日本には古書街がいくつかある。その中でも、世界的に有名な街、神保町。そこに住むとある蔵書狂(ビブリオマニア)が、英国にある大英図書館、特殊工作部に所属するエージェントで尚かつ、自身の能力によって一度、世界を救っているという事を皆さんはご存じだろうか?
非常勤の高校教師でもある、その蔵書狂のコードネームは【ザ・ペーパー】。紙という名の如く、【紙使い】である。性別は女性なのだが、化粧もろくにせず、髪は寝癖がつき、見てくれは酷いモノ。蔵書狂の名については、本好きがこうじて、本屋を丸ごと買うといった、店舗購入を何度も経験している筋金入りの蔵書狂だ。
だが、ひとたび紙を持たせると、時には敵を駆逐する武器に、時には万能な乗り物にと、コードネーム通りの能力者となるのだ。
そんな彼女が関わった【稀覯本奪回・偉人殲滅作戦】から数ヶ月が経過し、読子はただ本を読むだけの自堕落な生活を再開していた。
ある日、読子はいつものように神保町にある古書店で本を手にとって、立ち読みをしていると、携帯電話が振動した。
「はい、もしもし」
『………あぁ、読子、お久しぶりです。ジョーカーです。相変わらずの生活を送っているかと思いますが、お元気ですか?』
本の文章に目を動かさないままで読子は電話に応えた。
「はい! ジョーカーさん、お久しぶりです。いかがお過ごしですか」
『それは、こちらの台詞です。読子、今すぐにイギリスへ帰還して下さい』
「はぁ…。でも、この本を読んでからでもいいでしょうか?」
『…読むのは構いませんが、貴方はもっと余裕を持って対応ができないのですか』
ジョーカーの様子からただ事ではないと受け取れるのだが、目の前の文章の続きが読みたくて仕方がない。
『すみません、今、すごく良いところなんです』
「…ふぅ、いいでしょう。読みながらで構いませんから、耳を傾けておいて下さい。一ヶ月程前に、我が英国の国内でとある本が発見されました』
「本っ!!」
【本】という言葉を聞いても、読子は目に映っている本を読むのをやめない。
『読子、落ち着いて下さい。いいですか、話を続けます。その本はただの本ではなく、魔導書と呼ばれる本でして…。私自身あまり信じたくないのですが、この本を所持した者は魔法が使えると伝承されている代物なのです』
「まほう、ですか…」
『ええ、魔法です。その魔導書の中でもクラスの高いモノは、自ら意志すら持つとか』
「…なんだかオカルトじみてますね。その本」
『私からしたら、貴方の存在もオカルトじみてますよ』
「そぉですかぁ?」
そう言いながらも読子の表情は変わらない。
『はい。それで我が大英図書館特殊工作部としては、…その本の確保を命じます』
「…ちなみに、その本は私でも読む事ってできるんでしょうか?」
数秒無音状態が続いたが、すぐに返答があった。
『ん~、ウェンディ君そこらへんどうですか?』
ジョーカーは近くで待機していたウェンディに聞く。
『ウェンディです。読子さん、その本は多少なりとも魔力が無いと開く事すらできないそうですよ』
「魔力ですかぁ~。私、そういう類いは持ち合わせてないので読めませんね…」
溜息をしながら、本当に残念がる読子。
『読子、既にそちらまで迎えが行っているはずです。少しでも早く行動して下さい』
「わかりましたぁ~」
通話をしている間も持っていた本を読み続け、通話と同時に読み終えてしまった。
「あぁ、魔法かぁ…。私も一度でいいから変身したりしたいなぁ…」
「おい、おまえはそんな少女趣味じゃないだろ」
後ろから男の低い声がする。振り向くと見知った顔だった。
「あっ、ドレイクさん!」
ぱぁっと顔が明るくなり、読子は笑顔になる。
「ようやく見つけたぞ。この街も狭いようで複雑だからな。GPSを装備しててもな、おまえの位置がわかりづらいんだよ! さぁ、出かける準備しろ」
苛つきながらも、踵を返して先行するドレイクだったが、読子はついていこうとしない。
「おい! 早く来い!」
「嫌です!ちょっとだけ待ってて下さい!」
ドレイクが進んだ方向とは逆のレジがある方向へスタスタと歩いて行く読子。
「何ぃ?」
店主の目の前まで歩いて行き、両手をあげながらこう言った。
「ご主人、私こちらのお店の本を読み足りないのでぜーんぶ下さい!」