「星」に願いを   作:塩崎廻音

1 / 1
辺境の勇者カラモスの場合

 砂埃を立ち上げてこちらに迫る盗賊団に向き合い、剣を構える。

 本来ならこんな辺境で見るはずもない、多勢の騎兵。10や20ではきかないその数に恐怖心が沸き上がるが、無理やりそれを押し殺す。ここで止めなければ、村のすべてが奪いつくされ、何も残らないだろう。

 

 女神さまから下された託宣。どこからか現れた大勢の盗賊団は、明らかにこの村に向けて脚を進めていた。

 

 村の自警団ははぐれの小鬼やコソ泥に毛が生えたようなチンケな盗賊を追い払う程度の物。小さな盗賊団ならともかくこんな騎兵に立ち向かうことはできない。いや、まともに戦えるほどの武器だってないはずだ。

 俺だって、女神さまから授けられた加護がなければ、こうやって立ち向かうことはできなかっただろう。

 

 俺だけがこの盗賊たちを食い止められる。俺だけが村を救うことができる。だから、ここで背を向けて逃げるわけにはいかない。

 

 わずかに震える脚を叱咤し、戦いへの覚悟を決める。必ず勝つ。そして絶対に、村のみんなを救って見せる。

 

 その決意だけを頭に残して、俺は盗賊団に向かって一直線に走り出した。

 

***

 

 男の子なら誰だって、一度は勇者に憧れると思う。

 並の人間では到底かなわない怪物を相手に、その勇気を糧にして立ち向かい、数多の人々を救う英雄。昔話を聞いてそんな英雄になりたいって思うのは、誰だって一度は通る道だと思う。俺だって昔は、そんな勇者にあこがれた一人だった。

 

 でも、そんな憧れは、現実の前に打ち砕かれるのが道理。勇者になれるだけの才能がないからって簡単に諦めたわけじゃない。でも、勇者になれるだけの実力がどうとか以前に、こんな田舎のさびれた村で、勇者が必要になる事件なんて起きるはずがない。ちょっとした盗賊だって年に数回現れるかどうかってくらいで、怪物なんか到底出てくるはずがない。だから、どんなに腕を磨いたところで、こんな寒村に生まれた以上は何の意味もないのだ。

 

 「おら、カラモス!!気ぃ抜いてんじゃねえぞ!!!」

 「すみませっぶほぁ?!」

 

 ということを、団長にぶっ飛ばされながら思った。まあ、現実逃避です。

 

 

 ここ、ヴェリリコ村は、どこにでもあるような普通の貧しい村、らしい。らしいというのは、基本的に村から出る機会がなくて、たまに自慢の杏を近くの街に売りに行くときに商人のおっちゃんたち話を聞くぐらいしか、他の村の様子を知る機会がないから。

 そして、これからもそれ以上の機会は訪れないだろうと思う。長男である兄さんでも、せいぜい街でちょっといいお店に入るくらいしかできないだろう。だったら、次男の俺はなおさらだ。きっと、一生自警団で団長にボコられながらこの村の中だけで生きていくことになるんだと思う。

 それが不満かといわれれば、まあ不満なんだけど、だからといってこの村を飛び出せるような能力があるわけでもない。親父も昔は勇者になるんだって頑張ってたとか、親父の昔からの友達らしい団長が言っていたけど、結局今はただの農民だ。俺も結局は、同じような人生になるんだろう。

 

 ちょっと違うとすれば、親父は長男で自分の畑をもらったけど、俺は次男だから畑はもらえないこと。だからこうやって、自警団で頑張るしかないわけだ。

 

 「おいカラモス。お前の今日の組手はもう終わりだ。いつも通り村の周りを走ってこい」

 「はい!団長!」

 

 できるだけの大声で返事をして、訓練場を出る。腑抜けた返事をしてまたぶっ飛ばされるのはもう懲りてます。

 最近はこんな感じで、組手をほとんどせずに走り込みをさせられるようになった。他のみんなは今まで通りみっちり訓練しているんだけど、なんで?

 これって、俺だけ才能が足りないから、とりあえず体力だけはつけとこうっていうことなんだろうか。確かにここんとこずっと団長にぶっ飛ばされてるだけだけど。つらい。

 

 「はあ、これからもずっと、こんな感じなんかな...」

 

 思わず、ため息が出る。

 自警団に入った直後は、頑張って村を守ってやろう、そして、団長みたいにみんなから感謝されるような強い剣士になってやろうと意気込んでいた。でも、こんな辺鄙な村の自警団の仕事なんて大したことはない。

 基本は村の周りを警備してまわり、その時ついでにいくらかの動物を狩って帰る、猟師に毛が生えたようなことばかりしている。戦いがあるとしても、群れからはぐれて麓まで下りてきた狼や小鬼を集団で囲んで倒すだけ。

 当たり前のことだが、剣士としての腕前なんてほとんど必要ない。むしろ、ついでの狩りでうまく動物を狩れる方が喜ばれるくらいだ。俺は狩りの方は全然さっぱりで、他の団員からもいろいろ教えてもらったけど、いまいち上手くできなかった。どうやら、狩りの才能はないらしい。

 

 だから、その分戦いの方で役に立とうとして、訓練をかなり頑張っていたんだけど、それも最近は団長との組手でぶっ飛ばされるか、訓練を切り上げて走り込みをさせられるかのどっちかだ。何とか団長との組手で成果を出そうといろいろ工夫してはいるけど、団長の表情は日に日に険しくなるばかり。このまま自警団まで追い出されたりしたら、どうすればいいんだろう。

 

 またため息をついて、柵で囲まれた訓練場を出る。普段の見回りで村の周辺の安全は確保されているけど、暗くなってしまうと狼くらいはでできてもおかしくはない。走り込みは柵の内側だけど、できるだけ早く済ませて戻ってきた方がいいだろう。

 

 一度深呼吸して、走り出す。村を一周する走り込みは、最初は死ぬほど疲れたけど、ずっと繰り返すうちにもう慣れてきた。今は周りを眺めながら走るくらいの余裕はある。とはいっても、小さいころから何も変わりない村だから、眺めたところで面白いものがあるわけでもないんだけど。

 

 益体も無いことを考えながら走っていると、チビどもがこっちをさして何かしゃべっているのを見かける。ちょっと遠いからここからだと何を言っているのか分からないけど、「将来は自警団に入って強い団長みたいな剣士になる」とかそんなんだろうか。自分も、昔走り込みをしている団員を見て、そんなことを言っていた覚えがある。

 そうだ。まだ俺が、子供らしく勇者に憧れを持っていたころ。あの頃自分は、将来は頑張って訓練して、おとぎ話みたいな勇者になるんだって、そう思っていたはずだ。でも、その自警団の団員になった今はもう、勇者への憧れなんて持っていられなくなった。

 どんなに頑張っても、団長には全く敵わない。それに、村を守るのに強い力なんて、勇者なんて必要ない。

 

 俺は、勇者になれない。

 

***

 

 星の女神アステルは、数多の神の中で最も人間を愛しているといわれる慈愛の女神だ。それは、単に女神アステルを仰ぐ星天教団の教義にそう記されているというだけでなく、現実にかの神がもたらす恩恵の多さからも明らかである。

 女神アステルは他の神々に比べて信徒の祈りに応えて加護や恵みをもたらすことがはるかに多い。そして何より、千年前に人柱の邪神が引き起こした大戦争で、最も多くの人間の命を救った神が他ならぬ女神アステルだったのだ。

 

 邪神戦争

 

 それは、蛇の神フィズィが全世界の生命根絶を目論み、生み出した魔族を尖兵として、突如大陸のすべての国に攻め込んだより始まった大戦争だ。邪神となったフィズィは、自らの力を惜しみなく魔族に分け与え、その力により摂理を乱すほどの力を得た魔族は、瞬く間に大陸の半分を攻め滅ぼした。

 しかし、この非道の行いは他の神々の怒りを買う。女神アステルを中心とする神々の連合は、劣勢となった人間に勇者の加護を与え、その力によって邪神フィズィの加護を得た魔族を押し返していく。そしてついには、女神アステルの加護を受けた勇者が魔王を、そして女神アステルが邪神フィズィを打ち滅ぼすことで、邪神戦争は終結した。

 

 このケントロン王国は、魔王打倒の勇者クシフォスが建国した国で、女神アステルを主神とする星天教団を国教と定めている。邪神を滅ぼした女神アステルは救世の女神としてあがめられているが、それ以上に信徒の願いに応える慈愛の女神として信仰を得ている。

 

 このため、まともな教会が作られていないような辺境であっても女神アステルの名を知らぬものはいないと言われるほどで、建国の勇者クシフォスとともに人々の心にその名を刻まれた偉大なる女神であった。

 

***

 

 走り込みが終わり、家に戻る。最近は前ほど時間がかからなくなったとはいえ、もうほとんど暗くなってしまっている。家に着くころには、もう晩御飯の支度はすっかり済んでいた。

 俺の家はごく普通の農家だが、この村の特産品である杏を主に栽培しているため、村の中でも比較的余裕がある方の家だと思う。なにせ、次男とはいえ貴重な人手である自分を、自警団の活動に送り出すことができるくらいだ。俺としても、どうせ畑がもらえないことが確定しているんだから、自警団で腕を鍛えた方がまだいろいろ希望がもてるように思うから、ありがたいことだ。

 

 「ただいま」

 「おかえり、カラモス。最近また少し早くなったね」

 

 そういって、お袋に迎えられる。ちょっと前から組手を切り上げて走り込みをするように言われているが、多少訓練を切り上げたところで村の周りを一周していれば帰りは遅くなる。はじめて遅くなった日は、ずいぶん心配さてたものだ。それくらい伝えておいてほしかったと思うが、まああの団長にそんな気遣いを求めるほうがムダってもんだ。

 

 さっと訓練着から着替えて、食卓に着く。今日のスープには珍しく肉が入っているが、これは昨日の見回りで運よくシカを仕留められたから、そのシカ肉だろう。

 剣の方は団長に全くかなわないけど、弓はけっこう上手く撃てるようになってきたと思う。昨日も、運よく見つけたシカが逃げ出すところをうまく狙って、一発で仕留めることができた。罠を仕掛けたり獲物の痕跡を追ったりという技術は何度教えられてもさっぱりだから、今回仕留められたのは本当に運がよかったと思う。おかげで、久しぶりに多くの肉をもらうことができた。

 

 お袋と兄貴、そして街から戻ってきた親父と一緒に食卓に着く。今回収穫した杏はそこそこ出来が良かったみたいで、結構な値段になったと喜んでいる。シカ肉の件もあるし、最近ちょっと運が向いてるのかもしれない。

 

 「そういえば、王都の方で新しい勇者様が決まったらしいぞ」

 

 その父の言葉に、少しドキッとする。

 ケントロン王国では、毎年国中の腕利きの中から一番の使い手を選び出し、その人を「勇者」に認定して一年の間戦いの役目につかせるという慣習があるらしい。なんでも、最初の勇者であるクシフォス様の功績にあやかり、絶対に国を守ることができる最強の戦士を選び出すんだとか。

 勇者っていうのはそうやって選ばれるんじゃなくて、弱きを助けるから自然とそう呼ばれるようになるんじゃないかと思う反面、人々から勇者だと認められるその人たちに、どこかうらやましさを感じていた。

 

 

 夕食が終わり、部屋に戻る。ベッド以外はほとんどスペースがない小部屋ではあるが、一人で一部屋使えるだけマシらしい。兄貴の部屋は机もあるからちょっと不満だけど、ぜいたくを言ってもしょうがない。それにどうせ、訓練を終えて帰ってくれば、疲れ果てて寝るくらいしかすることがないし。

 

 そんなわけで、とっとと寝る前の祈りを済ませて寝てしまおう。女神アステル様は、こんなぼろっちい教会しかない村の願いでもきいてくれる素晴らしい女神だ。ここ何十年も酷い不作にはなっていないみたいだし、去年に流行った病気も、アステル様に祈ったらみんな治った。兄貴は偶々なんじゃないかとかいってあんまり熱心に祈らないけど、とんでもないことだと思う。

 だから今日も、心を込めて祈る。今日も健やかに過ごすことができました。明日も元気に過ごせるよう、どうかお守りください。

 

 そう祈っている最中に、ふと親父の言葉が頭に浮かぶ。王都で新しい勇者が決まった。でも、本当の勇者は、女神さまに選ばれてその加護を授けられたはずだ。人間が選んだわけじゃない。

 そんな邪念が頭に渦巻いていたからだろうか、ついこう祈ってしまった。

 

 (女神様、どうか俺を勇者にしてください)

 

 

 それは、普通ならば夢見がちな子供のたわごととして、そのまま虚空に消えていくはずの願いだった。今は勇者など求められていないし、なによりただの村の子供に、そんな素質があるはずがない。

 

 だが、何の因果か、その願いは聞き届けられた。

 

 『敬虔なる信徒カラモスよ、あなたの願いを叶えましょう』

 

 かつて本物の勇者を生み出した、星の女神アステルによって。

 

***

 

 一閃、二閃と重ねて剣をふるう。昨日まではまともに捉えることができなかった団長の太刀筋が今では手に取るように分かる。それどころか、その剣をよけて反撃することすら可能になっていた。

 これが勇者の力なのかと心おどる半面、その力をもってしてもなかなか押し切れない団長の力に関心する。ケガをして騎士団を引退したって聞いていたけど、それでこの強さなのか!

 

 このまま剣戟を続けていても押し切れそうにない。だから、もう少しだけ勇者の力を引き出すことにする。女神さまから授かった勇者の力は、まだ自分にはそのすべてを使いこなすことはできないらしい。伝説の勇者クシフォスも、魔王を打倒するほどの力を引き出すために十年近い戦いを経験する必要があったとのこと。当然、力を得たばかりの自分では、その力はほとんど引き出せない。

 でも、一時的に無理やり筋力を上げることはできる。だから、団長の剣を避けざま強引に切り込むと同時に、さらに力を引き出してさらに強く剣を打ち込む。

 

 「?!ぐおっ!」

 

 それまでより明らかに強い一撃に、団長はたまらず体勢を崩す。こちらの打ち込みを上手くさばいてきた団長が初めてさらす、明らかな隙。

 ためらわず、そこにさらなる連撃を打ち込む。体勢を崩した団長に、この連撃を受けきる余裕はない。一撃目だけはかろうじて受けられたものの、続く一撃で剣を弾き飛ばす。そのまま倒れこむ団長に剣を突き付け、俺の勝ちが確定した。

 

 「いやあ、参った。なんだよ、カラモス。見違えるくらいやるようになったじゃねえか。秘密の特訓でもしてたのか?」

 「...いやまあ、ほら。あれですよ。秘めたる才能が開花したとかそんな感じの」

 「秘めたる才能ねえ...まあいいか。」

 

 そういって、団長は弾き飛ばされた剣を拾う。あれだけ打ち合いをしたというのに、特に疲れた様子無もないし息も乱れていないのは流石といったところ。それに、今回はなんとか勝ったものの、思ったより苦戦したというのが本音だ。勇者の力を授かったからもう無敵だなんて思っていたけど、まだまだ修行が足りないってことか。

 

 「まあ、今回は俺の負けだけがこれからも訓練は続けてもらうぞ。特に、たった一戦やりあっただけでそんなに疲れてるようじゃ、実戦で生き残れねえからな」

 

 団長の言葉にうなずく。この一戦でだいぶ息が上がってしまった。実際の戦いなら、もっと長い時間剣をふるうこともあるだろう。そういうときのためにも、もっと体力をつけなくてはならない。

 

 「つーわけで、今日もお前の組手は終わりだ。少し休んだら、村の周りを二周してこい。最近なれてきたみたいだから、もう一周いけるだろ」

 「はい、団長」

 

 返事をして、訓練場を出る。今になってみると、俺が走り込みばかりやらされていた理由もよくわかる。他の団員と比べると、俺の体力はやや少ないようだ。それを見抜いた団長が、先に体力をつけるように特訓メニューを変えたんだろう。そもそも、自警団の活動の範囲なら剣の実力なんてほとんど必要ない。

 

 そう考えると、折角女神さまに勇者の加護をいただいたのに、あまり意味がない気がしてきた。というか、こんな何もない村じゃ強くなってもほとんど意味がないのは分かっていたのにわざわざ勇者になりたいと願うなんて、あの時の自分はどうかしていたみたいだ。多分、親父に聞いた王都の勇者様の話に惑わされてしまったんだろう。

 

 とはいえ、まったく無駄になるわけでもない。見回り中に小鬼や狼と戦うこともあるし、強い個体だと団長がいなければ危なかったと思うこともあった。今はともかく、将来団長が引退した後のことも考えると、俺が代わりに戦えるようになれば、みんなを守ることができるだろう。

 

 そう考えるとだいぶ心が軽くなる。昨日まではあんなに憂鬱だったのにこれだけ気楽になったのは、勇者の加護を得て団長に組手で勝つことができたからだろう。我ながら現金なもんだと思うけど。

 

 『ふふ、上機嫌ですね、カラモスさん。勇者の力も初めて使ったとは思えないくらいにうまく使いこなしていましたし。』

 「――っ!!女神さま、見ていらっしゃったんですね」

 

 不意に、虚空に白い少女が現れる。幼いとすらいえる華奢な容貌に、白銀の髪。ゆったりとした白い服を身にまとい、何かの葉っぱの冠を頭に載せた少女がふわふわと目の前に現れた。

 

 ――女神アステル。かつて伝説の勇者クシフォスに力を与えた星の女神。

 

 昨日の夜に勇者の力を授けてくれた女神さまは、勇者の力を十分に使いこなせるようにサポートすると言って、こうして時々姿を現す。正直女神さまの手をあまり煩わせるのは恐れ多いのだが、平和な今の時代は何かと暇だから気にしないでいいと言われて押し切られてしまった。

 いくら平和で神様の出番が少なくても、誰もが信仰する女神であり、他の神様に比べて人間の願いをよく聞いてくださるアステル様が暇な訳はないと思うのだが、後光が差すような笑顔で言われてしまえば断れない。というか、見惚れて半端な返事をしているうちに押し切られてしまった。女神さまは意外と押しが強い。

 

 『それにしても、こうしてみるとやっぱりカラモスさんはクシフォスにそっくりですね』

 「え、そんなにですか?」

 

 ちょっとドキッとする。伝説の勇者クシフォス様はその唯一無二の実績から古今東西老若男女に大人気で、男ならだれでも一度は憧れる偉大なる先達だ。その勇者に似ているなんていわれれば嬉しいに決まっている。肖像画は見たことがないけど、すごくかっこよかったらしいしもしかして俺も将来...

 

 『ええ。彼も勇者として覚醒してすぐに師匠超えを果たしたのですが、体格にあまり恵まれていなかったのもあって体力の少なさに悩まされていましたから。あなたと同じように、よく走り込みもしていましたよ?』

 

 あ、そっちですか。

 

 まあそれはそれとして、そんな女神さまの言葉に、少し安心する。勇者の力が扱えるようになったとはいえ、体の方があまり追い付いていないのは少し気になっていた。でも、あのクシフォス様ですら同じような悩みを抱えていたのであれば、そんなに問題はないのだろう。

 

 「だったら、俺も頑張って鍛えて、もっとしっかり勇者の力を扱えるようにしないといけませんね」

 『はい。その意気ですよ、カラモスさん』

 

 ふわりとほほ笑む女神さまを見て、顔が熱くなるのを感じる。この笑顔は本当に反則だ。女神アステル様は他の神様よりずっと人間を愛してくださっていると評判だが、この毒気のない笑顔を見ただけでも頷ける。

 この笑顔をずっと見ているとどうにかなってしまいそうで、慌てて話題を変える。

 

 「そ、そういえば、クシフォス様の後には本物の勇者様はいなかったんですか?王都では国中の強い人を集めて、一番強かった人を勇者と定めているみたいですけど」

 『ええ、いましたよ。何十年かに一度は勇者の素質がある人も生まれていましたし、そういう人をただ放っておく訳にもいかなかったので、基本的にどこかのタイミングで勇者として覚醒させてきました』

 あれ、そうなのか。

 「でも、クシフォス様の後は女神さまの加護を受けた勇者は現れなかったと聞いていますけど...」

 『はい。平穏な時代になってからはあまり勇者の力が必要とされないというのもあって、みんななかなか人々に認められるほどの成果を上げられなかったんです』

 「なるほど」

 『やはり、あの大戦のような危機的状況でもない限り、普通に強いくらいの人間が集まれば平和は保つことができますから。勇者として目覚めても、結局その力を発揮する機会が無いままに生涯を過ごすことになってしまいがちで』

 「やっぱりそうなのですね」

 

 女神さまの言葉に納得する。やはり、今の時代に勇者の力は必要ない。俺も、勇者として名をあげるような機会はないのだろう。

 

 「となると、加護を与えてくださった女神さまには申し訳ないですが、俺もこのまま田舎の剣士として終わりそうですね」

 

 だから、そんな風に自分の未来を予想して言葉を返したのだが、女神さまの反応は予想とは違っていた。

 

 『...いえ、あなたの場合はちょっと状況が違います。今はまだ詳しくは言えませんが、あなたの勇者としての力をふるう機会は、近い将来かなら訪れます』

 

 そう、真剣な表情で予言する。女神さまが言うのであれば間違いではないのだろうが、こんな田舎のさびれた村で、そんな機会があるのだろうか。

 そんな疑念を読み取ったのか、女神さまは言葉を続ける。

 

 『神ならぬ人のみでは未来は見えないでしょうし、疑問に思うのも当然です。ですが、今は私の言葉を信じて、その未来に備えてもらえないでしょうか?』

 「いえ、申し訳ありません。疑うなんてそんな気は...」

 少し申し訳なさそうな女神さまの表情に、罪悪感を覚えてしまう。

 「わかりました。不肖このカラモス、女神さまの予言に従い、精一杯鍛錬に励みます」

 『はい。頑張ってください』

 

 最後にもう一度微笑み、女神さまが虚空に消える。女神さまの応援を受けて、俺はとてもやる気になっていた。いつもは面倒で仕方のない走り込みも、これなら頑張れそうだ。

 気合を入れなおして、走り出す。空がだんだん曇ってきているから、雨が降ってしまう前に終わらせてしまおう。

 

***

 

 『勇者カラモスよ、託宣を下します』

 

 それは、女神アステル様から勇者の加護を受けてから数か月たったころのことだった。

 俺が勇者の加護を受けたときと同じ、神々しく厳かな空気をまとい、女神さまはその予言を言葉にした。

 

 『今から三日後の朝に、盗賊団がこの村を襲います。数はおよそ三百。勇者よ、その力を以ってヴェリリコ村を救いなさい』

 「はい、女神さま。この勇者カラモス、確かにその命を承りました」

 

 三百もの盗賊団。今まで聞いたこともないようなその脅威に寒気を覚えるが、それでも自然と女神さまからの神命を、俺は受けていた。前の自分であれば、取り乱して泣き叫んでいたかもしれない。これも、勇者の加護によるものなのだろうか。

 

 いずれにしろ、村の防衛の準備をしなくてはならない。まずは、自警団の皆に託宣のことを伝えて、戦いの準備を初めることからだろうか。託宣のことを信じてもらうために、まずは勇者として目覚めたことから説明しないといけない。

 

 「では、女神さま。さっそく自警団の皆に、この託宣のことを伝えに参ります」

 

 そう言って、団長のもとへ向かおうとする。でも、女神さまはそんな俺を引き留め、思いもよらない言葉を口にした。

 

 『いえ、カラモスさん。それはいけません。この襲撃には、あなた一人で対処してください』

 

 一瞬、間が空く。女神さまの言葉は完全に予想外で、すこし理解が遅れてしまった。

 

 「なぜですか?女神さま。盗賊団の襲撃ともなれば村の一大事。自警団全員でもって、万全の体勢を整えなければならないと思うのですが」

 『ええ、普通であればそうでしょう。でも、これは勇者に対する託宣。少し事情が違うのです』

 少し言いづらいことのように、女神さまは言葉を続ける。

 『そもそも、託宣というのはそう簡単に下してはいけないものなのです。未来を予知する力は本来人間には備わっていないものですから。だから、教会の巫女など、かぎられた資格者にのみ、ごくまれに託宣を下す。それが定められたルールなのです』

 「では、今回俺に託宣が下されたのは?」

 『それが勇者の加護の一つ。勇者は、人々を救うために神々から託宣を受けることができる。それも、他の資格者よりもすっと数多く。但し、その託宣はあくまで人々を守るための物。だから、託宣で知りえた試練は、勇者の力だけで乗り越えなければならないのです』

 

 少し間をおいて、与えられた情報を飲み下す。勇者という存在の役割は、思っていたよりも複雑な物の様だ。

 

 「つまり、今回の襲撃に対して、村の皆の手を借りることはできないということですか。では、手は借りずとも襲撃に備えて避難するように伝えることはできないのでしょうか」

 『...それも難しいですね。自分たちの村ともなれば守るために戦いたいというものも出てくるでしょうし、今回の状況であればすべての障害を勇者が排除すれば解決する物なので、あまり解釈の余地はありません』

 「正直納得はしがたいですが、わかりました。村の皆には伝えずに、脅威となる盗賊団をすべて撃退すればいいのですね?」

 『はい。お願いしますね?』

 

 そういって、女神さまは虚空に消える。残された俺は、女神さまから受けた託宣について考えを巡らせていた。

 

 およそ三百の盗賊団。勇者の加護を受けて数か月が経ち、初めに比べるとはるかに大きな力を発揮できるようになったが、それだけの多勢相手に戦えるだけの力を得たのかは分からない。自警団の十数人が相手であれば勝てるのは実証済みだが、それも団長に粘られればそれなりに時間がかかる。正直、百人を超える敵を相手に戦える気はしなかった。

 

 それでも、たとえ勝ち目が薄いのだとしても、俺は盗賊団に立ち向かわなくてはならない。

 だって、俺は勇者だから。守るべき人たちが後ろにいるのに、戦わずに逃げ出す勇者なんているはずがない。だから、この恐怖心を何とか抑え込んで、三日後の襲撃の備えをする。といっても、できることは弓矢と剣の手入れと、団長からもらった革鎧の点検くらいだけど。

 

 この一戦で、俺の勇者としての真価が問われる。力のあるなしじゃない。例え力及ばずとも、守るべき人々の前に立ち、刀折れ矢尽きても守り通すのが勇者の神髄。

 敵がどれだけ強大でも、絶対に諦めない。俺は、守るべき村のみんなの姿を思い浮かべながら、そう誓った。

 

***

 

 砂埃を立ち上げてこちらに迫る盗賊団に向き合い、剣を構える。

 本来ならこんな辺境で見るはずもない、多勢の騎兵。10や20ではきかないその数に恐怖心が沸き上がるが、無理やりそれを押し殺す。ここで止めなければ、村のすべてが奪いつくされ、何も残らないだろう。

 

 女神さまから下された託宣。どこからか現れた大勢の盗賊団は、明らかにこの村に向けて脚を進めていた。

 

 村の自警団ははぐれの小鬼やコソ泥に毛が生えたようなチンケな盗賊を追い払う程度の物。小さな盗賊団ならともかくこんな騎兵に立ち向かうことはできない。いや、まともに戦えるほどの武器だってないはずだ。

 俺だって、女神さまから授けられた加護がなければ、こうやって立ち向かうことはできなかっただろう。

 

 俺だけがこの盗賊たちを食い止められる。俺だけが村を救うことができる。だから、ここで背を向けて逃げるわけにはいかない。

 

 わずかに震える脚を叱咤し、戦いへの覚悟を決める。必ず勝つ。そして絶対に、村のみんなを救って見せる。その決意だけを頭に残して、俺は盗賊団に向かって一直線に走り出した。

 

 作戦はない。そもそも、たった一人で多勢相手に戦うのに、有効な作戦なんてほとんどない。だから、初めから勇者の力を全力で発揮して先手必勝。たった一人で立ち向かってきたこちらに対して油断しきっているであろう盗賊団を一気に叩きのめして、混乱状態を作り出す。おそらく、この人数に集団戦法を取られれば、いくらこちらに勇者の加護があるとはいえ厳しい戦いになる。だから、初撃で乱した統制が回復するまでにどれだけ相手に打撃を与えられるかが勝負になってくる。

 

 力を開放する。勇者の加護は、もともと魔族に滅ぼされかけた人類を救うための力。人間よりはるかに高い能力を持った魔族に対抗するためのその力は、ただ振るうだけでも鍛えられた人間をはるかに凌駕する。突然馬よりも早く突撃してきた俺の姿に、盗賊団は大きな動揺を見せる。何とか回避すべく進路を変えようとする者、そのまま突撃してくるものが入り乱れ、隊列が大きく崩れる。

 

 「はぁあああああ!!」

 

 先頭の騎兵を打ち倒し、隊の中に切り込む。狙うのは、混乱している盗賊たちに指令を飛ばしている男。まずは、指令を出しているやつを倒して、混乱を長引かせる必要がある。

 

 指揮官らしきその男は、あと数メートルまで近づいたこちらにようやく気付いたようだが、もう遅い。グッと脚に力を籠め、残りの距離を一足で踏破する。技でも何でもない力ずくの飛翔。一気に距離を詰められその男はとっさに剣を振るうが、そんな苦し紛れの一撃をもらうわけがない。初撃でその剣を弾き飛ばし、二撃目で驚きに目を見開くその首を跳ね飛ばす。これで、指揮系統が回復するまでの間、敵はまともに動けなくなる。

 

 敵が組織的に動けないのであれば、有利なのは勇者の加護で圧倒的な力を発揮できるこちらだ。数が多くとも、実質的に一対一の連続にしかならないのであれば、大した脅威にはなりえない。

 

 いける。盗賊団の、思ったよりもずっと拙い連携に確信する。装備の違いや実戦経験の差はあれど、単純な練度で言えば、この盗賊団は村の自警団に大きく劣る。このまま相手の連携を崩し続ければ、数の不利を問題にせずに戦い続けられる。

 

 その結論に至り、名乗りを上げる。あわよくば、少しでも相手の動揺を誘うため。そして、絶対に村を守り抜くという誓いを謳い上げるため。

 

 「聞け、盗賊たちよ!我が名は勇者カラモス。この場に臨むのであれば、我が剣の前に倒れ伏す覚悟をしてもおう!」

 

***

 

 「ったく、カラモスのやつどこをほっつき歩いてんだ?」

 

 訓練場の様子を横目に眺めながら、独りごちる。最近一気に強くなり、自警団の全員でかかっても勝てないほどの次元になったカラモスであったが、それでも本人は毎日真面目に訓練に訪れていた。正直、もうまともに教えられることも無いので、どこぞで勝手に自主練習しているのであっても文句はないが、前触れもなくいきなりいなくなったのでやはり気にはなる。

 

 「最近冗談みたいに強くなりましたからね。真面目に訓練するのが馬鹿らしくなって、散歩にでも出かけてるんじゃないですかい?」

 「...別にあいつならそれでもいいが、お前はサボってんじゃねえ。とっとと組手に戻れ」

 

 独り言に口を出してきた団員を追い返して、さらに考え込む。

 

 もともとカラモスには才能を感じていた。俺とばかり組手をさせていつもタコ殴りにしていたから本人は不満みたいだったが、実力差があっても諦めず、しかも日に日に太刀筋がよくなっていくあいつの剣に、かつて剣の神童として村の期待を背負っていた自分を重ねて、自然と大きな期待を寄せるようになっていた。あと、どんどん余裕がなくなってマジで相手をするようになっていった。正直、何回かはやりすぎた気がしないでもない。

 

 おそらく、才能で言ったら俺よりもカラモスの方がずっと上だったのだろう。実際、ここ何か月かであいつの能力は飛躍的に上昇し、もう俺じゃかなわないどころか自警団まとめて相手になっても倒せないほどだ。

 

 十分な力が付いたら、街の方で騎士団にでも推挙してやろうと思っていたが、ここまでの実力だとそうするまでもなく何かのきっかけで騎士団の目に留まるかもしれない。まあ、体力的な面はいまだに少し物足りないが、それだけ何とかなればもうどこでも活躍できるだろう。

 

 今はケガで隠居状態だが、俺も昔はけっこう大きな町で騎士としての役目を全うしていた。その時のコネを使えば、いい感じにあいつを騎士団に推薦することができるだろう。後は、あれだけの並外れた力があれば、自然と名をあげることができる。

 

 (あるいは、いつか王都の「勇者」としての名声を、勝ち取ることができるやもしれん)

 

 夢というよりは現実味があるその未来を夢想する。実際、かつて騎士団の一員としてその力の一端を見ることがあった「勇者」は、今のカラモスと比べてはるかに高い次元にあるようには見えなかった。それならば、さらに鍛錬を重ねて力をつけたあいつなら、「勇者」になることができるかもしれない。

 

 (そういえば、カラモスのやつ、昔は「勇者になる」って息まいてたっけ)

 

 まあ、かくいう俺も子供のころは勇者にあこがれていた。俺は結局「勇者」に選ばれるほどの実力は得られなかったし、最後にはケガをしてこの村に舞い戻ることになった。かつての自分の生き方に後悔はないが、できるならもう少し、自分がどこまで行けるのか試してみたかった。

 

 だから、その代償行為というわけでもないが、カラモスのやつがどこまで行けるのかは楽しみだ。とりあえず、次の訓練を考えてやらなければならない。

 

 ふと、空を見る。天は少し曇り、時間がたてば雨になるだろう。今日の訓練は早めに切り上げた方がよさそうだ。そう考え、組手を続ける団員たちに号令を出した。

 

***

 

 (思っていたよりも、数が多い...)

 

 思い切った突撃により混乱を拡大させ、カラモスの圧倒的な優位を作り出していた戦場は、しかし時間を追うごとに劣勢へと傾いていった。単純な数の差が、時間を追うごとに大きくのしかかる。さらに、最初こそ予想だにしない障害に動揺した盗賊団であったが、今や完全に指揮を取り戻し、数の優位をもってカラモスを抑えにかかっていた。複雑な連携がなくとも、多方から同時に攻撃されるだけでもこの状況は辛い。幸いまだ大きな傷は追っていないものの、徐々に守りを押し切られつつあることに焦りを感じ始めていた。

 

 敵の数もすでにだいぶ少なくなり、残るはあと数十人といったところか。だが、色濃くのしかかる疲労と、入れ替わり立ち替わり続けられる攻撃に、活路を見いだせない。勇者の力も、これ以上引き出してしまえば体がもたない。一時的に優位を築くことができたとしても、全員を打ち倒す前にこちらが倒れることになるだろう。

 

 (この状況、どうすれば打開できる?)

 

 そんな状況への焦りが、致命的な隙につながってしまった。焦りに気を取られた一瞬の意識の空白。その一瞬の隙に滑り込むように、相手の馬上槍が突き出される。最悪のタイミングで繰り出された一撃を何とか体をひねって回避するが、大きく体勢が崩れてしまった。続く背後からの一撃に、対処することができない。

 

 痛みよりもまず、すさまじい熱さが体を襲う。必殺のタイミングで背後から繰り出された一撃は、過たず俺の背を切り裂いた。この戦いの中で初めて負う深手とこれまでに蓄積された疲労が重なり、地面に倒れこむ。

 

 (そんな...これで、終わり?)

 

 そんなわけにはいかない。絶対に、村を守る。

 そう思って体を起こそうとするが、もはや腕一本思うように動かせない。

 

 さらに、盗賊団の一人が、とどめを刺すべくこちらに近づいてくる。その様子が、異様に遅く感じる。これが、走馬灯ってやつなんだろうか。

 

 もう俺は戦えない。でも、ここまで数を減らせば、自警団のみんなで撃退できるのかもしれない。だったら、俺はもうここまででもいいんじゃないだろうか。

 

 その考えに至り、諦めがついた。村のみんなが大丈夫なら、俺はもうどうなってもいい。

 すっと、目を閉じる。だんだん痛みも感じなくなってきたし、それにもう、疲れた。後のことは、団長や自警団のみんなに任せて...

 

 『立ち上がりなさい、勇者よ!!』

 

 突然頭に鳴り響いた言葉に、意識が引き戻される。

 もう動かせないと思っていた四肢に力が戻り、弾けるように起き上がる。眼前には急に起き上がった敵に驚きとっさに剣を振る盗賊がいたが、一息でもってその剣を弾き飛ばし、返す刀で袈裟懸けに切り裂いた。

 

 今までの疲れと痛みが嘘のように、体に力がみなぎる。死の淵に脚を踏み入れても立ち上がった不屈の心により、勇者としての位階が上がったのを感じた。そうだ、力及ばずとも人々のために何度でも立ち上がるのが勇者。そのための力の使い方も、今ならわかる。

 

 「光よ!」

 

 癒しと守りの光が、体を包み込む。新しく目覚めた癒しの力は、受けた傷をすべて回復するとともに、勇者に害をなす力を阻む鉄壁の守りとなる。これでもう、目の前の盗賊団に敗れる要素はなくなった。

 

 「守るべきものがある限り、勇者は何度でも立ち上がる!覚悟しろ、盗賊ども!!」

 

 そう宣言して、再び踏み込む。さっきまでよりさらに早い突撃に、もはや盗賊団は反応できない仮に反応できたとしても、光の鎧を突き崩すことができない。これまでとは桁違いの力の発露に、盗賊団はなすすべもなく壊滅した。

 

***

 

 『ちょっとひやひやさせられましたけど、よく頑張りましたね』

 

 眼前にふわりと現れた女神さまが、ねぎらいの言葉をかける。今回の戦いは、自分だけでは勝てなかった。最後に立ち上がって戦い続けることができたのは...

 

 「いえ、すべて女神さまのおかげです」

 

 そうとしか、言えなかった。あの時女神さまが、ただ自分を叱咤しただけだったのか、あるいは何らかの助力をしたのかは分からないが、いずれにせよあの言葉がなければ再び立ち上がることはできなかった。最終的に盗賊団を打倒することはできたが、勇者としてもっと励まなくてはならない。そう感じる一戦だった。

 

 『ふふ、まじめですね。』

 

 女神さまがほほ笑む。随分と久しぶりに感じるその笑顔を見て、ようやくいつもの日常に戻れる気がした。

 

 「それじゃあ、早く村に戻らないといけませんね。誰にも言伝せずに出てきましたから、団長なんかはきっと心配しているでしょう」

 

 そういって、村の方へ振り向く。

 

 

 村は、黒煙を上げて燃え上がっていた。

 

 

 「え...?」

 

 目の前の光景が、理解できない。自分は、勇者として村を守るために戦い、そして何とかその脅威を撃退したはずだ。そのはずなのに、何で村が燃えている?

 思考が空転するままに、村に向かって駆け出す。何が起きているのか分からないが、村を守らなくてはならない。その一心で、疲れた体を叱咤してひた走る。

 

 ――あれだけの煙が上がるほどの火であれば、既にほとんどの家屋が燃えているはず。いまさら急いだところで、もう遅い。どこか冷静にはじき出されたその試算を頭から無理やり追い出して、全力で駆け抜ける。

 

 武器屋のクリンには、何度も剣の手入れをしてもらった。薬屋のばあさんは、普段はがめついけど病気にかかったときは寝る間も惜しんで看病してくれた。自警団のみんなはいつも一生懸命で、団長にしごかれながらも俺たちで村を守るんだって、そう誓いあって頑張ってきた。親父と兄貴は最近畑の調子が良いって喜んでたし、お袋はそんな親父たちを見て嬉しそうにしていた。

 

 そんな思い出のすべてが、燃え盛る炎の中に消えていく。それだけじゃない。村の中からは、生きている人間の気配が一切しない。村の入り口には、背中を切られて倒れ伏す死体。他にも、首を切られたり、槍に貫かれたり、いろいろな死体があたり一面に転がっている。

 昨日まではいつもと変りなく笑いあっていたみんなが、今はただの物になって転がっていた。

 

 「なん、で...」

 

 呆然と、崩れ落ちる。盗賊団は全員打倒したし、戦線を離れたやつもいなかった。村は、守られたはずじゃ?

 

 『別動隊ですね。私もカラモスさんの戦いを注視しすぎて気づいていませんでしたが...』

 

 女神さまがつぶやく。

 別動隊。俺が倒した盗賊たちだけじゃなくて、他の盗賊も村を...

 

 『失敗しました。カラモスさんの力を過大評価して、ちょっと集めすぎましたね』

 「え...?」

 

 集め、すぎた?女神さまは、一体何を...?

 

 『いけませんね。どうしても勇者クシフォスの経験に引きずられてしまって。彼なら力に覚醒してすぐでもだいぶ力を使いこなしていましたから、これくらい別動隊含めてどうとでもなったでしょうし...』

 「女神さま、あの、あつめたって、その、どういう...」

 『?ああ、説明していませんでしたよね。今回の盗賊団は、私がここに集めたんですよ。ちょっと張り切りすぎて、だいぶ遠くからも来てしまったようですが』

 「その、集めたって、なんで...?」

 『やはり、勇者としての立身を考えるのであれば、村を危機から救った実績はほしいですからね。でも、今の時代は平和なので、待っていてもそうそう危機的状況にはならないです。だから、わざわざ遠くから集めてきちゃいました』

 「...っじゃあ、今回の襲撃は、あなたが引き起こしたってことですか?」

 『ん~、わたしは集めただけですが、まあそう言ってもいいでしょうか』

 

 「っ...ふざけるな!」

 

 思わず罵声が飛び出す。目の前の存在が女神だとかは関係ない。こいつは、あの盗賊団をわざわざ集めたといった。こいつが何もしなきゃ、村のみんなは死ぬことはなかったんだ...!!

 

 「光よ!!」

 

 覚醒したばかりの勇者の光を使い、女神に切りかかる。所詮は女神に与えられた力、通用するとは思わないが、それでも切りかからずにはいられなかった。だって、こいつのせいでみんな死んでしまった。だったら、せめてその無念を思い知らせなきゃいけない!命の重さを、すこしでも分からせなきゃいけない!!

 

 『ん~、しかし、うまくいきませんねぇ。やっぱり魂の形が似てるだけじゃ勇者の素質があるとは言えないんでしょうか...』

 

 だが、そんな俺の一撃を一顧だにせず、女神は虚空に消えていく。みんなの無念を乗せた魂の一撃は、その身に届くことすらなく、むなしく空を切った。

 

 地面に倒れ伏す。傷を負ったわけでもなく、体力を使い切ったわけでもなく、それでも体の一切が動かない。村のみんなを失い、その元凶に一矢報いることすらできず。俺の精神は立ち上がることができないほどに砕け散ってしまった。

 

***

 

 ケントロン王国の南に位置するヴェリリコ村が、盗賊団の襲撃を受けた。それを騎士団が知ったのは、かろうじて逃げ出すことのできた数人の村人の知らせによってであった。盗賊団を撃滅すべく派遣された騎士団が発見したのは完全に壊滅した村と、わずか一人の生存者だけであった。

 生存者は近くの街に送られ、その街の教会にて療養についたが、襲撃のショックのためか酷く錯乱し、女神アステルを邪神と罵るようになっていた。

 盗賊などによって壊滅した村の生存者の中には、救いを与えなかった神を恨むようになる者も少なくない。いくら女神アステルを信仰する教会といえども、精神薄弱な被害者を罰するつもりはなかった。

 だが、その生存者の神への憎悪は日に日に高まり、ついに「邪神の狗め」と罵りながら神父に殴りかかるまでに錯乱して取り押さえられたその生存者を、もはや教会も赦すことはできなかった。

 ヴェリリコ村のわずかな生き残りであるその少年は、背教の狂人として処刑された。その亡骸は共同墓地に埋葬され、墓石も残されなかった。

 




最初のコンセプトは「性格が悪い女神」だったんですが、設定を考えるうちにちょっと違うものになった気がします。まあいいか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。