ありきたりな女たちの見かけの話   作:小栗チカ

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浮世は衣装七分
ことわざ


第一話

世の中の咎人さんや二級市民さんたちは、服のブランドを幾つ言えるのでしょう。

私は、かなりの有名どころなら二個か三個は言えるかなと思いますが、ロゴで一目でわかるものならともかく、どのブランドがどんな服を作っているのかまではあやふやで、頭に結び付いていません。

幾つかのブランド名と、それにまつわるそこそこの知識があれば、野良チームの雑談に困らないだろうという理由で覚えてはいますが、実際は興味はなかったりします。

そもそも、オシャレに高い意識はありませんし。

でも、だからと言って、ただ服を着れればいいとは思っていません。

衣食住の衣にあたる服は、ヒトが生きていく上でとても大事な役割を果たします。

体温の調整はもちろん、外のあらゆる危険から身を守る最初の壁です。

ましてや、過酷な戦場を職場とする咎人や二級市民とっては、自分の生命すらも左右するあまりに重要な防具と言えます。

ですから、私にとって理想の服とは、丈夫で長持ちで動きやすくて、露出は限りなく少なく、多少雑に取り扱っても問題のない服、だったりします。

こんな考えな上に、能力は平凡で、懐具合は空っ風が吹き荒ぶ現状。

いろんな意味で余裕がなく、先程も触れた通り私自身、オシャレに対する知識も疎ければ意識も低い有り様ですから、オシャレは二の次三の次。

そんな感じで、オシャレを習慣としていない私の容姿は、清潔ではあっても極めて地味にまとまっていると言えるでしょう。

特に不便に思ったことはありません。

たまに知人から、女の子なんだから身なりに気を遣おうとか、お前はガサツだとか、貴様はそういうところが大雑把だとか、リュティさんってオシャレ杜撰バンチョーっすよねーだとか言われますが、ええ、気にしていません。

……気にしていませんよ、気にしていませんとも。

ていうか、バンチョーって何ですか?

そんなオシャレ杜撰バンチョーが、何故服とオシャレの話題を取り上げているのか。

それは、テーブルを挟んで向かいに座る女性との話題になっているからです。

 

「可愛い服、着たいです」

 

せっかくの美人なお顔を曇らせてポツリと言うこの女性はハリエットさん。

現在は第七情報位階権限の咎人さんで、私より五歳ほど年上の後輩にあたります。

 

「可愛い服、と言いますと、パーカーウェアとかキャッツ・ラブ・ボーダーとかですか」

 

言葉を返すと、ハリエットさんは綺麗なお顔をさらに曇らせて首を小さく振り、寂しそうに微笑みました。

 

「リュティさん、私の年、幾つだと思います?」

「えっと、確か二十──」

 

彼女の言いたいことがわかり、思わず口をつぐみました。

 

「あの服、どう考えても対象年齢は十代、辛うじて二十代前半の服ですから」

「……そうですね」

 

二人してうつむきました。

さっきからこんな感じです。

PTから歩いて二十分ほどの場所にあるこの食堂は、夕飯時を迎えて賑わっておりました。

内装は程よく清潔で、女性が好みそうな調度が店内にさりげなく飾られています。

基本ボッチの私が足を運ばない、女子力高めのお店。

そんなオシャレなお店でせっかくの女性同士の食事会なのに、話すことは服に対する愚痴です。

でも、私も彼女も、この時間を辛気くさいものにはしたくなくて、楽しく盛り上げようと頑張ってはいるのです。

 

「あ。でもリュティさんなら、あの服着ることができますよね。権利も年齢もクリアできているし。着ないんですか?」

 

両手を合わせ、気を取り直すかのように笑顔浮かべるハリエットさん。

彼女の努力に報いるべく、私も笑顔を作ります。

 

「実は着たことあるんですよ」

「えっ、そうだったんですか」

「ええ」

 

ええ、着たことあるんです。

着ちゃったんです。

チャレンジしちゃったんです。

オシャレの知識は疎く意識は低いと言えど、可愛いものには人並みの興味もあれば憧れもあるのです。

だから、着ちゃったんですよ。

例え無駄だとわかっていても、自分で実際に確かめないと諦めってつかないじゃないですか。

そういうことなのです。

 

「何を着たんですか?」

「着たのは先程の二つですね。確か二ヶ月くらい前だったかな」

「ずいぶんと最近なんですね。見せてくれれば良かったのに。それでどうでした?」

 

尋ねるハリエットさんに、私は先程の笑顔をキープしつつ答えます。

 

「最初に着たのはパーカーウェアだったんですけど」

「ええ」

「肩回りに合わせるとサイズが合わなくてですね」

「…………」

 

ハリエットさんの表情がなくなりました。

私が何を言いたいのか察したのです。

私は先程の笑顔をキープしつつ、その時の状況を正しく伝えます。

 

「それと、パーカーの下に着る半袖の上着、確か名前──」

「ブラウスですね」

「そうそれです。袖口が絞っているせいで、逆に二の腕や肩が強調されている感じが」

「キャッツ・ラブ・ボーダーも着たんですよね? そちらはどうだったんですか?」

 

私の言葉を遮り、笑い泣きのような表情で話題を変えようとするハリエットさん。

そんなハリエットに対し、私は努めて笑顔をキープしながら口を開きます。

 

「シャツを脱げばクリアできましたよ」

「アレンジできて良かったですね」

「ええ。おかげさまで上半身の露出が上がって腹筋が丸見えになりましたけどね」

 

再び、ハリエットさんの顔から表情が消えました。

私は不自然にならないように気を遣いつつ、朗らかに言葉を続けます。

 

「自分の体形と服のミスマッチっぷりときたら、思わず声に出して笑っちゃいましたよ。あのヒラヒラのミニスカート、太腿が露出する上に、前が少し下がってお尻の方が上がりぎみになっているので、お尻が大きく」

「状況は把握できました。ありがとうございます」

 

台詞を遮って礼を言う彼女に、私は笑顔を引っ込めて小さく吐息をつきました。

 

「でもあの服、仮に着こなせたとしても普段使いすることはなかったと思います。興味はあっても趣味ではないですし」

「うーん、確かにリュティさんの好みからは外れていそう」

 

負け惜しみでなくそう言うと、ハリエットさんも頷いて理解を示します。

しかし、彼女の台詞に含むものを感じて、少しだけためらった末に、そのまま尋ねてみることにしました。

 

「もしかしてハリエットさんは、ああいうのお好きですか?」

 

すると、彼女は笑いました。

シャープな顔立ちがくしゃりと潰れて、グッと愛嬌が跳ね上がるその笑顔は、彼女の魅力の一つだと思っています。

 

「見ている分には。小さくて細くて若い子が着ると本当に様になってて、見ていて微笑ましくなります。ただ、自分が着るとなると話はまた別でして」

「そういうのありますよね」

 

ハリエットさんは頷き、手元の塩ナト味のえだまめを何個かつまんで食べます。

そして炭酸水を一口飲むと、小さくため息を吐きました。

 

「綺麗で可愛い服、着たいです」

 

話は振り出しに戻りました。

ハリエットさんのこの様子からして、昨日今日に始まったことではない上に、服以外の何かも積み重なっているように思えました。

 

そもそもこの話のきっかけは、今日の貢献活動でのことです。

今日はハリエットさんと二人で、いくつかの野良チームを転戦しておりました。

そして、滅多にないことなのですが、関わる皆さんがことごとく、見た目は十代の若い女性だったのです。

彼女たちは可愛らしい服を着こなし、華麗に勇敢に戦っておりました。

最初のうちは普段通りだったハリエットさんですが、連戦していくにつれてテンションが下がっていくのがわかりました。

それでも仕事は完璧にこなしたあたり、さすがと言えましょう。

しかし、陽が暮れた頃には彼女もすっかり黄昏ておりまして。

不肖、先輩役を仰せつかっている身としては当然放置することもできず、一緒にご飯を食べつつお話を聞くことにしたのです。

 

彼女が言うには、咎人とはいえ十代の女の子の服には可愛い服があるのに、自分の年齢と体形にあった女性らしい可愛くて綺麗な服がないことが不満で不安だと言っていました。

不安はともかく、不満は理解できます。

私とハリエットさんの体形には共通点があって、比較的背が高めで──ハリエットさんはPTが規定する身長まであと二センチほどとかなり長身です──、骨格もしっかりとしている点です。

咎人や二級市民の女性の服は、基本的に体の線が出やすく露出が高めなのが特徴。

スカートはPT法によって長さが短めに決まっていて、穴あき、お腹丸出し、おへそ丸見えは、最早デフォルトと呼んで差し障りはないでしょう。

PTの用意した服と相性の良い体形のハリエットさんですが、彼女の好みはそれとは真逆。

気持ちの上での相性は最悪で、私も似たようなものです。

自分が好きなものと似合うものは往々にして違うもの。

自分の着たい理想の服と、現実に用意されている服、そして現在の自分の体形に食い違いがあって、その擦り合わせに腐心しているのが私たちなのです。

他の女性咎人さんや二級市民さんも、こういう悩みをもつヒトっているのでしょうか。

 

「こういう時、男のヒトがちょっと羨ましく思ってしまいます」

「羨ましい?」

「というか、ズルいなって」

「どんなところがですか?」

 

尋ねる私に、ハリエットさんは視線を上げます。

 

「露出が少なくて、どんな年齢のヒトが着ても概ね大丈夫な服が多いところです」

「確かに、低露出という点では希望に叶った服が多いですよね」

「ですよね。例えばグランジ・ギリーとか、何ですあれ。女性はアレンジも含めてシンプル通り越して質素なくらいなのに、男性は何であんなにモフモフなんですか? 女性も可愛らしくモフモフにすべきなんです」

「はあ」

 

モフモフときましたか。

ていうか、あれってモフモフに属するものなのでしょうか?

 

「ファスナー・アーミーなんて、何で際どいところまで前開きにする必要があるんですか? 普段の戦場で前開きにする理由なんてないじゃないですか。確かに、着なきゃいいだけの話ですけど、もっと違う方向に持っていけばいいのにって。あ、他にも思うことはいっぱいあって」

「いいですよ。どんなこと、思っているんですか?」

 

話す彼女の聞き役にひたすら徹します。

そうして話していく内に火が付いたのでしょう。

彼女の状態が、鬱から躁へと移行しているように思えました。

 

「そうだ」

 

彼女は静かに両手を合わせ、切れ上がった目に光を灯らせて私を見据えます。

 

「男性の服も女性と同様に露出を上げる。いえ、むしろ性別関係なく女性用のデザインに揃えればいいんですよ!」

 

何かとんでもないことを言い出しましたよ、彼女。

 

「……えっ、と?」

「女性の服の露出が多いのは、きっと男性と一部の女性のやる気を出すためのものだと思うんです」

「まあ確かに、エロはやる気の原動力とも言いますしね」

「それは女性だって同じです。ですから、男性の服の露出を多くすれば、女性と一部の男性のやる気が上がって、ほら! ジャンジャン貢献活動に勤しんじゃいますよ! バリバリ幸福希求しまくりですよ!」

「そうかも、しれませんね」

 

内心はかなり引きつつ、それを微塵と出さずに頷きます。

そもそも今の時点で、一部の男性服のアレンジには露出が高めなのもあったような気がしますし、それ以前に私、低露出を希望しているわけですが。

沈着冷静でしっかり者の彼女らしからぬ言動。

彼女の内面は、私が思っている以上に切羽つまった状態なのかもしれません。

 

「ハリエットさんは、男性の素肌の露出は歓迎ですか?」

 

尋ねると、彼女は大きく頷きました。

 

「もちろんですとも! イケメンの鍛えた体は立派なご馳走です」

「そうですかー」

 

正直ー。

私は再び笑顔を作りました。

彼女の精神状態をより理解しようと、注意をしつつ言葉を続けます。

 

「ではですよ。仮にハリエットさんの希望する、男のヒトの服の露出が上がった、もしくは全咎人の服が女性デザインに統一したとして」

 

悪夢のような前置き。

 

「露出が上がり、体の線を強調した服を着た男性咎人さんや二級市民さんたちが、ロウストリートや広場を行き来することになりますね」

「想像を絶する世界ですね! まさにフリーダム!」

 

いいえ。

内心で首を振ります。

いいえ、ハリエットさん、そんな世界はすぐそこに、ここから歩いて十五分程の繁華街のお店に行けば、すぐに見ることができますよ。

今度案内してあげましょうか。

 

「そんな感じの服装で、道行く人々は涼しい顔も装いつつ、内心はエロ目線で互いを値踏みしていると」

「……あの、その言い方はさすがにどうかと」

「でもさっき、イケメンの鍛えた体はご馳走だと仰っていたような」

「確かにそうですけど……」

 

言い淀む彼女の姿に、心がちょっぴり痛みました。

さすがにこれは意地悪な言い方でしたか。

比較的親しい後輩とはいえ、年上の女性。

言葉選びは気を付けないと、信頼を損ねます。

私は頭を下げました。

 

「ごめんなさい。言い方、大分失礼でした」

「いえ、大丈夫ですよ。そう言ったのは事実ですから」

「これから気を付けますので」

 

お互いに恐縮してしまい、場が微妙な空気になりました。

 

「男性の服装の露出度がアップしたらという話でしたよね」

 

すかさず水を向けてくれたハリエットさん。

上手いこと乗っかって見せましょう。

 

「はい。何というか、このPTの雰囲気がとんでもないことになりそうですね」

「ええ。他のPTのヒトが見たら、きっとびっくりするでしょうね」

「ですねー」

 

仮にそんなことになったら、借金捨て置いて全力でこのPTから逃げることを検討しますけどね。

瞬間、脳裏をよぎったのは、黒いヘルメットに同色の服を着た、不吉で不穏なチャラい人影。

……うん、やっぱりあの借金取りさんにちゃんと相談をしてからにしましょう。

後が怖いですしね。

ええ、何事も報告連絡相談は大事です。

私の思いをよそに、彼女はキラキラと目を輝かせ、生き生きとした笑顔と共に、骨のしっかりとした手を力強く握って拳を固めます。

 

「でも、これでイーブンですよ。老若男女問わず誰もがみんな恥ずかしい! それが、このPTの常識になります!」

「あの、ハリエットさん、ご自分で何を仰っているのかわかっています?」

「もちろんですとも! ……そうだ、エクスパブリックあたりに、このアイデアを売るってどうでしょう?」

 

また何を言い出しているんですかね、この方は。

 

「あのヒトたち、平和で面白いアイデアなら採用してくれそうな気がしますしね。話くらいなら確実に聞くはず。よし! そうと決まったら、帰ったらすぐにセルガーデンで資料を作らなきゃ!」

 

あーあー、こんなところで持ち前の積極性と行動力を発揮しなくてもいいのに。

思わずテーブルに視線を落として、遅まきながら気付きました。

塩ナト味のえだまめが、結構減っているではありませんか。

なるほど、だからですか。

 

「落ち着いて下さい。それ以上は洒落になりませんよ。あ、お水飲みますか」

「私は正気な上に落ち着いてますとも!」

 

場の雰囲気は元に戻ったどころか、あらぬ方向に酷くなりました。

彼女がブツブツ呟く内容は、実現不可能な皮算用。

彼女のためにも、酔いで狭まった視野を元に戻し、現実の世界に戻っていただかねばなりません。

 

「ハリエットさん」

「はい!」

「確認をさせていただきたいんですけど」

「どうぞ!」

 

テンション高いなぁ。

 

「仮にその恥ずかしい社会ができたとして」

 

めげずに再び前置き。

 

「私たちはもちろんですけど、ビルさんとオリビエさんも、その社会にいらっしゃるわけですよね」

 

ハリエットさんの顔が、はっきりと強ばりました。

ビルさんとオリビエさんとは、彼女と同期の咎人さんで、私がお目付け役をしている後輩男子です。

だいたい三人一緒に行動することが多く、ここまで生死と苦楽を共にしてきた仲間であり、過去の戦いで全ての記憶を無くした彼女にとって、彼らは身内と呼んで差し支えのない存在なのです。

ですから、その身内の情を利用しない手はありません。

 

「リュティさん」

 

案の定、わかりやすく動揺する彼女に、私は引き続き笑顔で話を続けます。

 

「想像してみましょう。例えばビルさん。ネタとして面白がって絶っ対! 着ると思うんですよ」

「……着ますね。ヤツは絶っ対! 着ますね」

「ええ。パーカーウェアとか」

「ああ」

「ファスナー・アーミーの前開きのとか、ウォーターサイドウェアとか」

「ああ!」

 

ハリエットさんは両手で口許をおさえ、絶望のうめき声を上げます。

彼女の脳裏には、今どんな光景が思い浮かんでいることでしょう。

 

「いつも通りヒトの目なんか全っ然! 全く! 気にすることなく、元気良くご機嫌でロウストリートを歩くビルさんの姿ですよ」

「容易く想像できる自分が憎いです」

「そして、そんなビルさんの目に、ロウストリートを歩くハリエットさんの後ろ姿が!」

「ヒ!」

「そして、満面の笑顔を浮かべて駆け寄りながら、あの良く通る大きな声で呼びかけるんです」

「いや、いや。こっち見ないで。こっち来ないで」

 

恐怖と嫌悪で首を小さく振る彼女。

小さく咳払いをし、ビルさんの日頃の言動を元に状況の再現開始です。

 

「『おおい、ハリエット! 見ろ見ろ、この俺の肉体美! 服の色、肌と同色にしてマッパもどきにしてやったぜ! お前、男の裸好きなんだってなあ! ほれほれ、見惚れていいぜえ。触っていいんだぜえ! ハーッハッハッハー!!』」

「やめてこっち来ないで、この変態!」

 

両手で顔を覆って小さく、しかし鋭く叫ぶハリエットさん。

店内が夕飯時で賑やかなのが救いでしょうか。

あ、私の右前方で、お一人で背を向けて座る女市民さんの背中が震えています。

さらに視線を感じてそちらに目をやれば、やっぱりお一人の男市民さんが、慌てて顔を背けていました。

こちらのやり取り、聞こえちゃっていたようです。

そうとは知らない彼女は、顔を手で覆い、うつむき震えおりました。

泣いてはいないようなので、しばらくそっとしておくことにします。

それにしても彼女、酔いが回っていたせいで、いつも以上にノリがいい上に想像力が豊かでした。

彼女をこんなにしたオツマミ、塩ナト味のえだまめは、最後の一粒を残すのみ。

私は、それを摘まんで口に放り込みました。

口に入れればしっかりしょっぱく、噛み砕くとそれに加えてほんのりとした甘さと、それ以外の言葉にできない味がある。

炭酸水とよく合って、やめられないとまらない魅惑の組み合わせです。

そして、彼女の味への耐性は少し弱め。

普段は気にすることもないのですが、味の力って凄いですね。

タイミング良く近くを通りかかった店員さんを呼び止め、お水を頼みます。

注文を受けて店員さんが立ち去るのに合わせて、彼女はノロノロと顔をあげました。

艶やかな黒い髪が額と頬に張りついているのも構わず、恐る恐る視線をさ迷わせ、私に視線を合わせます。

 

「……あの」

「どうしました?」

「ビルは……、あのバカはどこに?」

 

塩ナトの後遺症が少し残っているようです。

 

「最初からいませんよ。塩ナトの力を借りたハリエットさんの想像の産物です」

「え……。やだ、私ったら調子に乗って大分食べちゃったんですね。取り乱しちゃって、恥ずかしいったら」

「塩ナトの魅力に勝てるヒト、中々いないですから仕方ありませんよ」

 

私たちは小さく笑い合い、そして彼女は、背筋を伸ばして私と目線を合わせました。

 

「おかげさまで目が覚めました。ありがとうございます」

「お帰りなさい、ハリエットさん」

 

幻想を打ち破るのは、また幻想である。

武器メーカー『デッドチャンネル』の思想と、身内の恥は自分の恥、という価値観を組み合わせた方法は功を奏したようです。

どうやら彼女の傷も浅いようですし、良かった。

安心から笑顔になったのもつかの間、ハリエットさんの顔に何故か影が射しました。

 

「でも」

 

夕闇のような色の目が遠くを見つめます。

 

「でも、もう少しだけ、夢を見ていたかったです……」

「ハリエットさん……」

 

傷は深く、重傷でした。

 

「わかりました」

 

傷心の後輩のために、私は意を決して頷きます。

 

「そこまで、そこまでイケメンの裸に飢えているのでしたら」

「あの、ですからもう少し言い方を」

「今度のお休みの時に、そういうお店に連れて行ってあげますから、元気出して下さい」

「え」

 

ポカンとした表情で私を見る彼女に、私は安心させるように笑ってみせました。

 

「そのお店、店長さんが女性で、女性向けに安心と安全をモットーにしたサービスで人気があるそうなんです。もちろんお会計も明るく朗らかだそうですよ。ですから、ハリエットさんのような初心者でもきっと大丈夫です」

「いえ、そうではなくて」

 

彼女は首を振り、不思議そうにこちらを見ます。

 

「何でそういうお店を知っているんですか?」

 

もっともな疑問です。

私は意識して少し大げさに息を吐き出しました。

 

「お世話になっている借金取りさんが、その店長さんと仲良いんですよ。その関係で、少し立ち話をしたことあるんです」

「そういうことでしたか」

 

ハリエットさんは、納得した様子で頷きました。

ちなみに私が借金持ちだということは、詳しい事情はともかく、関係者はほぼ知っています。

お恥ずかしい話ですが、私が貢献活動を頑張っている最大の理由がそれですから、一緒にいる時間が長ければ、言わずとも察することはできましょう。

ハリエットさんが何か言おうとしたところで、店員さんが先に頼んでおいた唐揚げとお水を持ってきてくれました。

空になったえだまめのお皿は下げてもらい、お水を彼女に渡します。

 

「やっぱり、女性の綺麗で低露出の服は夢なんでしょうか」

 

せっかくの唐揚げに手をつけず、ポツリと言うハリエットさんの姿は、小さくて頼りなくて、まるで迷子になった小さな女の子のように見えました。

 

「若いうちはいいですよ。ある程度細ければ何でも似合いますし、若いってだけで許される部分もありますから。でも、年を取ったら、その選択肢がずいぶんと減るような気がして。……年を取ったらオシャレする価値なんてないってことなんでしょうか」

「うーん。そんなことはないと思いますけど」

 

二十代以上の女性咎人や二級市民が似合いそうな低露出の服と言えば、咎人服のアレンジやトゥ・サバイバー、寒冷地仕様軍服などがあります。

それらは、露出を避けたいであろう女性には人気の服ですが、逆に言えばそれくらいしかないわけで。

 

「究極の話、身体形成になるかと」

「服のために、それを使うんですか」

「そういう価値観をもつヒト、恐らくはいますよ」

「それはそうでしょうけど、リュティさんはやるんですか?」

「やらないですよ」

 

笑って即答です。

 

「諸々面倒なのは想像つきますし、それに、体の管理を全てPTに依存するのは抵抗がありますから」

 

ええ、旧時代じみた古い考えではあります。

でも、私が子供の頃に過ごしたモザイク街では、上層にいるヒトはともかく、下層や最下層のヒトは身体形成の恩恵を受けることは、ほぼあり得ませんでした。

自分の体の管理は、自分でやるのが当たり前。

ですから、PTにベッタリ頼る身体形成は、私としては違和感ありまくり技術なのです。

もちろん、PTが計測し蓄積されたデータが、自己管理に有効であることは認めます。

でも、最終的に自分の体は自分で管理したいと私は思っているのです。

ハリエットさんは、心なしかホッとした表情を見せました。

 

「身体形成を否定するつもりはないんです。普通の生活を送るために医療用として使うのは納得ができます。でも、美容のために使うのはちょっと違うような気がして」

「でも、見た目は大事。そうでしょう?」

 

突然割り込んできた声。

目線の先にいたのは、女性の市民さんでした。




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
再び登場しました二級市民の話、今回は服とそれに関わるあれこれをテーマに取り上げた話です。
見立てでは、前回の武器の話と同じくらいのボリュームにするつもりが、その五倍近い量となりました。
服って奥が深かったw 甘かったです。
そんなわけで、今月中に五回にわけて不定期で投稿していきます。
お時間と心の余裕があるときに、お読みいただけたら幸いです。
今回は、拙作「薔薇と堆肥」のラストで登場した年上の後輩咎人が出てきました。
主人公と二人で、今回の話を引っ張ってもらいます。
それでは、第二話のあとがきでお会いしましょう。
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