綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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10.向けられた銃口

 

 

あの後、気が付いたらゴミ捨て場に戻ってきていた。ロシナンテと父親が困惑した顔でドフラミンゴを見ているのがとても気になったけど、覇王色の覇気で住民たちを圧倒したのが原因で間違いないだろう。ただ、誰がロープを引き上げて私たちを助けてくれたのかが不明だ。…街の中にも善人がいた?いや、そんなはずは……。

 

「イテテ…」

 

「兄上、大丈夫?」

 

「ぼくは大丈夫。ルシーは?」

 

「痛くないから平気。腫れてるのもたぶん放っておけば治るよ」

 

痛くないっていうのは最高だ。あと、火あぶりにされて気付いたけど、痛覚と触覚だけでなく温感もなくなっているようだった。何これサイコー!両足が熱気に炙られて真っ赤に腫れ上がっても全然痛くない!水膨れで水が溜まっているのかパンパンに腫れ上がっていても、うわーなんかグロテスクだわー、とか思うぐらいで全然平気!ホント痛くないって最高!そして最高にヤバイ!…これって皮膚が呼吸できてない状態だから確実にヤバイよね?皮膚がズル剥けて感染症になって死ぬパターンだよね?

 

「この人生って死亡フラグ乱立しすぎなんだよなぁ…」

 

「ルシー、やっぱり痛い…?」

 

「あっ、ううん全然!……兄上も酷いことになってるよねぇ。ズボンの破けてたところなんか皮膚が直にやられちゃったからなおさら…」

 

そう、ゴミ捨て場に2年も生活したけれど、奇跡的に我々は靴を潰さずに生活できていたのだ。というか、ゴミ捨て場にちょうどいいサイズの靴があったから履き替えたりしながら生活してたってのが正しいけれど。おかげで火あぶりをされた時も直に皮膚をやられずに済んだ。ただそれでもこんなひどい水膨れができているのは辛いところだけれど。

 

「兄上、どこに行ったんだろう…」

 

半ズボンのドフラミンゴとスカートだった私が火傷で重症、特にドフラミンゴは矢を射られていたのでより怪我が酷かった。だというのに、私が目覚めたのを確認した後、自分の怪我の手当てもろくにしないで着替えてどこかへ行ってしまったのだ。食べ物を持ってくるのならロシナンテも一緒に連れて行くはずなのに。

 

「……ドフィ兄上も、すぐ戻ってくるよ」

 

「……お腹、空いたね…あっ、ごめんルシー」

 

「ああ、別に気にしないで」

 

ロシナンテに謝られて思い出した。そういえば、空腹も感じない。…なんか私、生きてるのに死んでるみたいだ。

 

(……2年経った。なんとかどこかの港で船でもちょろまかして逃げたい。それか、お金でなんとか買収したい。ああ、お金があればなぁ…)

 

地上へ来た後で庭に埋め続けた私の金銀財宝のことが、この2年間ずっと気になっていた。取りに行きたかったけれど大人の足で何日もかけて歩いた場所に戻ることが難しく、火をつけた犯人たちがまだ近くの街などにいることを考えると足がすくみ、他にも家族からも止められていたというのも理由で、取りに戻ることができなかったのだ。そもそも金銀財宝があっても札束に換金するには換金所を利用しないといけないわけで。つまり、換金所で天竜人をマークしているかもしれないと考えるとなおさら、危険を犯して金銀財宝を取りに戻るにはメリットが少ないと思ったのだ。しかしこのまま放置して文字通り宝の持ち腐れなんてもったいないこと限りなし。それならいっそのこと、船を盗むか買い取るかして家族揃ってこの島から出て行きたい。ゴミ捨て場の材料を利用した船を作ろうとしていたけれど、家の真横で作業していたし、この分じゃどうせ街の住人に見つかって潰されているだろう。もう非加盟国とかそんなのどうでもいい、海軍の助けなんてどうだっていい。無人島に島流しでも何でもいいから、とにかくこの島から出て行きたかった。私が死ぬ前に、家族を安全な場所に…。

 

「…そういえば父上は?」

 

「分からない…。最近、ずっとどこかに通信をかけてるけど」

 

「通信?…どこにだろ……」

 

マリージョアでもなく、海軍でもなく、彼はどこに電話をかけるというのか。…もしかしたら、とうとうおかしくなってしまったのかもしれない。

 

「ルシーの足に包帯巻いてあげるね」

 

「うん、お願いしようかな。じゃあね、ちゃんと煮沸してる向こうの棚の包帯で巻いてくれる?あっ、焦らなくていいから慎重に!転けないように!」

 

「分かってる!」

 

ロシナンテはなんだか反抗期になってきた。素直に頷かなくなってきたのだ。ドフラミンゴは生まれた時から反抗期だけど。いやー、この子も成長したなぁ…。小さな兄たちの成長を見るたびに、相変わらず感激してしまう。よくぞこの歳まで生きてくれた、と万感の想いだ。珍しく慎重に、一度も転けずに包帯を持ってきたロシナンテを手放しで褒めた。

 

「ロシーすごい!一回も転ばなかった!包帯が全部無事!すごいよ!よく頑張った!やればできる子!」

 

「もう!そんなのいいから足出して!」

 

「アッハイ」

 

反抗期の息子って難しいなぁ…優しいけど。でも褒められて嬉しいのは嬉しいのか、髪の間から覗き見える頬が真っ赤になっていた。可愛いやつめ…。この2年でかなり上達したとはいえ、まだまだガタガタな巻き方で包帯を巻いてくれた。ロシナンテのことだから十中八九、しっかり巻くと私の足が痛むとでも思っているのだろう。優しい子だからなぁ。そんな風に思っていると、外から誰かの足音が聞こえた。軽い、一人分の足音だ。ドフラミンゴだろう、と私は迎えに出た。

 

「兄上、お帰りなさい!……ん?兄上、それ…」

 

ドフラミンゴが物騒なものを手に携えていた。銃だ。木製の、弾が一発とかしか入らないタイプの。なぜ、そんなものがここに?

 

「喜べ、ルシー。聖地に帰れるぞ」

 

「え」

 

「ロシーを連れて海の側で待っていろ。おれもすぐに行く」

 

「…待って…え、ちょっと……ねえ、待ってよ兄上…!何それ、どういうこと?聖地に帰る?ねえ、それ本気?」

 

「当たり前だ。…すぐに船が来る。あいつらが海軍を呼んだからな。あとはおれがーー」

 

サングラスの奥でぎらりと光る目は、明らかな狂気に染まっていた。殺意に満ちていた。ああ、この後の展開はよく分かる。よく、知っているーー。

 

「…兄上、聖地の人たちは私たちを絶対に仲間に入れてくれないよ」

 

「そんなはずない」

 

「聞いたでしょ?父上が電話してた…人間の分際で、って言ってたでしょ?ねえ、兄上、昔はどうあれ私たちはもう人間なんーー…」

 

「黙れッ!」

 

ガチャ、と怒りのままに銃を突きつけられた。息を荒げたドフラミンゴが、震える手で私を撃とうとしている。仲のいい兄妹をやっていただけに、割とショックだった。だから命乞いというわけではないけれど、ドフラミンゴに僅かでも良心があると信じて訴えかけてみた。

 

「……私はドフィと対立しない。裏切らない。敵には絶対にならない。それでも…兄上は私を撃つ?」

 

「……撃つわけねェだろ。冗談だ!」

 

ドフラミンゴは口の端だけ無理に持ち上げて、余裕を見せて銃を下ろした。

 

「たまにはおれの言うことも聞け、ルシー。海の方に行くんだ」

 

「…兄上たちも来る?」

 

「もちろんだ」

 

「父上も?家族みんなで聖地に行ける?」

 

「ーー…あァ、もちろんだ」

 

「絶対に?」

 

「くどい。さっさと行け」

 

信じたいと思った。けれど、嘘だと分かった。ドフラミンゴは父親を殺す。絶対に。けれどここで私が粘ったところで、ドフラミンゴは意思を変えないだろう。

 

「兄上は?」

 

「着替えてから行く」

 

「じゃあ、兄上が着替えるまで待ってるね!」

 

チャンスだと思った。着替えている間に銃弾を抜いてしまえばいい。それが無理でも空に向けて適当に撃ってしまえば弾切れで、父親を撃ち殺せなくなるはずだ。

 

「いいから、行け…!」

 

「っ!?な、何!?」

 

ぐるり、と自分の体が意思に反して反転した。まるでーーー操られているかのように。

 

「兄上!?」

 

「心配するな…後から行く」

 

ばさり、とカーテンを押しのけ家の中にドフラミンゴは入って行った。私の体は勝手に動いて、どう頑張ったって海の方に進むだけ。パラサイトをもう使えるのかと驚いた。そもそもいつ悪魔の実を食べたのかと疑問に思った。でもそんな自分の感情よりも、ただ一つのことを思った。

 

(ああ、どうか…帰ってこないで…!)

 

操られていても、涙は自然と流れ出てきた。結末を知っていても、父親だなんてカケラも思ったことのない父親に、ただただそう願った。

 


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