2018 高律の日   作:bui

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俺の子ですか?

今年の暑さは7月から異常だった。

 

暑い暑いと騒いでも、充満する大気の暑さは揺るがないし体感温度も下がらない。

何もしなくてもそがれる体力に、日本もそろそろシエスタの制度を取り入れるべきじゃないかと真剣に思う今日この頃なのだ。

 

週末を前にした金曜の昨日、俺、高野政宗は部下で元彼で想い人の小野寺を部屋に連れ込むことに失敗した。

やつは大事な用があるとかで金曜日を午後半休にしてそのまま行方をくらましているのだ。

 

ここはDINKS向けのマンションで住人は大人ばかり、土日でも子どもの影もなく共有スペースはひっそりとしている。

とは言っても、もしここが子どもが多い団地のようなところでも子どもの遊び声が響くということはないのかもしれない。この暑さでは子どもの外遊びも大変だろうし付き合う大人もさぞ疲れることだろう。

 

まあ、いずれにしても自分には関係のないことだ。なぜなら俺には今も将来も子どもを持ち育てるというビジョンなどない。

冷えた家庭に育った俺は、そんな家で育った子どもがどんなに寂しく辛いかを知っている。もともと冷えていたわけではないはずなのに記憶にある俺の家族は破綻していた。だからどうしても子どもというと寂しく辛いイメージが付きまとってしまうのだ。

 

その上で、今の俺は小野寺と共に生きて行きたいと願っている。マイノリティのカップル(付き合ってないけどな。)である以上問題は山積で、個人の想い以上に行政などの仕組みも俺たちを阻む。

 

だから、家族を持ちたいだけのために子どもを生み育てることのできる相手を得ようとは思っていないし、一生一緒にいたいと思える小野寺が女性であったとしても、俺が子どもを望むことはおそらくなかっただろう。

 

しかし小野寺は違う。

 

平均を遥かに越えた立派な家庭に育ったあいつは、代々続く家を守る為に跡取りを育てなければならないのだろう。まるで呪縛のようにそれがあいつを縛っているのも知っている。それは俺には払えない根深い呪いなのだ。

 

おそらく、俺が現れなければ小野寺はあの婚約者か、そうでなくてもそこそこいいとこのお嬢さんとしかるべき時期に結婚して、当たり前に子どもを育てることになったのだろう。

 

実際に小野寺は女性と付き合っていたこともあると言っていたし、俺もあいつも性別が男だから互いを好きになったわけではない。女だったとしてもきっと俺を好いてくれただろうと信じている。

 

だけどもし…、小野寺が子どもが欲しいと言ったなら、俺はその望みをかなえてやらないといけないのだろうか…。小野寺を手放すことはできないのであればそういう選択肢があることを考えておかなければいけないのだろうか…。

 

隣がひっそりしていることから、小野寺が昨日から家に帰ってないことが分かる。

俺には小野寺レーダーがついているから、ヤツが近くにいればすぐに分かるし、いなくても分かる。

 

あいつは実家に帰ったのか、それともどこかに出かけているのか、そしてその先に繋がっているかもしれないもののことを考えるととたんに欝になる。一人でいるとあれこれいやなことばっかり考えちまう。

 

マジうざい(自分)

 

タラレバの世界はいつだって不安だ。楽しくて浮かれるような妄想より辛くて悲しいことばかり。

 

だから早く約束の言葉をくれ、たとえそれがほんの一時のまやかしでもいいから昔みたいに安穏の言葉を。

それさえあれば不安は尽きなくても嫌な夢を見ることはなくなるはず。

 

暑くて辟易するけど、煙草のストックも少なくなってるし、コーヒーだけしか入れてない腹はそろそろもっと実のあるものを寄越せと文句を言い始めているから、ブランチでも仕入れに行くかと財布と車の鍵だけ掴んで外に出かけることにした。

 

カーラジオからは連日の最高気温更新のニュースが流れ、飽きもせず今日もうんざりするような数値ばかりを並べる。40度を超えたと聞くと空調の効いた場所にいるくせに汗が出てひどく疲労した気持ちになるから不思議だ。

 

おかげでこの陽気は気圧がどうとか前線がどうとか、とにかくこうだからこうなると今後の暑さの予定とか解説ばかりがされて、ずいぶんこの暑さの理由に詳しくなった。

 

そう言えば、昔付き合っていたのはほんの少しのことだから俺と小野寺は夏を一緒に過ごしていない。

 

じゃあ去年はどうだったのか?

 

丸川で働き始めたばかりでお互いに意識もしていなかったし、エメラルドはいつだって戦場だからあっという間に秋になったのだろう。そして冬になって再びほんの少しだけ二人で過ごした思い出のある春に、それから夏のこの猛暑…。

 

グッと進展したかと思えば何歩も後退する、そんな関係にそろそろ決着をつけたい。

 

だけど相変わらずあいつは俺の顔を見ると嫌そうにゲッとか言うし、取りつく島もたどり着く丘が見つからない。

そう考えると…、

 

いや…、深く考えまい…。

 

それにしても腹立たしいほどの暑さだな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくつかの買い物を終えてマンションでエレベーターに乗り込むと、あの独特の浮遊感のあと程なくして家のある12階に到着した。

 

外も暑いがエレベーターも廊下もとにかくどこもかしこも暑い。日差しがないだけ少しは我慢もできるけど、暑い暑いばかりでもわっとした空気にさえもうんざりする。

 

このあと小野寺が戻ってきたらどうやって引っ張り込もうかなど不穏なことを考えてドアの方に歩いて行くと突然「パパ?」という子どものすこし高目の声が聞こえた。

 

ハッとしてそちらを見ると、布製の大きなトートバッグの上に子どもが座っていて、そのバックはエレベーターからすぐの俺の部屋のドアの前に置かれていた。

 

うーん…、通販で何かを買った覚えもないしお荷物お届けの知らせはもらっていない。

そもそも子どもにパパと呼ばれる云われもない。

 

「だれ。」

 

片方の眉がピクリとひきつり随分モノ言いもぶっきらぼうになった。

かつて自分の親の事を父と呼んだことが脳裏を過って苦い気持が湧いてしまったのだ。

 

当時俺はパパではなくお父さんとその人の事を呼んだ。

 

両親が不仲でも、俺はその人が自分の父であることに疑問を持ったことはなかった。家族が不全でも父と自分にはきちんとしたつながりがあると信じていた、というか疑うことさえなかった。

 

でもその人は俺の本当の父ではなかった。

 

俺は疎まれていたのだろうか?

息子でもないのに父親と呼はれて不快に思われていたのだろうか。

 

何年も何年も俺はそれを知らずにその人の事を自分のかけがえのないものだと信じて生きていた。

 

見えないものは不確かだ。

あれほどの物をくれた筈の律を失い、当たり前と思っていたものも実はまやかしだったと知り、自分を形にしているそういうものの境界はひどくあやふやになった。

 

他人を父親と信じていた…、その滑稽さを自嘲できるまでどれほどの時間を要したか…。

 

子どもはあまり感情のない瞳でこちらを見てもう一度「パパ?」と語尾をあげて言う。確実に『そう』だと思っているわけでもなさそうだ。

 

「なんで俺がお前のパパなわけ?お前何なの?」

 

子どもは首をかしげるけど特に返事もしない。見た感じではまだ学校に行っているとは思えない幼児で、その年齢に少しだけ嫌な気持ちが湧く。

 

自分の過去に身に覚えがあるわけではないけど、女性と『そういう』行為の過去があれば男として万が一にはないことではないと知っている。

 

ひどく荒れた頃は自棄になっていたのと人肌が恋しかったこととでとっかえひっかえ女と付き合っていたけど、避妊をしないでセックスをした事はないし、なにがしかの失敗をしたという覚えもない。

 

当然そういう事実を告げられつれなくした覚えもないけど、あの頃の俺なんか父親に相応しくなかっただろうし、なってくれなんて言えずどこかでこっそりと産み育てていたという事実がゼロとは言えない。

 

まさかという気持ちが湧くのはそういう疚しい過去を持っているからで、それを分かっているから余計に目の前の子どもにいら立ちが湧くのかもしれない。

 

少し見つめ合うように無言で立ち尽くしていると、「何しているんですか。こんな暑いところで。」と後ろから聞き覚えのある声がした。

 

瞬間は言葉も出ないし息さえ吸うのを忘れてたほど驚いた。ギャグ漫画の中に出てくるワンシーンのように、自分は床から数センチは飛び上っただろう。

 

横をスッと駆け抜けていった小野寺はズボンのポケットからハンカチを取り出して「こんなに汗をかいて…、」とその子の顔や首筋の汗を拭いた。

 

「パパ?」と子どもがまた俺の方を向いて言うけど、俺はお前のパパじゃねーと言いたくて、だけどささやかな疚しさが芽吹いてはっきりと声にすることができない。

 

小野寺がちらりとこちらを見るけど.、その視線が俺の気持ちを探るように感じて戸惑いから視線を少し外す。マ正直に目を見ることができるほど潔い性格じゃない。

 

身に覚えがあるなしに関わらずおそらくこれは男の心理なのだ。

父と呼ぶ目の前の子どもに対して、男は女性とは違ってなんの確証もないのにうろたえる。どこでなにがどうしたなど、事実さえあれば血液鑑定でもしない限り答えは分からないし結果が白と出たからと言って汚名は晴れない。

 

そういう事実があったということは歴然と残るから。

 

混沌とする思考の中で、小野寺がその子どもをひどく優しい顔で抱き上げる。そして俺がその姿を無言で見つめていると、子どもに向けていたやさしい視線が一転、ひどく不機嫌そうに小野寺は俺を見た。

 

「何ですか?」

「言っとくけどそのガキは俺の子じゃねーよ。」

 

不安を覆い隠そうとして無理やりに張り巡らせた虚勢心から、ついきつい口調になるけど、本当はお前には誤解されたくないと弱る気持ちは縋りつきたくて嵐の海のように波立っていた。

 

「あえてそんな事言わなくても結構です。」

 

小野寺からの直接的な言及がないからこれ以上自分を擁護することもできず、しかしもし身に覚えがあるかと問われても絶対に無いと言える自信がない。

 

動揺しているかっこ悪いところなんて見せたくないから、ポケットから煙草を取り出して火をつけようとしたところで、共有スペースは禁煙であることを思い出してライターをつける手前で手を止める。

 

小野寺は不快そうな顔をすっと改めて子どもに向かい「暑かったね、お部屋に入ろうか。」となぜか自分の部屋のドアを開けて子どもを招き入れようとしていた。

 

「おいお前!」

 

咄嗟にその背に声をかけると「なんですか?」と小野寺からは刺さるような冷たい視線を向けられ、「こんな暑いところに居たら小さい子は病気になります。」とそっけなく往なされた。

 

確かにエントランスから各階の通路まではマンション内とはいえ外と同じだ。日が当ってない分だけ少し涼しいというレベルで、目の前の子どもは洋服の色が変わるぐらいたっぷりと汗をかいている。

普段だったらもう少し冷静でいられただろうけどどうやら今の俺は気持ちがひどく上ずっている。

この酷暑の最中、小さい子どもは熱中症になりやすいから、さっさとどうにかしてやらなければならないはずだ。

 

部屋に消えて行く小野寺の背を慌てて追いかけて部屋に入ると、迷惑そうな顔で睨まれはしたけど、子どもの手前争うのも憚られると思ったのか俺は小野寺に部屋から追い出されることは無かった。

 

「お茶飲もうか?」

 

小野寺の優しく品の良い笑顔にほっとしたのか、子どもは行儀良くソファーに座りコクリとうなずいた。

 

「高野さんも麦茶でいいですか!?」

 

もれなくギロっとにらむ視線付きでそう声がかかり、伸びたり縮んだり、小野寺の眉間の皺も忙しいと思いながらも「お構いなく。」とわざとそっけなく言うと「お構いしませんからとっとと帰ってください。」と冷たい言葉がまた飛んできた。

 

「ケーサツとかに連絡するのか?」

「なんの話ですか?」

「だってそいつ…。」

「そいつって、本当にあなたは失礼な人ですね。」

 

妙に片付いた部屋の中で小野寺は冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出して、氷を入れたグラス二つにそれを注いだ。

 

「何か勘違いされているようですが、この子は俺のところに来た子です。部屋を間違えただけだと思います。」

「は?」

 

喉の奥から空気が漏れるような声が出てしまって、少し決まりが悪い。

何より声と同時に張り詰めていた気持ちも脳天から抜けた。

自分がぐるぐると思い悩んだことが実は全くのお門違いであったことが解ってひどくホッとして脱力したのだ。

 

「パパって呼ばれてひどくうろたえていましたね。何か思い当たる事でもあったんでしょうけどそれは全くの誤解ですから安心してください。」

 

意地の悪い小野寺の指摘に気持ちがざわめく。疚しさでうろたえたのは事実だが、それを隠そうと表面的には取り繕えていただろうと思っていたことは全く役に立っていなかったってことだろう。

ツンツンしていたのは小野寺が少しは焼きもちを焼いてくれたということなのだろうか?

気持ちはとたんに乱高下で否定と肯定とでまた情緒不安に陥りそうだ。にやつきそうな顎を掌でさすり子連れの食事も悪くないと早速不埒なことを考えると、小野寺が子どもの服を着替えさせながら「言っておきますけどこの子は俺の息子なのでご心配なく。」と言った。

 

フーンと、一瞬聞き逃しそうになってから次の瞬間飲みかけていた麦茶を吹きそうになった。

 

なんて言った?

俺の息子?

 

自分の子どもかもしれないという不安は解消されたはずなのに今度は別の不安が襲う。

そう、子どもの存在は俺が小野寺を失うと同義なのだ。自分が家族というものにとらわれる不安、小野寺が別の物に奪われる不安…。

 

まさかこっちの展開になるとは思いもしなかった。

 

「お、お前の息子!?」

「ええそうです。」

「本当に?!」

 

声が震える…。

 

小野寺の過去がどんなでも赦すというか不問にできる自信はあった。

あったが…、やはり俺は心の狭い男だったのだ。

 

女と付き合ってたことがあったと聞いたのはいつだったか…。その時に覚悟はできているという宣言をあの子にした気がする。

実際にあの子もあいつも小野寺を好きだと言ったけど…、だけど自分がいかに現実的に受け止めていなかったかということを思い知らされる。

 

俺が疚しく思ったことの大元をたどれば、小野寺だってそうでないとは言えないのだ。

 

今目の前に見えない小野寺のかつての恋人がいるような気がして、足場が崩れ落ちるような絶望が襲う。このままいたら俺は泣くかもしれない…。

 

「なにお前ふざけてんの!?俺にはあんな態度取って、実はお前の方がそういう不実な奴だったってことか!」

「俺がどんな態度取ったって言うんですか?不実ってずいぶんな言いぐさですよね。この子のことを疑う理由は俺にはないし、でも見てましたけどすごく困ってましたよね?自分の子どもかもしれないって。俺はそんなことはしません!あんたとは違います。」

 

小野寺の眉間の皺の深さと不快感は比例しているようで、話をしているとどんどん深くなる。俺自身、怒鳴るでもなく言い募る小野寺の言葉にぐうの音も出ない。

 

確かに小野寺はこの子が誰なのかを知っていたから俺を疑うわけなくて、

勝手に俺が疚しい気持ちになっていただけで、

だけど小野寺も俺がそう思ってるだろうことを知りながらもかなり長い間訂正もしなかったし、なにより初めからツンツンした態度だったじゃないか。

 

「別に俺はどうでもいいです。高野さんの子どもが他所にいようといまいと関係ありません。」

 

ツンっとそっぽを向く小野寺のむかつきは俺の過去に対するものだろう。俺だってあの頃の自分を往復ビンタしてやりたいと、今日こそは心底思ったのだから。

 

「関係ないってなんだ!俺はお前にとって何なんだ!」

 

ひどく不機嫌な小野寺に不機嫌を投げ返すと子どもが驚くからでかい声を出すなと、今度こそ家から追い出されて呆然としたまま自室のソファーに今俺は身を沈めている。

 

しかしあいつの子ども…。

 

自分に子どもがいたかもしれないという不安は別の形で自分自身に迫って来ているいることが分かる。

それは小野寺を誰かに持ってかれるという恐怖だ。

 

子どもの存在は絶対で、どんなにいやだと拒否してもその繋がりは一生付きまとい切ることはできない。

俺が信じていていて、あっという間に無くした見えないものにおそらく誰もあがなえない。

 

父親はどうだったんだろうか?

 

父は子どもを作ることができない人だったと言った。

まだ不全でない頃の二人は精子提供によって子どもを設けた。子どもを産めと周りから言われ続けることに、ステイタスの高い両親は正直に事実を告げることができず、何年かして母からそう提案したのだという。

 

父だってはじめはそれを納得していたのだろう。だけど月日が経つうちにそれは大きなひずみになった。大きくなるにつれて自分にはかけらも似ていない息子に父と呼ばれることに苦しんだのだろうか?

 

血は水より濃いというけど、血が繋がっていなくても、俺はあの人を父親だと信じていた。だからこそ違うと知って酷いショックで自暴自棄になった。

誰もが普通に持っているはずのものを自分が持っていないことに絶望した。

 

人としての境界があやふやになるということはひどく怖いことだった。

自分は誰で何者なのだろう。戸籍とか、制度とか、そういうあとから人が作ったものではなくて、めんめんと受け継がれて来た遺伝子とかそういうもののことで、誰かが居たから自分が居るはずなのにそれを見失って全部無かったことにされそうで、形を保てなくなりそうな不安だ。

 

今の自分は何も持っていない。

 

だからこそ見えるものもある。

繋がりなんて結局気持ちだけのもので、今の俺は自分で自分を肯定するしかない。それしか立っている場所を固める術はない。

 

でも、

 

でも、唯一小野寺には肯定してほしい。ここにいていいと言って欲しい。

 

だから何も持っていない俺が欲しいものを手に入れるためには死に物狂いで努力をするしかない。手に入れるためにがむしゃらに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日は悪かった。」

 

翌朝、玄関のドアをやっと開いてもらえた俺は小野寺の顔を見るなり頭を下げた。

一晩ぐるぐると考えたけど結論は結局一つだけだった。

 

「なにが悪かったんですか?」

「なにが悪かったって…、とにかく悪かった。」

「意味分かりません。」

 

一応手土産に子どもの好きそうな生菓子を目の前に広げると小野寺について玄関に来ていた子どもワオ~っと目を丸くした。

そういう表情は小野寺に…、似ていなくもなくなくない??

 

「ちゃんとあとで歯磨きしてね。」

 

小野寺が口に指を当ててそう言うと子どもはこくりと頷いた。

 

 

「俺はちゃんといい父親になる心の準備をしてきた。」

「なんで高野さんが父親なんですか。」

「どう考えてもお前がママだろ」

「呆れた…、」

「いや、お前が父親がいいなら俺がママでもいい。」

「ヤッパリ意味が分からない…。でも分かりましたそんなに父親になりたいんだったら、」

 

小野寺がテーブルの上から紙の束をつまみ上げて「ハイこれ。」と俺の顔の前にさらした。

なんで今これなんだと訝しく思うも、そのカラフルなカタログに目を落とすと表紙には大きく『スポンサー(里親)制度』と日本語で記載があった。

 

「この子は日本のNPOが支援している発展途上国の日系の子で、俺は大学の時にささやかですが祖父の遺産を受け継いでいて、その収入の全額をそこに寄付をしています。数人に学費などの里親支援しているのですが、今回日本で啓蒙のためのイベントがあって、この子は日本語が少しわかるので一緒に来日したんです。」

 

小野寺はにっこりと笑っていきさつをそう説明する。里親…。その資料に視線を落としたまま、ある意味で(良い意味で)固まってしまったけど小野寺はまだ説明を続けた。

 

「ちゃんと機関の方が俺の家までは連れてきてくれることになっていたのに、連絡の行き違いで間に合わなくて、昨日運営をひどく怒ったところです。あんなに暑いところに置き去りにされて何かあったらどうするつもりだったんだって。」

 

「俺は…、一晩ずっと考えて…。」

「すみませんでした。昨日は俺もひどくうろたえていて意地悪を…。」

 

小野寺が珍しく神妙だ。なんだかんだと言っても、こいつは俺が弱ってることに弱い。

 

「高野さん。子どもってなんだと思います?」

「なに?」

「高野さん、昨日からずっと迷子みたいですよ。」

 

持って来た生菓子を小野寺の里子が嬉しそうに食べている。

単純にその嬉しそうな顔を可愛いと思う。昨日パパと呼ばれたときにはぞっとするぐらい嫌だったのに。

 

「別に誰の子でもよくないですか?あなたもあの子も」

 

小野寺も里子の嬉しそうな顔を頬杖をついてみて笑う。

 

「俺は子どもは未来だと思っています。」

「…。」

「俺は…、結婚をする気はありません。でも子どもは欲しいです。」

「え!?」

「だから将来は本当に里子でも貰いませんか?二人で命を、未来を育みたいです。」

 

泣きそうだと今回何度も思ったけど、今度こそ、泣いていいんじゃないだろうか。

 

「ホントあなたって…。」

 

小野寺が俺の頭をポンポンと叩いた。

 

 

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