兵士よ、安らかに Die Ruckkehr des Soldaten 作:文月りんと
1943年1月 ソビエト連邦 スターグリングラード
その夜、シュトロハイムは、夢を見た。彼が敗れたスターグリングラード戦線、その最後の戦いを。
戦いの最中、彼の意識が途絶える直前、しっかりと自分を貫く一発の弾丸を見た。
それは紛れもなく見たことがある力。そう、あれはまさしく…。
◇◇◇
「………ロハイムさん! シュトロハイムさん!!」
大声で叫ぶクレアの声がする。目の前が気泡だらけでよく見えない。どうやら、自分の口から出したものがカプセルを覆っていた。
『…ク、レア?』
「よかった! 起きたらシュトロハイムさんが苦しそうにしてたけど、あたしじゃどうしようもなくて…」
『すまない、夢を見ていた』
そう、忌まわしいあの夢。
忘れもしない自分の意識を奪っていったあの射手のことを。
『クレア、すまないが、話の続きをしたいのだ。いいだろうか?』
シュトロハイムの真剣な顔はこれで二度目だ。クレアは目が離せない。
「うん、いいよ」
シュトロハイムは昨日の晩にクレアへ伝えなければいけないと感じた事が、これから話す中で紛れている気がした。
『では、私の意識がなくなる直前のスターグリングラード戦線での話をしよう…』
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ドイツ軍はソビエト連邦軍に圧倒されていた。シュトロハイムは、将校達や斥候、工兵を一人の射手の手によって、やられているのを部下の報告で耳にしていた。
射手の名前は、ヴァシリ・ザイツェフ。
彼は狙撃手で、何百人もの味方を葬りさった恐るべき悪魔である。
ドイツ軍はなんとか持ちこたえていたが、
弾薬の補給もままならない状況で、部隊は疲弊していた。
自身に装備された当時の最新鋭の銃や機関砲を発射し、一時的でも敵軍を蹴散らす事には成功したが、そんな希望を悪魔はことごとく粉砕した。
シュトロハイムは最後の戦いで彼に戦いを挑んだ。向こうは人間。それなのに、倒せないままだった。こちらはサイボーグだと慢心しきっていたからだろうか、仲間が一人、また一人と散っていく。
負傷した部下を助けるため、
シュトロハイムは玉砕覚悟で敵陣に一人で突撃した。
「ふはははははッ!! 世界一ィィィィィーーーー!!!!」
既に弾薬は尽き、残るは身体に埋め込まれた動力源を暴走させ、一人でも多くの敵軍を道連れにしようと、そう考えた矢先。
突撃した自分に対して、戦場で耳にした音は一発。
たった一発だった。
紫外線照射装置を内蔵した右目が射貫かれた事は理解できた。
「馬鹿なッ! 敵はどこに潜んでおるのだッ!!」
シュトロハイムは焦りながら叫ぶ。そして、それまで忘れていた手足の感覚が一時的に戻った気がした。
なぜか震えていたのだ。
機械となった身体なのに、小刻みに震え、数秒経たぬ間に全身から血が吹き出てきた。
「ぐはっ!!」
血が吹き出ているのに、痛みはなく、逆に暖かい気持ちにさせてくれる。
貫通した弾丸を目にしてシュトロハイムは驚愕した。
弾丸が潰れもせず、落ちていた。
その弾丸を拾い上げると、わずかな電気のようなものを帯びているのがわかった。
「そうか…これは”波紋”なのだなッ!?」
そこでシュトロハイムの意識が途切れた。