ですが、ようやくその余裕が出来てきましたのでボチボチ投稿を再開しようと思います。
「この服はどうかしら?」
「・・・・あ、いや。よく、似合っていると・・・・」
どうしてこうなった。
俺を指名しての買い物、それなりに重量物であったり、書物などの嵩張るものを買うのだろうと思っていた。だが・・・・蓮華様に連れられて来たのは服を取り扱う店だった。しかも女性ものを多く取り扱うような、そんな店に連れ込まれれば困惑するに決まっている。(確信)
「そう思うならちゃんと私の眼を見て答えて頂戴?」
「・・・・は」
蓮華様の言う事も最もである。正しいと思う意見を述べるのであれば、相手の眼を見て言うべきである。だが、だが蓮華様の今身につけている服は何時もよりも露出が、具体的にいえば胸元が開いた服だ。同世代の同性に比べて枯れているという自覚はあるが、それでも俺だって男だ。どうしてもそちらに視線が向いてしまう。
「じゃあ次は・・・・」
ただ、今望むべきは・・・・『この状況から開放してくれ』だ。
SIDE 諸葛瑾
妹たちと別れて約半年。近頃揚州にて勢力を拡大させてきた孫堅様にボクは仕える事になった。風の噂では妹たちは今は平原の相、劉備に仕えているのだと言う。いつの日か妹たちと再開したとき、胸を張れるようにボクも学び、研鑽を積まねばならない。
『明後日よりお主は蒋欽の下で働くが良い』
直属の上司である雷火様からそう告げられたのが昨日の話。蒋欽将軍、と言えば近頃孫権様直属として頭角を表して来た『鷹の目』の異名で呼ばれる御仁。武の技量もさる事ながら、軍の指揮も古参の将軍方に勝るとも劣らず、更には政治方面にも才覚を示しているようで雷火様も彼の事は相当評価している様子。
それに、ボクも彼の事は気になっていた。齢は同じと聞く。風水様から彼の身の上を聞かされもした、故にだ。親を親戚に奪われ、賊にまで成り下がったにも関わらず今は孫家の次期筆頭武官の候補にすら上がるような人物となっている。故に知りたい、その心の内にあるモノを、信念をだ。
「・・・・何をされているのですか?」
蒋欽将軍の隊が本格的に始動するまで二日、それまでは同隊配属の者は等しく休みだと言う話だ。ボクも例外ではなく、何時ものように市井を見て回りながら細かな変化を観察して歩くために街に出た。・・・・と言うのに、ボクの目の前には想定外過ぎる光景が広がっていた。
「あぁ、子喩。大きな声を上げないでくれ」
ボクの言葉に反応してくれた顧雍殿が、そう言って指差す。その先には、孫権様と蒋欽将軍が連れ立って買い物をする姿。一時は不仲を囁かれた両人が、最近はその噂を払拭するように近しい仲になっている事は孫家に仕える皆が周知している。むしろ孫堅様なぞは早く手を出せ、とまで公言するような状況でもある。だが・・・・何も孫家の基幹を担う人々が、その能力を遺憾無く発揮してまでデバガメをするのはどうだろうか?とも思う。
どうかとは思う、が非才なボクでも状況は理解出来た。お節介と妨害と享楽が一対一対一ぐらいなのだろう。だがこれが孫家の家風なのだろう、とも思う。主家筋の娘と外様の優秀な男の恋を形はどうあれ応援するような家風を持つのはここぐらいなものだろう、そして問題があるとするならばボク自身はその家風をとても好ましいものだと思ってしまっている事だ。
「さて、ボクはどうすべきだろうか」
―――――――――
いつになく不覚を取った。
そう認識したのは三軒目の服屋を見終えた頃だろうか。昼食をどうしようか、と蓮華様に問われ思案すべく冷静になろうと思っていたところで気づいた。視線、気配、併せ十四。一つだけ見知らぬ気配も混じっているが、それ以外は良く知ったものばかり。
「蓮華様」
小声で話しかけると、何かを察したように蓮華様が表情を改める。
「どれぐらい?」
「十四」
蓮華様だけに見えるように、大きな声をあげないようにと合図を送りながら数を告げる。と、驚いた様子を見せながらも、ため息を一つついている。
「どうするべきかしら?」
指を二本立て、俺は意見を挙げる。
「気づいているぞ、何をしている、と怒鳴り追い散らすのが一つ」
「もう一つは?」
「あの面々を相手に撒くように逃げるのが一つ」
またしても、驚いた表情をしてから笑みを浮かべる蓮華様。それは、まるで炎蓮様や雪蓮様が悪戯を仕掛ける前のような笑みで。
「逃げる場合、勝算はあるのかしら?」
「五分、条件次第では六分まで。機動力の高い思春、勘が良い炎蓮様、雪蓮様を撒けるかが鍵かと」
「じゃあ逃げましょう?」
「・・・・・・・・らしくないですな」
何時もの蓮華様なら、こちらの静止よりも早く怒鳴りに向かっている気がする。
「そうね、でもたまにはこういうのも良いでしょう?」
「・・・・ですな」
ここ最近の蓮華様は、出会った時よりも雰囲気が柔らかくなった気がする。その事を炎蓮様に話したら、お前の影響だと、言われた事があった。
「では、俺が気を逸らすので・・・・合図と共に走りましょう」
無言で肯く蓮華様、俺は懐から硬貨を数枚取り出し両手の指先に番える。狙うはそれぞれが隠れ蓑にしている曲がり角に積み上げられて置かれた木箱、一斉に硬貨を弾くと同時に俺と蓮華様は走り出す。目指すは城門方向、そっち側には気配が二つしか無い。俺は走りながら再び懐から硬貨を取り出し、瞬時に左右を確認する。
「「あ」」
右に柚杏、左に一刀。俺は迷う事なく二人に向けて、ほぼ同時に硬貨を弾く。
「ふぎゅっ!?」
「眼がっ!?眼がぁああああああ!!?」
うん。取り敢えず動きを封じることには成功した、後方も俺が打ち出した硬貨で崩れた木箱で足止めが出来ている。
「振り向かずに走り抜けるぞ!」
「ええ!!」
―――――――――
「何とか・・・・撒けたみたいだな。ったく、あのザマだと炎蓮様と風央殿が主導か?暇人共が・・・・」
「・・・・・・・・」
無言の蓮華様が、不思議そうな表情で俺を見ている。
「貴方のその口調・・・・」
「っ!?失礼をしました!」
ドサクサ紛れに何時もの口調に戻ってしまっていたようだ。が、蓮華様は笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「その口調で良いわ、それが素の貴方なのでしょう?」
「まぁ・・・・そうだが・・・・」
「どうせなら普段から素の口調にしましょう?名前も呼び捨てで良いわ・・・・その方が『らしい』と思うから」
「だが・・・・」
普段から、と言う事は周囲からの印象をガラリと変えかねない。俺が無理にでも敬語らしき言葉遣いをしていたのは俺が新参であった事と、元賊である事が理由だ。例え他の連中がしっかりしていても、元頭であった俺が相応の立ち居振る舞いをしなければ「所詮は元賊」「他の者だって猫を被っているだけ」と不必要な軋轢を生むと、そう思っていたからだ。
「貴方は十分過ぎる実績を積み重ねているわ。本来なら私の補佐なんかじゃなくて、風央や姉様、祭や粋怜と共に肩を並べて一軍を率いていてもおかしくないくらいに。誰も今更貴方の口調や呼び方一つなんかで陰口を叩いたりしないわ、そもそも・・・・」
浮かべた微笑みは、矢張り他の孫家の人々とは異質なもの。
「当主である母様があの通りだもの、気にしなくていいわ」
炎蓮様も雪蓮様も、もしかすれば小蓮様も、その気質は燃え上がる焔。だが蓮華様は違う、まるで遍く総てを照らす太陽。敵対する総てを焼き尽くすような熱量は無い、だがその優しき日差しは照らされる民に安心感を与える。
「そうだな」
安定させる者、俺は蓮華様をそう評価した事がある。
「なら改めて、宜しく頼むよ『蓮華』」
「ええ」
その評価を、上向きに修正しなくてはならないようだ。
「かつて・・・・風央殿に『雪蓮様にとっての冥琳のような存在になって蓮華様に寄り添って欲しい』と、言われた事があった」
俺の切り出しは唐突だったが、それでも蓮華は直ぐに聞く態勢に入っていた。
「その頃は『そう頼まれたから』そうあろうと思っていた、だが今は違う」
蓮華の前に片膝をつき、拱手し俺は続ける。
「俺の意思で、悪名高き『鷹の目』でも孫家の将の『蒋欽』でも無くただ一人の『飛鷹』として支えて行きたい。お前に足りない『戦』の力を、『矛』として俺が担おう。故に示せ、これから訪れるであろう乱世。その先にお前が望む世界を、俺は総てを投じて『そこ』を目指そう」
「望む世界?」
母である炎蓮様でも、父替わりの風央殿でも、姉妹である雪蓮様、小蓮様でも駄目だ。蓮華にその『自覚』を持たせるには、俺ぐらいの距離感がちょうど良いのだ。
「乱世とは時化のようなものだ、引き起こされた大波による余波はありとあらゆる総てを打ち払い、願う願わぬにかかわらず奪い、与えていく。炎蓮様は紛れもなく稀代の英傑、今天下に近しい者の一人である事に間違いは無い。雪蓮様もその資質を受け継いでおり、炎蓮様に『何かあっても』孫家をあるべき姿、目指すべき場所へと導いてくれるだろう」
『何かあっても』と言った時に、何か言いたそうだった蓮華を眼で制す。『最後まで話を聞け』と、蓮華もそれを感じ取ってか続きを促してくる。
「だがいくら強く、眩く、超越した存在だとしても炎蓮様も雪蓮様も神でも怪生でも無い一人の人間だ、首を跳ねられ、心の蔵を穿たれれば死ぬ。毒や流行病に侵されても死ぬ、よもやすれば酔って転び頭を打ち据えた拍子に死ぬ事すらあるかも知れん。炎蓮様が倒れ、雪蓮様まで倒れる事になれば次に孫家を導かねばならないのはお前だ蓮華。故に問う、お前は・・・・孫家と言う御旗を、俺たち臣下を、従う臣民を、如何に導く?」
蓮華は、心の奥底で炎蓮様、雪蓮様が死ぬ事は無いと『決めつけてしまっている』。そして自分が生きているうちに、孫家当主の椅子が巡ってくる事など微塵も考えてはいない。俺はそれを危険だと思った、その通りになれば良いが今は乱世。小指の爪ほどでも、そうなる可能性があるならそうなる事を常日頃から心の片隅にでも考えて置いておかなければならない。
「私は・・・・まだ分からないわ」
言い淀む、理として理解は出来るが、と言ったところか。
「でも、もしそうなる事があったなら」
一度伏せかけた視線を俺へと戻したその時、俺は一つの光景を幻視した。
「母様の背も、姉様の背も追い続けるつもりは無いわ。私にはあの二人の真似は出来ないもの、だから・・・・」
数多の臣、数多の兵、数多の民の先頭に立ち。
「私なりのやり方で、江東の地を、民を護りたい」
人らしいままで、人のままで、懸命に命を張り続ける王の姿。
「これじゃ・・・・駄目かしら?」
「蓮華らしいと、俺は思う」
風央殿が蓮華に俺をつけた意味が、分かった気がする。
「俺は軍師じゃない、だから教え導く事は得手では無い。だが戦は得意だ、だからこそお前が望むべき道を切り開く事は出来る」
片膝をつき、拱手し俺は口上を続ける。
「俺はお前がお前で在り続ける限り、その矛として仇なす全てを打ち払おう。だから・・・・」
「えぇ」
蓮華も俺と同じ視線にまでしゃがみこみ、拱手した俺の手を握る。
「貴方が傍にいてくれる限り、私は何もかもを『諦めない』。孫家の天下も、母様や姉様を越える事も」
基本、俺は自分の『眼』で見たモノしか信じない。だが・・・・
「私の行く道は尋常では無いわ、越える目標があの二人だもの」
『運命』と言うものを信じたくなった。
「それでも、私を支えてくれるかしら?」
俺と蓮華の出会いは。
「ああ、当たり前だ」
運命だったのだ、と。
ブランクはありましたがどうだったでしょうか?
蓮華ルートには入りましたが、まぁ主従の絆が深まる、ぐらいにしておきましょう。まだ何話か、日常系が続くと思いますので次回を乞うご期待。