達也が連行された部屋の中では今、〈一高三巨頭〉による剣道部と剣術部の乱闘騒ぎについての事情聴取が行われている。俺はその一室の外の廊下に背を壁に預け、腕を組みながら乱闘騒ぎについて考え込んでいた。
剣道部副主将の壬生紗耶香先輩と剣術部副主将の桐原武昭先輩のいざこざは、どうやら桐原先輩から吹っかけたらしい。その理由はまったくわからないが、桐原先輩個人の私情と壬生先輩のわだかまりが関係しているのではないかと俺は疑っている。
でなければ(本当の意味での)真剣勝負なんぞするはずもなく、魔法を使ってまでして斬りかかる理由がわからない。魔法の不適切使用が発覚すれば、使用魔法によるがそれ相応の罰が科せられる。それなりの覚悟と理由がなければ使うはずもない。そういう第三者目線での思考は突如終わりを迎えた。達也が事情聴取を終えてその部屋から出てきたからだ。
「長かったな達也」
「海道か?思った以上に詳しく聞かれてな」
「それでどうなった?」
「理由を説明したらすぐに納得してくれたさ」
あの〈三巨頭〉が根掘り葉掘り聞くと思っていたが、案外すんなり終わらせてくれたらしい。
「早くて助かったよ」
「話を終わってすぐで悪いんだが。ちょっとこれを見てくれないか?」
放課後に襲撃を受けた際に見つけた物を、胸ポケットから取り出して差し出す。達也は一目見ただけでそれが何かわかったらしく顔をしかめていた。
「何かわかったのか?」
「…詳しくは話せないが知っている」
「今はというわけだな?」
「ああ、すまない」
話せない理由がいくつかあるのだろう今は仕方ない。何故これがどんなものなのかを知っているのかが疑問だったが、どこからか情報を得ていたのだろう。俺だって知られたくない隠しておきたいことが何個もある。
「というわけで帰ろうか。深雪たちが待っている」
「相変わらず司波さん優先か。やっぱり達也はシスコ…ゲフ!」
「しばらく黙っていようか?
達也に君付けされて寒気が走った俺だった。
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待ってくれていた友人たちと共に、道中のカフェへ入って行く。遅れても文句を言わずむしろ早かったことに喜んでくれたので、少し申し訳なく思った2人だった。
「その上級生は殺傷性ランクBの魔法使ったんだろ?よく無事だったな」
「「達也(お兄様)なら大丈夫だから(ですから)」」
「2人でシンクロしないでくれ」
海道と深雪が見事のハモったので、達也は苦笑しながらも嬉しそうに笑みを浮かべていた。ハモった2人は互いに笑い声を上げていた。
「まあ、そもそも《高周波ブレード》は有効範囲が狭い魔法だからな。動ける達也なら問題ないさ。
「あり得そうだねそれ」
「あり得そうです」
「もはや死神だろそれ」
「俺は不死身じゃないぞ」
海道の冗談に全員が声を上げて笑うが、達也と深雪は微妙な笑顔だった。海道は冗談のつもりで言っただけだったのだが、達也の〈能力〉を口にしたのでつい反応してしまったのだ。
「それは置いといて。よく無事だったなあの人数を相手に」
「俺はある人から体術の修行を受けている。弟子に劣る学生に負けるわけにはいかないさ」
「負けたら破門を言い渡されるからか?」
「正式に弟子入りしているわけではないから破門はないよ。ただ負けたら何をされるかわからないから嫌だな」
達也の冗談でまたしても笑いで包まれる。
「先輩方に話をした後に海道からもらったこれなんだが。みんなは見覚えあるか?俺も同じような事態に遭遇したものでな」
達也が真面目な顔と声音に戻して、海道と同じように胸ポケットからあの破片を取り出す。どうやら達也も巡回中、何者かから魔法で攻撃を受けていたらしい。それを見た4人だったが特に反応はなかった。
「海道君が拾ったってやつでしょ?」
「見たことねぇなこんなのは」
「私もです」
「お兄様、これは一体?」
だが約1名が信じられない言葉を発した。
「達也、これって【ブランシュ】関連か?」
「…何故そう思う?」
「どこで見たかは思い出せないんだが、何かの資料で見たことがある気がする。嫌なことが起きそうな感じがしなくもない」
「表向きは【ブランシュ】とは無関係だとなってはいるが、果たして真実はどうだろうな」
「達也君、それってもしかして…」
エリカは達也の言いたいことをすぐに理解して表情を曇らせた。エリカの勘の良さに喜びを感じながらも、達也は深刻そうな表情で口を開いた。
「これは【ブランシュ】の下部組織【エガリテ】に所属している輩が身につけるリストバンドだ」
「魔法科高校内で魔法科高校の生徒がですか?」
「深雪の言いたいことは理解できる。魔法師ともあろう者が何故に反対主義者と関わっているのかとね。【エガリテ】と【ブランシュ】の掲げるスローガンは別だが根本は一緒だ。どちらもスローガンは魔法による差別の撤廃というね。それは正しいだろうが、奴等は表立って魔法を否定していない。そもそも魔法による差別とは何かわかるか?」
達也は声を潜めて5人に問いかけるが誰も答えない。というよりは答えられないというのが正しいだろう。【ブランシュ】の名前を知っていても、差別という言葉の真髄を調べるようなことまではしないだろうから。
「奴等の言う差別とは収入格差だ。平均すると確かに魔法を使える魔法者の方が多く稼いでいる。それはあくまで数字の上だけだ。じゃあ何故平均収入が魔法師の方が多いのか」
「…社会に必要とされる希少な魔法を使う者がいるからか?」
「その通りだ。だがその人達がどれだけの激務にさらされているのか考えていない。いや、知っているにもかかわらず知らない振りをしている」
「…達也よ、それって随分な言われようじゃねぇか?」
「ああ、そうだ。だが仕方ないのかもしれない。彼等はそれだけこの国を支えていかなければならない義務がある。彼菜がほしくて手に入れた魔法かどうかは別にしてな」
自分がその立場になればどうなるか。それは誰もが予想できないだろう。今自分が持つ魔法がこの国に必要とされている未知の魔法であるかなど、理解できるはずもないのだから。
「希少な魔法を使う高所得者たちを一般の魔法師程度の収入に下げて計算すれば、一般人よりも明らかに低い」
「魔法は生まれ持った才能だけでは使いこなせない。魔法を使うには長時間の修練と訓練が必要だってわかっていないの?」
「知っているだろうさ。知っていて何も言わない。都合の悪いことは言わず聞かず、『平等』という耳障りの良い理念に縋り付く」
「海道さんの言いたいことわかる気がします。私も魔法はそれほど使えませんから、それについて馬鹿にされたら悔しいです。追い詰められたらそれに縋り付いていたかもしれないです」
「でも今は何があってもそれには頼らない」と美月の眼が強い光を放って物語っている。
「魔法を学んでいる者が差別に身を置くのは『魔法から離れたくない』、『でも一人前に見られないのは耐えられない』、『同じように努力しても追いつけない現実に耐えられない』、『努力すれば追いつけるかもしれないが、追いつけないかもしれないという現実に耐えられない』そんな気持ちがあるからなのかもしれない。『他の才能』があればそれに頼れば良いが、ない者はどうなるのか。それは自ずとわかるはずだ」
「…魔法を否定する存在になる」
「レオの言う通り、魔法を知っていながら魔法を否定する存在になると俺は思う。『これ以上自分と同じような存在を作りたくない』という自分の正義感故にね」
「でもそれってエゴじゃない?結局は自己満足じゃん」
エリカの言葉は正しいが辛辣だ。でもそれがエリカの性格であるが故に誰も反論は述べない。
「自己満足であっても『自分が正しいと思えばそれは正しい』と言い張る輩は、世の中にごまんといるだろうさ」
「まあ、そういうことで新入生勧誘週間が終わった後も気をつけていてくれ」
全員が頷いて帰宅準備を進める中、達也は1名に視線を向けていた。
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「学校の差別撤廃を目指す有志同盟」によっての放送室占拠という事件があり、演説会を開くことが急遽決まったのは昨日のことだ。そんな中、達也と深雪は日課の体術修行で九重寺に来ていた。いつも通りの組み手で八雲に敗れた達也は、いつもならそのまま帰るのだが、今回は珍しく残って話をしていた。
「…ということで司甲君の素性はこれで全部だよ」
「俺が聞くことを予想していたんですか?」
「いいや?彼のことは僕個人でも調べたかったから調べていただけさ」
「師匠、プライバシーという言葉をご存じですか?」
「もちろん知っているよ意味ぐらいならね。それから明日は面倒なことが起こりそうだから消した方がいいと思うよ」
「わかりました。今日中に終わらせます」
プライバシーを無視して依頼しようとした自分を棚に上げて達也は八雲を非難するが、当の本人は自分は何も悪いことはしていないと胸を張っている。
八雲は「何を」とは言わなかったが達也はそれを理解して頷いた。
「それでは俺たちはこの辺で」
「
帰ろうと腰を上げた達也は八雲に引き留められ、中腰という中途半端な体勢で八雲に問う。
「彼、とは?」
「君達にとって無視できない友人についてだよ」
「お聞かせ願えますか?」
深雪は真面目な視線を向けて懇願すると達也も腰を下ろし、八雲に視線を向ける。
「引き留めていながら言うのはあれだけど、彼についての情報は見つけられなかった」
「…どういうことでしょう?」
「君たちのように必要最低限のものは一通り揃っているよ。小学生の頃から特に目立つ子供ではなく、頭脳も運動も平均程度。唯一違ったのは他の子供たちより
「それのどこが不自然なのでしょうか」
深雪は八雲の言いたいことが理解できずに首を傾げていたが、達也は言わんとすることを理解していた。
「あまりに情報が綺麗すぎるということですね?」
「うん。情報はあくまでもその人物の形跡をデータ化したものだから本人と多少違っても可笑しくはないさ。でも彼の場合は情報と素性があまりに違いすぎる。とあるいざこざを止めた彼の動きは、〈忍び〉である僕でも危惧してしまうほどの腕前だった。まるで〈体術の申し子〉という言葉を体現したみたいだったよ」
「…それほどなのですか?」
「おそらく魔法を制限された今の君では勝てないね。それに彼はその時も本気じゃなかった。君が『本当の魔法』を使えたとしても勝てる確率は高くて4割といったところかな」
面と向かって「勝てない」と言われては達也も異議を唱えられない。特別ではないと自分が一番わかっている。八雲に体術を教えてもらっているとはいえ、同年代に負ける相手はいないと自負していた。実際、達也の腕前は同年代どころか多くの体術を扱う者たちを超えている。
八雲があの場面を知っていることに2人は触れずに話を聞き続けた。達也を上回り、あまつさえ八雲が称賛しか送らない相手などいるとは思えなかった。
「…先生、お兄様でも勝てないのですか?」
「正式な弟子ではない達也君だけど腕前は僕が保証する。でもさっき言ったとおり彼には勝てないね。どう奇襲しようと。でも達也君は彼と争うつもりはないんだよね?」
「もちろんです。入学して初めて出来た友人なので。しかし冗談とはいえ、《再生》のことを口にされたので若干危険視している自分がいます」
「彼が気付いているとは思えないね。それを知っているのは君の実家と僕、あとは両手で数える程度だ。どう情報網を探ろうと君達の実家の腕を潜り抜けられるとは思えない。それが今回彼の周囲を調べて僕が出した結論だ」
八雲が危険性がないと言ったのであれば間違いない。達也と深雪は八雲の洞察力・観察力の腕前を知っているから反論はしない。そして再度頭を下げた2人が歩き出した頃、八雲がもう一度声をかける。
「これはまったく関係ないと思うけど、国の重要人物の暗殺が去年から消え去ったらしいよ。それを目の当たりにした者が口をそろえてこう言うそうだ。『紅眼には気をつけろ』とね」
八雲の言葉に首を傾げながら2人は九重寺をあとにした。
『明日、一高を襲撃します。君は何もせず学校の言う通りに行動してください』
「…俺の生活を壊す気ですか?」
『…世の中は残酷や理不尽で溢れています。君の生活が壊れても【私達】がいますので問題などありませんよ』
「貴方がそう言ってもまったく説得力はありませんよ。それに貴方は『あの方』に利用されているだけだ」
『それでいいんですよ【今】はですが。ということで頼みましたよ【
電話相手は自分の二つ名を言ってから電話を切った。
「…どうせ何も起きないんだよ。貴方の計画は失敗だ。四葉が【エガリテ】を【ブランシュ】を放っておくわけがないのだから」
一高の制服を着た青年は悲しげな表情をしながらベッドに顔から倒れ込み、浅いまどろみに落ちていった。
『くっくっくっくっく。もうすぐだ。もうすぐで俺の