2018 高律の日   作:bui

5 / 5
ドライブデート

だめ、ほら…、そんなにあおるな…、よく見て。

 

やだ、分からない、そんなの…。

 

急がなくてもいいんだ。お前のペースで。もっと感じて。

 

怖い…、感じるなんてむり、もう下からビリビリして…、

 

お前がイキたいようにもっと追い込んでもいいけど、自分がするって言ったくせに。

 

高野さん、怖い…、あん…、大きい…。うしろから…。

 

ほら、手がお留守だ。こっち俺がシてやるから。

 

あ!やだ、そんなに強く握らないで、うまく動かせない…。

 

ほらギュっと入れて、抜けるぞ。ほら、もうぐっしょりだ、まだ先は長いのに、これぐらいでこんなになってどうすんの?

 

高野さんが余裕で…、悔しい…、オレだけがこんなにドキドキして…。

 

まさか俺だってこえーよ、いつだって…、だけどさ、このズンズン来る感じ、わかるだろ?

 

や、分からない…、もう何も言わないで…、馬鹿…。

 

なんで楽しもう。二人で、もっと。

 

もうオレいっぱいいっぱいで…、スポーツじゃないんだから楽しむなんて無理…。

 

スポーツみたいなもんだろ?

 

や、もう無理…、休ませて。

 

早いな、お前がさせろって言うから。

 

全部します。だから少しだけ…、もう…。お願い…。

 

 

 

「仕方ないな…、じゃあウインカー左に出して。丁度サービスエリアだから休もう。」

「メロンパン食べたいです。」

 

 

「生きた心地がしなかった…。もう少し近場で練習してからにした方がいいな。」

「む…、だって…、」

「男のくせにだってって言うな(笑)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい綺麗なところですね。周りに高い建物がないから空が広い。」

「車でほんの1時間ぐらいでまるで別世界みたいだな。(実際は休みながらで倍の時間がかかったけど。)」

「さあ、早速海の幸を食べましょう。」

「そうだな、朝食メロンパンだけだったし(笑)」

 

確実に一年で一番暑い季節の今、俺、小野寺律は隣人で会社の上司で元彼の高野さんと一緒に早朝に某県の海と山際が迫る街に来ていた。

 

はずみで車の運転の練習もしたいと言ったのはいつだったか…、それからこんなふうに、たまに高野さんの乗りにくい車でドライブに行くことが増えた。

 

今までは人に迷惑をかけないような広い場所でちょこっと練習をしていたのだけど、今日はいよいよとばかりに高速に乗ったわけだ。

 

実際に東京の公道は走りにくい。何本も車線のある道の場合、間違ったレーンに乗ってしまっても方向変換できずに目的地を大きく超えてしまったり、端の路線を走っていたらいつの間にか道が分岐して、行きたい場所とは離れてしまったりもする…。

 

道幅が狭くて路駐車も多いし人も自転車も多くて運転以外の困ったことも沢山なのだ。

 

だけど意外にも高野さんはそんなときに焦らせたりむやみやたらに指示を出したりしない。

そんなことは大したことはないとばかりにゆっくりとドライブを楽しもうと言う。

だから俺も焦ってパニック陥ることはなく、もちろん事故を起こしそうな状況にもならないで済んでいる。

 

今日は昨晩テレビで海鮮丼が紹介されていて食べたいと言ったら、高野さんが昔行った店の海鮮丼が美味しかったと言って早朝の(混んでいない)高速に乗って今に至る。

 

昔の高野さんはこんなところに何をしに来たのだろう。何年も前だけどまだあるみたいだなってネットで調べて言っていた。仕事だったのだろうか?

 

海鮮丼が有名なだけあって街は海で成り立っているようだ。空気は塩気を孕み、朝の凪いた街には都会のような人いきれはない。

都会のように朝も夜も知らない狂った時間感覚とは異なり、きちんと早朝の人の営みが感じられた。

 

「市場の飯屋だけあってすでに人でいっぱいだな。」

 

築地の飯屋の紹介はテレビでもよく見る。きっとここも同じような感じなのだろう。

 

一仕事終えた腹を満たすのは飢えを満たす以上に充足感なのだろう。満足とは量のみではないが知らずに肥えさせられた舌を満足させている料理は期待して良いということだ。

 

活気が店の外まで溢れ、並んでいる人たちもどんどん捌けている。

 

「マグロメインの海鮮丼だから鮮やかだな。」

「トロとかサーモンもいいんですけど、ごく普通のマグロの赤身が好きです。」

「エビもだろ?」

「あ、あれは…。」

「最後の晩餐にジャンボエビフライと鰻の二択で迷っているって(笑)」

「だ、誰に聞いたんですか!?」

 

エメ編で雑談をしていた時のことを当たり前に言われて羞恥が湧く。食べ物であれこれ思っているなんて幼稚なことを知られて恥ずかしい。

 

「じゃあ高野さんは何を食べたいんですか?」

 

この店の注文は量さえ選べずメニュー一択で、かならず件の海鮮丼を食べることが前提となっている。注文を付けるとしたら酒を飲むか飲まないかぐらいで、サイドメニューさえ小鉢の料理は自分で棚から勝手に取ってトレイに乗せて会計を済ませるシステムなのだ。

 

「ケースによって異なるな、病死だったらきっと弱っててろくなもん食えないだろ?そうなると旨いとか食欲より思い出とかそういう料理だろうし、もし地球が終わるとかそういうシーンだったら料理は誰もしてくれねーだろうから自分で何とかするもんになる。どういうシチュエーションを想定してるわけ?」

 

言われて途端にそんな面倒なこと聞いたつもりじゃないのにと苦みが湧く。

そして単に一番好きな食べ物は何かというつもりだったことを思い知り、大仰に最後の晩餐なんて言ったのは、好きな食べ物を聞くのは案外恥ずかしく自分さえ気づかないうちに話しやすいように飾っていたのだとも思い知った。

 

「イメージとしては周りは変わらず自分だけの最後の晩餐ですね…、病死とかあまり考えたくないので一応食べることには不自由のない状況でお願いします。」

 

質問に対する軌道修正はたやすかったけど、せっかくだからこの話をもう少し進めることにした。面倒な話になると当然付属する面倒事は増える半面それぞれの考え方などが分かるから、思いがけない方向に進むこともあってそれはそれで楽しい。

 

「難しいな(笑)」

 

高野さんがケタケタともクスクスとも違った感じで、でも楽しそうに笑うから海鮮丼について来た山盛りのワサビをマグロの乗せて、まずは刺身として口にする。チューブのワサビと変わらないのだろうけど何やら爽やかさが異なるような気がして、鼻にツンと来るのにもっと乗せたくなった。

 

「まずは前提として、お前が居てくれること。」

「む…、」

「それからお前が笑ってること。」

「それ、メニューと関係ないです…、」

 

こんな場所で何言ってんだこの人とちょっと焦るけど、市場の喧騒をそのまま持ってきているような店屋は人のことなど構っていられない雰囲気で覆われていた。

 

「だって想像してみろ?周りが全員仏頂面した場所でどんなに高級なご馳走食ってもうまくないだろ?」

 

言われてみて確かにそうだと納得する。

母親の愚痴の砲弾の中食べる夕飯の不味い事…。とにかく早く胃に納めて席を立ちたいと無言で口に押し込んだことを思い出す。

 

「あとはこんなふうにそれほど技巧を凝らした食べ物でなくて、ごく普通にうまいと言えるものがいいな。」

 

高野さんが刺身を少しだけ丼から持ち上げてそう言って見せる。ヘタることなくプルンと反り返る艶やかな赤身はまるでガーネットのようで、角の立った包丁さばきは切るだけと言ってしまうのは申し訳ないほどに熟練が必要なのだろうけど、その味はマグロ本来が持つ滋養に他ならない。

 

全てのアシストがうまく回ってこの旨さを作り上げているのだろう。

 

「それから…、」

「え?まだあるんですか?」

「最後の晩餐が一つだけってどうなんだ?俺は最後ぐらいはコースで食いたいね(笑)」

 

目からうろこがポロポロおちる。これは発想の転換か?一つに決めなきゃいけないと思ってたんだけど、確かに最後なら多少我儘言ってもいいのかも…。

 

「となると俺はジャンボエビフライもうな丼も両方食べていいってことか?」

「メインが二つはちょっと構成としてどうかと思うけど?」

「じゃあ高野さんはほかになに食べたいんですか。」

 

自分で言ったくせにちょっとひどいんじゃないかと否定されたことに恨みがましい気持が湧く。

 

「デザートはあまい桃がいいって昔思ったことがあった。店屋では簡単に手に入らねーな、あれは産地に行かないと。」

「それは究極の贅沢じゃないですか。」

「最後の晩餐ぐらい贅沢させろ。車乗れるようになったんだから連れてってくれるだろう。」

「まあ、頑張りますけど。途中で最後の晩餐なしになったらごめんなさいですね。」

 

暗に事故っても知りませんよと、遠出がちょっとまだ怖いとほのめかすと高野さんが見透かしたようにフフっと笑う。後ろめたさの背景は山ほどあるけど、色々考えるほどには面倒な事ではないことをほんの少しだけ最近は分かって来た。

人の感情はシンプルだけど人にはどうにもならない。好きな人自分で決められるなら今頃こんなことでうじうじしていない。

 

「最後の晩餐に付き合ってくれるってことで。」

「は!?」

「オレ、愛されてんなー(笑)」

 

まだ決定的な事を告げてない後ろめたさから口をつぐんで目の前の海鮮丼をムグムグと口に中に押し込むように掻っこんだ。

 

 

 

 

 

 

「美味しかったけどゆっくりできなかったですね。行列すごいし食べてても箸を止めるとボヤボヤしてるなって無言で言われてるみたいで…。」

「無言で言われてるっておまえ(笑)」

「プレッシャーですね。恐ろしい…。うん、高野さんはなんであのお店を知ったんですか?」

「ああ…、」

 

店を出てすぐの海岸沿いの堤防で自動販売機を見つけて、一旦炎天下の午前の日差しのもと冷たい炭酸系のジュースを二人で並んで飲んだ。目が痛くなるほどの海面からの光の反射で眼球が日焼けしそうだ。

 

海とは言っても砂浜ではないから泳いでいる人はいない。それでも大きな岩がゴロゴロしている波打ち際では服を着たままの家族連れが遊んでいた。

そう言えば海で泳いだのはいつだったか。プールがお手軽だし綺麗な海が減ったからだろう。海に囲まれた国ではあるけど案外泳げる砂浜は少ない。

 

「なんていうか…、急に夜中とかゾワってすることがあって…。」

 

記憶の深い所に潜るように遠くの何かを見ているような、しかし実は何も見ていないような、そんなヘーゼルの瞳には飛んでいるカモメが反射で横切って見えた。

 

高野さんは店を知った経緯を言葉を選んで静かに話そうとしてくれている。

そしてそれは高野さんにとって、言葉を選ばなければ説明ができない内容だということだろう。

 

「なんかたまんなくなる。夜中って静かでさ、世界に誰もいなくなるっつうか、自分が居なくなるみたいな頼りない気持になって衝動的に車走らせたくなって、当てもなく色んな所に行った。」

 

高野さんの髪が海からの風に吹かれてふわりと揺れて、端正な顔に濃い影を落とす。高野さんはその名前の付けられない頼りない感情が寂しさだときっとわかっていない。

 

 

「見たことのない街でお前とどこかでばったり再開できるんじゃないかとずっと探していたような気がする…。」

 

 

---ごめんなさい。高野さんごめんなさい…。---

 

 

突然後悔と辛さが涙と一緒にこみあげてきて、俺の心が自己嫌悪に濁る。高野さんに縋りつくこともできず腕を抱きしめるように抱えるけど涙を止めることができない。

 

先輩は寂しい人だった。そして俺は嫌になるぐらい子どもだった。先輩の寂しさに恋焦がれながらもその寂寥に怯え、そんな先輩を自分は投げ出してしまったのだ。

 

以前高野さんが口にしたように、もしあの過去がなければ俺たちはどんな大人になっていたのだろうか。高野さんは10年間を埋めるなど無理なことだ。ピースの揃わないパズルはぶっ壊すと言った。

そうすれば、高野さんの彷徨った寂しい魂を回収することができるのだろうか。俺の封じ込めてた先輩への恋しさと恨みを昇華させることができるのだろうか

 

俺はあの時にどうしたらよかったんだろうか?

 

「律…。」

 

高野さんが感情がなさそうでありながら、その実(最近分かったのだけど)ひどく困った声で名を呼ぶから、自分がまた高野さんを困らせていると分かる。俺がこうやって挙動不審に陥る度に高野さんを振り回してしまって、その困惑がまた高野さんにひどい態度をとってしまうことにつながるのだ。

 

「俺は高野さんを探しませんでした。むしろ避けたくて東京に戻ってからも先輩が居そうなところには近づきませんでした。」

「まあ、お前はそうだろうな…。でもそれはいいよ。あくまで俺がお前を追いかけたかっただけだから。」

「え?」

「気持ちはどうにもならない。あくまでも俺がお前を探してたってだけの話だ。」

「そんな…。」

「なんで?だってお前には責任のない俺の中の気持ちだ。」

 

高野さんは意味が分からないというようにきょとんとした顔をした。自分がしたかっただけ、自分の気持ちだからと、全部自分の中で完結してしまっていることを変だとは思っていないのか?

 

そりゃお前のせいだと責められても過去のことはどうにもできない。でもずっと不思議に思っていたことに合点がいった。

 

高野さんは最後の所で俺の気持ちを求めていない。

 

好きだと言えと迫られても、強く腕を引かれても、高野さんと自分の中の何かが引っかかって俺自身が俺の中の気持ちを壊すことができないでいる。

 

気持ちも全部あげたいけど高野さんは本当の意味でそれを求めていない。いや、求めていないと言うよりくれると信じていない。

 

「高野さん、俺を見てください。今ここにいる俺を…。恨み言でも何でも聞きます。なんでも…、なんでも言ってください。」

 

かつての俺が先輩に言った言葉と同じだと思った。でもいつだって俺は高野さんにそれを望む。それしかかける言葉が見つからない。

 

さっきは縋れなかったその腕を掴んで下から顔を覗かすと高野さんは俺の言う意味が分からないようでまた瞳を揺らした。

 

「じゃあさ、好きだって、付き合ってくれるって言って。」

ふふっと意地悪な笑いでそう告げる高野さんは今ここで俺からの「ばかじゃないですか。」を待っている。

 

---なんでわからないんですか…。足りないのはピースじゃないんですよ…。---

 

足りないのは変わらない気持ちがあるという事を信じる気持ちだ。それはごく当たり前に肉親から与えられているもので高野さんには与えられなかったもの…。

 

それを分かってもらうには一生かかるかもしれない…。

 

 

 

壮大だな…。

 

どんだけ覚悟を決めたらそれに応えられるんだろうか。

 

 

「バカでじゃないですか。まったく…。でもいい加減腹をくくることにします。きっと俺だけがあんたにあげることのできるものがあるのだろうから。」

 

 

 

一生あなたの寂しさと付き合っていく覚悟を…、今決めた。

 

 

 

 

 

「これからはあなたの夜のドライブに付き合ってあげますからあなたの一生を俺に下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

俺たちのこれからはやっと今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

穴埋め解説( *´艸`)

 

 

だめ、ほら…、そんなにあおるな…、(周りの車の流れを)よく見て。

 

やだ、分からない、そんなの(余裕ない)…。

 

急がなくてもいいんだ。お前のペースで。もっと(ギアチェンジするときはエンジン音を)感じて。(俺の車はマニュアル車なんだから)

 

怖い(なんでオートマチックじゃないんだ)…、感じるなんてむり、もう(車高が低いから椅子の)下から(路面の振動が)ビリビリして…、

 

お前が(目的地まで好きなように)イキたいようにもっと(ギアチェンジの時には圧をかけて)追い込んでもいいけど、自分が(今日は自分で運転を)するって言ったくせに。

 

高野さん、怖い…、あん…、大きい(車が)…。うしろから(迫ってくる)…。

 

ほら、手がお留守だ。こっち(キアチェンジ)は俺がシてやるから。

 

あ!やだ、そんなに(ギアチェンジする手を)強く握らないで、うまく動かせない…。

 

ほらギュっと(トップギアに)入れて、(クラッチちゃんと切らないとギアが)抜けるぞ。ほら、もう(手汗で)ぐっしょりだ、まだ(目的地まで)先は長いのに、これぐらいでこんなに(精神的にヘロヘロに)なってどうすんの?

 

高野さんが余裕で…、悔しい…、オレだけがこんなに(運転が怖くて)ドキドキして…。

 

まさか俺だって(お前の運転は)こえーよ、いつだって…、だけどさ、この(エンジンが)ズンズン来る感じ、わかるだろ?(俺の車はスポーツカーなんだぞ)

 

や、分からない(母のお買い物用のオペルを借りてくればよかった。)…、もう(横からごちゃごちゃと)何も言わないで…、馬鹿…。

 

なんで楽しもう。二人で、もっと。

 

もうオレいっぱいいっぱいで…、スポーツじゃないんだから楽しむなんて無理…。

 

スポーツみたいなもんだろ?(車の運転って)

 

や、もう無理…、(次のドライブインで)休ませて。

 

(もう運転をギブアップするなんてずいぶん)早いな、お前が(運転)させろって言うから。

 

全部(運転)します。だから少しだけ…、もう…。お願い。

 

 

※以上

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。