夜廻の雰囲気を壊してしまう可能性が大いにあります。
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妹の存在。俺にとってはものすごく大きいものだ。
俺の妹は幼いながらもしっかりとしていて、それでいて歳相応の抜けたかわいい一面も持つ完璧な妹だ。
俺はそんな妹の事をなんやかんや言いながらも大切に思っている。
妹の名は『比企谷小町』。
俺より2歳年下の小学生で、世間一般ではかなり幼い方だろう。それでも俺の唯一の心の支えになってくれている。
仕事で忙しい両親の代わりにご飯を作り、家事も俺と手分けしながらもこなしてくれる。
俺が今ある程度『回復』したのは小町のお陰で、ずっと世話になりっぱなしだ。
兄の使い方が上手いあいつのことだ。たまに尻に敷かれることもあるけど、それでも俺なんかであいつが満足してくれるのなら、なんだってして見せる。
プリンを買ってこいだの、ゼリーを買ってこいだの。甘いものばかり食べると太るぞ。と言ったら、クッションを投げつけられたのは記憶に新しい。
今俺が居るこの公園にもよく遊びに来ていた。
俺の通う中学校と小町の通う小学校の通学路の少し外れにある小さな小さな公園。
遊具も鉄棒が一つと、小さな錆びついた滑り台ぐらいしかない。
今じゃ雑草が自由に伸びて、荒れた状態になっている。その雑草は下手したら小町より大きく伸びているかもしれない。
申し訳程度にあった遊具も雑草の所為で埋もれ、昔から小町と遊んだ思い出のある公園なだけに複雑な気持ちになる。
勝手に思い入れを作って、勝手に複雑な気持ちになるなんて傲慢な事かもしれないが…。
昔から人気の少なかった公園だ。今じゃ誰にも手入れされなくなったのだろう。
やっぱりそれでも複雑だ。どんなに人の思い出が詰まっていても、忘れてしまえばすぐ無かったことになる。
俺もいずれこの公園の事を忘れるのだろう。
記憶に無ければ無いも同然だ。
俺がクラスの人に認識されていないようにな。いや、最近じゃ少し認識される様になったか…ある意味な。
俺は公園を背にして帰路につく。
もう空は真っ赤に染まっていて、いつのまにかカラスが騒がしい時間になっていた。
思った以上に公園に居たのが長かったのか、既に俺以外の中学生が帰っている姿はもうなく、人気の無い通学路に俺一人がポツンと居るだけだった。
帰るか…。
最近は災難続きで色々あって疲れている。
もっともそれを支えてくれたのが小町であって、それを思い出すと小町の顔が見たくなってつい足を早める。
別に心配なんてされてないと思うがな、あいつに限って。
どんなに遅くなっても「ただいま」って言ったら、「おかえり」って軽く返して、すぐにご飯の支度に戻るはずだ。
俺が手伝わないのをわざとらしくボヤきながら。
ただ悪いな小町。俺はカレーぐらいしか作れないんだよ。
「わんっ!」
そんな事を考えながら歩いていると、どこからか犬の険しい鳴き声が聞こえてくる。
つい反射的にそちらを見ると、小学生だろうか。小町より少し小さいくらいの女の子が犬を連れて立ち尽くしていた。
うさぎのポシェットに、赤いリボン付きのカチューシャを身に纏っている。犬の散歩中なのだろう。
でもなんで小学生がこんなところに居るんだ…?
小学生の通学路からは少し外れているし、ここは今は使われていないトンネルがあって、地元の人も近づかない様にしている場所だ。
俺も幼い頃両親に念を押されて注意された記憶がある。ただ俺もあの時は純情な小学生男児。
行ってはいけないと言われた所に行ってみたくなる年頃だった。
ただその結果はマヌケな事に、トンネルの前に来たらいきなり寒気がして怖くなって、泣いて帰るという結果に終わった。
トンネルには入らなかったが、その後母親にこっ酷く怒られたのがいい思い出だ。
確かそこに立っている女の子と同じくらいの時のことだったと思う。
そしてその女の子はそのトンネルの前に立ち尽くしている。幼き日の俺と同じで恐怖を感じているのだろうか。
──もしくは…。
というかそろそろ帰った方がいいな。このまま女子小学生を眺めていても捕まるだけだ。
いつのまにかひぐらしまで鳴いていて、カラスとひぐらしの大合唱が始まっていた。
そろそろ夜が始まる。
まだ夕方だが、この時間になると車も人もほとんど通らない。
それどころか近所の人にも会わないくらいだ。
それだからトンネルの前に居る女の子が不思議でならなかった。
年中無休のコンビニエンスストアもあるが、そこも賑わっているわけじゃない。
時々不思議に思ったりするが、それが当たり前として育って来た。
これもまた幼い頃、両親に夜について聞いてもみたこともある。
その時は曖昧な表情をしながら、自分たちもよく知らないと言っていた。
それでも夜には出歩くなと。夕方には必ず帰れと。そう教えられた。
不思議に思ったものだ。いや、今も不思議に思っている。よく知りもしないのに出歩くなと。
心配なのは分かる。腐っても自分の子供だ。目が腐ってもな。
でも変質者が出たとか、そんなのは聞いたことがない。
それなのにこの町の住人は夜になったら絶対に外に出ない。
俺の親は共働きで、夜遅くまで仕事をしている社畜だが、それでも夜遅くに帰って来ることはない。
仕事が終わったら会社で仮眠を取り、太陽が出てきたら家に帰る。そんな毎日だ。
あれ?でもそういえば最近はこの辺で行方不明事件が立て続けにあったな。
事故だとかなんだとか。物騒になったなぁとか親父が言ってた気がする。
だったら尚更気をつけた方がいいな。
小町のことも少し心配になってきて、家に帰る足を早める。
腹も減ってきた。今日の晩飯はなんだろうか。遅くなった事に怒っているだろうか。
その時の俺は、トンネルの前の少女のことも忘れて帰ることだけを考えていた。
──どすん
音が、大きな音が俺の後ろから聞こえた。
そのすぐ後に、俺の横をトラックが通り過ぎていく。
一瞬だけ見えたトラックのボンネットには、赤いナニカがこびりついていた様な気がした。
ゾワっと鳥肌が立つ。まさかあの女の子のものだろうか。
色々な言葉がぐるぐると頭の中を回った。
救急車を呼んだ方がいいのか?でも逃げ出したい気持ちもある。
いや、あの赤いナニカは本当は別の物なのかもしれない。ペンキや絵の具、あの音も俺の勘違いかもしれない。
だとしたら何も関係ないし、何も起こっていない。だから帰ろう…小町の居る家へ。
すると、くぅんとか細い犬の声が聞こえて来た。
犬。そうだ、あの女の子は犬を散歩させていた。今の音は犬だ。
なんて、そんなことで安心している自分に嫌悪感を抱く。
ただ、それでも安心しきった俺は後ろを振り返った。
少女ではなく犬ならば怖くなかったのか、だから安心したのか…そんなことはなかった。
振り返った瞬間後悔の念が押し寄せてきた。
振り返った先には、さっきの少女が道路の隅で立ち尽くしていた。
路面には赤黒いシミが出来ていて、犬と少女を繋いでいた筈のリードはぐちゃぐちゃに千切れている。
あの犬は居ない。どこにも見当たらない。
「ポロ?どこ?」
犬の名前だろうか。少女は弱々しく犬を呼ぶ。
返事はない。
何を思ったか、少女はガードレールへと駆け寄った。
よく見るとそのガードレールは歪んでいる。まるで支えきれなくなって取りこぼしてしまった掌のように歪んでいる。
少女はガードレールの反対側の崖を覗き込む。
「ポロ…」
俺に何か出来ることはあるだろうか。寂しそうに呟く少女を見て、柄にもなくそんな事を考えてしまう。
それでも、どんなに考えても無力なぼっちには何も出来ることなんてあるわけ無く、俺はその場で立ち尽くして少女を見つめることしか出来なかった。
こんな時励ましてやればいいのだろうが、綺麗事を並べて根拠のない薄っぺらい言葉をつらつらと並べるなんて言語道断だ。
俺は俺自身にも、この少女にも嘘はつきなくない。
そんな俺の我儘のせいで、この少女が傷ついたままになるのかと思うと胸が痛いが、それでも俺はこの少女の痛みを理解してやる事は出来ない。
それを知った様な口を聞いて、知った様な口ぶりで、薄っぺらい言葉を投げかけても、少女はその言葉に依存してしまうだけだ。ソースは俺。
部外者の俺にできることは、今は何もない。
「帰らなきゃ……」
逃げる様に少女はガードレールから離れ、走り去っていく。最後までこちらには気付いてない様だった。
「俺も帰るか…」
なんだか見てはいけないものを見た気がする。
もう夜も近い。小町も怒っているだろうし、そろそろ帰らないと色々とマズイしな。
ふとあの女の子の犬のことを考える。
少女の犬はどこへ行ってしまったのか。
そんなの分かりきったことだが。
あの犬は死んだのだ。
それでもあの少女はあの犬を探していた。
認めたくないのだろう。
あんな状況で、彼女はどこへ行くのだろうか。
「知らんけどな…」
独り言を呟いて帰る足を早める。
もちろん誰かに聞かれていないかと、キョロキョロ周りを確認するのも忘れずにな。
〜〜〜
「ただいま」
家についていつもの様にただいまと声をかける。
両親はもちろんのこと帰って来てない。太陽は沈んでいないものの、随分と遅くなっちまったな…。
小町はさぞかし怒っている事だろう。プリン買って帰ればよかったな。
玄関で靴を脱ぎ、家に入り、リビングのドアに手をかけたところで違和感に気付く。
そういえば小町の「おかえり」が返ってこなかったな…。
この程度なら違和感は感じなかった。機嫌が悪い時は小町に無視される事は珍しくない。遅くなった事に腹を立てているのだろう。
ただ、いつもこの時間になると夕飯のいい匂いがする筈だ。それが全く無い。
そして極め付けはリビングの電気が付いていないのだ。
小町が居ない?そんなことは無いと思うが…。
この時間になれば小町は絶対に家に居る。さっきも言った様に、この町の住人は夜に出歩くことは滅多にない。
それは小町も例外ではなく、太陽が落ちる前に必ず帰って来る筈だ。
ただもう時計の針は6時を回っていて、もう少しで完全に太陽が落ちる時間だ。
流石におかしい。この時間までに小町が帰ってこなかったことは一度もない。
小町も両親に念を押されて注意されたからだ。小町大好きな両親のことだ。俺以上に念を押してた。
「おかしい」
リビングに入ってもやはり誰も居ない。
太陽が沈みかけたこの時間は部屋の電気が付いていないとほぼ真っ暗で、窓から赤い光がほんのりと不気味に入って来ているだけだった。
その不気味な光を見ているとつい不安な気持ちが広がってきて…。
行方不明者多数
その言葉が俺の頭の中を占めた。
一度その言葉が思い浮かぶともうその事しか考えられなくなり、悪い想像ばかりしてしまう。
「小町…!」
居ても立っても居られなくなって、この時間に始めて外へ飛び出した。
あてはないが、それでも何もしないよりはマシだ。
もうすぐ日は落ちる。既に空の半分以上が暗くなっていた。
それでも足を止めることなく外へ出て、小町の行きそうな場所を一つ一つ思い浮かべながらその方向に走った。
この町の夜にはナニカがある。
それは親父や母ちゃんの反応でなんとなく分かる。
思えばこれは必然だったのかもしれない。
どんなに小さいことが引き金でも。
その日、俺は始めてこの町の夜に足を踏み入れた。
もちろんですが、更新は遅いです。