ありきたりな女たちの見かけの話   作:小栗チカ

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衣装はそれをまとう者を象徴する
ことわざ



第二話

予想外の展開となりました。

食事会の面子が増えたのです。

私の隣に座るのは、テンプレートな容姿の女市民イネスさん。

先程まで、私の右前方に座っていた方です。

彼女が見せた身分証によれば、服飾開発課の課長さんだとか。

そして、やはり私たちの話が多少聞こえていたようで、仕事柄、お話を聞かせてほしいと申し出たのです。

積極的に受け入れるには心理的な壁があるものの、断固拒絶するほどの嫌悪感はなく、上手く断る理由も言葉も見つからず、何より、いつもと違った環境に私達の心も浮足立っていたのだと思います。

なので、私たちは彼女の申し出を受け入れることにしました。

私たちも簡単に自己紹介をし、そして今、ハリエットさんとイネスさんとでやり取りをしています。

内容は、先程ハリエットさんが私に話してくれたものと変わりません。

 

「貴方の年齢って──」

「後数年で三十です」

「悩みと焦りの多い年頃ね」

「そうなんですか?」

「ええ。女性は男性よりも体の変化に敏感だから、節目節目でいろいろ考えちゃうのよね」

 

小さく上品に笑うイネスさん。

顔と体の作りは十代の少女のものなのに、その所作は十代の少女には持ち得ないものです。

膨大な知識と経験を積み重ねた大人の、しかも私たちよりはるかに年上の女性のもの。

この人、実際の年齢はおいくつなのでしょう。

 

「貴方の周囲に、そういう話ができる同年代や年上の女性はいないの?」

「……今日、ここで話したのが初めてです」

「まあそうよね。普段は生きるかロストするかで必死だし、そもそもPT内では話せないし、治外法権のここでも、年齢の悩みって雑談にするには少し重いものね」

 

イネスさんは労るように、ハリエットさんを見つめます。

 

「未来が語れない上に、貴方の手短な目標となる年上の同性がいないから、年をとることと、これから先へ一歩踏み出すことが不安なのね」

「……はい」

 

そうか、ハリエットさんが不安だと言っていたのはそういうことなんですね。

実力も才能もあって、基本しっかりした性格の彼女が不安を持っていること自体、正直ピンと来なかったのですが、具体的な言葉で示されると、なるほど納得の言い分です。

ハリエットさんは目線を落としたまま、言葉を続けます。

 

「他のPTでは、私と同年代の上級市民が活躍しているようですけど、あまりに立場が違いすぎて参考にならないというか」

「そうね。貴方が欲しいのは、そんな席の限られたハナバナしい成功例ではなく、席を取ることができなくても、とりあえずのところに着地できるんだという小さな安心感よね」

 

確かに、ああ確かにそれは、そういう存在は必要です。

そもそも、そんなものは関係無しにえいや! と飛び出せるヒトはいいですが、私やハリエットさんのように慎重に事を進めたいヒトにとっては二の足を踏むというもの。

それが、直接自分の身に降りかかることであるならなおのことです。

でも、失敗したり、負けたり、不恰好に変わってしまっても、何とかなるのだという例があるのなら、もう少し前に踏み出す勇気が持てると思うのです。

そういう点で言うなら、私は恵まれています。

何故なら、ハリエットさんがいるから。

私より年上で、全ての記憶を失っても、頑張ればまた這い上がれるのだという例が身近にいるからです。

でも、ハリエットさんの周囲に、ハリエットさんより年上で同性の、身近な目標となる存在は見かけません。

 

「彼女も大分しくじっているようだけど、貴方より年下ですしね」

 

この方、何故私がしくじっていることを知っているのでしょう。

答えは簡単です。

私たちの話、結構聞いていたんですね。

うーむ。

 

「盗み聞きは良くないかと」

「ごめんなさいね。聞こえてしまったものだから、つい」

 

言葉の調子に気を付けつつ諌めると、彼女は小さく笑って頭を下げました。

 

「もう一度聞きますね。貴方の周囲に、そういう年上の女性は本当にいないのかしら?」

「私の知る範囲ではいませんね。若いヒトばかりで」

「そう。……それが、貴方の将来の一つの姿ではあるのだけど」

「え」

 

声を上げる私たちに、彼女は小首を傾げます。

 

「このPTの女性は、三十歳を越えると身体形成をして、若さを留めるか、若返らせるヒトが多いの。だから、見かけが三十歳以上の女性は限りなく少ないのよ」

 

彼女の言葉に、記憶のすみに追いやられていた箱が一つ開きます。

それは、過去に引きこもっていた頃のこと。

PTを観察し続け、モザイク街との違いを考えていた時期がありました。

その時に、幾つかの違いがあることに気づいたのですが、その内の一つに、PTにいるヒトたちの外見上の年齢のことがありました。

その気付きが、大分時間がたった今になって裏付けされるとは。

 

「年を取った女性が似合いそうな服がないのは、皆が若い姿に留まって需要がないからなんですね」

「そういうことです」

 

ハリエットさんの発言に彼女は頷き、水を一口飲みました。

 

「外の世界を変えることは難しいけど、自分を変えることは容易です。PTにいる限り、少なくとも外見に関しては、内面を変えるよりずっと楽でしょう。時や場所に合わせて衣服を自在に変えるように、この体も衣服の一つとして考えればいいと思うの」

 

思わず聞き入ってしまうのは、彼女の話し方がヒトを引き付けるものだからでもありますが、それ以上に、私たちの考えとは違った視点で話す内容に、聞き耳を立てずにはいられないのです。

 

「それは理解できます」

 

ハリエットさんは頷き、いつになく冷静さを欠いた状態で身を乗り出します。

 

「仰る通り、自分の体を自在に変えることができれば、きっと楽しいしとても楽だとも思います。でも、自分の欲望のままに自分の体をコロコロ書き換えるなんて、それって違うと思うんです」

「それに、PTに体のデータを渡すってことは、幸福云々のために、私たちの預かり知らぬところで勝手に使われることもありえますよね。それはちょっと抵抗があるかな、と」

 

ちょっとどころか、かなり抵抗はありますが、そこは控えめにしときました。

すると、彼女は深く頷きました。

 

「ええ。わかります。貴方たちがその体に愛着を持ち大切にしていることは、その体を見ればよくわかる。そして、貴方の懸念もね。それを否定するつもりは全くありません」

 

そう言う彼女の目に、表情に、体をまとう空気に、有無を言わさぬモノがあふれていました。

それは、私の直属の上司、上級市民に勝るとも劣らないものです。

 

「でもね、今の貴方たちの外見と言動が、他人からどのように見られ、どのように受け取られるのか。鏡を見て振り返ってみるといいわ」

 

私もハリエットさんも、息を飲んで黙りました。

私たちの言い分は、自分で選択したのに、利益だけ受け取ってその不利益を受け取りたくない愚痴、わがまま、子供の駄々こねです。

もの柔らかな言い方ではありましたが、言外にそれを指摘され、すっかり押し黙る私たちに、彼女は表情を緩めました。

そして困ったように笑い、頭を下げます。

 

「ごめんなさいね。初対面な上に、せっかくの楽しい席でこんなこと言ってしまって。愚痴りたくなる気持ちはわかるのよ。でも、見てはいられなかったし、言わずにはいられなかったの。貴方たちはファッションに関しては市民(私たち)よりずっと恵まれているし、その体もそれぞれとても素敵なのに、背中丸めてどんよりして愚痴愚痴言って、もったいないと思ったら、つい」

「あははー」

 

こういう席でのお小言は、確かに良い印象ではありません。

正直、愚痴くらい言ってもいいじゃんという気持ちもあります。

それでも、言わずにはいられないほど、私達の様子は見苦しく、彼女も思うところがあったということでしょう。

空笑いをおさめ、場の空気を変えることと、彼女の台詞に思うところがあったので尋ねることにしました。

 

「あの、やっぱり市民さんって、年を取ってもずっとその姿のまま固定ですか?」

「ええ」

 

あっさり頷く彼女に、私は前々から疑問に思っていたことを聞くことにしました。

 

「一つ聞きたいんですけど、年を取ることって不幸なことなんですか?」

 

気のせいでしょうか。

彼女の顔が一瞬、無表情になったような気がしましたが、次の瞬間には元の穏やかなものに戻っていました。

 

「何故、そんなことを聞くのかしら?」

「えっと、前々から思っていたことではあるんですけど」

 

私は彼女に説明します。

過去に、この社会をただただ観察し続けたことがあって、その時にモザイク街の人々と比べて、年老いた姿のヒトがとても少ないことに気づいたのは先程触れた通りです。

市民の姿はPT法で定められているとして、なぜ、若い姿のまま固定しているのでしょう。

咎人は年老いることもできるのに、なぜ、若い姿のままのヒトが多いのでしょう。

そう考えた時に、労働するにあたって若い姿のほうが便利だから、最初はそう考えました。

でも、本当にそれだけなのでしょうか。

さらに考えて、もう一つの考えを見つけました。

それは、このPTでは、老いることは不快で不幸なことだと考えられ、それを回避するために身体形成を利用することを皆がやっているからではないか。

そう予想したのです。

 

「ええ、そうよ」

 

私の言葉に彼女は深く頷き、両手の指をゆるく絡めます。

 

「PT法によって、PTに住まう全ての存在に労働は絶対の義務として課されているわ。若く健康であることは、その義務を全うするためにも必要なこと。でも、貴方が指摘したとおり、理由はそれだけではないの」

 

そして、彼女は指をほどくと、その両手をそっと合わせて口元に近づけます。

 

「快楽イコール幸福、という考え方があります。容姿の美しさと若く健康であることは、紛れもなく快楽に属するもの。なら、それらが衰え快楽が減っている状態は、不快であり不幸であると捉えることができる。正直な話、年老いた姿というのは心地よいとは言い難いでしょ。そしてそれを避けようとするのは、ヒトの心の働きとして自然なものだと思うの」

 

胸に手を当て、丁寧に語る彼女。

 

「見た目は大事です。体の保護、礼儀、マナーは当然として、視覚に重きをおくヒトにとって、そのヒトが今までどのように生き、これから外の世界に対して、どのように見られたいのか、どのように生きたいのか、言葉よりも早く雄弁に語るものだから」

 

そして、改めて私達を見つめます。

 

「貴方たちの今の姿は、二十代の女性で、戦場を職場とする咎人か二級市民だということがわかる。貴方たちもそう見られることは承知しているし、周囲もそのように判断する。では、年老いた姿はどうかしら? この社会において、それがどれだけ非常識なことか。貴方たちはそれを承知してなお、老いた姿を周囲に見せる覚悟はあるのかしら?」

 

彼女の指摘に、何も言い返すことができませんでした。

自分の視野の狭さと至らなさ、甘さを改めて突きつけられ、心からがっかりです。

先代のアクセサリが再資源化され、それをきっかけに自立しようと頑張って一年近くが経とうとしていますが、私は今でも、浅はかで愚かなままです。

ふと、ハリエットさんの様子を窺うと、無表情でした。

表情がなくなったその顔は、冷たく整った作り物、まるでアクセサリのように見えます。

でも、一年近く共に戦い、死線をかいくぐってきた私は知っていました。

こういう時の彼女は、滅茶苦茶怒っているのです。

でもその怒りは、どこに向けられているものなのでしょう。

 

「貴方の考えを否定するつもりはありませんよ。ただ、ヒトには様々な見方があって、受け止め方も、受け止めた先の考えに違いがあることも、改めて知ってほしいの」

 

そんなハリエットさんに対し、労るように、慰めるように、小さな子供に言い聞かせるように、彼女は言葉をかけます。

 

「身体形成で老いていく身に抗って、若いままの姿でいることは何も悪いことではないわ。命がけで掴んだ権利で、今も頑張っているのでしょう? なら、ご褒美に自分に優しくしても、楽に楽しく生きてもいいのよ。もちろん、ストイックに生きることを否定しないわ。でも、その選択肢は使わなかったとしても、今は捨てずに残しておいて」

 

そして、微笑みながら私の方を見ます。

 

「貴方の懸念ももっともだけど、優秀な美男美女の咎人や二級市民が多くいる中で、貴方たちが選ばれる可能性は限りなく低いと思わなくて?」

 

彼女の言葉に、思わず叫んで逃げたくなりました。

自意識過剰。

この言葉が、こんなにも相応しい状況があったでしょうか。

ああ、穴があったら入りたい!

そして、その穴をしっかり閉じて、小さく丸くなって引きこもりたい!

でも、その衝動は全ての気力を使ってこらえました。

気力を使い果たし、内心グッタリする私の横で、彼女はさらに言葉を続けます。

 

「でもね、もし貴方たちが老いた姿をさらすことを選択し、周囲の目や言葉に関係なく、姿勢良く前を向いて充実した日々を送っていたのなら、それはとても豊かで美しい姿だと私は思うの」

 

目を細めて笑う彼女。

 

「その姿は、貴方たちの後に続く、今の貴方たちのようなヒトの小さな目標や、そんなヒトたちの受け皿、セーフティネットになるのかもしれない。年老いても失敗しても大丈夫なのだと、安心して前に進むための大切な受け皿。それは、ハナバナしい席に座る人たちと同じくらい、とても大事な存在ではなくて?」

 

話を聞くハリエットさんの顔に表情が戻ってきていましたが、それはあまりに複雑なものでした。

無理やり言葉にするなら、期待、疑心、不安、希望。

私の今の気持ちもほぼ同じなのですが、でも、心にあるどうにもならない覚めきった部分が、思わず口をついて出ました。

 

「夢や未来を語ることはPT法で禁止されていますが」

「さっきから思っていたけど、貴方はとことん現実という地面に足を着けることを忘れないわね」

 

半ば呆れたように言う彼女に、私は肩をすくめます。

 

「空気を読まず、つまらないことを言っているのは百も承知していますよ」

「理想や夢は、スタートにしてゴールだけど、それを実現し、継続可能な状態にするためには、貴方のような存在は必要です。卑下する必要はありませんよ」

 

宥められたようですが、ちょっと想像ができなくて内心で首をかしげます。

それはともかく。

彼女の語ったそれは、まさに夢です。

光に照らされた暖かい夢。

しかし、その夢の実現はとても難しいものであることは、想像に固くありません。

何故なら、

 

「今それをやっているヒト、周囲に見かけませんよね」

「ええ。だって危険で辛いとわかっている道をすすんで選ぶようなヒト、このPTにはいないもの」

 

彼女は笑いましたが、その目は全然笑っていませんでした。

と、私の脳裏にひょっこりと、あるヒトが浮かび上がります。

 

「私の後輩に、ヒトの目も言葉も全く! 気にしない、マイペースでお子様な咎人がいますけどね」

「よりによって、あのバカを例えに出しますか」

 

顔をひきつらせるハリエットさん。

 

「たまに羨ましく思うときがあるんですよ。あの人目も危険も全っ然! 気にしない瞬発力のある性格。私にはないものですから」

「それ、本気で言ってます?」

「たまに、ですよ」

 

理解できないと言わんばかりの彼女の表情。

彼女にしてみれば、ビルさんのお子様な言動に日々振り回され、苦労が絶えずに苦い思いをしているのです。

気持ちはわかります。

私も彼女とともに、彼の尻拭いをしているのですから。

と、私の横でイネスさんが、小さく笑いをこぼしました。

 

「面白い後輩じゃない。視界が狭くて一直線。想像力はあっても現実と結びつけることができない。良い、面白いと思ったら即座に手を伸ばす。人目も危険も顧みない。つまりおバカ。でも、そんな子供のような瞬発力のあるおバカが、あらゆるモノを動かすきっかけを作ると思うの」

 

そして、彼女は微笑みながら私たちを見ました。

 

「貴方たちも好きにおやりなさい。いい子でいることが悪いことだとは思わないけど、貴方たちは正真正銘まだ若いもの。たまに周囲に迷惑をかけるぐらいで丁度いいと思うのよ」

「迷惑って」

「そんな若いヒトの迷惑の尻拭いをし、いざという時に矢面に立つことが大人の役割の一つです。子供のうちにいっぱい失敗して、迷惑かけることを経験しておきなさい」

 

さすがにそこは、安易に返事はできませんでした。

でも、私は思い出します。

先代アクセサリの件では、周囲に多大な迷惑かけていましたし、それ以前も以降も、大小問わず迷惑をかけています。

それでも何とかなって、今の状態に落ち着いているのは、その時に周囲にいた大人の方々のおかげなのです。

迷惑をかけたくないと一人で頑張っているようで、実はそうでもない。

それは、苦くも嬉しい気付きです。

そんな私の気持ちとは裏腹に、ハリエットさんは深く溜め息を吐きます。

 

「大人って大変なんですね」

「そう。大変なんです」

 

言いながら、彼女は朗らかに笑いました。

 

「身体形成をしないのなら、貴方はこの娘(こ)よりさらに子供でいられる時間が限られているわ。生き延びて情報位階権限(コード)を上げることも大事だけど、今後の身の振り方を考える時間も作ったほうがいいかもね」

「そうですね」

 

頷き、苦笑いを浮かべるハリエットさん。

 

「ありがとうございます。別の視点での考えを聞くことができて、自分の考えをもう少し掘り下げられそうです」

「そう言って頂けるのなら、時と場をわきまえずにお小言を言った甲斐もあるってものです。あまり思いつめずに、好きなようにおやりなさい」

 

こうしてこの話は一段落しました。

その後は、三人で食事をしながらファッションのあれそれを話しました。

途中から、オシャレに疎い私に対する公開処刑じみた雰囲気になりましたが、それはまた別の話です。

私にはわからない単語を駆使して、ファッションの話に盛り上がる二人の会話を聞きつつ、唐揚げをモリモリ食べていると、テーブルに置いてある端末のアラームが鳴りました。

 

「今日はここまでのようですね」

 

噛んだ唐揚げを飲み込み、アラームを止めて告げます。

PTの門限、一時間前です。

周囲を見れば、先程の男の市民さんがテーブルで払いを済ませているところでした。

 

「何かあっという間でしたね」

 

そう言ったハリエットさんの表情は、お店に来た時よりも良いものになっていて、私はホッとしました。

何もかもが解決したわけではありません。

でも、ハリエットさんが、不満や不安を存分に吐き出すことができたのは、紛れもなくイネスさんのおかげです。

そして私にとっても、良い刺激となった時間でした。

特に、イネスさんが言っていた、前に進むための小さな目標となる年上のヒト。

失敗しても大丈夫という安心感をもたらす存在。

セーフティネット。

今の私にはできませんし、むしろそういう存在が必要な状態ですが、生き延びて年を重ねることができたら、そういう存在になるのでしょうか。

……実感があまりないのが正直な気持ちです。

 

「あと少ししたら出ましょう。イネスさん、良ければ一緒にPTに戻りませんか。ここら辺は比較的安全な区域ですけど、夜道ですし」

「ありがとう。お言葉に甘えさせて貰いますね」

 

ハリエットさんの申し出にイネスさんは頷くと、お手洗いのため席を離れました。

 

「リュティさん」

「はい、何でしょう」

 

何故か声のトーンを落とし、酷く真面目な表情で声をかけるハリエットさん。

 

「さっきの話ですけど」

「さっき、と言いますと?」

 

彼女はテーブルに肘をついて身をのりだし、さらに真剣な表情で、おまけに小声なのに圧力を感じる声で続けます。

 

「裸のイケメンのお店を案内してくれるって話です」

「え。……ああ! その話ですか」

 

その話、まだ生きていたんですね。

圧倒されつつ、私は笑って頷きました。

 

「いいですよ。今度休みが合ったときにご案内しますから」

「休み合わせますので、是非!」

「わかりました」

「じゃあ今ここで、予定を合わせましょう!」

 

そんなに行きたいんですか。

スケジュールを確認し、来週のこの時間に行くことになりました。

心から嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女に対して悪い気はしないのですが、これでいいのかという疑問がついてきます。

 

「お待たせしました。あら、ハリエットさん、ずいぶんと嬉しそうね」

 

席に戻ってきたイネスさんの言葉に、ハリエットさんは、嘘偽りのないピカピカした笑顔で頷きます。

 

「ええ。戦場を生き延びるための、嬉しい予定ができたんです」

「そう。それはいいことね」

 

笑いあう二人に合わせてニコニコしながら思います。

本当にそれでいいんですか、ハリエットさん。

そして、お勘定をしようとしたところ、イネスさんが既に私たちの分も払ってくれた後でした。

驚き、慌てて彼女にお金を渡そうとしましたが、笑って拒否されました。

 

「お小言のお詫びと、話を聞かせてもらったお礼をしたかったの。気にしないでね」

「ありがとうございます! ご馳走様です!」

 

にっこり笑う彼女に取りつくシマはなく、私たちは揃って彼女に頭を下げました。

イネスさん、とってもいいヒトです!

そして、私はゲンキンです。

店を出ると、通路は私たちと同じような立場の人たちが、ゾロゾロと同じ方向に歩いていました。

私たちもその人の流れに合流し、PTへ向けて歩き始めます。

いつもだったら、移動技術で最短の距離と時間で帰っていますが、たまにはこうしてヒトの流れにそって戻るのも悪くはありません。

会話をする二人の後ろについて歩きながら周囲を見渡したその時、視線を感じました。

今一度確認しますが、さすがに動いているヒト混みでは特定が難しいです。

でも、頭の片隅にある覚めきった部分が冷たく警告します。

間違いなく見られているし、後をつけられている。

誰が? なぜ?

疑問に思いますが、決定的な心当たりは思い付きません。

こういう時、アクセサリがいれば探れるんでしょうけど。

でも、視線に害意はないし、そもそもヒト多過ぎで事は起こしづらいはず。

……様子見しましょう。

そうして歩いていると、ヒトの流れがかなりゆっくりになってきました。

この先、通路が狭くなって流れが詰まりがちになるからです。

 

「今夜はまた混んでいますね」

「前の天罰から復興が大分進んで、街の資源とヒトの心に余裕ができているせいでしょう。別のお店の主人も、天罰以前まで売り上げが回復したと言ってたし、ここら辺もずいぶんとお店が増えたわ」

「この道、拡張すればいいのに」

「色々事情があるみたいよ」

 

ええ、あるんですよ、立派な事情が。

二人の話に乗っかろうとした時、再び視線を感じました。

……あれかな。

人混みの向こうにある、右斜め後ろの建物の影で、ピョンピョンしている小さく不審極まりない人影。

なんてわかりやすい。

男の市民さんで、おまけに見覚えがあります。

前を行く二人に適当な理由をつけて、その場を離れることにしました。

徐々に気配を殺しながら、ヒトの間を通り抜けて路地裏へ。

明かりの乏しい入り組んだ狭い道は、犯罪の温床になる危険な場所です。

個人的には慣れ親しんだ道ですが、油断することなく歩みを進めます。

そして、何事もなく目的地に到着しました。

前方にいるのは、先程の不審な男市民さん。

上手いこと背後へ回り込めました。

気配を完全に殺し、彼と呼吸を合わせて音もなく忍び寄ります。

 

「くそっ。こういう時にこの体は不便極まりない」

 

何ということでしょう。

市民さんがお困りではありませんか。

ならば、すかさず手を差し出し、彼らの力になるのがPTに籍をおく正しい咎人の姿というもの。

 

「肩車をしましょうか?」

「いや、いい。目立つのは困」

 

振り向いた彼は、私を見た途端に固まりました。

私は安心させるべく、膝をついて彼と目線を合わせ、市民さん用の営業スマイルで応じます。

 

「大丈夫ですよ。市民さんなら、私でも肩車できますから。遠慮なさらず、さあ!」

「おっ……、おおおおお痛っ!?」

 

市民さんは驚きの声と共に後ずさろうとして、建物の壁に体をぶつけました。

 

「大丈夫ですか?!」

「何でお前がここに……あれっ? ……ええっ!?」

 

気遣う私に構うことなく、ひたすら驚き、挙動不審に拍車をかける彼。

私は小さく溜め息を吐き、立ち上がりました。

茶番はここまでです。

 

「貴方、先程のお店にもいらっしゃいましたよね」

 

ギクリ、という言葉が聞こえてきそうなほどのオーバーリアクション。

意識して眉をひそめ、不審と疑いの視線を向けます。

 

「市民さんとはいえ、ストーキング行為はいかがなものかと」

「違う! これは監視だ!」

 

動揺から多少は立ち直ったらしい市民さんは、その立場らしい強気で高慢で横柄な態度でキッパリと言い切ります。

しかし私は、さらに大げさに眉をひそめて彼を見ました。

 

「ストーキングするヒトの中には、そんな感じの理由をつけて、行いを正当化しようとするヒトがいると聞いたことが」

「これはPT市民として、PTの秩序と安全を守るための正当な行為だ。情と欲にまみれた薄汚いストーキング行為と一緒にするな!」

 

熱弁をふるう市民さん。

モノは言い様です。

 

「そうですか。ところで、貴方はどちら様ですか?」

「何故、咎人ごときに個人情報を教えなきゃならんのだ」

 

鼻をならしてそっぽを向く市民さん。

彼らの立場からしてみれば、当然の反応です。

 

「では、誰をストーキングしてたんですか?」

「だから、 ストーキングじゃないと言っているだろう!」

「イネスさんですか?」

 

これまた分かりやすく表情を強ばらせる市民さん。

誰もが認めるであろう、クールで華やかな美人、ハリエットさんの可能性も否定はしませんが、彼の立場ならイネスさんが一番の有力候補です。

両手を腰にあて、再び眉をグッと寄せます。

 

「何でまたそんな下世話なことを」

「下世話言うな! さっきも言っただろ、PTの秩序と安全を守るための監視なんだよ」

「それって、イネスさんに反PT的な思想なり言動なりがあるってことですか」

「そうだ!」

 

キッパリと頷く市民さん。

ずいぶんと自信がおありのようですが、私は思わず首を傾げます。

 

「でも、先程ご一緒した時は、そんな様子はなかったような」

「フン! あのメギツネがそうそう正体を明かすものか」

「メギツネ?」

「悪賢い女のことだ!」

 

そう言うと彼は、聞いてもいないのに語り始めました。

彼とイネスさんは同期らしく、今でこそ多少は落ち着いたものの、若い頃は彼女の破天荒な言動に振り回され、その尻拭いをすることが多かったのだとか。

その最たるものが、彼女の無茶に巻き込まれた際に、今のPTに一緒に拉致られたことだそうです。

おまけに、服飾関係でPTの上層部とやりあうことも多かったらしく、せっかく上級市民になっても、PT法はもとより、周囲の妬みややっかみ、組織の力学などが影響して彼女は一般市民へと降格。

彼もそのとばっちりで別の部署に降格異動。

今に至るとのことです。

PT法にとらわれない、無軌道とも言える彼女の振る舞い。

彼の話は、多少の色づけはあるでしょう。

しかし、

 

『好きなようにおやりなさい』

 

彼女が繰り返し言ったあの言葉は、彼の話した彼女の生き様そのものです。

そして私は、この男市民さんにいたく共感し、一方的に親近感を持ちました。

屈んで彼に目線を合わせます。

 

「大変だったんですね」

 

両手を胸の前に握り、深くうなずきます。

 

「本っ当によくわかりますよ、その状況」

 

言いつつ脳裏には、例の借金取りさんと後輩が、両手をあげて元気にウェイウェーイしている様が思い浮かび、即座に頭から叩き出しました。

そんな私に対し、男市民さんは苦々しい表情で溜め息を吐き、

 

「年若い咎人に、私の何十年の苦労をわかってたまるか」

 

そう吐き捨てました。

彼女への恨み辛みを、初対面の若く愚かな咎人相手にこぼすあたり、彼も相当たまっているのでしょう。

で、あるならばです。

 

「思ったんですけど、その疑いがあるのなら、専門の部署に通報して動いてもらった方がいいのでは?」

 

ぶっちゃけ彼の尾行は、素人に毛が生えた程度のもの。

彼も市民のいう立場上、モザイク街を一人でうろつくのは、昼夜関係なく危険なことです。

先代アクセサリの言葉を借りるなら『モチはモチヤ』。

単語自体の意味は不明ですが、物事はそれぞれその道の専門家に任せるのがよい、という意味だったと思います。

 

「いや」

 

私の提案に、彼は慌てたように首を横に振りました。

 

「彼らに動いてもらうまでもない。私が水際で食い止めて、いよいよ手に負えなくなったら通報する。あれも最近は大人しくなってきたしな。うん」

 

私から目をそらし、しどろもどろにいう彼に、彼の彼女に対する拗れた思いを感じました。

クサレ縁、ですかね。

 

「なら、今日のところはPTに戻りましょう。時間も時間ですし」

 

立ち話でそこそこの時間が経っていました。

イネスさんたちは、既にここから見えなくなっている上に、さっさとこの場から離れた方がいい事情があるのですが。

 

「何故貴様に指図されなきゃならんのだ」

 

不快げに顔を歪める拗らせ市民さん。

あーもう、こんな時に持ち前の気難しさを発揮しなくてもいいでしょうに。

溜め息を吐きたくなる気持ちをグッとこらえ、私は笑顔で応じ続けます。

 

「まあまあ、愚痴でも何でも聞きますから。ね」

「だから、何で貴様と一緒に帰ることになっているんだ」

「夜道で危険だからですよ。市民さんを守るのは咎人の大切なお仕事です。だってほら、ストーキングされる可能性もありますし」

「ストーキングじゃないと言っとるだろうが!」

「そうだ。安全のためとはいえ抱えるのは搬送じみて嫌でしょうから、肩車をして帰りましょう。ご遠慮なさらず、さあ!」

「何で肩車が出てきて、貴様もやる気満々なんだ。普通に歩いて帰ればいいだろうが」

 

その時、私の耳に周囲の雑音とは別に、覚えのある足音が二つ聞こえてきました。

そして近づいてくる面倒くさい気配。

遅かったか。

気配から目をそらし、次に来るであろう事態に備えます。

周囲が一瞬白く染まり、薄暗い路地が明るく灯りました。

 

「貴様ら何をしている」

 

威圧感のある厳しい声。

携帯用のウィルオー灯の向こうにいるのは、赤づくめの服の男のヒトと、標準監視通信機器をつけた男型のアクセサリ。

安全保障局警邏部警邏二課、俗にいう赤服です。

 

「な、何で安全保障局がここに──」

「質問に答えろ。ここで何をしている」

 

一瞬でも視界を奪われた上に、最も遭遇をしたくない存在の登場に、思いっきり動揺する市民さんですが、私は理由を知っていました。

実はこの周辺、赤服さんたちの警ら重点地域なんです。

この辺りの道が狭いのも、ここでモザイク街に来ているPT所属のヒトたちを、まとめてチェックするためだそうで。

彼らの仕掛けた監視カメラも多く存在し、旧時代でいうなら『検問』のような場所なのだと、借金取りさんから聞きました。

そんな場所の夜の路地裏で、市民と咎人が立ち話をしていたら赤服さんたちが怪しむの当然でして。

だから、急いでこの場を離れたかったんですけどね。

すかさず市民さんの前に立ち、虚実交えつつ言い訳を開始。

大事にしたくない市民さんもそれに乗ってくれましたが、結局、何だかんだで理由をつけられ、こってり絞られること一時間。

ほんの少しの刑期を手土産に持たされ、赤服さんから解放されました。

一緒に帰ることになった拗らせ市民さん──取り調べの際に聞いた名前はロバートさん。服飾支給課の課長さんだそうです──の、愚痴と罵詈雑言を適当に聞き流し、PTへと戻った頃には、いつもの就寝時間を大きく過ぎていました。

独房へ戻った私を待っていたのは、待機していたアクセサリさんのお小言です。

やっぱりそれも適当に返事をしながら聞き流し、ありあわせの資源で刑期をゼロに戻しました。

その後はいつもどおりの夜の用事を済ませ、さあ寝ようとした時です。

 

「ミーティア」

 

黒いフルフェイスを被った女型のアクセサリさんの呼びかけに、顔をそちらに向けます。

 

「はい、何ですか」

「安全保障局より、緊急の通達です」

「こんな時間にですか」

「はい」

 

自分の顔が険しくなるのがわかります。

こんな深夜に突然来るお知らせが、良いものであるわけがありません。

と、壁面のディスプレイが切り替わりました。

ディスプレイが黒く染まり、赤く縁取られた注意喚起の白い文字。

 

次回の「天罰発生条件」が判明。

 

「我々のPTも、天罰の対象に含まれており、近日中に天罰が発生する可能性は極めて大です。今から抗戦の準備を進めることを強く推奨します」

 

そのお知らせは、いつもより浮き足立っていた自分の心を一気に冷静なものにしました。

ならば、尚更体調を整えるためにも寝なければ。

即、消灯。

疲れていたこともあり、すぐに眠りに落ちました。




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
今回は、意識の高いお節介な市民さんと、彼女とは長年の付き合いになる拗らせ市民さんが登場しました。
説教じみたことを書くのはどうかとは思ったのですが、経験値が足りない主人公にとって、新たな気づきと別視点を得るための苦い薬となるべく語っていただきました。
次回も登場します。

さて、今回の話では衣服の話から一歩踏み込んで身体形成の話に触れました。
キャラクタークリエイトできるゲームでは、途中でキャラクターの容姿を自在に変更できる仕様は必要不可欠ではありますが、それをゲーム内の世界観に取り込んでいるところが、このゲームならではの特徴であると思います。
ただ、この身体形成もゲーム内、及び設定資料集でも説明が足りない部分があり、自信をもってこうです! と言えない部分があります。
この物語では、ゲーム内のキャラクターの台詞やスピンオフ小説、開発者のコメントをもとに、身体形成がらみの事柄を以下のように捉えて話を進めています。

・死を克服できていない。
・容姿は不老、もしくはそれに近いものが実現できるが、身体機能においては経年劣化が発生する。
・身体機能の経年劣化、再生不可能な部位の損傷については、身体形成では回復、再生はできない。もしくはとても難しい。
・一般市民は姿は、生涯固定。
・上級市民は仕事の内容次第で自在に選択可能。老いることも可能。もしかしたら、咎人よりもより自在に変化可能かも。ただし、安全保障局勤務(赤服)の場合、選べる容姿に制限あり。
・咎人はゲーム内の身体形成ができる範囲で変更可能。

ゲーム内では盲いた市民がいて、彼の台詞は年輩の方をようでしたし、年を取り膝を痛めてもう無理はできないという咎人もいました。
スピンオフ小説では、杖をついた年輩の上級市民がいましたし、貢献ガールの件でボイド君に無理難題を押し付ける上司が、ハゲ頭の年輩の男性でした。
とはいえ、読み込みや考察も足りず、記憶違いや解釈の違いもあるでしょう。
なので、この話を書いたおたんこなすは、このように捉えているんだなと、広い心でお読みいただければと思います。
ただ思ったのですが、私が別に書いている男咎人の話において、度々ネタにして触れている髪の毛のこと。
もしこの解釈通りだとするなら、このゲームの世界においても髪の毛の悩みは克服できておらず、現実において髪の毛に悩む皆様におかれましては、資源が足りないだの、PT法だの、ディストピアだのいう以前に、夢も希望もないノーフューチャーな世知辛い世界であるようです。
現実世界の医療、再生技術は、確実に進歩しています。
現実の技術が、このゲーム内の世界の技術をいち早く越えることを願いつつ、第三話のあとがきにて、お会いしましょう。
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