坂本魁利は探偵である。まあ、読者である諸君らが想像する…名探偵。例えば、知る人ぞ知る、あのシャーロック・ホームズのような類のものではない。大きな事件を解決する表舞台のヒーローなどではなく、ペット探しや浮気調査など、細々とした、地道で地味な、しかし人に感謝される仕事をしていた。彼はこの生計の立て方にやり甲斐を持っていたし、中学生の頃の進路相談で呆れられた夢に誇りを持っていた。つまるところ、彼は満たされていたのである。
N町のある住宅街の一角に事務所を構え、助手―花崎好栄を雇い、魁利は好みのダージリンをティーカップに注ぎ、優雅な午後を演出していた。魁利は今年で齢29。この若さで助手を雇えているのは、彼の人柄ゆえ、客足が廃れることが無いのが主な理由であろう。いつも近所のおばさんは飼い猫を見失うし、向かいの大学生の青年は彼を慕ってくれている。悪天候でスーパーにキャベツが出回らないときには町内会の会長からおすそ分けしてもらったりもしていた。そんな彼だからこそ、今日、12月16日、別段何もないように感じられる日に足を運んだ客も普段通りのご近所さんだと思っただろう。
ピンポーン
「ハイハイ、今出ますよ」
気だるげな返事をし、お気に入りのソファから身を起こす。好栄の好きな匂いだということでカウンターに置いてある百合の花の匂いがツンと鼻を衝く。いつも通りの事だ。パンダの刺繍がついたエプロンを胸にかけている好栄が客を待たせないで下さい、とでも言いたげな目でこちらを見てくる。あんまり待たせるのも良くないと思ったのでさっさとドアを開け、少しばかり長い廊下を進み、玄関まで行く。玄関に来ても百合の香りがする。あまり、自分は好きな匂いではないのだが、好栄には普段から世話を焼かれていて、強く言える立場ではないので、止めてくれ、とも言えない。靴を履き、ドアを開ける。肌寒い風が玄関に吹き込んで来た。
今日の客は、と目をやると、そこに立っていたのは見知らぬ、16歳くらいの少女であった。柑橘類を想像させる、淡いオレンジ色の長い髪が靡き、儚ささえ感じさせる薄いピンクの唇は、少女とは思えぬ程の色気を醸し出していた。しかしながら、その振る舞いは頼りなく、大切なものを無くした時の近所の小学生の女の子の様子を想起させた。加えてその自分には見覚えのないファッションセンス…恐らく最近の女子高生の間で流行っていそうな服装が彼に幼さを感じさせたのだ。
「あ…あのぉ、此処が坂本探偵事務所で間違いないですか?」
藁にも縋る様なか細い少女の声は冬の乾燥した空気によく響き、魁利の耳にすっと入ってきた。
「はい。此処が坂本探偵事務所です。何かお困りのようですね、見知らぬお嬢さん」
困っている人には気持ち悪がれる程度に紳士的に接するのが魁利の探偵としての自覚、第7項目ぐらいに入る掟であった。…初めて向かいの青年と会合した時には笑い飛ばされたものだ。
「私…人を、探しているんです。えっと、あ、わ…私は治田塩花って言います。ここは人探しも取り合ってくれるのでしょうか?」
「勿論。ここでは寒いでしょうから、中へどうぞ」
治田を玄関に上げ、客間に通す。様子を伺いにきた好栄に茶を出させるように指示し、いつものソファに座った。
「どうぞ、お掛け下さい」
治田をドア側のソファに座るように推す。少し遠慮するようにその小さい尻をソファの布地に載せる。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「あ…えっと、先ほども申したのですが、人探しの依頼をしたくて参りました。それで、彼を探してほしいのです」
そう言って治田は一枚の写真を机に置く。写真には40代くらいの青い髪の凛々しい男性が写っていた。彼女の父親にしては若すぎるし、親戚といったところが関の山だろう。
「彼の名前は黒田義経。えっと、42歳で男性です。それで、彼を探してほしいのですが…」
「…彼とはどういったご関係で?」
「えーと、俗に言うカップルというものです…」
ほう。
「かなり年の差があるように見えますが?…いえ、不躾ですね。忘れてください」
真の紳士はプライベートに首を突っ込みすぎない。探偵の自覚第5項だ。
「では、彼はいつ、貴女の前から姿を隠したのでしょうか?」
「えっと、2日前です。きっとこの町の何処かにいると思うのですが…」
二日前。警察には既に連絡したのだろう。彼女の様子を見ると、その結果は明白なのだが。つくづくこの町に配属されている警官は無能だと感じる。
「何処か、心当たりは?」
「えっと、港…なんて名前でしたっけ…」
「俳錚港ですね」
静かに話を聞いていた好栄が付けく分けた。俳錚港―このN町の東端に位置する港である。海に面していて、よく珍しい魚が水揚げされると聞く。因みに秘密教団が裏で手を引いているだの魚人間を見ただの根も葉もない噂がゴロゴロしているこの町きっての怪事スポットでもある。
「はい…。あまり良い噂を聞かないので。彼がふと消えたなら何か関わっているのかと…。あ、でも可笑しいですよね。こんな根も葉もないことしか心当たりが…無いんです。すいません。本当に…分からないんです…」
治田は目に涙を浮かべた。ソレは頬を伝い言葉にならない焦燥を空気に投影していた。
「…分かりました。この件受けさせていただきます」
坂本探偵事務所は何でもありの探偵局。自由気ままな猫の捜索もお手の物。行く手分からぬ男性すらもきっと意のまま見つかるだろう。何より、少女を泣かせるのは良くない。
「ですから、泣き止んで。明日またお越しください。その時に新しく思い出したことがあれば、今度は落ち着いてお伝えください。きっと我々が、見つけて差し上げましょう」
幼き少女の目に虹がかかった。
「はい、お願いします!」
今日は彼女の為にこの町の成人男性が見つかりそうな所を調べておこう。…何かの事件に巻き込まれていない。ただの少し長い外出で済めば良いのだが…。
そう思いつつ、治田を見送った。
え、revolutionの更新ですか?…頑張ります。