風水様や風央殿から聞いているかも知れませんが・・・・俺は思春たちのように、義憤や民を思う気概から賊になったわけではありません」
仲謀様の表情が変わり、俺の話を聞く態勢に入っている。
「何も期待していなかったんです、国にも、役人にも、何の期待もしていなかった。『だから』賊になった、後ろ盾も無ければ志があるわけでもなかった俺たちは『生きるために』賊になるしかなかった」
「生きる、ために」
悪徳役人や悪徳商人ばかりを標的にしていたから義賊、なんて持て囃されはしたがそこに上下は無い。義賊だから上等だと言うわけではなく、山賊野盗だから下等と言うわけでも無い。『賊』は『賊』なのだ。
「民の殆どもそうです。極端な例えにはなりますが高祖劉邦と二世皇帝胡亥、それぐらいの落差が無い限りは民にとっては為政者が誰でも構わない。その日その日を生きていられる、それが一番大事なんです」
誰が治めるかは大きな差さえ無ければどうでもいい。日々を生きていけるかどうか、民にとって大事なのは『それだけ』。恭順の意を示す意味で、喜んで見せる事はあっても心の底から歓迎する何て事は少ない。
「だが俺は、孫家ならば・・・・揚州の民が、もしかすれば天下の万民が。『その日を安心して生きていける』国を作ってくれるかも知れないと言う、期待もあるんです」
「公奕・・・・」
「正直、俺の面があまり良く無いのは知っています。あまり感情を表に出す性分でも無いんで、不気味だと思われるのも分かります。それでも、俺が孫家に抱く期待と、その期待を成し遂げるまで孫家と共に歩もうと言う『覚悟』は本物です、それだけは・・・・信じて欲しいんですよ」
一代で作り上げる天下など脆いものだ。だが孫家には『
その事は、仲謀様にも理解して欲しいんだ。
SIDE 蓮華
こうまで公奕が何かを語る、と言うのは初めてかも知れない。思春や悠那、陽から聞いていた公奕は寡黙で表情を表に出さず、常に冷静で感情に身を任せずに『理』で戦を動かす一種の傑物だと。
風央や風水に後押しされたとは言え、今日公奕と話せて良かったと思う。私たち生まれながらにある程度の暮らしを保証されていた者にはわからなかった感覚。
「何も期待していなかったんです、国にも、役人にも、何の期待もしていなかった。『だから』賊になった、後ろ盾も無ければ志があるわけでもなかった俺たちは『生きるために』賊になるしかなかった」
「生きる、ために」
それは衝撃的な言葉だった。思春たちと戦った時にも、薄々感じていた事ではあった。でもこうしてハッキリと言われて、改めて感じた。『何も期待していない』の言葉。自惚れていたのかも知れない、生まれて母様の背中を見てきたからこそ、自分たちが民を治め、導き、護らなければならない。そうする事を民も望んでいるから、そうあらねばならないと。
「民の殆どもそうです。極端な例えにはなりますが高祖劉邦と二世皇帝胡亥、それぐらいの落差が無い限りは民にとっては為政者が誰でも構わない。その日その日を生きていられる、それが一番大事なんです」
生きる。
それが民にとっては一番大事、知識としては知っていた。それでも、どこかで他人事だったのかも知れない。分からないから、理解出来ない、と心のどこかで思い込んでいたのかも知れない。
「だが俺は、孫家ならば・・・・揚州の民が、もしかすれば天下の万民が。『その日を安心して生きていける』国を作ってくれるかも知れないと言う、期待もあるんです」
これまでの公奕の語りに、私の心には靄がかかりかけていた。自分がやってきた事は、自分が正しいと信じて疑わなかった道は、間違っていたのだろうかと。でも、公奕の言葉は私の中にかかりかけていた靄を一瞬で払ってくれた。公奕がそう期待してくれているという事は、他にもそう期待してくれている人がいるかも知れないと言う事。
「公奕・・・・」
「正直、俺の面があまり良く無いのは知っています。あまり感情を表に出す性分でも無いんで、不気味だと思われるのも分かります。それでも、俺が孫家に抱く期待と、その期待を成し遂げるまで孫家と共に歩もうと言う『覚悟』は本物です、それだけは・・・・信じて欲しいんですよ」
私は、公奕そのものを認めたくなかったんじゃない。公奕を、公奕の在り方を認める事で『自分の考えが間違っている』事を認めたくなかった。思春たちの語る公奕の在り方は、自分が目指していた位置とは真逆のもの。
為政者として民を『庇護』しなければと考えていた自分と、並び立つ者として民と『協力』していた公奕。そこに確かにあった差を、認識したくなかっただけなのかもしれない。
「信じるわ」
そう答えを返す事に迷いは無い。
「でもその前に聞きたいことがあるの」
「何なりと」
「私たちが貴方を降した戦い、あの時・・・・貴方は何故『弓』を使わなかったの?」
公奕の異名は『鷹の目』。思春たちにも、公奕の『弓』には気をつけろと言われ通常よりも多くの、しかも風央の精鋭兵をつけられ護衛されていた。だが、報告を聞いても公奕が『弓』を使ったという話は一向に聞こえてこない。だからこそ気になった。
―――――――――
「信じるわ」
胸中にあった思いは吐露した。結果として、仲謀様からその言葉を引き出せた事は最上だと言えよう。
「でもその前に聞きたいことがあるの」
「何なりと」
事ここに至って隠すような事も無い、答えが用意出来る質問であるならば全て答えてみせよう。
「私たちが貴方を降した戦い、あの時・・・・貴方は何故『弓』を使わなかったの?」
そう来たか。だが、『俺』を、蒋公奕を知ってもらう意味でも、俺が『弓』を使うと言う事の意味を教えておいた方が良いのだろう。
「俺はですね、『弓』を持ち、『矢』を番えたならば『必ず射殺す』と決めているんです。当てるだけでは駄目、一射にてその命を奪う。それが俺の小さな矜持、たった一つの掟」
意識した事では無い、俺が弓を手に取るようになった頃から、俺の中の『何か』がそう囁くのだ。それが間違っているとは思わなかった、むしろそれこそが正解だと俺の本能が理解していた。
「だからこそ、俺はあの戦いでは『弓』を使わなかった。孫家に降る事は大筋決めていた、もし噂だけが先行した愚物の集まりであったならば相討ち覚悟で『弓』を使うつもりもあった。だが・・・・風央殿と打ち合って分かった、噂は本物だったどころか・・・・こちらの想像の上を行くと」
風央殿はまさしく将の鑑たる存在、その人が愚物の配下である事を由とする訳が無い。孫家を信じていた、と言うよりも風央殿程の将が仕える孫家、と言うのを信じていたのだろう。
「俺の『弓』は敵対する総てを射抜く、だが孫家は『敵』では無く背を預け合い共に行く『仲間』になれると思った。だから使わなかった・・・・」
さて、仲謀様から返って来る答えはどうなのだろうか?
「ごめんなさい・・・・貴方は私たちを信じようと、歩み寄ろうとしてくれていたのに私はそうする事を拒んでいた」
謝罪、と言うのは少々想定外だった。
「仲謀様、俺は・・・・」
「蓮華」
そんなつもりでこの話をしたんじゃない、そう続けようとした俺を制した仲謀様がそう呟く。
「蓮華と呼んで?貴方の信頼に報い、これまでの謝罪の一歩として。貴方に私の真名を預けたいの」
「・・・・ならば飛鷹と、そうお呼び下さい『蓮華』様」
「えぇ、改めて宜しくね『飛鷹』」
まぁ、俺が想定していた状況とは違うが真名を預け合うまでになったのは想定以上の成果でもある。
炎蓮様(孫堅)には風央殿や雷火様、風水様に祭殿(黄蓋)や粋怜殿(程普)がいる。
雪蓮様(孫策)には冥琳殿(周瑜)や、最近は昂さんが気に入られて一緒にいる。
小蓮様は・・・・まぁ、まだ別として。
蓮華様には特別に近しかったり、付き合いが長かったりする者がいない。思春が最近は比較的近しいようだが、蓮華様、思春、両方の性格の問題で未だにどこかぎこちなくもある。
『仲謀様はな、まぁ・・・・なんだ、不器用なのだ。母である大殿に似ず生真面目で、悪く言えば頑固とでも言おうか。儂はな、出来ればお主がそんな仲謀様に寄り添い、片腕となってくれればと思うのだよ』
そんな風央殿の言葉を思い出す。風央殿は風水様と共に、蓮華様の教育係を務めたと聞く。それこそ、親と子のように接していたと。そんな親のような人物が、そうあって欲しいと願ったのだ。認められたならば認められたなりに、報いねばなるまい。
「改めまして、今後とも宜しく」
「えぇ、宜しくお願いするわ」
そう、笑い合うのだ。
第六話でした。
かなり悩んで、迷走して、ようやっと書き終えましたよ。ところどころ整合性が取れない気がするなーとか、矛盾してたりしない?とか思ったりもしましたがここはこれでいい、と思っています。
さて、そろそろヒロインを決めようかなーと思うこの頃。一人に絞ろうか、何人か選ぼうか・・・・上手く描けるかどうかは別としても迷うよね!