待っていた皆さま申し訳ありませんでした
懇親会は出場者と裏方を合わせると、400名を軽く超えるほどの大所帯となる。そのため夕食の立食パーティーは大きな会場で行われ、小さなテーブルが30個程均等なスペースを空けて置かれている。
「パーティーは気分が下がるよ」
「どうみてもやる気は皆無だな。まあ、確かに元気が出るとは言えない」
海道と達也はパーティー会場の隅で、2人きりになって話していた。海道はそこまで目立つつもりはなかったし、達也はこういう空気に慣れていないので避難していた。
のだが…。
「しかしよく注目されるな」
「…視線が痛い」
何故か2人には視線がよく突き刺さっている。といっても向けられているのは海道であって達也ではないのだが、人の視線を感じることのできる達也は敢えてそう解釈していた。
「この程度は慣れっこなんじゃないのか?」
「ある程度はだけど慣れないものは慣れないよ」
「そんなものか?」
「そんなもんよ」
軽い話題で笑い合う2人は本当に仲が良い。海道が笑顔を浮かべる度に視線が増えていく。左右色違いの瞳。180cmをこえる長身に細身でありながらも鍛えられた肉体。注目するなと言う方が無理な話である。
「海道さんは鈍感なのですか?」
「あ、司波さん。何に?」
「気付いてないみたいですね」
「朴念仁」
ほのかと雫の追い打ちに海道と達也は首をひねる。何を言いたいのかわからないらしい。
「みんなはどうした?」
「あそこにいますよ」
「海道さんと話をしたいけど達也さんがいるから話せないんじゃないかな」
「「俺(達也)は海道(俺)の番犬か?」」
達也と海道のハモりに3人が笑い声を漏らす。完全にぴったりな2人になんとも言えない面白さを感じる深雪たちは、注目を浴びていることを忘れていた。
「視線が増えたな」
「煩わしいのであれば一高のところに戻ればいいんじゃないか?今はチームワークを高める方が効率的だし」
「達也がそう言うなら従うよ。また後でな」
「お兄様、また後ほど」
「またお話ししましょうね」
「また後で」
美少女3人を連れて一高テーブルに戻っていく海道を、達也はわずかに微笑みながら見送った。
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達也は懇親会終了後、CADの調整を行っていたが日をまたいだことで切り上げる選択をした。そして夏のちょうどいい空気を胸に吸い込んでいたところ、敵意を感じて動き出した。捕縛のための術の発動が遅れた遭遇者の援護をして、簡単に賊を捕獲した。そしてその人物へ自信がないが故の気落ちを一喝し、警備員を呼んでくるよう頼むと後ろから声をかけられていた。
「大佐、こちらにいらしていたのですか?」
「違和感を感じて来ただけだ。すでに捉えているようだな」
敬礼を敬礼で返した男は、達也に穏やかな笑みを浮かべた。
「こいつらは大佐の仰っていた輩なのでしょうか?」
「調べないとわからないが大方特尉の言う通りだろうな。ところで達也、【紅眼】がここ最近活動していないことを知っているか?」
「かつて《世界最高の暗殺者》と謳われ恐れられた魔法師ですよね?師匠から聞いていますが、それが今回のと何か関係があるのですか?」
「確定ではないのだが、今回手を出している【
【
香港系犯罪シンジゲートとして、各国から指名手配されている凶悪な犯罪集団の総称である。ボスは任務に失敗した部下を気絶させてから、自らのところに連れて来させるという徹底振り。怖がりということではなく、ただ非常に用心深いというだけである。
部下の前にも決して姿を見せないということから、つけられた名前が【
「しかし、関係があったとしてもここ最近は目立った活動はしていないのでは?」
「確かに我が国の重要人物が暗殺されるようなことはもう起こってはいない。達也も経験あるからわかるだろう?」
「…ええ」
達也はわずかに間を置いて答えた。自分の知る人物がその毒牙にかかってこの世を去っていることを知っている。決して友好的な存在ではなかったが、非友好的というわけでもなかった。忌み嫌われるより、馴れ馴れしくされるより適度な距離を取ってくれる方がありがたかった。ある一つの感情以外を失った達也だが、経験としてあらゆる知識を得ている。
それを自分なりに解釈して結論づけた。
「だからといって今回の〈九校戦〉を中止にするわけにもいかないのが我々の意見だ。事件が起こるようなら我々が対処する」
「我々とは大佐以下の意見ですか?それとも上のですか?」
「今回は俺を含めてだ。こいつらを調べて何かわかればまた連絡しよう」
「ありがとうございます」
達也は賊を風間に任せることにした。
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達也は賊を風間に任せてホテルに戻ったが、向かったのは自室ではなく友人の部屋だった。深夜に訪ねるのは失礼だが友人が起きている予感がしていたのだ。だからノックをして返事があり、ドアを開けてもらえたことに違和感を感じなかった。
「達也、どうした?」
「ちょっと話したいことがあってな。少しいいか?」
予想外の訪問者に海道は驚きを露にしたが、忙しかったりやましいことは何一つなかったので、二つ返事で達也を中に入れた。海道の部屋は、シングルベッドが一つにクローゼットや壁際に机があること以外は達也の部屋と変わらない。
一通り見回した達也は、机の上にあるタブレットが気になって手に取ってみた。それはCADのプログラミングだった。内容は達也も知っているものというより、作るための基本中の基本を説明しているファイルだった。
「どうした?達也」
「特にってわけじゃないが、何を見ていたのか気になってな」
コーヒーを淹れるために離れていた海道が、戻ってきて声をかけられた達也は、苦笑してお礼を言いながらコーヒーを受け取った。香りを楽しんだあと一口すする。芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、わずかな酸味と苦味が舌を包み込む。
味わったことのない味に感心していると海道が謝罪をする。
「悪いな。俺が普段飲んでるやつしか出せなくて」
「気にしていない。味わったことない種類のコーヒーだ。ありがたく頂戴するさ」
お互いにコーヒーを飲んで和やかな空気が部屋に広がる。コーヒーの香りと和やかな空気という安心感を感じさせられるこの空間は、どこか平和に感じられる。
平和という概念。一世紀近く前ならば少なからず言えただろうが、〈第三次世界大戦〉を経験した世代からすれば、それはお伽噺に近い感覚だろう。世界人口が30億人まで激減したことで、ようやくこれ以上の犠牲は自国の不利益にしかならないと気付いた。〈第三次世界大戦〉が熱核戦争にならなかったのは、魔法師の世界的な団結によるもの。
魔法師という〈兵器〉を造り出したことで、世界は大きく変わった。
〈人間の形をした生物兵器〉。
魔法の使えない、またはそれらに類似する魔法的な何かを忌避する一般人はそう呼ぶ。〈姿形が似ているだけで人間とは違う存在〉と人権がないように謳う輩もいる。だがそれ以上に魔法を使えることに憧れる一般人がいるのも事実。
一世紀前から魔法を使うアニメや漫画などが人気を博したことは何度もあり、その度に魔法を使えるようになりたいと夢見る少年少女がどの世代にもいたことだろう。〈魔法〉が現実のものとなってから早50年。半世紀ほどで新しい存在を造り出すことのできた科学力とは恐ろしい限りだ。
そのことを歴史から知っている2人。「それがどうした」という感覚で、さほど気にすることもなく一日一日を楽しく過ごしている。
「海道、1つ気になったんだがいいか?」
「何かな?」
「何故ここに雫とほのかがいる?」
達也がチラリとベッドの方に視線を向けると、そこでは2人の美少女が楽しそうに会話をしている。それを聞いた海道はわざとらしく口笛を吹いて明後日の方向を見ている。それが達也の誤解を招くとは知らずに…。
「お前、まさか...」
「誤解だ!俺はそんなことしない!」
「いや、人それぞれだから俺が介入するつもりはない。気にするな」
「誤解だって言ってるのに何故理解してくれないかな!?余計気にするわ!」
「そんな気がないわけではないんだろ?」
「「海道さん本当(ですか!)?」」
達也の空気を読まない発言に海道は憤慨するが、雫とほのかの追い討ちにしどろもどろになり始めた。
「その聞き方はどっち!?嬉しいの!?恥ずかしいの!?ああ、やめて達也。そんな眼で俺を見ないで!犯罪者を見る傍観者の視線はやめて!?俺が悪かった!聞き方が悪かったって!」
海道の虚しい叫びが深夜を30分過ぎた頃から5分ほど続いた。
「…で、本題は何かな?」
雫とほのかを部屋に送ってから、疲れきった様子の海道が達也に当初の目的を聞いた。海道を少しばかり弄れたことで気分が良くなったのか、達也の表情はいつもより柔らかかった。
「深夜を過ぎた頃に賊が侵入しているところを目撃した」
「厳重に警備されている会場付近にか?」
達也の言葉に、先程まで疲れきっていた顔をしていた海道の顔が厳しい表情に引き締められた。
「ああ。どうやって侵入したのかはわからないが、今回の〈九校戦〉は荒れるぞ」
「…俺は構わないとして問題は他のみんなだな。初めての〈九校戦〉に浮かれている状態で、悲惨な目に遭ったらそれでこそ終わりだ」
「だからこそ慎重に動かなきゃダメだ。そいつらが何を目的にして動き、どこに所属しているのかわかるまでは手の出しようもない」
荒れる。つまり普通は起こらないような事故が発生したり、順位変動がありえるということ。
終わる。それは魔法師としての人生が終わってしまうということ。精神的なダメージを受けた魔法師が、二度と魔法を使えなくなる事例は毎年多く報告されている。
魔法は精神と関わりが深いと考えられていることもあり、精神的なダメージは魔法の発動を阻害する。
「達也、その言い方だとお前には、調べることのできる組織か勢力が背後にいると言っているように聞こえるのは俺の気のせいか?」
「…
「納得ですよ達也」
本当のことは今のところ話せないが、いつかは話せるときがくるのだろうか。達也はそれを望んでいるのか、いないのか自分では判断がつかなかった。
「というより何故そのことを俺に話したんだ?」
「来るときに特攻があっただろ?あのとき主犯から嗅いだ臭いと同じものをその賊から感じた。ならばその主犯の近くにいて、その臭いを嗅いでいないはずがないお前に説明するのは当たり前だと思ったからだ」
「…なるほど。知らせてくれてありがとう。もしその賊の情報が出たら俺にも教えてくれないか?」
「もちろんだ」
その言葉を最後に達也は立ち上がりドアへと向かう。ドアを開ける前に達也は振り返ってもう一回聞いた。
「ところでCADはどうだ?」
海道は方をすくめながら一言呟いた。
「ちんぷんかんぷん」
達也はその行動と表情に苦笑を漏らした。
達也が部屋を出ていったあと、海道は憤りを感じてサイオンを部屋に撒き散らしていた。
「【
海道の眼には強い意志が映っていた。
『クククククク。もっと怒れ、怒りが俺を強くする。お前本来の力が戻るぞ。クククククク』