デウスエスカを倒し、地球の問題を解決した私達に待っていたのはいつ終わるとも知れないメディカルチェックと詳細な説明の要求だった
地球の神という未知の敵を相手にしたためどのような影響が身体に及ぶか分からないし、デウスエスカによって地球とオラクルの連携が絶たれたことによってモニターが出来なかった為に説明をしなければならなくなってしまったのだ
その上アークスの正式な作戦だったので報告書の提出などの事務処理、一応許可はされていたが規則に反した私に罰を与える体裁を取る必要があったため形だけの謹慎処分を受けたりなどもしていた
そのせいで自由に動けるようになったのは2週間も経ってからである
過度な運動が禁止されていたのでそこから1週間ほどかけて鈍った身体(周りの者からは鈍ってるとは思えないと言われた)を鍛え直したりなどもしていたので完全な調子を取り戻すのに約1ヶ月もかかってしまった
彼女から連絡を受けたのは丁度その時だった
連絡を受けた私はロンドンへと赴いた
そこに以前はなかった巨大な塔が建っていて、どうやら彼処に呼び出されたらしい
下から見ると最上階辺りが広場のようになっていて戦うのに十分なスペースがある
私はその塔に入り、エーテルを利用したワープ式のエレベーターを用いて最上階へと登った
そこにはこちらに背を向け、優雅に佇む1人の女性がいた
「貴女なら来てくれると思っていました。ようこそ、エスカタワーへ」
「一応、約束でしたからね…それにしてもエスカタワー、ですか。これだけ頑丈なら戦うのに不足はなさそうですね」
「勿論です。なんせ私達の闘争の為だけに用意させたのですから。どれだけ暴れても平気ですよ」
ファレグから僅かに闘気が漏れでる
どうやらすぐに戦うつもりではないらしい
その証拠にファレグは昔の話をしだした
「初めて会った時、貴女はまだほんの子供でしたね。ですが貴女はその時から既に強かった。まだまだ粗削りではありましたけど、磨けばきっと輝く…そんな可能性を見せてくれました」
「随分と懐かしいですね。もう十年以上も前になりますか」
「えぇ。そして今、こうしてとても強くなった貴女が私の前にいることがとても嬉しいのです。私の全力を受け止められるかもしれない、それだけで心が踊って仕方ないんです」
「私は出来れば戦いたくなんてないんですけどね…」
私がそう言うとファレグは僅かに目を開き
「嘘を仰い、貴女には闘争好きの血が流れています。あの親達の子ですもの、間違いありません」
「両親のことを、知っているのですか?」
「当然です、特に父親の方は私が鍛えたんですもの」
「なっ……」
衝撃的すぎるカミングアウトだった
私の父親はファレグの弟子だった…つまりは私が教わったものは元を辿ればファレグに行き着くと言うのか
驚きすぎて目を見開いてしまった
「おや、そこまで驚くとは思っていませんでした」
「…一つだけ教えて下さい、ファレグ。私達の両親は、最期はどうなったのです?」
「ある程度分かっているでしょうに。彼等は貴女達を逃がした後追手との戦闘で命を落としました。彼等はとても強かった、けれど流石に3桁の敵を相手に勝つことは出来なかった」
「…2人を消すのに数を投入しすぎでしょう。正気とは思えません」
「たった1人で敵国の兵士を皆殺しにした人の台詞とは思えませんね?」
「国そのものを消せる人に言われても皮肉にしか思えません」
ファレグがその気になれば街一つ落とすのに1日あれば可能だろう
そんな相手とこれから全力で正面衝突するわけだが果たして勝てる、いや生き残れるのか…死ぬつもりはないが正直自身は無い
そんなことを考えているとファレグの纏う空気が変わってきた
そろそろ、か
「さぁ、そろそろ始めましょう。貴女も仮面を外しなさい、枷をかけたままで私を倒せはしませんよ?」
「………そうだな。望み通り本気で殺ってやる」
「えぇ、楽しく殺り合いましょう」
お互いから隠すことをやめた殺気が奔流となって辺りに溢れる
ひたすらに相手を圧倒する気と暗く淀んでドロドロとした気がぶつかる
その気の衝突は第三者が見れば空間が歪んで見えるほどだろう
先に動いたのはファレグだった
凄まじい勢いの踏み込みから恐ろしい速度の回し蹴りを放ってくる
アウルはそれをファレグの後ろに回り込むことで回避する
直接受けて防ぐことは考えていない
そんなことをすれば一撃でアウルは負ける、死ぬかもしれないのだ
後ろに回ったアウルに対してファレグは蹴りの勢いを殺さずそのまま振り抜くようにして身体を反転させて蹴ってくる
アウルは蹴りが飛んでくる方向に向かって側転をすることでそれを避ける
ファレグは回していた方の脚で強く踏み込み、それを軸足として逆の脚で前蹴りを放つ
アウルは身体を半身にしつつ床を蹴って距離を離すことで回避、すぐさま追ってきたファレグの手刀を床を転がって無理矢理避ける
身体能力のみで圧倒され、避けることしか出来ない
攻撃する余地などない
その途端ファレグの攻撃を避けられなくなってアウルは負ける
ここまで一方的に防戦を強いられたのは初めてである
「避けてばかりでは私に勝つことは出来ませんよ。一方的では面白くありません」
「これでも本気なんだがな…ファレグ、お前は本当に何者なんだ」
「もう分かっているのではないですか?」
確かに予測はついている
しかし流石にぶっ飛びすぎていて信じきれないのだ
その真偽を確かめるには、もう本人に直接言って答え合わせするしかないだろう
「まさかとは思うが…原初のヒト『イブ』か?」
「その通りです、よく出来ました」
ファレグは大袈裟に拍手をして私の考えを肯定した
正直鼻で笑い飛ばしたいがファレグの強さや昔から見た目が変わらないことがそれを本当のことだと証明してしまっている
しかしそうだとするのならファレグは途方もない時を生きており、その間自身を鍛え続けていることになる
伝承の通りであれば6000年ほどだが、アダムと思われるアーデムが『数万年に及ぶ絶望』と言っていたので最低でもそれと同じくらいの時間と見るべきだろう
僅か20数年の時間の修行では勝つこと以前にその動きを捉えることすら出来ないだろう
アウルが避けることが出来ていること自体異常である
だが攻撃に出なければ勝つことは出来ず、それは死を意味する
だが攻撃に出ることは出来ない…少なくともこのままでは
これは本当に本気であの力を使うしかないかもしれない
出来ることなら使いたくはないし、実際アーデムに対してすらその全てを使うことはなかった
だが使わなければ死ぬ、となれば……
「そろそろ再開しましょう」
「待て、このままやってもさっきと同じことの繰り返しだ。それはお前の望むところではあるまい?」
「…ほぅ、やっと隠している力を使う気になりましたか」
「気付いてたんだな」
「勿論です。とは言えそれが何なのかまでは分かりませんが」
「なら、見せてやる…人の範疇を超えているのはお前やアーデムだけではないということをな」
「………なんですって?」
アウルの言葉にファレグは訝しむように細めた目を僅かに開く
瞬間、アウルの身体に異変が起きた
「これは…?」
アウルの身体から黒い靄のようなものが溢れ、髪の色が段々と白く変化していく
顔や僅かに露出した肌には禍々しい赤黒い紋様が現れる
そして目は血走り、白目の部分が完全に赤に染まった
「貴女、その姿はいったい…何をしたんです」
「お前も知っているだろう。屍を」
屍…それはとても強い未練のある死体が死後、動き出したもの
人間を見境なく殺すようになり、身体能力は訓練した兵士が束になっても普通の屍1人に惨殺されるほど強化される
何より厄介なのはどれだけ傷を与えても、例え身体の一部を粉々にしようとも未練を生み出している箇所を潰さない限り無限に再生する点にある
それを同じ未練ある死体から作った『屍姫』と呼ばれる少女達を扱い、衆生を守るのが光言宗
アウルは彼らと共に屍と人間を取り巻く一連の騒動に巻き込まれたことがある
そしてそこで目覚め、熟達した1つの力があった
「屍が何の関係があるのです?貴女は屍姫でもないし…」
「屍の中には『呪い憑き』と呼ばれるものがある」
「それがどうし…まさか!?」
呪い憑き…それは強大な妄執で物理にまで影響を及ぼすほどの力を持った屍達
その力は絶大で既存の法則が一切通用しない、まるで黒魔術のようにすら見える
呪い憑きとの戦闘は特に被害が出やすく、対屍用の訓練を受けた僧兵数百人を一体の屍に短時間で殺されることすらある
そのため呪い憑きは屍の中でも最も強く、厄介なカテゴリとされる
時として理性ある屍姫の中でも呪いを使える特異な個体はいるが、基本的には屍しか使えずましてや人間に使うことは絶対に不可能……と考えられていた
しかしそれを扱うことの出来る人間が2人だけいる
1人は屍から産まれた子である花神旺里、そしてもう1人が…
「呪いの力を使える人間…ということですか。しかし貴女は屍から産まれた訳でも屍に憑かれた訳でも……」
「死に近付きすぎた、それだけだ」
アウルは20数年の人生の中で万単位で人を殺してきた
おそらくはファレグよりも多いだろう
更に腕などの身体の一部が千切れたり吹き飛ばされたり、心臓が止まったりなど一歩間違えたら死ぬような状況を多く経験してきた
この世の誰よりも殺し、誰よりも死にかける
余りにも死に近付きすぎたアウルは屍に近しい存在となってしまった
こうして呪いを発現し、とある「物」の助言によってその呪いを育てて制御出来るようにしたのだ
そして今のアウルの状態はこの呪いの力を際限なく発揮したもの
身体に変調が顕著に現れるほどに力を解放している
普段はその力の一端を使うだけでもかなり珍しいことだが、今回ばかりはそうも言っていられない
デウスエスカに対して使わなかったのは万が一にも火継達を巻き込むわけにはいかなかったのと、そもそも神や仏に連なる神性を持つものに対しては相克が生じて力の半分も通用しないからだ
今この場にいるのは自分とファレグだけであるし、相克もない
存分にその力を使える
「流石に呪い憑きの人間と戦うのは初めてですね…これは良い経験になるでしょう。私を更なる高みへとエスコートして下さいますか?」
「エスコートするのは構わん。だがお前が行くのは地獄だ」
言い終えると同時にアウルはファレグの背後を取る
ファレグの目が驚愕に見開かれた
その速度はファレグですら視認出来るものではなかった
繰り出される拳をなんとか回避して距離を取ったファレグは額に汗を浮かべた
間違いなく今まで戦った誰よりも強い
普段は戦うときですら目を閉じ、僅かに開くことすら珍しいファレグの目が完全に開いたままになる
更にどこまでも優雅に振る舞い、それでいて相手を圧倒してきたが今は腰をしっかり落として構えを取っている
なりふり構っていれば瞬殺される…本気で殺らなければならない
そう感じたのだ
「私が本気を出すことになるとは…本当に久しぶりです」
「褒め言葉として受け取っておこう」
短い会話の後2人は殺し合いを再開する
それからはエスカタワーが倒壊しかねないほどの激戦だった
アウルが蹴りを放てば真空波が生じて辺りを空気ごと斬り裂き、ファレグが腕を振るえば火炎が生じて辺りを燃やし尽くす
屍に片足を突っ込んだ呪い憑きと数万年を生きたただの人間
正しく魔人達の闘争である
ファレグの渾身の突きをアウルは片手で受け止め、空いた手でファレグの顔面へ貫手を放つ
ファレグは顔を傾けて避けると同時にアウルの腕を掴み、そのまま鳩尾へ向けて膝蹴りを繰り出す
アウルはファレグと両腕が繋がったまま跳躍し、身体を回転させてファレグの後ろに着地する
そのまま背中合わせの状態で関節を極めようとするがファレグが関節を自ら外したことで逃れられる
外した関節を腕を振りながら一瞬で嵌め直すとファレグは両腕を伸ばし、身体を独楽のように超速で回転させ始めた
そのままアウルに向けて回転したま接近してくる
その腕は鋭利な刃のようにあらゆるものを斬り裂きながら進むため防御など出来ない
普通ならば、だが
「舐めるなぁ!!」
アウルは回転するファレグの腕を上下から挟み込むようにして掴み、脚を思い切り踏ん張った
そのまま共に回転しだす
靴と床が擦れて火花が散るほどの速度だったが、暫くすると回転の速度が落ちてきた
止まり切るよりも先にアウルがそのまま握撃で腕を潰そうとするが、その腕を狙ってファレグの手刀が飛んできたために離さざるを得なかった
体勢を崩すことなく次の行動に移るべくファレグが貫手を連続で放ってくる
アウルが得意とする技をそのまま模倣している
教えたつもりはないのでおそらくは目で盗んだのだろう
この技はその気になれば相手の身体に無数の穴を穿つことすら可能だ
距離を離すために後ろに跳ぶとそれを予期していたのかファレグも一切遅れず追従してくる
そこでアウルは跳んでいる最中に片脚を床に付けて踏ん張り、もう片方の脚をファレグに突き出した
「ぐぅ…!」
モロに腹に喰らったファレグは苦悶の表情を浮かべ、後ろに吹き飛ぶ
壁に打ち付けられたファレグの口からは血が零れており、誰の目にも傷を負っていることが分かる
対するアウルも無傷ではない
ファレグを蹴飛ばす際に貫手が数発入って右肩と左脇腹から血が滴っている
それまでの攻防でも互いにちょっとしたダメージは与えていたが、多大なダメージを与えれたのはこれが最初になる
「本当に強く、なりましたね。ここまで傷を負わされたのは…初めてかもしれません」
「そいつはどうも…私もここまでやって殺せ、ないのは最初で最後だろうな」
流石にお互い疲労しているようで言葉に僅かなつまりが生じる
これ以上長引かせても引き分けになるだけだろう
それは望むところではない彼女達は決着をつけにかかる
「これで終わりにしてやる、覚悟しろ」
アウルは右脚を後ろに引いて半身になり、重心を後ろにして呼吸を整える
腰の位置に右手を置き、左手を前方で構えている
「それはこちらの台詞です。全身全霊を以て貴女を倒します」
ファレグは上半身を軽く前屈させ、右手を大きく後ろに引いている
「…行くぞ」
先に動いたのはアウルだった
凄まじい速度でファレグに向かって突進する
それに対してファレグは後ろに引いていた右腕を前方に向かって振り抜いた
その瞬間強大な熱量を持った火炎がファレグの腕から放たれ、アウルに襲いかかる
その火力は鉄すら一瞬でドロドロに溶かすほどのものがある
そんなものを浴びれば身体はその場にあったという痕跡すら残さず蒸発するため、避けなければならない
しかし、アウルは避けなかった
真正面から拳を突き出して炎を吹き飛ばす
「なっ!? くっ…!」
ほんの一瞬驚愕の表情を浮かべたがファレグはすぐに迫り来るアウルに向かって手刀を放つ
まだ距離があり当たる訳はないのだが、その手刀によって生じた真空波がアウルの首の横側を少し斬り裂く
辺りに血が飛び散るがアウルは全く気にすることなくそのまま突っ込む
ファレグはアウルの首から上を斬り飛ばすつもりだったが失敗に終わった
その結果接近を許してしまい、拳が打ち込まれる
アウルの習得している古今東西全ての武術を集約させた最強の必殺技
これをマトモに受ければ当たった箇所の肉が吹き飛び、場合によっては上半身と下半身が泣き別れする
ファレグはこれを身体を無理矢理拗じることでなんとな回避に成功、しかし強化されたアウルのこの必殺技は当たらなくても脅威となる
「―――――!!!!!」
脇腹の肉を抉られたファレグは声にならない悲鳴を上げながら迎撃に移る
身体を捻った姿勢からその捻れを戻すようにして貫手をアウルの腹目掛けて放つ
避けられ、剰え反撃してくると思っていなかったアウルはこの貫手を喰らってしまった
「あ、が……はっ」
腹を貫かれ背中からファレグの腕が突き抜ける
口からは多量の血が溢れ出る
アウルの上半身が崩れる
勝利を確信したファレグだったが悪寒を感じ、離れようとした
しかしそれよりも先にアウルの腕がファレグの脇に両側から突き刺さる
「あ、ぐ…ァ……!」
「私、の呪いを、甘く、見たな…」
息も絶え絶えといった感じでアウルが言う
「私の呪いは…縁で結ん、だ相手を、必ず殺し尽くすとい、うものだ。ただの身体強化じゃ、ないんだよ……」
「ゆ…だんしま、した………あそこから、うご、けるなんて……これも…呪い、の……力…………」
そのままファレグの身体は仰向けに倒れた
「ふ、ふふふ……人類の極致とおも、ていましたが…なん、たっ、る驕り………まだまだ道半ば、でした…」
そう言ってファレグは目を閉じた
アウルは立ってはいるもののこれは呪いの副作用によって屍ほどではないが高い再生力を得ており、それを利用して命を繋いでいるからにすぎない
少しでも気を抜けば倒れ伏してしまうだろう
「さて…最後にやら、ないといけっないことが……あります、ね………」
アウルはテクニックを唱えた
屍とか呪いとか相克とかに詳しく知りたい人は「屍姫」という漫画を買って読みましょう!
とっても面白いよ!