文章にすると変にくどくなったり、色々試行錯誤しています。
月一回は投稿したいです。(あくまで願望
「なんだよ…これ…はぁはぁ…」
家を飛び出して数分。既に俺の息は切れて、限界を迎えようとしていた。
この町の夜に外を出歩くのは初めての体験だった。見るもの全てが新鮮で、見慣れた標識や家が全く別の物に見えた。別の世界にすら見えるまである。
ただ俺の心境は穏やかではなく、さっきからずっとがむしゃらに走り続けていた。
ナニカから逃げるために…。
街灯が建っているT字路角を曲がり、足早にそこから離れようとする。
──ガサリ
その時だった。T字路の角の家。その家に植えてある椿の木が揺れ、そこから出てきた『ナニカ』が俺の真横に降りたった。
全身が震え、鳥肌が立つ。そう、こいつだ。さっきもこの『ナニカ』に追われてずっと全力で走っていたのだ。
一瞬見えた姿は、人の形をしている様に感じた。
俺もそこで気にせずに、無視すればよかった。
ただ何故か油の切れたロボットの様に、首を震わせながらそちらを振り向いてしまったのだ。
人影はゆっくりとゆっくりと、こちらに近づいている様な気がする。
あくまで気がするだけだが…もうすぐ近くに居る気がするのだ。
見たくはない。見たくないはずなのに、ついに俺はその人影へと完全に振り向き、目を向けてしまった。
「…………!?」
住宅街のブロックを背に、点滅しながらほのかに暗い闇を照らす街灯の下、そこに居たのは──
──真っ黒の人間だった。
真っ黒の3頭身くらいの人影。それがそこに立っていた。
輪郭はふわふわとしていて、霧のような、影のような。形というものを定めていなかった。
か細い体も真っ黒で、その上に大きな頭がのっている。文字通り人影と言ったところだ。
顔はある。顔なのかは分からんが、目にあたる部分と、口にあたる部分が白く窪んでいるから。
あれはきっと顔なのだろう。その影が、じわじわと近づいて来る。白く窪んだ目で、じっとりと睨みつけながら。
「んだよ…分かるわけねぇだろ」
その影に理不尽な怒りをぶつけられている様な気がして、つい影に喋りかけてしまう。
言葉なんて分かるはずないのにな…。ただその目には怒りが宿っているような気がしてならなかった。
しばらく見つめあって、俺は何をするでもなくそいつの考えをくみ取ろうとしていた。
ただそのナニカは俺にジリジリ近づいて来るだけ、謎の理不尽な怒りを見せながら。
考えても無駄か…俺が今やるべきことは、小町を見つけることだ。
こいつが何に怒って、何故追いかけて来るのかは知らんし、関係も無い。ただ今俺の中で一番問題なのは、こんな化け物が居る町に小町が一人で出歩いている可能性があるからだ。
一体何を思って、小町が夜の町を出歩いているのかは分からない。
醤油のストックが底をついたのか、プリンを食べたくなったのか。
出来るならそんな小さな理由であってほしい。
もし誘拐にあっていたら、もしこの夜を徘徊するナニカに襲われていたら。
そうしたら小町は助かっているのだろうか。
まずこのナニカ達は俺を追い続けているが、捕まったらどうにかなってしまうものなのか?
容姿を見て安全とは言い切れない。ただ危険とも言い切れない。
追ってきているだけで害は無い可能性もある。
そうすれば小町も多少は…………
「…………っ」
前を向くと、もうナニカが目の前まで来ていた。
白く窪んだ目を間近で見ても、やはり理不尽な怒りしか感じられなかった。
お前らは何故追って来るんだ?捕まえてどうするんだ?俺はどうなるんだ?
疑問は尽きない。それでも好奇心か、もしくは恐怖か。何故かその場から動けなかった。
既にナニカとの距離は、もう1センチもないと言ったところまで近づいていた。
それでも、何故だろう、不思議なことにこのナニカを危険なものと感じられなかった。
さっきまで必死に逃げていたはずなのに、恐怖したはずなのに。この目を見た瞬間、何かが決定的に違ったのだ。
言葉も発さない。感情もあるかどうか怪しい。形も定まっていない。
不気味で、怖くて、不安なはずだ。それなのに何故だろう。こいつは一体なんなのだろうか…。
そのままこのナニカに捕まってしまおうか。そうすれば何かが分かるかもしれない。
諦めか、もしくは魅了されたのか。俺の足はその場から全く動こうとしなかった。
金縛りの様な、そんな感覚だ。頭では逃げないといけないと理解している。小町を探さないといけないと理解しているのに、俺の体は全く動かなかった。
そう、思ったその時。俺の足がナニカと重なった。理解出来ないものを理解しようと躍起になっていた時、足が重なった。張り付いたように動かない俺の足と、ナニカの足のつま先が重なったのだ。
とくん、と鼓動が少し早まった。心臓を鷲掴みにされたような、そんな感じだ。
顔が青ざめていくのが分かる、そして一気に理解した。
──小町が危険だ
どこかに連れて行かれるような感覚。
まるで引き込まれるような、取り込まれるような、そんな感覚。
全く分からないが、一つだけ。やはりこいつらは危険な存在だったと。
今まで何故危険と思えなかったのが謎に思うくらいだった。
少しづつ近づいて来る霧のような影を背に、振り払うように全力疾走で逃げる。
鼓動がさっきよりも早くなって、どくどくと波打つ。
こんなに走ったのはいつぶりだろうか。基本体育祭も体調が悪いと嘘をついてサボっているし、体育でリレーをやる時もそうだ。
サボっているというと、悪く聞こえるかもしれんが、そんな事はない。
ぼっちはいつも人畜無害な存在だ。
体育祭で足を引っ張れば舌打ちされるし、体育でのリレーも同じ理由。
友人間での足の引っ張り合いは笑い話になるが、他人が自分たちの足を引っ張っているのを見ると、リア充達はどうも機嫌が悪くなるらしいからな。俗に言う内輪ノリという奴だ。
故に内輪に入っていないぼっちは、迷惑をかけないように程よくサボるのが適切。
ただ一つ気をつけなくてはいけないのが、準備などの面倒臭い作業は積極的に手伝わなくてはならない。
何故なら彼ら彼女らは己が楽しめないものを、己に押し付けようとするものを許さないからだ。
だからこそ体育祭の準備と言う退屈な過程は、サボることを許されない。
もしサボってしまった場合、クラス中からの嫌味で徹底的に押し潰され、最終的に全て押し付けられる。ソースは俺。
…っと、随分関係のない話にずれてしまったな。
ただいつのまにかあのT字路から結構離れる事が出来た。
「っはぁ…もう居ないよな?」
後ろを振り返ると、既にあの黒い影は無く、ただ街灯がチカチカしているだけだった。
波打つ鼓動を落ち着かせて、再び歩き出す。
もう周りに嫌な気配も無く、しばらく落ち着いて小町を探せそうだ。
一体あの黒い影はなんだったのだろうか。
もしかすると、あの黒い影は感情というものをわずかしか持っていないのかもしれない。
あの白く窪んだ目を見たとき、理不尽な怒りの他に、人間では考えられない冷たさを感じた。
それは親切だとか良心的なものも含まれるが、一番不気味に感じたのは、汚い感情が一切感じられなかったのだ。
特別俺が感情を読み取れるわけでもない。ただあの目を見ていれば誰だって分かる。人間にあるべき良心的な感情に加え、汚く、醜い感情も一切感じられなかった。
そうだな…例えばクラスで学級委員長という、面倒臭い役割を決める瞬間。あの瞬間は、最も人間の汚い感情がぶつかりあっていると言っても過言ではない。
なぜなら、誰だって面倒ごとは避けようとするからだ。
誰も学級委員長なんて面倒な役はやりたくないし、関わりたくもない。
だからその時生徒たちが取る行動は、どれだけ楽な委員会につけるかなのだ。
なすりつけ合っていれば一生決まらないのでは?と思うだろうが、そうでもない。
ならどうやって決めるのか?
話は簡単だ。言わずもがな俺の様なカースト最下位のぼっちや、陰キャたちに矛先が向く。
特に俺の様なぼっちは反論するものなら即睨みをきかされるし、ぼっちだから重要な用事なんてあるはずもなく、発言権と反論の余地を与えられずにことが進んで行くのだ。
まぁ俺の場合はクラスの人に認知されてないまであったから、学級委員長になる事は少なかったがな。
ただ、今まで何度も無力なぼっちたちが委員長を押し付けられているのを見た事がある。
あの瞬間は地獄絵図だ。そしてもっとも醜いと思っている。
ただ一度だけ小学生の俺に委員長を押し付けたあの女は、もちろん絶対に許さないノートに書き込んである。
話を戻すが、そんな汚い感情が飛び交う学級委員長決めの様な、そんな感覚が全くあの黒い影からは伝わってこなかったのだ。
あいつに学級委員長とか押し付ければ、何も言わずにやってくれるレベルで。
だからこそ不気味で、危険視を出来なくなったのかもしれない。
ただ、人間らしさってのが無いとこれまでも危険に見えるものなのだろうか。
もっとも、俺は人外にあったのはこれが初めてだ。
例外なんてものは知らないし、昆虫とかになるとそれはまた別だ。
人間味というものは思った以上に重要なのかもしれない。
ただ、それ以上に俺は、あのナニカに安心感さえも覚えた。
きっと俺のその感情も、汚く、醜いものなんだろうがな…。
〜〜〜
あの黒いナニカに襲われてから、しばらくが経った。
町中を周って、小町がいそうな場所を片っ端から当たっている最中だ。
コンビニやスーパー、自動販売機など。それでも小町は居ない。いた形跡もなかった。
ただ、この町を周っている間に気づいたことがある。
この町は、俺がさっき襲われたナニカのような、人ならざる者が住んでいる。
もちろん昼の内に外を出歩いている時、そんな奴らは見なかった。
車道を走る首が無い馬。
包帯を体全身に巻いたミイラ男。
マンホールと道路の隙間からせり出して来る無数の手。
慣れることなんて無いだろうが、それでも一つ一つにわざわざ驚いてはいられない。
最初見た時は家に帰ろうかと思った。腰が抜けて動けなくなった。
ただ小町がこの夜の町を出歩いていると思うと、そうはいかなかった。
小町は寂しい思いをしてないだろうか。
この状況でこんなことを考えるのも呑気な話だが、あいつは結構の寂しがり屋なのだ。
俺とは違い友人関係は良好で、友達もたくさんいる。ただそれでも単独行動を好む一面もあり、血は争えない。
つまり小町はハイブリッドぼっちだのだ。
ぼっちはぼっちでもハイブリッド。あいつほど人間味を帯びている奴は居ないレベルで。
基本は友達とすごすけど、一人で居ることも多い。そんな単純なことが、誰にでもある単純なことが、あいつにとって大きく膨らんで複雑化してしまうことがある。
昔からそうだった。腹黒いくせに深く考えないで、底が浅い。なのに自分のことで矛盾を抱えると、普段使わない頭を使ってこんがらがってしまうのだ。毛糸のように。
いわゆるあいつはアホの子なんだよな。
ただそんな一面も全て可愛らしい小町は、本当に完璧な存在だと思う。
だからこそ、俺はいつまでも妹離れが出来ない。これからもすることは無いだろう。
だから手を伸ばさなければならない。どんなに怖くても、どんなに恐ろしくても。
かく言う俺も、『妹を助けるのに理由は要らない』なんてフィクションめいた理由で助けるわけじゃない。
もっとこう、どろどろした感情なのだ。俺には小町しかないから、自分の兄という立ち位置を確立しようとしている。
なぜならそこしか居場所がないから……なんて、ぼっちがぼっちを否定してはお終いだが。
とにかく如何なる不純な理由であろうと、小町は絶対に見つける。
それが自分の汚い欲を満たすためのものであっても、俺は俺のために小町を見つけ出したい。
せめて目の前にあるものくらいは、手を離したくない。
小町にとっては余計なお世話かもしれない。勝手な押し付けかもしれない。迷惑かもしれない。
ただそん時はそん時だろ。どんなこじつけでも、どんな理想でも、兄という自分の存在意義として、こんな夜に妹を一人で出歩かせるわけにはいかない。
こんな暗い道、懐中電灯も持たないで出歩いたら、ナニカ関係なしに危険すぎるしな。
俺も急いで飛び出してきたもので、懐中電灯は忘れてしまったが、すっかり目が慣れて辺りは良く見える。
夜を徘徊するナニカまで見えるのは厄介だがな…。
街灯の影にいるミイラ男に、ため息を吐きながら目を向ける。
その瞬間──
「…うお!?」
地面が急に沈んだ。思わず飛び退けて地面を見ていると、マンホールから伸びる手が俺を引きずり込もうごしていた。
もう見たのは二度目なのに驚いてしまう。下水道を通って追いかけて来たのか、もしくは別の手か。
こんなので驚いていられないのにな…。
額に浮かんだ汗を拭って、息を整えてからマンホールを避ける形で足を前に進める。
彼ら…所謂ナニカと呼んでいるやつらは、人間を捕まえたくて仕方がないようだ。
初めて会った人影のようなナニカ。あいつからは理不尽な怒りを感じた。それと同じように、他の奴らからも理不尽な怒りを感じるのだ。もちろんそこのマンホールから伸びる手からも感じる。それと謎の安心感も同様に。
そして俺を見つけると、一心不乱に追いかけて来る。霧のような影に、苦しそうな声に、青白い手に、何度も追いかけられ、捕まりそうになった。ただ、俺に出来ることと言えば、ただひたすら逃げることだ。
戦おうったって、物理攻撃が効くかなんて分からない。ポケモンだったら一切聞かないことだろう。
震える足に鞭を打ちながらも、やっとの思いで歩いている今だ。
ただの無力なぼっちに何が出来るかと言ったら、さっきも言ったように逃げることしか出来ない。
俺が今出来ることは小町を連れて帰ること、ただそれだけだ。
夜を徘徊するナニカから逃げながら、小町の通う小学校に向かう。
忘れ物を取りに、小町が学校に来ているかもしれない。
根拠のない理由を立てては、片っ端から当たって行く。
それしか方法が思い浮かばないから、実行に移すしかなかった。
校門が見えて、つい足を早める。
小町が居る可能性にかけながら、学校一直線にいつのまにか走っていた足を進める。
ただその時の俺は、学校にばかり目がいっていて気づいていなかった。
──ぁ
俺の声か、小さくカスれた声がどこからか聞こえる。
“なにか”がいる。それも、黒い影たちとは異なる別のなにかが。
学校の校門の前のT字路、その右折した先に、そいつがいる。
直感的に分かった。学校の前に来た途端、一気に温度が下がった様に感じたのだ。
それと反比例するように、俺の体温はぐんぐん上がっていく。額だけでなく体中に汗が浮かび上がる。
「ぁ………ぁ…」
やはりあのカスれた声の主は俺だった。無意識のうちに声が漏れていたのだ。
暗がりに潜むナニカとは別のなにか。街灯のない道に佇んでいるその異質なものを、目を凝らして良く見てみる。
街灯のない道でも、今まで薄暗い暗がりを進んできたからか、すぐに目が慣れる。
その目線の先に見えるものは、『恐怖』その言葉しかなかった。
もはや黒い影たちのように、人型ですらなく、不気味な体を引きずる様に動いていた。
ずりずり ずずず ごりっ。
ずりずり ごりっ ずずず。
黒く、大きな芋虫のような形をしたその異形ななにかは、大きな袋を背負っていた。
体から生えた無数の触手のような足が絡まり、袋を握り締めながらうごめいている。
胴体の先には、白い仮面のようなものが一つだけ埋まっている。白い仮面の中央を横切る様に、真っ直ぐ切り込みがあるだけで、口の様なものはなかった。ただ、その仮面は見ようによってはまぶたの様に見え、一層不気味に思える。
ぞわっと鳥肌が立って、寒気がする。
こいつからは何も感じられない。黒い影たちの様に、理不尽な怒りも何も感じられない。
だからこそ不気味なのか、一気に嘔吐の感覚が込み上げて来る。
逃げなきゃダメだ。
頭の中で警告音が鳴る。
ナニカの様に謎の安心感もなければ、怒りも感じられない。
ただひたすら恐怖して、何も考えずに走った。
ふと、少し前の記憶が蘇って来る。
本当に最近の記憶だ。なぜ今思い出したのかは分からんが、すごく重要なことの気がして、逃げる足を止めてまでも思い出そうとした。
それは、夜の町を見回っている、
それが狙うのは、子供である。
それに近づいた子供は、大きな袋に入れられて、どこかに連れていかれる。
だから子供は、一人で夜の町を出歩いてはいけない。もしそれに狙われたら、子供は目を合わせないようにして、すぐに家に帰らなければならない。
そうだ、そんな噂が一時期クラスで流行ったのだ。昔からこの町にある言い伝えらしいが、女子はきゃっきゃとはしゃいで、男子は夜に肝試しをしようと、とにかく騒がしかった記憶がある。
もちろん俺はその輪の中に入っていないから良く知らんが、これだけは覚えていた。
なんたってしつこい程に、クラスの有象無象どもが繰り返していたからな。
挙げ句の果てには、『もしかしてー、ヒキタニくんのことじゃね?』とか関係のない俺を巻き込んで誹謗中傷もされたからな。
それで笑いを取るんだから、リア充どもの笑いのツボは分からない。いや、あながち良い線は行っているか。俺だって笑ったしな、苦笑いだけど。
とにかくその…確か“よまわりさん”とか言ったけな。
今追ってきている奴がそのよまわりさんとやらなら、俺は捕まったらどうなるんだ?
袋に入れて、連れて行かれる。
一体どこへ…。そう考えているうちにも、奴はじわじわと追ってきていた。ただ幸いなことに、足はそこまで早くない。
その重そうな巨体を引きずる様に歩いているからか、大きな袋を背負っているからか、立ち止まって考える時間はまだあった。
恐怖で逃げ出したいのを頭から追い出して、頭をフル回転させる。
いや、フル回転というほど考えてはいない。ただ単純な二択に迷っているのだ。
このまま逃げるか。
捕まるか。
このまま逃げる事が出来たとしよう。もちろん俺は小町の捜査を続行するわけだが、もし小町がよまわりさんに捕まっていたとしたらどうする?
それこそ嫌な想像だが、見つけようがないのだ。何もそこまで疑い深くならなくてもいいかもしれんが、夜を見廻るよまわりさんの事だ。小町も遭遇している可能性は十分にある。
想像したくないが、小町がよまわりさんに連れ去られたとなれば、俺もよまわりさんに捕まるのが一番合理的だ。
もっとも、同じところに連れて行かれるとも限らないし、そもそも小町が捕まっているのかも分からない。ある意味博打だが、問題はそこじゃない。
もし、もしだ。クラスの有象無象どもの言っていることが本当で、どこかに連れて行かれる“だけ”なら。さっきも言った通り、小町がそこに居る可能性も無きにしも非ずだ。
ただ、もし捕まってよまわりさんに殺されたら?
一番の不安要素はこれだ。殺されるまで行かなくとも、危害を加えられるかもしれない。
もちろん小町を探すためとはいえ、自分が辛い思いをする、なんてそんなことは出来るだけしたくない。それに俺が死んだら元も子もないしな…………うん。
ただ、よまわりさんに捕まったらどうなるか、なんてもちろん誰も分からないわけで、今現在は連れて行かれるという情報しか無い。
いつも教室では寝たふりをしながらも、なにかと周りのクラス事情には耳を傾けて盗み聞きしている俺だ。
さっきのよまわりさんの情報も然りで、クラス内の内輪揉めを聞きながらメシウマしたりしている。パンだけど…。
寝たふりがバレてキモ谷呼ばわりされたこともあるが、なにかとクラス内政治には人数倍詳しい自信がある。気を使うかどうかは別としてな。
そして怪談が流行ったあの時、クラスでよまわりさんが大流行したあの時だ。
捕まればどこかに連れて行かれるというのは聞いたことはあるが、殺されるなんてことは一つも、一ミリも聞いたことがないのだ。
それでも噂は噂、どこで曲解するかなんて誰も分からない。
実際俺も小学生の頃、友達と思っていた奴に内緒で好きな人を言ったら、次の日にはクラス中に広まって、また次の日には何故かストーカーになっていたことまでもある。人の噂も七十五日とはよく言うが、噂が広まっている間は噂が一人歩きして行き、最終的には身に覚えのない冤罪までかけられる始末だ。というか七十五日って長いしな。
ただそんなよまわりさんの噂は何一つ曲解されることもなく、多少の誤差はあったものの、『殺される』なんて中学生が大好きそうな噂に曲解されることもまずなかったのだ。
よまわりさんとしての言い伝えがしっかり根付いているのか、もしくはイメージか。
書物や資料としてよまわりさんの情報がしっかり残っているなら、噂が曲解されることは少なくなる。多少なりとも変化しても、誰か訂正する人が現れるだろうし、今やネットの普及している時代。調べればすぐに分かることだ。よまわりさんが情報として確立しているならなおさらな。
ただよまわりさんなんてふわふわした名前もそうだが、地元で伝わる言い伝えといい、信憑性はあまりない。
ネットで調べたわけでもないが、よまわりさんなんてものはクラスのリア充どもが騒いでいたので始めて知ったわけで、それ以前は全く聞いたことがない。
それによまわりさんの情報といえば、
夜を見廻って、子供を狙って、袋に入れて連れて行く。
ざっくり言えばこの三つの情報しかない。
だから、資料や書物に情報として詳しく残っているってのは考えにくいのだ。
それならイメージか?
ジェイソンはチェーンソーを持っているだとか、日本人は刀を常備しているだとか。
なんとなくその物のイメージが、別のものとして定着してしまうことは少なくない。
あれ?だったらダメじゃねぇかおい。結局信憑性がなければ、よまわりさんに近づいても何されるかは分からない。
殺される可能性も、単に捕まる可能性も、いわゆるフィフティーフィフティーという奴だ。
これは作戦中止だな。それにリスクが高すぎたか、こんな恐ろしい見た目の奴に自ら捕まりに行くなんてな。
RPGとかだったら絶対序盤じゃ倒せない、イベントキャラ的な奴だ。
まず自分からよまわりさんに捕まりに行くなんて、自殺同然だった…………っ!?
「おい…!待てっ!」
まずい───見誤った。
まだ数メートル離れているから、大丈夫だろうと油断していた。そしてその油断と、俺の考察による不注意のせいで見落としていた。よまわりさんの変化を。
よまわりさんは、体に生えた無数の手の様な触手を、まるでゴムの様にこちらに伸ばしてきていたのだ。
そして辺りはあいにくの暗闇。真っ黒な触手は闇に紛れ、俺の死角を突き体に絡まって来ていた。
そして気付いた時にはもう遅く、体中に黒い触手が巻き付いていて、手で解こうとしても拘束の力は緩む事なく、どんどん強くなって行くばかりだった。
そして絡みついた無数の触手は、拘束だけでなく圧迫までしてゆき、締め付けられる様に体に激痛が走る。
次第に息が苦しくなり、いつのまにかよまわりさんは目の前に…………いや、俺が手繰り寄せられたと言った方が正しいのだろう。
そして強く拘束されたまま中に持ち上げられ、俺の目線はよまわりさんより高くなる。
いつのまにかよまわりさんが背負っていた袋の口は大きく開いていて、まるで俺を吸い込むかのように待ち構えていた。
──死にたくない
その大きな袋の中を覗いても、もちろんのこと明かりなどなく、ただ暗闇が広がっていた。
俺の無力な抵抗も虚しく、まるでギャグ漫画の1コマの様に呆気なく、そしてマヌケに大きな袋の中に詰め込まれる。
数分…いや、数秒前まではまだ考えられる余裕があった。それが今の自分からしたら全く信じられない。
まるであの時が最大の恐怖と言わんばかりの思い込みで必死に逃げ、必死に考えていた。
ただ甘かった。まだあの時の俺は、自分が死なないと思っていたのかもしれない。
勘違いも甚だしい。
容赦なく閉まって行く袋の口。何も考えられずに、外へ手を伸ばすことしか出来なかった。
それでも救いはないと言っているかのように、完全に袋が閉まり、辺りは暗闇に包まれる。
その時、初めて絶望を知ったのかもしれない。
夜廻の雰囲気を壊す様であまりしたくなかったんですが、夜廻の登場人物に名前を設定する事にしました。
作者の能力が低いせいで、ただでさえごちゃごちゃしている文が、名前が無いと更にまとまりが無くなってしまうと判断した結果です。
主人公の女の子は、本家の設定通りに『ことも』という名前で設定します。
お姉ちゃんの方は『ことの』にしようと考えています。
自分のネーミングセンスじゃこれが限界です。
意見、反論受け付けます。