ウマ娘 プリティーダービー 〜レース前には欠かせない存在〜 作:てこの原理こそ最強
BNW駅伝企画のことはすぐに学園中に広まった
「先生。今いいか?」
「どうぞー」
いつも通りメディカルルームで仕事をしていると昼休みにハヤヒデがやってきた
「失礼する」
「どうされました?」
「例の企画のことなんだが」
「あぁ、今学園中がそのことで持ちきりですね」
「あぁ。嬉しいことではあるのだが」
「何か思うことがあるんですね」
「ふっ本当に先生には敵わないな」
「君達のことも長く見てきたつもりですからね」
「そうか、そうだったな。私自身はこの企画賛成なんだ。私はどんなときでもあの二人と走りたいと思っている。しかしチケットとタイシンがな」
「乗り気ではないと」
「どうもそうらしい。スペシャルウィーク達が必死に勧誘してくれているのだが流されてしまうみたいだ」
「何かあったか心当たりは?」
「わからないんだ。私もなぜこんなことになったのか」
ハヤヒデは悲しい顔で俯いてしまう
「そのことに関してはウィニングチケットさんとナリタタイシンさん自身に聞いてみないとわからないですね」
「そうか。先生でもわからないことがあるのだな」
「それはそうです。自分は知っていることしかわかりませんから」
「どこかで聞いたことあるようなセリフだな」
「気のせいでしょう」
気のせいだ。うんそうだ気のせいだ。それしか考えられない
「それにビワハヤヒデさん、君は聞く人を間違っている」
「というと?」
「原因がわからないと言うならなぜ本人に聞かないんです?」
「っ!それは...」
「直接聞きづらいというのもわかりますが、聞いてみないとわからないことだってあります」
「しかし...」
「まぁまだ時間はあります。それに実行委員であるスピカのメンバーが動いてくれてるんです。何かしら変化があるかもしれない。もう少し待ってみたらいいんじゃないですか」
「そうだな。ありがとう先生」
「いいえ。考え込みすぎないように」
ハヤヒデはいつもの調子を戻さないうちに部屋を出ようとする
「ビワハヤヒデさん、二人を信じて待ってみてください。いつもそうだったでしょ?」
「っ!」
「それに本当にどうしようもないときはまた来てください。自分に出来ることならなんでもします」
その言葉を聞いて最後には笑顔に戻ってくれたハヤヒデは出て行った
ハヤヒデから相談を受けてわずか二日でウイニングチケットの説得は成功したようで校舎に大々的に垂れ幕で勧誘を行っていた
ウイニングチケットは純朴で素直で感情むき出しのウマ娘で喜ぶときも悲しむときも全力で感情表現をし、何にでもすぐに感動してしまう。底抜けのお人よしであり、誰でもすぐに信頼してしまう。人間ならば犯罪に注意してほしいところだ
「あとはタイシンか」
ナリタタイシンは小柄で華奢、つっけんどんな態度のウマ娘。構われるのが苦手で、人けのない場所に一人でいることが多い。そしてネガティブな考えをしてしまうウマ娘でもある。しかしそのことを誰にも言えず一人で抱え込むことがよくあることにオレ自身も心配している
「先生」
「ブライアンさん」
「ちょっといいか」
「どうされました?」
急に現れたブライアンが深刻な顔をして伝えてきたのはタイシンが引退を考えていると発言したことだった
「それは穏やかじゃないですね」
「あぁ」
「しかし引退を決めるのはウマ娘自身です。何人でもそれを阻む権利はないです」
「なんでそんな冷たいことを言うんだ先生」
「事実を言っているまでです。これまでもたくさんのウマ娘の引退を見てきましたから」
「だが!」
「...ま、理由ぐらいは聞いてもいいかもしれないですね。しかし怪我であれば自分が見ているはずなので少なくとも怪我が原因の引退ではなさそうですが」
「じゃあなんで...」
怪我ではない引退の要因。タイシンとなると...
「気持ち、ですかね」
「気持ち?」
「彼女は学園内でも屈指のネガティブ思考のウマ娘ですからね。何があったか気分が落ち込んで引退を口走った。そう推測することができます。尤も自分の勝手な推測なだけですがね」
「ネガティブ...ありがとう先生。少し姉さん達と話してみる。それと先程はすまなかった。冷たいなどと」
「いえいいですよ。しかし自分の言ったことは事実です。どんなに説得をしたところで本人が引退と言えばそれまでなんです。しつこい説得が逆にその娘を追い詰めてしまうこともある。そして最後には...」
「っ!」
みなまで言わなくともブライアンは悟ってくれたようだ。オレはポケットから棒付きアメを取り出し暗い顔になったブライアンの口元に近づけるとブライアンはパクッとそれを咥えた
「もし何かあればいつでも来てください。できることはします」
「わかった」
あれ、なんかデジャブった。この前もこんな会話した気がする
トゥインクルシリーズファン大感謝祭前日。ゴールドシップやダイワスカーレットの再三の説得にもナリタタイシンは聞く耳を持たなかった
そしてとあるカラオケの一室にナリタタイシンはいた。そこへナリタブライアンが入室した
「何勝手に入ってんの?ていうかなんでここが?」
「姉さんから聞きました。多分ここだろうって。“私の気持ちなんてわからない”とスカーレットに言ったそうですね」
「それを知ってるなら私が引退することもわかってるんでしょ」
「...秋の天皇賞、私は一番人気だった。結果は十二着。ファンを失望させました。これでダメならもう引退しよう。そう思った翌年、阪神大賞典に出走しました」
ナリタブライアンが出走した阪神大賞典。ゴールまで残り50mのところでマヤノトップガンが一位でナリタブライアンがそれに食らいつく形を取っていた。「もうダメか...」そう思ったブライアンの目には自分のことを応援してくれるトレーナーとリギルのメンバー、そして観客が見えた。声が聞こえた。それを糧に最後の力を振り絞ったブライアンが一着となった
「私はレースに集中できるようノイズになるものは極力見ないよう、聞かないようにしてきました。でも私が見なかったこと、聞かなかったことの中に大切なものがあった」
そしてナリタブライアンはとあるものを差し出した。四つ葉のクローバーが入り"みんな待っている"と書かれた紙が入った栞だった
「これは?」
「姉さんが渡してくれと」
「ハヤヒデが...」
ナリタタイシンはそれを受け取り見つめる
「明日、信じてます」
それだけ言い残しナリタブライアンは退室した
「怖いんだ...私が私を信じられない...!」
涙を流すナリタタイシン。何気なくもらった栞の裏を見てみると"先生も待っているぞ"と書かれていた
「っ!先生...」
感謝祭当日になってもタイシンは現れなかった
「まったく手の焼ける娘だな」
「先生?」
「ちょっと行ってきます。ん?」
オレは駅伝の中継が繋がれているスクリーンに出ているハヤヒデを見て違和感を感じた。顔が赤い
「君も気づきましたか?ブライアンさん」
「えぇ。おそらく」
「念のためです。君も一緒に来てください」
「わかった」
「ちょっ!先生!」
「何も聞かないでください生徒会長さん」
オレはルドルフの静止を聞かずにブライアンを連れて車に乗って飛び出した
「先生、宛はあるのか?」
「ハヤヒデとチケットのことが大好きなタイシンのことだ。気になってどっかで中継を見てるはず。とりあえずオレの知ってる限り中継が見れるところを回っていく」
「わかった。探してくれているスカーレット達にも連絡しとく」
「あぁ。見つかればいいんだがな」