新人アークス、アウル【完結】   作:フォルカー・シュッツェン

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姉妹対決

あれから数日、私達はひたすらに火継達を鍛え続けた

勿論いつでも出撃出来るように身体を壊すようなことはさせないし疲れを一切残さないようアフターケアも行い続けた

 

「しっかしあんたら姉妹は凄えなぁ、自分でも分かるくらい目に見えて上達してるぜ」

「確かに、私も戦いながら少しは先のことを読めるようになったし」

「私も大分早く動けるようになったんじゃないかな?あと…痩せたのも嬉しいかも♪」

「氷莉、あんたねぇ…」

「だってぇ」

 

彼女達の成長は私達も感じている

炎雅も精度、射程が向上したし身体操法を叩き込んだお陰で動きそのものも良くなった

 

「で、だ…俺達にこうして教えてくれるのはありがたいんだが、あんたら自身の修行は良いのかよ」

「言われてみればそうね。私達に教えてばかりじゃ貴女達は訓練出来ないじゃない」

「教えることもまた修行になる。己が己をどれほど理論で理解出来ているかの確認も出来るしな」

「そういうことです。心配なさらなくても大丈夫ですよ」

「でも貴女達は実戦に近い形のものをしてないせいで勘が鈍るとかはないわけ?」

「甘く見るな、と言いたいところだが可能性はあるな」

「常に磨き続けないと実力はすぐ鈍ってしまいますからね…」

「かと言って俺達じゃこの2人と対等に戦えねえぞ」

「束になっても相手になるか分からないし…う〜ん」

「それならいっそのこと姉妹で模擬戦やったらどうかな」

「私と樒で?」

「模擬戦か…」

「それもいいかもしれませんね」

「言われてみれば姉上との決着はついていなかったしな」

「そうか、あの時からもう15年ですか…早いものですね」

 

アウルと樒は互いに距離を取る

火継達は巻き込まれないよう部屋の隅へ移動した

 

「本気でいくぞ、姉上」

「望むところです、樒」

 

2人から闘気が迸る

双方産まれた時から殺し屋、そこにははっきりとした殺意が含まれておりアウルもそれを隠そうとはしなかった

暗い殺意がぶつかり合い辺りの空気が重くなる

組手のようなものだと言うのに死人が出そうだ

 

「ねえ…氷莉あんたとんでもないこと提案しちゃったんじゃないの?」

「えぇっとぉ…まぁ本人達も乗り気だしいいんじゃないかな?」

「んなこと気にする暇があったらあいつらの動きを見て少しでも盗むことを考えろ。こんなチャンス二度とないかもしれねえぞ」

 

火継達は2人に注目する

アウルはナイフと銃を手に、樒は打刀を両手に構えていた

2人は暫く膠着する

その後何の合図もないのに同時に動いた

樒は両手の握りを緩め、初手で「幻惑の両刀」を放つ

アウルを相手に探り合いなど不要であるしそんなことをしていればすぐにやられてしまう

最初から本気で、技を隠すことなく全力でいくことにしたのだ

だがそれはアウルも同じこと

アウルは感覚を鋭敏に研ぎ澄ますことで予測不可能と言われる樒の剣筋を見切って捌いていく

アウルのこれは「超感覚(ハイパーセンス)」と呼ばれこの状態のアウルへは何人も攻撃を当てること、そして彼女の攻撃を避けることは不可能と言われていた

かなり強力だがとてつもない集中力が必要なため、長時間の維持は出来ない

僅かな隙を突いてアウルが銃を樒の顔目がけて撃つ

だが直前でそれに気付いた樒は上半身を大きく逸らして躱す

更にそのままの姿勢で攻撃により防御の緩んだアウルへ斬りつけようとした

それを予期していたアウルはこれを捌こうとする

しかし樒は今までの緩んだ剣筋から一転、急に握りを固めて鋭い剣戟を放った

そこまで予測しきれていなかったアウルはそれを完璧に捌くことは出来ず、ナイフでなんとか受け止めるので精一杯だった

樒はそのまま刀を振り抜いてアウルを後方へ飛ばす

飛ばされたアウルは空中で体勢を整えて飛びながら樒へと連射する

樒はその全てを刀で弾き落としてみせた

この間、僅か10数秒ほど

 

「ねぇ…今の見えた?」

「なんとか見えはする、んだが…」

「何してるかさっぱり分かんないよぉ」

 

火継達は本気のアウルと樒の動きを盗もうと目を凝らして見ていたが、次元の違いに最早諦めムードである

分かることといえば

 

「刀で銃弾弾くってどうなのよ…」

「樒ちゃんのあの技全く見えないのに…」

「今の早撃ちもえぐいな…」

 

このくらいだ

 

火継達の使う具現武装はとても軽く、振るうのにさほど力を必要としない

しかし樒の扱う刀は地球の物と比べれば軽いとはいえしっかりと重量がある

その上両手に持っているため片手で振らなければならない

それでいて常人には視界に映りすらしない速さの銃弾を弾いてみせたのだ

樒は細身の身体だが、見た目以上の膂力があることが伺える

アウルもアウルで樒の幻惑の両刀を全て防いでいる

その使い手である樒でさえ予測のつかないことがあるほどの攻撃を、ほぼ全て見切り躱す

一時的なブーストであってもとんでもないものがある

更に後方へ飛ばされる最中に体制を整えつつ拳銃を連射し、その全てをきっちり樒の位置へ放っている

マズルジャンプまで計算に入れて利用しなければ到底出来ない芸当だ

数日特訓を詰んだだけの火継達が理解出来ず、諦めるのも無理はない

 

「やはりその技は中々に厄介ですね」

「全て躱しておいてよく言う。これは一応私の奥義なんだがな」

「私も必死なんですよ」

「必死になった程度で躱される…か。相変わらず恐ろしい姉だ」

「それはお互い様でしょう」

「それもそうだ…な!」

 

短い会話を挟んだのち、アウルと樒はまた撃ち合う

実力は拮抗していたし互いに油断も隙もないため暫く膠着状態が続いた

-しかし

 

「ぐっ…!」

 

樒が押され始めていた

元々樒は暗殺者向きであり、真正面からの戦闘を最も得意とするアウルが相手では今回のような場合は分が悪い

だからこそ初っ端から奥義まで使って仕留めようとしていたのだ

出方を伺う可能性の高い初撃に全力を込めれば勝てる可能性はあると

しかし同じく全力を出したアウルに防がれてしまったし、その後も何度か切り傷を与えてはいるが自分の方がダメージが大きい

体格もアウルの方があり、おまけに扱う武器も樒のそれより余程短く軽い

パワー、スピード、タフネスにおいて樒はアウルに負けていたのだ

だが諦めはしない

これまでも自分より強い相手と戦い、不利な状況の中でも相手を殺して生き延びてきたのだ

その為にはたった1度の反撃で急所を貫くのがもっとも良い

樒は反撃のチャンスをアウルの猛攻に耐えながらじっと待つ

その時だった

 

「なっ!」

 

樒の両腕が何故か真上に跳ね上げられていた

樒は完全に防御に徹している

いくらアウルでもこれを破るのは困難だ

だが樒が下から振りあげられるナイフを防ごうと刀で受け止めると刀を持った腕が一瞬で上に跳ね飛ばされ身体がガラ空きになったのだ

アウルといえど本気で防ぎにきてる樒の刀を腕ごと弾くことは不可能なはず

樒の筋力はアウルに劣るとしても相当なものだし技量面に於いてはむしろアウル以上だ

にも関わらず今こうして防御を弾かれ、両腕とも頭の上にある

樒はあまりの衝撃に何が起こったか一瞬分からなかった

しかしすぐに思い当たるものを思い出した

 

(そうか、太極拳か。まさかナイフであの複雑怪奇な力の流れを作るとは…しかも私に気づかせることなく)

 

長らく地球を離れ、オラクルにいたことも災いしたのだろう

流石に3年近くも地球の武を一切見ていなければいくつか忘れてしまうのも無理はない

そのせいもあり、樒は対処が僅かながら遅れた

その一瞬の間で完璧に懐に入られ、アウルの掌打を胸にまともに喰らう

樒は後ろに大きく吹っ飛び、壁に叩きつけられる

 

「がはっ!」

 

そのまま壁を背にして寄りかかるような姿勢で床に尻餅をつく

掌打の衝撃で横隔膜が激しく痙攣している

意識こそ失わなかったもののこれ以上の戦闘行為は不可能だろう

こんな状態でも決して刀を手放さないのは流石である

 

「やはり…正面か、らでは……姉上に勝てない、か…」

「それはどうでしょうね…少なくとも私はかなりギリギリでしたよ。あそこで私の狙いに気付かれていたら負けていたのは私の方かもしれません」

「ふっ…そ、うか」

 

樒はそのまま目を閉じる

意識を失ったわけではなく、自身の再生に努める為余分な力を使わないようにしたのだ

 

その後樒は自分の足で立ち、メディカルセンターへと向かった

アウルはトレーニングルームに残り火継達への稽古を再開する

樒のことは良いのかと聞かれたが、彼女のあの様子なら心配は要らない

きっと数時間後にはケロッとした顔でここに来るだろうと言うとそれ以上は何も言われなかった

その言葉通り3時間後に樒は戻ってきた

勿論特訓をつけにきたのではなく、安否の報告だ

今日は休むと言って先に帰った

 

その後も特訓はしたが、あの会議から日数も少し重ねてきている

突入の日は近い、そう予感していたアウルは早めに切り上げて体力の回復へ努めさせることにした

…単純に妹を心配する姉心も含まれていたが

 

翌朝

アウルの読み通りアースガイド本部への突入の手筈が整い、日程も決まった

突入は2日後

アウルと樒は相談してその日を最後の特訓にし、突入の前日は火継達に自由に過ごさせることにした

事態が事態だけに生きて戻ってこれる保証はない

…色々と精算しておいた方がいい

勿論心身を休ませ、生存の可能性を少しでも上げる目的もある

こうしてその日は過ぎていき、突入前日

皆思い思いに過ごしていた

 

後悔をしないために


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