「Roseliaを結成してもうすぐ1年かぁ」
「そうね。この1年あっという間だったわ」
アタシと友希那はいつものように夕日が沈む中通い慣れた通学路を歩いていた。
Future World Fes.に出場するためのメンバーを探しながらソロで活動していた友希那が、Roseliaを結成してもうすぐ1年が経とうとしている。1年前の友希那は、アタシ以外の人とほとんど口を利かないような子だったけど、紗夜、あこ、燐子……Roseliaのみんな。それにポピパ、パスパレ、アフロ、ハロハピのみんなとも出会ってから以前より明るくなったと思う。音楽に対するストイックな部分は相変わらずだけど、アタシは本来の友希那が少しずつでも確実に戻ってきていることが何より嬉しかった。
その証拠に友希那に新しい友達ができた。
湯島健貴。他所から引っ越してきた男子生徒。
明るめの茶髪に線の細い顔立ちのせいでチャラい印象を受ける。でも話し方は丁寧だし容姿も相まってどことなく王子様っぽい。そんな見た目とは裏腹に根は普通というか真面目で誰とでも仲良くなれそうな親しみやすさがあった。授業もちゃんと受けて先生から問題を当てられてもスラスラ答えていたし、クラスメイトから質問攻めにされてもマメに答えていたから人付き合いも悪くないと思う。
親しみやすい人柄だったからアタシも話しかけやすかったし、お昼ご飯にも誘いやすかった。そんな健貴と友希那を引き合わせて良かったと思う。アタシが友希那に健貴を紹介したのは、音楽の話題で盛り上がれたら良いなと思ったから。自己紹介の時に健貴が、“サックス、アコギ、ベースを演奏できる”って言ったときは純粋に凄いって思った。この1年で色んなガールズバンドの子と知り合って友達になれたけど、1人で複数の楽器を演奏できるなんて人は1人もいなかった。何よりアタシが凄く興味を惹かれたのは、“サックス”という楽器。Roseliaの活動を通して出会った子の楽器は、同じジャンルのバンドをやっているから当然かもしれないけど、キーボード、ギター、ベース、ドラムで他と少し変わった楽器だなって感じたのは美咲のDJくらい。だからこそアタシは“サックス”が凄く新鮮に感じたんだ。
「……サ?……リ……リサ?」
サックスってどんな音色がするんだろう? 楽器の名前は知っていてもちゃんと聴いたことがないから気になるなぁ。
「リサ!」
「わ!? ご、ごめん友希那。どうかした?」
いつもより大きな声で友希那に呼ばれたことで我に返る。どうやらいつの間にか考え事に耽っていたみたいで、友希那が心配そうにアタシの顔を窺がっていた。
「それはこっちの台詞よ。さっきから呼んでいるのに返事がなかったから……。具合でも悪いの? もしそうだったらバンドの練習に響くわ」
「ううん! そうじゃないの。心配してくれてありがとう友希那。ちょっと考え事してただけだから」
「ならいいけれど」
友希那に心配させちゃった、失敗失敗。
「それで、何を考えていたの? 悩み事があるなら話してほしい」
「ううん。悩み事とかじゃなくて健貴のこと」
「健貴?」
「うん。健貴って今までにいないタイプだなって思ってたんだ」
「確かに今まで私たちの周りにマルチプレイヤーはいなかったし、サックスプレイヤーもいなかったわ」
友希那もアタシと同じように健貴に対して珍しさを感じていたみたい。
「でも彼がジャズプレイヤーだってことは、リサが“健貴はサックスをやっている”って口にした瞬間から予想はしていたの」
「え、どうして?」
どうして予想できたんだろう? もしかして友希那は健貴のことを知ってたりするのかな? でもアタシ達と健貴は今日が初対面のはずなのに……。
「簡単よ。サックスを演奏する人間は、吹奏楽かジャズ、どちらかのジャンルをやっている可能性が高いから」
「そうなの?」
「……ジャンル毎の楽器編成にも依るけれど、サックスは楽器としての特徴から幅広いジャンルに対応できるの。最も編成に組み込まれることが多いのは吹奏楽とジャズで、特にジャズだとトランペットと並んでジャズを代表する楽器の1つよ。仮に健貴が吹奏楽のメンバーとか、クラシックの奏者だったとしても、サックスという楽器はジャズを最も連想するの」
「なるほど~。そういうことだったんだ」
友希那が今まで管楽器の話題について触れることは一度もなかったけど、健貴と友達になったことで何だか友希那の新しい一面を見れたような気がする。これは健貴のおかげかも。
「それにしても友希那も変わったね」
「どういう意味?」
「去年までの友希那だったら、楽器が演奏できても実力がなかったら相手にもしないって感じだったじゃん? それがいきなり一度演奏を聴いてみたいって言うんだから、アタシちょっとビックリしちゃった」
実際にあこが友希那に対してバンドのメンバーに入れてほしいって懇願していた時に、“2番であることを自慢するような人とは組まない”って理由で断り続けていたことがあった。あのときは結果的にアタシが友希那を説得する形でオーディションを受ける運びまで持っていったのを今でも覚えてる。
「……別にたいしたことじゃないわ。健貴は“ジャズが一番得意”と言っていたでしょう? ロックやポップスだと歌以外のパフォーマンスや衣装でミスを誤魔化すことはできるけど、ジャズは楽器が主役な上にアドリブも多用されるから高い技術と知識が求められるの。それに……」
「それに?」
「ロックやポップスもできると言っていたわ。ジャンルが違えば演奏者に求められる技術も当然違う。つまりジャズに限らずロックやポップスも演奏できるということは、一定以上の高い技術を持っているということ。だから私は一度演奏を聴いてみたいと言ったのよ」
「じゃあさ……もしも友希那が言うように健貴がジャズやロックでも高い技術を持っていたらRoseliaにスカウトするの?」
「どうかしら。私はあくまで健貴の実力を予想しただけよ。実際に演奏を聴いてみないと判断できないわ。……ただこれだけは言える。私達が今より上に行く為には、今後何かしらの変化が必要になってくる。その為にもメンバーのみんなには、もっと力を付けて貰うわよ」
「はーい☆ もっと練習頑張りまーす!」
―――Roseliaがもっと上に行く為に
友希那の言葉を聞いてアタシはRoseliaが掲げる目標を改めて強く意識する。
去年、アタシ達はFuture World Fes.に出場するためのコンテストに参加した。結成して日が浅いながらも、他のバンドに引けを取らない練習量をこなして本番に臨んだ。あの時の私達は、あの時持ち得る全てを出し尽くして演奏した。友希那の熱を持った歌声、紗夜の正確なギター、あこの力強いドラム、燐子の澄んだピアノ、そしてアタシのベース。あの感覚は今でも身体が覚えている。いつもの練習よりも、『CiRCLE』で行うライブよりもみんなの気持ちが1つになって今まで以上の演奏ができた。アタシも含めてみんなRoseliaの予選通過を疑わなかった。
けど結果は落選。
現実は優しくなかった。そりゃそうだよね、プロでも落選するようなコンテストだもん。上には上がいるんだってことを教えられた。悔しかったなぁ……。ダンス部の大会で落選するよりも、テニス部の大会で敗退するよりも悔しかった。
でも結果は落選だったけど悔しいことばかりじゃなくて、審査員から励ましの言葉も掛けて貰えたんだ。
『あなた達はバンドを結成して日も浅く荒削りだけど、限りなくトップレベルに近い実力を持っている。だからこそ“入賞”ではなく“優勝”してFuture World Fes.のメインステージに出場して欲しい』
Roseliaはここで終わりじゃない。
ここで終わらない。
もっと上に行けるんだ。
だからこそアタシも、もっと頑張らないと。
メンバーの中で実力が足りてないのは、アタシなんだから。
読者が読みやすい文章量ってどれくらいなんだろう
ちなみに、3話以降の更新が遅れることを予めお伝えしておきます。
え?何でかって?
そりゃあ水着邪ンヌ(ジャンヌ)をお迎えするために全力を出す為ですよ