青年は1人夜道をただただ歩いている。それほど遅い時間でもないが早い時間でもない。
「離しなさい!」
「そう言うなよ姉ちゃん、俺と遊ぼうや」
どうやら近くの道の先で男が女に絡んでいるらしい。仕方なくその場に行くと、嫌がる女性の肩を馴れ馴れしく抱くヤンキーらしき男がいた。
「私を誰だと思っているんですか!?」
「そんなこと知らねぇよ。それより俺と…ヘヴア!」
闇の中から音をたてず忍び寄った影が男の脇腹を蹴飛ばした。壁に激突して気を失った男の右脇腹には、くっきりと靴の跡が残っている。
「あ、ありがとうございます」
「別に偶然通りかかって助けただけだ。それにあんたは魔法師だろう?自衛目的なら魔法の使用は許されるはずだ。じゃあな」
自分の意見だけをマシンガントークで女性を圧倒した青年は、その場から歩き去った。
「なんで私が魔法師だってこと分かったんだろう…」
疑問と驚愕と共に、自分の胸の中に何かが芽生えたのを感じた。それがその青年
よもやこの出会いが運命の歯車を狂わせることになるとは、2人とも思っていなかった。
「ただいま」
「遅い!」
玄関を開けて中に入ると、同居人の第一声がそれだった。ロングの黒髪をポニーテールにまとめた幼い少女が、頬を膨らませて目の前に立っている。
「悪い、変な人に絡まれてる人がいたから助けてた」
人助けをしたというのにジト目で見られるので、何かしでかしたのかと疑心暗鬼になってしまう。
「その人は女性だったの?」
「まあな」
ぴきーん!と音が鳴ったかのように空気が張り詰めたのが分かった。
「落ち着け。別に俺は偶然助けただけでそれ以上の意図はない」
「どうかな、お兄ちゃん鈍感だもん」
文句を言いながらもスキップしてリビングに消えていく後ろ姿を見送り、俺も自室へと入り部屋着に着替える。いつも通りの反応に苦笑しながら、夕飯が並べられているであろうリビングへと向かった。
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4月のある日、朝早くから俺は家を妹と共に出た。今日は俺の高校の入学式と妹の中学校の始業式だ。俺はあと30分遅く家を出てもいいのだが、可愛い妹のために早めに家を出ている。
「同級生や先輩に鼻の下を伸ばしたら許さないからね!」
「そんなこと言わず早く行け」
「今日の夕御飯楽しみにしててね~!」
走りながら後ろへ手を振る妹に片手をあげることで返事をし、見えなくなったところを最寄りのコミューター乗り場へと向かう。
コミューターに乗りながら窓枠に肘をつき、ぼんやりと外を眺める仕草は、他人からすると俳優並の演技らしいが、俺はそのつもりなどない。普通にリラックスしているだけだ。外の景色を眺めながら俺は物思いに耽る。
妹が養子として家にやってきたのは俺が中学生の頃。諸事情で娘を養子にださなければならなくなった妹の両親は、多額の養育費とともに歳の近い俺がいる近所の我が家に預けた。
金に困っていた俺の(本当は呼びたくないが)両親は、二つ返事で許可した。それからというもの養育費を自分の使いたいように使いまくった両親は、とうとう妹に手を上げるようになった。次第には妹をまるでタバコの灰皿のように扱い始めた。
それ以来俺は妹を可能な限り両親から引き離し、知らないふりができないほどの虐待から守った。寝るときは必ず俺の部屋の同じベッドで寝ていた。俺になつくようになった妹を不快に思ったのか。数ヶ月前からはそれまで以上に虐待をするようになり、俺は我慢できなくなって警察に連絡した。
妹の傷を見た警官は両親を現行犯逮捕し、俺はその家から出て行き今は妹と2人だけの生活を送っている。妹とは血縁関係はないので正確には義妹なのだが、俺の中では「妹」というほうがしっくりくる。
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『間もなく一高前です』
アナウンスにより俺は降車の準備をする。駅に着いてそのまま3年間を過ごすことになる魔法大学付属第一高校への一本道通称学園通りを歩く。校門をくぐるとその敷地面積に驚かされた。大学付属というだけあって施設は充実しており、生徒の満足度は高評価が毎年90%という脅威の数字を叩き出している。
早くに来たためか生徒もいないので、しばしの間どこか休むところがないか探していると、校舎と塀の間に作られた桜の並木道の間にベンチがあったのでそこに横になる。
風が吹き抜けるこの場所は、小春日和と言っても過言ではない最高の気象状況で寝るにはぴったしである。両手を頭の後ろに組み左足を右膝の上にのせると、眠気が訪れて素直にその眠気に身を委ねていった。
切れ長の風貌の少年は早く来たことで暇をもてあましており、どこかいい場所がないか探していた。すると桜の並木道の間にベンチがあり座ろうと思い足を向けるが先客がいたので、回れ右をしたのだが声をかけられた。
「座るか?」
「…気付いていたのですか?」
「それだけ不安感を漂わせてたら気付きたくなくても気付くさ」
そんなに漂っていたのか?という風に自分の体を見下ろす青年は、大人の雰囲気を纏っているにもかかわらず年相応に見えた。
頭の後ろで組んでいた腕をほどきながら欠伸をしながら伸びをすると、背骨がポキポキと心地いい音を鳴らしてくれる。その様子に青年は見とれていたが、我に返り間のベンチの隙間に腰を下ろした。
隣に座って寝起きの生徒を見る。優男のような見た目と強い意志力を思わせる輝く翡翠色の眼。制服越しにでもわかる鍛え抜かれてはいないがそこそこの筋肉をつけた体格。鍛え抜いている自分にも侮れないと思わさせるほどだった。
だが何より眼に入ったのは、自分にはない肩と左胸についている花型のエンブレムだ。
「そんなに見られるとさすがの俺でも気恥ずかしいんだけど」
「ああ、すみません。その眼の色が気になって」
「俺は新入生だから敬語は気にしなくていいよ」
「…俺が新入生だと気付いていたのか?」
「この時間にここら辺で暇そうにしているやつといえば新入生ぐらいだろう?それか上級生の友人の付き添いかもしれないがな」
踏ん反り返りながら推理する様子はだらしないはずだが、何故か彼がすると様になっているのが不思議だ。
「母がクォーターで父がハーフの影響でこんな色になってるわけだ。俺は島波海道。よろしく」
「俺は司波達也。見ての通り二科生だ」
「二科生というだけで魔法師を測る理由にはならないから気にするな」
「〈ウィード〉とつるむなんて〈ブルーム〉が聞いて呆れる」
互いに自己紹介していると、入学式の手伝いに駆り出されていると思しき上級生が近くを通る。それも花型のエンブレムをつけた女子生徒2人だ。悪口を叩きながら校舎側の道を歩いているのを2人は聞いた。それほど大きな声ではなく隣に立つ人にしか聞こえない程度の声量だが、2人には丸聞こえだった。
「聞こえてますよ。その程度のことで優越感に浸るとは、案外一高も大したことがないですね」
「何よ!」
「やる気!?」
まさに一触即発の状態に達也はどうすればいいのか迷っているようだが、ここで天使が舞い降りた。
「そろそろ入学式が始まりますから講堂へ行った方がいいでしょうね」
上級生2人に対して笑顔で言うと、女子生徒は震え上がって逃げるようにこの場を去って行った。
「ありがとうございました」
「気にしないで。あの子たちは入学式の手伝いに来ただけであって式には出ないから」
「つまり俺たち2人に用があるから追い払ったというわけですね?」
「ええ、その通り...はっ!?やっと会えた!」
「オフォゴ!」
女子生徒が涙を見せたかと思うと、どこにそんな瞬発力を出す筋肉があるのかと思うほどの速度で、海道の懐へ突進した。突然の攻撃に海道は成す術なく吹き飛び、そのまま地面に背中から倒れた。
「やっと、やっと会えた!」
「…海道、顔見知りなのか?」
「いんや記憶にない。失礼ですがどなたですか?」
自分を覚えていないことに抱きついていた少女は、残念そうな顔をして落ち込んだ。その様子に海道はいたたまれなくなり達也に助けを求めた。
「俺、なんか悪いことした?」
「女性を泣かせるとは酷いやつだな」
「そっち!?」
予想外の突き放しに海道はつい声を上げた。
「…本当に覚えてないの?2月の夜のこと」
「2月の夜?…あれか男を蹴り飛ばしたときの」
「そうよ!ずっと探してたんだから!」
「えーと、海道どういうことだ?」
完全に仲間はずれの達也は、事態の収拾を図るため海道に聞いてみた。
「簡単に言うと男に絡まれていたところを人助けした。ただそれだけの話」
「「それだけでも十分だろ(よ!)」」
まさかの2人からの追撃に海道は沈黙せざるを得なくなる。だが今はそれより講堂へ向かわなければならない。
「先輩、そろそろ講堂に行かないと」
「あら、そうだったわね。それに私も行くからまた会えることでしょう。私は一高の生徒会長を任されている七草真由美です。ななくさと書いてさえぐさと呼びます。よろしくね」
自分の名前だけ名乗って七草会長は、スキップしながら講堂の方向へと帰って行った。
「七草か。これはとんでもない人と関わってしまったな」
「お前の場合は2つの意味でだがな」
「片方はお前も巻き込まれてるからな?」
「勝手に巻き込むな。俺は逃げるぞ」
「いいや、お前は逃さないというより逃げられない」
向かい合いながら互いの襟を掴み睨み合う。
ニカッ!
だが突然海道は笑みを達也は頬を緩ませ、互いに掴んでいた襟を離す。
「海道とは仲良くやれそうだ」
「同感だよ。3年間よろしくな達也」
その言葉を残し講堂へと歩みを進め、「しかしさっきのは何だったんだろう」という海道の呟きは、桜が舞い散る空へと吸い込まれて行った。