インクリング黄金伝説   作:水生蟲

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気づいたらこんな作品が出来てました。どうぞご賞味ください。


始まりは故意でした

 

 ハイカラスクエア路地裏────────

 ヤニの匂いで充満したこの場所は、ハイカラシティという活気溢れた街の中に構造上空いてしまったスペースに無断で違法商店等が建ち並ぶインクリング三大危険地帯の一つだ。どうしてこの場所が放置されているのかは分からないが、一つ確かに言えることはここで暴力や窃盗が起きても簡単には捕まらないということだ。

 

 

「オラッ!さっさと立てよこのチビ!」

 

「お前のせいでバトルに負けたんだからな?分かってんのか、おい!兄貴にちゃんと謝れよ!あとオイラにもな!」

 

 この大きな声を上げている二人組は壁際に一人の人物を押しやり、先程のナワバリバトルで負けた責任を一人の人物に押し付けていた。周囲に人はおらず、いてもここでは暴力沙汰など日常の範囲内に過ぎない。

 

「ケッ、よく言うぜ。敵陣に突っ込むばっかで自陣を少しも塗りもしない、終いにゃ返り討ちにあってんだから自業自得だろーが」

 

 日が通らないほど暗い路地裏で、巨漢とその取り巻きである典型的なチンピラに絡まれつつもこの生意気な口調。当然負けた原因はコイツにあると思っている二人組はその憎まれ口に怒りの火がついた。

 

「アァ!?んだとテメェ!」

 

 思い切り胸倉を掴んで襟を締め上げる。ウグッ、と掴まれている方が苦悶の声を上げるがそんな程度で済ませようと考えるチンピラでは無かった。一発、二発と顔を中心に殴り続け九発十発目でようやく拘束を解く。殴られた人物は痛みと衝撃で地面に強く倒れてしまった。

 

「へへっ、兄貴ぃ……いい事思いつきましたぜ。コイツの武器、売って金にしましょうや。弱い奴に使われてちゃこの武器も可哀想でさぁ」

 

「プッ……アッハッハッハッ!!お前頭いいな !そうだな…………おいチビ、武器寄越せ。今回はそれで勘弁してやる」

 

「……っ!」

 

 その言葉に、咄嗟にホルスターに入った銃を握りしめた。これだけは……!これだけは絶対に譲れない!

 

「ほら、早くその武器出せよ。優しい兄貴が許してくれるって言ってんだ、運が良かったなぁお前。感謝で咽び泣いていいんだぜ?」

 

「なんならその()()()()なんか捨てて新しい武器でもママに買ってもらうんだなぁおチビちゃん。そう、俺様みたいなカッコイイィ~男に良く似合うこのダイナモローラーとかをな!つってもお前みたいな貧弱そうな奴には持ち上げることも無理か!ワリィワリィ、アッハッハッ!」

 

「いよっ!流石ハイカラスクエア一の力持ち、クラーケン兄貴!」

 

 ヨイショをするヒョロチビとそれに気を良くするクラーケンと呼ばれた大男。インクリングの平均よりも一回りも二回りもデカい恵まれた体格は、そんじゃそこらの奴じゃ相手にならないだろう。そしてそれを良いことにこうして弱いと決めつけた奴を今までも嬲ってきたのだろう。

「このクソッタレ共め……!」

 

「ハッ!世の中力がある奴が偉いんだよ、分かったらさっさと武器を出せ。出せないなら手伝ってやろうか?おい、コバン」

 

「へい!ん~?そのホルスターの中にはな・に・があるのかなぁ~?」

 

「…………っ!」

 

 クラーケンの一言で、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてホルスターへと手を伸ばすコバンと呼ばれたインクリング。

 

「おい、アンタたち、何してんのさ」

 

 ホルスターに手が触れそうになった途端、二人組の背後から高い声が掛けられた。どうやらお節介な女でもこの状況に水を差したらしい。

 

「チッ……んだよ、見てわかんねーのか。生意気なガキに教育を施してやってんだよ、分かったら部外者はどっかいけ」

 

 顔も見ずに背後の女へと後ろ手でシッシッと振り払うクラーケン。これからが面白いっつーのに、邪魔された事にいらだちが募る。

 

「そーだそーだ!クラーケン兄貴に逆らうなんてお前一体何さ、まぁぁぁぁぁぁあああ!?」

 

 コバンが突然驚きの声をあげて慌てふためいた。既に倒れている人物からはホルスターを取り上げており、それを落としそうになっていた。

 

「あぁ?どうしたコバン……」

 

「あに、あにあに兄貴…………うし、うしろぉぉぉぉ……!!」

 

「後ろ……?後ろの女がどうかしたか?」

 

「いいから早く見てくださいよ!ほら、兄貴、後ろっ!」

 

 コバンが反応が鈍いクラーケンの首を掴み、身体ごと思いっきり後ろに向けさせる。そのぞんざいな扱いと勢いにコバンに怒りが込み上げてくるが、目の前に映る人物を見てそれも収まり代わりに歓喜の感情が出てきた。

 

「うおっ!ヒメちゃんじゃん!?スッゲー、本物!?」

 

「ん?なんだよ、アンタらアタシの事知ってんのか?」

 

 大きなファスナーがついた白い服。頭には小さな王冠を被り、極めつけに幼いながらもぱっちりとした目に不敵な表情。

 

 クラーケンがその人物の名前を呼ぶと、ヒメはその二人組に疑問符を浮かべた。それにクラーケンが答えようとすると、急にコバンがその前を遮ってヒメの前に躍り出た。

 

「えぇ!そりゃもう!大のファンっすもん!ハイカラスクエアに突如として現れた天才ユニット、今一番イカしてるイカNO.1、テンタクルズのラップ兼ボーカル担当の()()()()()じゃないっすか!」

 

「ンー、そう言われると悪い気はしねぇな 」

 

 頬を少し照れくさそうにかき、俯きがちに答えるヒメ。

 

「あのあの、オイラサインいいっすか!?」

 

「あっコバン、テメェズリぃぞ!なぁヒメちゃん、俺にもサインくれよ!一生の宝物にすっから!」

 

 徐々にヒートアップして、ついにサインまでねだりだす二人。それに対してヒメは少し眉を顰めた。さすがにいきなりねだったのはまずったかなと思ったクラーケン達だったが、次の言葉に歓喜の声を出した。

 

「ハァ?やるわけねーじゃん……って、言いたいところだけど…今回はトクベツな!」

 

『ヨッシャァァァァァァァ!!』

 

「んじゃその前に()()、ちょっと貸してくんネ?」

 

「え?それって、このホルスターの事っすか?これはアイツの……いや、もう俺らのか。まぁどうせ売るつもりだったし勿論イイっすよ!」

 

 その言葉に、ヒメは笑顔になってホルスターを受け取った。良かった、中身は……ちゃんとある。

 そして、チラリと彼らの奥に倒れ込んでいる人物を見ると再び目の前の二人に向き直る。その笑顔は、ファンにとってすれば最高の笑顔だったろう。それこそ死んでもいいと思えるぐらいには。

 

 

 コイツらは、コロス──────

 

 

「さて……そんじゃ、チャンと受け取ってな!」

 

 ヒメはそう言うと、先程から抑えるのに必死だった殺意を声と共に解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「センパーイ、センパーイ!!……うぅ……ここ、なんか危ない感じがします……早くセンパイ見つけて帰らないと……それにしても、撮影中に突然抜け出すなんて一体どうしたんでしょうか……」

 

 そう呟くのはテンタクルズの一人、イイダだった。先程まで新作のCMの撮影中だったのだがヒメが休憩時に携帯を見ていると突然「ちょっと路地裏行ってくる!」と言ってスタジオから抜け出してしまったのだ。

 

 呆然となるスタジオメンバーとイイダだったが、ヒメがいない以上続けられないのでスタジオメンバーに謝り倒してイイダはヒメを探しに来たのだった。

 しかし、この路地裏は良くない噂が絶えないので一刻も早くヒメを見つけて帰ろうとイイダは思っていた矢先、辺り一帯に甲高い声が響く。

 

『マ゛────────────ッ!!!!!!!!!!!!』

 

 突如頭の奥にまで響く高音、耳を塞がないと鼓膜が破れてしまいそうに思いイイダはとっさにヘッドホンをつけてノイズキャンセラーの電源をオンにした。

 

「くぅぅぅ……セ、センパイ…………?」

 

 間違いない、この声とも思えないような高い音は……!ヒメセンパイに何かあったんだ、急いで助けなきゃ!イイダは心が張り裂けそうなほど心配になって声が聞こえてきた方へと走る。走る。

 

(次の曲がり角を────右!)

 

 そこにヒメはいるはずだ。もしもの際は、この昔使っていた武器で………!懐かしき兵士(ソルジャー)時代の名残を思い出し、壁に張り付きそっと角の様子をのぞき込む。

 

「メン………………ゴメ…………」

 

 すると、奥の方にヒメがいるのが見えた。周囲に敵影は……無し。近くに凸凹な二人組が伸びているが、恐らくこの二人がヒメの(ハイパー)ボイスによって撃退されたのだろう。

 

「はぁっ、はぁっ、センパイ!!大丈夫ですか!?もう安心ですよ!怖かったですよね……今ケイサツ呼びますから!」

 

 慌ててヒメへと駆け寄り、後ろからそっと肩に手を伸ばした。可哀想に……この二人から強引に迫られでもしたのだろう。ヒメの体はブルブルと激しく震えており、余程怖い思いをしたに違いなかった。ポケットから携帯を取り出し、ダイヤルを押す。1、1、と押した所まででヒメがイイダの腕を強く掴んだ。手から携帯が落ち、狭い路地に金属音が静かに響く。

 

 

「ゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメン────」

 

「セ、センパイ……?」

 

 そこでイイダはヒメの様子がおかしいのに気づいた。ヒメは今膝立ちになっており、前方の暗闇の何かに抱きついているポーズだった。てっきりあまりの怖さに至る所に捨てられてある廃材の一つに縋り付いているのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 

「あぁ……もしかして、イイダさん……?ゴメン、ちょっと……悪いんだけどさ、()()()()()どうにかしてくんない……?」

 

「その声は……ヒナ君ですか!?一体何が……」

 

 ヒメが抱きついていたのは、人だった。

その人物は、イイダの姿を確認すると先程からいつもの数倍以上に離れない従姉妹をどうにか剥がして貰うとヨイショ……という掛け声と共に立ち上がった。

 

「ゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメン」

「ほら、ヒメ(ねぇ)……元気だして、オレは大丈夫だからさ」

 

 未だ放心状態となり、謝罪の言葉を延々と垂れ流すヒメに近づき手を握る。僅かに入ってきた光に照らされた顔は、ヒメに良く似た白い髪に幼い顔立ち。けれど先程まで殴られたりしていたせいか所々が赤く腫れて、綺麗な顔が台無しになってしまっていた。

 

「ヒナ、ヒナ……ゴメン、ゴメンなぁ!ウワァァァァァァァァァァァン!!!!!!」

 

 徐々に落ち着きを取り戻したヒメは、しかし、そのボコボコにされたヒナの顔を見て泣き崩れてしまった。

「…………イイダさん、ネーチャンのポケットから携帯出してくれます?」

 

「あ……はい、コレですね?」

 

 いつもとは違うセンパイと慕う人の変わりようにしばし混乱していたイイダだったが、ヒナに急かされて正気に戻った。

 

「サンキューイイダさん、じゃあちょっとネーチャン見張っててください」

 

 そう言って、ヒナはフラフラな状態のまま携帯片手にどこかへと電話を掛けに行ってしまった。イイダは、ヒメを見ると未だにブツブツと何かを呟いていた。

 

「ヒナ……ヒナ……アタシの可愛い可愛い従兄弟……なんで、アタシのヒナがこんな可哀想な目に合うんだよ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで………………アッ、そうじゃん、ヒナを傷つけた奴はみんなコロせばいいんだ…………待ってろよヒナ、ネーチャンがお前の敵を全部やっつけっから」

 

 ふとおもむろにヒメは立ち上がり、散らばっている廃材の中でも鋭い先端をもつ最早凶器と言っても過言ではないものを持ち、先程から地面に横たわっている二人組に向かっていく。ズズ……ズズズ……と小柄なヒメが自分の身の丈以上の廃材を持って引きずる様子にイイダは恐怖したが、ここで臆してはセンパイがどこか自分の手の届かない所に行ってしまう気がする……そう考えて、咄嗟にヒメの前に立ち塞がった。

 

「センパイ!止まってください!」

 

「あれ、イイダ?なにしてんだココで?オマエまでスタジオ抜け出してきてヘーキなのか?」

 

 今気づいた、とでも言うよなヒメの驚いた表情。

 

「センパイ……ヒナ君が傷つけられて怒る気持ちは分かります……でもダメです。いくらセンパイでも……いやセンパイだからこそ、ここは通せません」

 

 イイダはようやくこの路地裏で何が起きたのかを理解した。そして、これからヒメが何をやるつもりなのかも。

 

「アハハッ、どうしたんだよイイダ!そいつらはヒナをきずつけたんだ、これは当たり前だろ?」

 

 そう言って、いつもと変わらない天真爛漫な笑みを浮かべるヒメ。イイダはヒメのこの笑顔が大好きなはずなのに、今だけはこの顔を好きにはなれなかった。

 

「それでもです」

 

 首を振って明らかに否定の言葉を口に出すイイダ。

 

「ソッカー……じゃあいいや」

 

「センパイ……!」

 

 心底残念といった雰囲気を醸し出すヒメに、イイダは説得が通じた!と喜びを顕にした。しかし、一向に持っている廃材を手放す様子のないヒメ。

 

 

 

 

「じゃあな、イイダ」

「──────っ!?」

 

 どこにそんな力があったのか、突如ヒメは大きく廃材を振りかぶると上から叩きつけるようにしてイイダを狙った。その瞳は一切の感情を映さず、無機質であった。

 そして、スローモーションのように自身へと向かってくる鉄の塊を眺めるイイダ。まさかヒメがそんな事をするとは露にも思わず、反応ができない。あぁこのまま……ワタシは死ぬんですね……、走馬灯がイイダの頭の中を駆け巡る。あの夜、初めて魂が震えて感情というものが芽生えてからテンタクルズという名のユニットを作ってセンパイと一緒にやってきて、今日という日までの回想が────

 

「っ、ネーチャン!?止めて!!」

「ヒナ!?っとっとっと、ウワッ!?」

 

 電話からいつの間にか戻ってきたヒナが、姉の凶行に思わず怒鳴り声をあげた。それに驚いたヒメがハッ、と正気に戻り途中で方向をズラした廃材に振り回される。ズンッと地面に叩きつけられたのはイイダの僅か右五センチといったところだ。

 

「────ヒナッ!あぁーこの匂い、この大きさ。アタシの大っ好きなヒナだーーっ!」

 

 何事も無かったように廃材をその場に放置し、ヒナの元へ向かい抱きつくヒメ。あと少しで死んでいたイイダは、緊張が解けてその場にヘナヘナと座り込んでしまう。

 

「うん……オレだよネーチャン……なぁ、もう今日は帰ろう?今車を本家から呼んだからすぐに来るはずだよ」

 

「…………」

 

 黙り込むヒメに、ヒナは不思議そうに声をかける。

 

「ネーチャン?」

「ヒナは、くるのか……?」

 

「…………」

 

 下からのぞき込むヒメの瞳はウルウルと震えており、今度はヒナが黙り込んだ。ヒナの背はヒメより少し高いくらいなので、この距離だと少し動けばキスしてしまいそうだ。

 

「あぁ……行くよ」

 

 その言葉に、花が咲いたようにキラキラと目を輝かせるヒメ。

 

「イェーイ!じゃあ出口まで競争な!負けた方が勝った方のいうことなんでも聞くってことで!よーーい、ドン!」

 ピュー!とその場に全てを置き去りにして行くヒメ。しかしヒナはその場に残り、座り込んだままのイイダへと手を伸ばした。

 

「イイダさん、すいませんでした……オレもヒメ姉があそこまでやるとは思わなかった……立てますか?」

 

「……ヒナ君は、知ってたんですか?」

 

 しかし、その手を掴まずに俯いたままイイダはヒナに問いかける。

 

「…………」

 

「……あんなセンパイ、初めて見ました……いつもヒナ君の家にお邪魔する時はスキンシップがちょっと多い仲のいい姉弟だと思っていました。けど、その時は一度だってあんな事は無かったじゃないですか……!あんなの、いつものセンパイなんかじゃ────」

 

「────イイダさん」

 

「……っ!すいません、忘れて下さい。どうかしてましたねワタシ……」

 

「いや、いいんです……ヒメ姉がああなるのはオレが悪いんです……オレが、この武器にこだわり続けなければヒメ姉はもっと……」

 

「おーいなにしてんだー二人共? 」

 

 そこへ、ヒメが再び戻ってくる。どうやら中々来ない二人の為に途中で引き返して来たらしい。

 

「ごめんごめんネーチャン、今行く」

 

 ヒメとは違った、低いハスキーな声で返事をするヒナ。そして未だに座っているイイダの手を握ると少し強引に立たせた。

 

「アッ、二人してズリィーー!アタシもヒナと手を繋ぐぞーっ!」

 

 するとそこに割り込んだヒメがエヘへ、と笑いながら真ん中にヒメが、右にヒナが、そして左にイイダの順番で来るような形で表通りまでの道を手を繋ぎながら歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました()()()()()()()。どうぞ此方へ」

 

「…………」

 

 路地裏から出てきたオレたちを待ち構えるようにして待っていたのはとてつもなく長さの白いリムジンと執事だった。道を完璧に封鎖してまでこの長さの車を持ってくるとは……相変わらず本家のやることなす事はスケールが違うな。

 

 そしてリムジンの扉を開けて、恭しく例をする執事にヒメ姉が声をかける。

 

「なぁ」

 

「ハッ、何でしょうかお嬢様」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………っそれは────」

 

「ヒメ姉、いいから乗ろう。早く」

 

 相変わらずヒメ姉はオレが疎かにされる事が嫌らしい。けどこんなことはまだまだ序の口だ。コイツが余計な事を言ってさらに事態をややこしくしないためにさっさと乗ってしまおう。ヒメ姉の背を押して、無理矢理中に潜り込ませる。

 

「けどヒナ!」

 

「アイテテテ……さっき殴られた所が……これはちょっとネーチャンに膝枕して貰わないと治りそうに無いなー……」

 

 顔を抑えてチラッと指の隙間からヒメ姉の顔を覗き見する。我ながら実に薄っぺらな発言だが、幸いにもヒメ姉にはこれで通用する。

 

「……っ!!そっかそっか、相変わらずヒナは甘えん坊だナー!ネーチャンがちゃんと見ててやらないとダメだなっ!ほら、早く乗っちゃえよイイダも!」

 

 オレからのお願いに途端に機嫌を良くするヒメ姉。オレの頭を優しく掴むとそのまま長い座席にオレの身体ごと倒れさせ、膝の上に頭を置いてくれた。ポン、ポンと優しくオレの頭を撫でれてヒメ姉はご満悦の様子だ。

 

「……はい、センパイ」

 

 イイダさんは、それを何も見ていないかのような笑顔を浮かべて恐る恐るリムジンの中へと乗り込む。やはりこの大きさは何度乗っても慣れないようだ。イイダさんが乗ったことを確認した執事が、扉の前に立つ。

「────それでは扉を閉めます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れていく景色を、ヒメ姉の膝の上で眺める。リムジンの最高級シーツよりもふかふかでいい匂いのするヒメ姉の膝枕は、今日一日で疲れに疲れたオレの事を優しく夢の中へと迎え入れてくれた。

 

 

「~~~♪」

 

 それを、鼻歌を歌いながらヒナの顔を見続けて頭を撫でるヒメ。その顔は徐々に赤くなっていき、ハァハァと所々息遣いも荒くなっていった。ヒナの頭部がアタシの膝の上に……!!と、感じた事の無い高揚感と下腹部から生じる切なさにも似た微かな痛みがえも知れぬ感情を呼び覚ました。

 

 アタシだって……()()()()()はもう出来んだからな……ヒナ?

 

「あぁヒナ……ネーチャンがずっと一緒にいてやるからな……ヒナはゼッタイ、ネーチャンが守るから……だから、ムリだけはすんなよな……」

 

 愛おしい赤子の手を握るようにギュッ~とヒナの手を握り、ヒメは一人ドロドロに溶けた愛情を空っぽの器に注ぎ入れる。まさに恋は盲目、愛は猛毒とでもいうべきか。

 

「…………センパイ」

 

 その光景を目にして、イイダは目的地に着くまでの間一人手を握りしめて不甲斐ない自分を恥じるばかりだった。

 

 

 

 

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