ありきたりな女たちの見かけの話   作:小栗チカ

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人は一般的に、内容よりも外見で判断する。
内面を判断できる洞察力をもつ者はまれである。
ニッコロ・マキャヴェッリ


第三話

そして翌朝。

トレーニングのためにモザイク街へ出た私は、一通りのコースを走り終え、いつもの広場へ戻ってきました。

置物のように待機していたアクセサリさんから、水とタオルを受け取ります。

汗をふきながら広場を見渡せば、いつもよりヒトの往来があり、おまけに緊張感に満ちたものになっていました。

近日中に天罰が起こることがわかり、それに対抗するための準備を、安全保障局の指導のもと行われているためです。

ランニング中に見たモザイク街も、どこから伝わったのか、常よりもヒトが多く起きていて、避難を始めるヒトも見受けられました。

PTは、モザイク街を守ることはしませんから。

ですが、そのどちらの場所でも、いつもの日常を送っている人々も見受けられました。

私もその一人です。

毎日行っていたランニングは、直属の上司から注意を受けて週三日に減らしていますが、調整のためのトレーニングは欠かさずに行っています。

戦いのために体を鍛えることもそうですが、一番の理由は、外に出て体を動かすことが好きだからです。

難しいこと考える必要ないし、自分の思う通りに体を動かせることは、嬉しいし楽しいことですから。

水を飲んで戻ろうとしたところで、視線を感じてそちらに目を向けます。

焚き火前に、イネスさんがにっこり笑って小さく手を振っていました。

彼女の元へ向かおうとして、アクセサリさんの存在に気づきます。

先に独房へ戻ってもらい、改めて彼女の元へと向かいました。

 

「おはようございます」

「おはよう。朝から頑張っているわね。いつもやっているの?」

「ランニングは週三ですけど、トレーニング自体はメニューを変えて毎日です」

「そう。その体になるのも納得ね」

 

私の全身を見て、彼女は笑いました。

ですが、私は気がかりなことがあって思わず眉を寄せます。

 

「あの、大丈夫なんですか?」

「え? ああ、天罰のことね。だからこそ、今のうちに外の空気を吸いに来たのよ。あともう少ししたら戻るわ」

 

この広場なら、例え今天罰が来ても、すぐにPTへ戻れるし大丈夫かな。

挨拶をして、一足先に戻ろうとして、

 

「ミーティアさん」

 

彼女に声をかけられました。

 

「はい、何でしょう」

「昨日の話、貴方は装身具の類いは身につけないって話、したでしょ」

「……ええ、しましたね」

 

昨日の食事会の席で、その話題があがりまして。

私は、そういう小道具は持っていません、という話をしたのです。

そういう類いのもの、仮に身に付けたとしても、邪魔になってはずしてそのまま忘れて、ウィルオードライブなり独房の倉庫の片隅で無駄資源になることは容易く想像がつきますから、と。

そう話したら、ハリエットさんと二人で、ありえないだの、だからビルにオシャレ杜撰バンチョー言われるんですだの、まあ貴方そんなこと言われて悔しくないの? もっとオシャレに関心を持ちなさいだの、言いたい放題言われたのです。

 

「そういうのって、やっぱり身に付けたほうがいいですか?」

「オシャレは、自分の欲求を満たすものであると同時にマナーです。相手に綺麗に見せたい、心地よくしたいと自発的にするものであって、義務や押し付けでするものではありません。大切な相手に対して心地よい身なりをしていれば、それで十分なのよ」

 

イネスさんは笑います。

 

「ただ、せっかく女性という性を選択しているのだから、もう少し色があってもいいと思ったの。例えばリップ。その色もよく似合っているけど、もう一本、別の色も持っていると、オシャレが楽しくなると思って」

「例えばどんな色ですか?」

「そうねぇ。……キミの赤とか」

「キミの赤?」

 

赤と言うだけで、何かキッツいイメージがあるのですが。

思いがそのまま顔に出てしまったようで、彼女は笑って首を振ります。

 

「真っ赤ではないわよ。黄色の入った赤のこと」

「ああ、黄みの赤」

「そう。皆がイメージする真っ赤は、ハリエットさんには抜群に似合うけど、貴方の肌色では浮いてしまうわ。でもオレンジ寄りのツヤのあるものなら、貴方には似合うと思うし抵抗も少ないと思う」

「はあ」

 

何か想像がつきませんね。

すると、彼女は両ひじを抱えるようにして腕を組みました。

 

「目が見える以上、どうしても物事の判断を視覚に頼ってしまうのは仕方のないこと。なら、逆にそれを利用するの。赤は活気と自信、色気を印象づける色。元気になりたい時、勝負をしたい時、自分だけでなく周囲にもそう印象づけたい時につけると、その助けになるわよ」

「そういうものですか」

「そういうものです。下手なモノをつけるより、グッと華やかになるわよ。ただし」

「ただし?」

「赤いリップ基本、男性受けは良くないお色です」

 

イタズラっぽい笑顔を浮かべるイネスさん。

 

「刺激的で攻撃的でエネルギッシュなお色でもあるから、男性に限らず、パワーダウンしているヒトを圧倒してしまうのよ」

「なんだか難しそうな色ですね」

「ええ。そもそも、貴方のような年若いお嬢さんには派手に見えてしまうこともあるから、敬遠されがちね」

「なぜ若いヒトは派手に見えるんですか?」

 

するとイネスさんは、手袋に包まれた右手の人差し指をピッと立てました。

 

「お肌が若々しくて明るいからです。明るいものに強いものを重ねたらくどいでしょ。むしろ、年をとってくすんできたお肌にこそ似合う色なの」

 

そう言うと、イネスさんは私に目配せをして背を向けました。

そして数歩歩き、鉄柵の向こうに広がるモザイク街を見渡します。

私もそれに続き、少し距離をおいて彼女の左斜め後ろに立ちました。

 

「貴方は言ったわね。年老いることは不幸なことなのかと」

「はい。イネスさんは、快楽を基準にするなら不幸なことだと仰いましたよね」

「ええ。いつまでも若く健康でありたいと願うヒトは、この街でも大半でしょう。では、身体形成のような技術が普及しきれていないこの街のヒトたちは、不幸なのかしら」

「それは……快楽を基準にするなら、その量が少ないわけですから不幸だと思います。でも、それがなくても充実した日々を過ごせるヒトはいると思います」

 

モザイク街のヒトたちが、いつも笑顔で過ごしているわけではありません。

私が子供の頃に過ごした場所は、むしろ悲惨極まりないことの方が多かったくらいです。

それでも、ささいな時間と場所で、怒りや悲しみ、憎しみ、恐怖以外の感情も確かに存在していました。

PTに所属するヒトたちより快楽の量が少なかったとしても、充実した日々を過ごすことはできると思うのです。

だって、彼らはそれ以上の幸せを知らないから。

仮に知っても、手に届かないとわかっているから、現実でできる範囲で、試行錯誤と創意工夫をするだけなのです。

 

「そうね。……身体形成はね、美容という側面に限って言うなら、若さと美しさという快楽を、時間をかけず効率的に多く得ることができる便利な技術なの。快楽イコール幸福であるのなら、間違いなく幸福を生む技術よ。でも、その技術の恩恵に預かれないこの街のヒト、特に年を重ねた女性の姿を見るたびに本当にそうなのかしらと、疑問に思うことがあるのよ」

 

思わず息をのみ、さりげなく周囲を見渡します。

これはちょっとPT法的に、かなり黒に近い灰色な発言だと思ったのです。

幸いなことに、周囲に私たちを気にするような暇人はいませんでした。

 

「身体形成を否定しているわけではないですよね」

「もちろん。その選択肢があって、使いたいと思うなら使えばいい。でも、この快楽が得られなくなってしまった時のことを考えると、色々と思うところはあるし、何より、不快や不幸に抗うことが、必ずしも幸福を生むとは限らないと思わなくて?」

 

彼女の言葉に、ある直感が働きます。

根拠などありませんでしたが、それは間違いではないだろうという確信がありました。

 

「イネスさんは、年を取りたいんですか?」

「直球ねぇ」

「分かりやすいのが好きなんです。イネスさんはお嫌いですか?」

「時に遊びも欲しくなるけど、基本は好きですよ。ええそうね、年を取りたいわね」

 

苦笑いを浮かべつつ頷くイネスさん。

 

「年齢と共に変化する体に合わせて、オシャレも変わっていくって、とても楽しいじゃない。それに私、飽きっぽいから、ずっと同じなのは苦痛なのよね」

 

屈託なく笑う彼女に、彼女の同期の拗らせ市民、ロバートさんの話を思い出しました。

彼はイネスさんを、反PT思想をもった危険人物なのだと言っていました。

でも私は、やっぱりそうは思えなくて。

彼女は、決してPTの思想を否定しているわけではなく、変化と多彩さ求め、選択肢を増やすことを大切にしているだけのような気がします。

ですがそんな考えは、PTの思想を最上とし、現状維持と安定を求めるヒトにとっては、不穏で不安な危険なヒトと思われても仕方ないかもです。

 

「ああ、嫌ねぇ」

 

よく磨いたの鉄のような色の髪を撫で付け、ため息をこぼす彼女。

 

「気を抜くとお小言言ったり、聞いてもいないのに語っちゃったり。若い頃は、こんなオバサンにだけはなりたくないって思っていたのにね」

「私もそうなるんでしょうか」

「貴方が大人になることを選ぶのなら、必ずそうなります」

「……大人になることって選べるんですか?」

「ええ。外側は若いままでいられるんですもの。PTにいる限り、PT法に違反さえしなければ、中身が子供だろうが大人だろうが、何も問題はないわ」

 

こちらを向き、あっさりと言う彼女。

 

「大人になるってことは、若いヒトの尻拭いをしながら、ジジイやババアと言われて疎まれて、勝負して負けて、憐れまれることが最終目標よ。嫌われ役で汚れ役なの。だから、なりたくなければならなくてもいいのよ」

 

彼女の口元には笑みが浮かんだままですが、その目は全然笑っていませんでした。

メチャクチャ恐いです。

 

「汚れ役や嫌われ役をせず、リスクを背負う覚悟もせず、不幸を何かのせいにして、無責任に子供のままで生きていくほうが、ずっと楽ですものね」

 

ああ、心当たりがありすぎて胸が痛い。

 

「それもまた立派な選択肢だから、否定はしません。でも、大人になるヒトがいなければ、あらゆることが成長も変化もせずに止まってしまうわ。先に産まれ、長く存在するものが必ず勝つ世界なんて、つまらないでしょう」

「そうかもですけど。……大人って、大変なんですね」

 

ハリエットさんも言っていた言葉を、私もまた口にしました。

 

「貴方はまだ、大人に迷惑をかけ、大人と戦うお年頃。チヤホヤされている今のうちに、好きなようにおやりなさいというお話です」

 

思わず腰が引けた私に、イネスさんはおかしそうに笑いながら言いました。

 

「大人だって、ただでは負けてやりませんよ。自分の子供でもない目障りな若者は、全力で叩きのめしに行きます。それでもめげずに戦って私たちを越えたときに、きっとこう言うわ。『ああ、あんなに頼りなくてお子ちゃまだった貴方が、こんなにも強く立派になっちゃって。凄いわねー。良かったわねー』って」

「……また語っちゃってますよ」

「あらやだ。いよいよ私も極まってきたのかしら」

「それに」

 

一瞬ためらい、でも勇気を出して素直な気持ちを伝えることにしました。

 

「何かその言葉、言い方のせいかもですけど、ちょっぴりイラッとしました」

 

失礼とも言える私の言葉に、彼女は逞しく強かに、そして心から楽しそうな笑顔を浮かべました。

 

「これが大人のお作法の一つです。その調子で大人と戦って、いつか越える時が来たら、ぜひ言わせて下さいね」

 

十代の少女の顔にらしからぬその笑顔に、年を重ねた女性の顔が浮かびました。

言うまでもなく錯覚です。

でも、その笑顔はとてもいいもので、思わず目を見張りました。

何故、そう思ったのでしょう。

すぐに答えは出そうになかったので、頭の奥に閉まっておくことにしました。

 

イネスさんと別れてPTに戻り、体を拭いてご飯を食べ終えた後、後輩三人とセルガーデンで合流。

天罰に向けてのミーティングを行います。

オリビエさん以外、他の二人は咎人として武器を持ち、天罰に挑むのは初めてのことになります。

特にハリエットさんは、去年以前の記憶を一切なくしているので、人生初の天罰になるわけです。

 

「さすがにちょっと不安ですね」

 

前回の天罰の映像を見るハリエットさんの表情は、いつもと比べて余裕がありません。

 

「日頃のボランティアの通りに動くことができれば、少なくとも生きて帰ることはできますよ」

「しかし、それを許してくれるようなタマじゃないだろう。奴等は」

 

私の言葉に、三人の中で唯一、天罰での戦闘経験のある──とはいっても前回のみですが──オリビエさんが、備え付けのディスプレイ画面を睨みながら言いました。

そこには、固い上に無限増殖すると噂の天兵と、咎人が交戦する様子が映っています。

 

「ええ。アブダクターにも天兵にも共通して言えることは、タフで火力が半端ないことです。交戦することになったら、必ず一体ずつ複数人で戦い、その一体を確実に仕留めること。単独での行動は厳に慎んで下さい。単独になった時点でやられたら、ほぼリスポーンです」

「激戦で蘇生する間もないからな」

「はい。最悪の場合」

「ロストかー」

 

頭の後ろで両手を組んで、茶化したようにいうビルさん。

でも、その浅黒い顔に浮かぶ表情に、いつもの能天気さはありませんでした。

天罰自体の経験はあるので、その苛烈さはよく理解できている上に、彼の家族はモザイク街に住んでいます。

自分だけならまだしも、大切な守りたいものが巻き添えになる可能性があるわけですから、真剣になるのも当然でしょう。

その時、頭の片隅の醒めた部分──心の奥深くにいつもいる、痩せ細った薄汚い子供の私です──が囁きました。

ハリエットさんが、やらかす可能性がある。

まさか。

即座に否定するものの、戦場に絶対という言葉はありえませんし、ましてや彼女は初めての天罰です。

……ならば。

 

「オリビエさん」

 

隣にいる彼に声をかけると、彼はこちらを向きました。

 

「天罰の際、ハリエットさんについてあげて下さい。ハリエットさんはオリビエさんの指示に従うように」

「了解」

 

私が付いてもいいのですが、ここはオリビエさんにリードしてもらうことにします。

彼、ある程度の責任のある仕事を任せた方が良い動きをすることを、この一年ほどの経験でわかっていたからです。

 

「はいはーい! 俺は俺はー?」

 

すかさず手をあげて聞くビルさん。

聞くまでもないでしょうに。

私は笑顔を浮かべて、ビルさんを見ました。

 

「私と一緒ですよー。何かご不満でもおありですかー?」

「メッソウもありません!」

「いいですかー。ちゃーんと私の言うことを聞いて行動してくださいねー」

「センパーファイ!」

「そういうのはいいですからねー」

「イエスマム!」

「……その呼び方はやめましょうね」

「アイマム!」

 

このテンションの高さ、緊張している証拠です。

こんなやり取りで緊張が少しでもほぐれるのなら、いくらでも付き合いますとも。

ミーティングを終えた後は、そのままセルガーデンで模擬戦闘を行い、所持品や兵装のチェックなど抜かりなく行いました。

いつでもかかってこーい、な気持ちでPT内で待機していましたが、結局この日、天罰は起こらなかったのでした。

 

◆

 

天罰が予告されてから二日目。

私と後輩三人組は、PTから少し離れたジオフロントで、安全保障局から急遽発行されたボランティアを行っておりました。

お相手は四脚と二脚が一体ずつ。

一年前の三人組は、四脚相手にみんなして逃げ惑い、力みすぎたオリビエさんがアクセサリ共々吹っ飛ばされたなんてこともありました。

ですが今は、四人と四体でキチンと連携し戦うことができています。

特に、スタンドプレーが多く危なっかしかったオリビエさんの精神的な成長は、上級市民も驚く目覚ましいものがありました。

そうして一方が大きな成長を遂げたかと思えば。

 

『キャー! 敵に捕まったわー! ヘルプ! ヘルプミー!』

 

四脚の鳥篭(ケージ)を破壊したと思いきや、ダウンしたスキにそこに乗り込んで、市民ごっこを始めるビルさん。

 

『ちょっとビル! そういう遊びはいらないっていつも言ってるでしょ!』

『えー』

『今日は天罰を想定して戦えと言っただろうが。いいからさっさと降りろ!』

『へーい』

 

彼、集中力にムラがある点が、なかなか改善できずにいました。

上手いことハマると、他の二人以上のパフォーマンスを発揮するのですが、安定には程遠く、どうしたものかと頭を悩ませる日々です。

 

「ビルさーん、ゲンコツとデコピンどちらがいいですかー。両方ですね、OKでーす。次やったら覚悟してくださいねー」

『アイマム!』

 

罰をちらつかせなきゃ言うことを聞かせられない辺り、私もまだまだだなあ。

ともあれ、貢献活動自体はつつがなく終了しました。

時間はそろそろお昼になろうかという頃。

手持ちのアリサカをウィルオードライブに納め、帰投準備を始めます。

借金返済のための素材集めは、先程のアブダクター二体で賄えましたが、ふと、昨日のイネスさんの話を思い出しました。

オシャレ用の貯金をしようかな。

借金返済と夕飯代の確保が最優先ですが、今のような余裕のある時にこそ、やっておくべきなのでしょう。

そうして一歩踏み出したとき、全身の毛が一斉に逆立つような感覚が。

さらに、全身を押さえ込み呼吸すらままならなくなりそうな圧力。

その圧力を振り切り、空を見上げようとしてやめました。

ここはジオフロント。

地上のことは我関せずのいつもの青空は、今いる場所では見えません。

ですが、この圧力と、音をたてて地下を吹き抜ける、生温い風に混ざった独特の臭いは──。

 

『ビル?』

『どうした?』

『や、何か、マジヤベー感じがしてさ』

 

どうやらビルさんは、異変を感じたようです。

素質という持ち物は高性能なのに、本人が意識的に使うことができずにいるのは、本当にもったいないです。

しかし今は、それどころではありません。

 

「皆さん、すぐに集合して下さい。アクセサリさん、護送車はいつ頃到着しますか?」

「後十分程で到着の予定です」

 

言葉を返そうとしたその時、アラートと共に、建物の外壁に備わった大型ディスプレイと、目の前の視界に浮かぶ赤い文字。

 

『天罰発生中。六月二十六日十一時四十九分更新』

 

◆

 

護送車で作戦の目的地へ向かう最中、アクセサリさんと、安全保障局所属の直属の上司グスタフさんから伝えられた情報は、いずれも厳しいものでした。

PTの南西の空に突如として現れた天獄の皆様は、数と火力にものを言わせてPTの外壁まで押し迫っていること。

特にディオーネの数が想定以上に多く、外壁を突破するのは時間の問題だろうと、険しい声音で語りました。

それを踏まえての私たちに下った命令は、PTの近隣にある放置市街区域での、敵の排除と戦線の維持。

現地では二チームが対応中で、準備完了次第、もう何チームかを派遣するとのことですが、さてどうなりますか。

大規模の作戦行動ということで、チームごとにフォネティックコードが振られました。

振られたコード名はジャックで、しかもハリエットさんはジャックフォウア。

なんの因縁でしょうね。

檄と共に上司からの通信が切れ、車内は沈黙に包まれました。

一年前ほど前の私なら、怖じ気づいてカチカチになっていたことでしょう。

でも、今の私には守り導く存在がいます。

ですから、怖じ気づく気持ちをも燃料にして、声帯を引き締め、拳を握り、緊張し強ばる後輩たちを見渡します。

 

「はい、皆さん注目です。予告どおり、天罰が来ましたね。昨日のミーティングでも言いましたが、単独行動は絶対に慎むように。先程のボランティア同様、皆で連携して行動するようにしてください」

 

そうして幾つかの確認と注意点を伝えます。

 

「今までも言ってきましたし、これからも言い続けますが、例えどんなことがあろうとも、生きて帰ることを決して諦めないように。そのために、いつもどおりのことを行いましょう。ビルさん言えますか?」

「自分の身の安全をまず確保する!」

「そうです。ケガをせず、リスポーンせず、五体満足で生き続ける限り、それが誰かのフォローになります。焦らず、しぶとく、粘り強く、恐れをもって戦いましょう」

「恐れをもつ?」

 

怪訝な顔をするビルさんに、ふと、子供の頃の自分が重なりました。

ああ、あれはいつのことだったか。

そう、ストリートギャングにいた頃です。

ギャングでの最初の仕事の際に、リーダーに戦いの心構えをいくつか教えてもらったことがありました。

これは、その教えの一つで、ビルさんと同じ問いかけを私もしたのです。

でも、何でこんな時に思い出すんでしょう。

……こんな時だからなのでしょうね。

 

「ええ。そうですよ」

 

だから私は、その時のリーダーの言葉を、在り方をトレースしつつ頷きます。

 

「恐れを知らない、恐れを持たない敵は、力押しで突っ込んでくるただの的です。殺すのは容易い。しかしそれは、私たちも同じです」

 

そして、後輩たちを、その向こうにいる子供の私を、しっかりと見据えました。

 

「恐れに振り回されるのは論外ですが、恐れを失った時点で、恐れを熟知し利用できる戦士に必ず殺されます。それを今日この時、生きて、学ぶことにしましょう」

「ミーティア。間もなく作戦区域に到着します」

「了解です」

 

アクセサリさんの報告に、私は頷きます。

 

「では皆さん、よろしくお願いします」

 

こうして私にとっては約一年ぶりの、しかし、一年前とは明らかに状況が変わった天罰が始まりました。




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
今回は、引き続き身体形成のことと、そこからもう少し踏み込んで大人になるということを、お節介な女市民さんを通して触れています。

古今東西の物語で触れられることが多い、大人になるというテーマですが、奥が深いですね。
話が全然まとまらず、前回の話同様、書き上げるのにかなり時間がかかった話です。
運転免許をとっても、しばらくは初心者マークを付けて走るドライバーのように、大人になることもまた、数多の時間と経験が必要なのでしょう。
この物語の登場人物たちの多くは、初心者マークをつけたドライバーのようなもの。
初心者マークが取れた後こそ、本当の意味で試される時を迎えるのでしょうね。

さて、次回は天罰の話となります。
またこの場でお会いできれば幸いです。
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