「あ…あいつは……!?」
霧から現れたのは、三日前に出会った深海棲艦だった。空母二隻の放った艦載機を一機も残さず撃墜した怪物だ。
対空能力以外にも、高い装甲を持っている。吹雪と砲撃した際、傷一つ付けることができなかった。あの時は何故か敵対せずに遭難した睦月と夕立を鎮守府近くまで送ってくれた。
しかし、今回は違う。
この海域全体が、殺気で満ちている。しかもタ級と戦闘をしていた時とは比べ物にならない程の殺気があの深海棲艦から出ていた。
そんな深海棲艦を前に、摩耶は那智達に無線連絡をした。
「艦隊に告ぐ、全速力で撤退しろ…!」
「なっ…だが…!」
「だがじゃねぇ!!旗艦命令だ!!私があの深海棲艦を引きつける、その内に逃げろ!!」
摩耶は確信していた、このままでは確実に沈められる。
深海棲艦を引きつけてる中、摩耶の頭にはとある疑問がよぎってきた。
あの深海棲艦の戦闘能力はル級やタ級を遥かに超えている。あいつが主力部隊の旗艦と言われたら信じるだろう。
しかし摩耶が疑問に思っていたのは、あの深海棲艦についてではない。編成についてだ。
主力部隊なら空母の一隻や二隻居るはずだが、護衛には駆逐艦、軽巡、戦艦が一隻ずつしか居ないのだ。
護衛にしては戦力が少なく、あの深海棲艦を含めも後二隻は入れる事ができるはず。
どうして四隻なのか、ひょっとしてあの艦隊は主力部隊ではないのでは、そんな考えが摩耶の頭の中で、疑問という形で回っていた。
だが、そんな事を考えている暇は無いと思い知らされる事になる。
目の前に大きな水柱が上がった。駆逐艦の砲撃なんて可愛く感じるレベルの大きさ、下手したら戦艦と同じ位の大きさだ。
「ソウ簡単ニハ行カセナイワヨ……」
背後から聞こえてくる声は、死神が鎌を首に近づけ冥界への片道切符を渡しに来たように感じる。
一歩、また一歩と歩いてくる音が聞こえてくる。
心の中では逃げようとするが、足が竦んで動けない。
あまりの速度の上げすぎで、主機がオーバーヒートを起こして動かなくなっていたのだった。
そして近づいてきた足音が真後ろで止まると、あたしは確信した。
ここで沈むのだと。
提督は私を信頼して旗艦にしたのだろう。私は提督の期待を裏切る事になってしまった。
背中に砲口を当てられると、頭の中に艦隊の五隻と鎮守府に居る仲間達との青春が走馬灯のように流れてきた。
那智達は逃げ切れているだろうか、姉貴達は今頃どうしているのだろうか。
そして最後に流れてきたのは、鳥海との思い出だった。
何年も戦いを共にし、どんな時でも側にいた。そして、互いに信頼していた。
自分の命を相棒の為に捨てても厭わない程に。
鳥海は大破した私を庇い、沈んでいった。
それから二年経ったが、私も鳥海の居る天国に行けると思うと、悪くなかった。
すると、あの深海棲艦は口を開け、こう言った。
「ココデ沈ミタクナケレバ、ココカラ先ニハ進撃シナイコト…撤退スルノナラ見逃シテアゲル…」
砲口を摩耶の背中に当て、摩耶に警告した。
私の目的は敵を殲滅する事ではない。この先に居る南方棲戦鬼の存在を艦娘達に知られない事だ。
別に沈めても構わないが、リ級の事を思うと気が引ける。
だが、摩耶の回答によっては沈めなければならない。
私はただただ撤退してくれるのを祈るばかりだった。
そして摩耶は、答えた。
「…分かった、撤退させてもらう」
普通ならこんな嘘がバレバレな話に乗るはずが無いが、不思議とこの深海棲艦なら信じられると思った。
「アリガトウ、助カルワ」
すると摩耶は確認するように話しかけた。
「撤退している最中に襲ったりしないだろうな…」
「モチロン、約束スルワ」
「…どうしてあたし達を見逃してくれるんだ?」
「沈メル必要ガナイカラヨ。マァ…コノ先ニ行コウトスルナラ…アナタダロウガ何ダロガ沈メルカラ……」
「……最後に、あんたの名前は?」
「防空棲姫…防空駆逐艦ヨ」
その後、摩耶は艦隊のメンバーと合流し、撤退して行った。
するとタ級から連絡が送られて来た。
「防空棲姫サン、南方棲戦鬼様ガ防空棲姫様ニ会イタイソウデス」
「……分カッタ、今スグ行ク」
通信を切ると、私は南方に会う為に南に進撃した。