綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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81.家族の愛情とは

 

 

ドレスローザにはコロシアムがある。無敗のキュロスで有名なあのコロシアムだ。それが今はディアマンテの独壇場というか、ディアマンテこそが英雄扱いをされる血生臭いコロシアムへと変貌してしまった。最初は血にまみれたコロシアムをおっかなびっくり見ていた観衆たちが、7年も経った今ではもう血を見るために来ていると言っても良いほどに変貌していた。

 

「フッフッフ!たまには直に見るのも悪くねェ。なァ?ルシー」

 

「…悪趣味」

 

高台で綺麗な女性たちから飲み物をもらい、血の惨劇を見て湧き立つ観衆たちを見下し笑う。ドフラミンゴの絵に描いたような悪役っぷりに吐き気がする。こんなのは天竜人の真似事だ。ドフラミンゴと天竜人にはほんの僅かの差しかない。民衆にアピールをする必要があるか否かという点だけ。しかし、なぜ私をここに連れてきたのかが分からない。だってグロ耐性が極端に下がった私をドフラミンゴがコロシアムに連れてくることは今までなかったし。

 

(何が目的でコロシアムに…?)

 

私の疑問はすぐに解決された。剣を手にした1人の少女が現れたから。

 

『さあお待ちかねの囚人剣闘士の登場だー!!!』

 

(ーーまさか)

 

『街に火をつけ国民たちから財を奪い!そして恐怖を植え付けたあの男!にっくきリク王の孫娘!!!』

 

ざわざわと観客たちの間に戸惑いと殺意が膨れ上がるのが見て取れた。ドフラミンゴは椅子に深々と座り、頬杖をついて満足そうに笑っていた。

 

『レベッカだー!!!』

 

「くたばれー!」

 

「人殺しの一族め!殺されてしまえー!!!」

 

「よくもおれたちの町を焼きやがって!」

 

体が震えるほどの怨嗟の絶叫が響き渡る。憎悪のこもる罵声とブーイングが、溢れて止まるところを知らない。

 

(ひどい…!)

 

なんてことをするんだ。あんな女の子に、冤罪なのに、ひどい事を…!ドフラミンゴは楽しそうに笑っている。なるほど、このパフォーマンスを私と直に見ることが目的だったのか。…さすがは悪の大魔王、やることなすこと全てが汚い。

 

(足元すくわれるのはこっちなのに…)

 

ドフラミンゴは自分の計画に絶対的な自信を持っている。すなわち、この国が根底から覆ることはないのだと確信している。そこが私との大きな違いだ。私はドフラミンゴの統治があと3年で終わる事を知っている。つまり、今国民たちがレベッカに向けている感情が、言葉が全て私たちに向けられるという確定した事実を知っている。ドフラミンゴはこの状況を完全に他人事だと笑っているが、私からしたら真逆なのだ。

 

(ドフラミンゴは私の考えなんて理解できないだろうけどね…)

 

「…ん?顔色が悪いな、ルシー。また風邪か?」

 

ドフラミンゴの手のひらが額に当てられた。小さい頃からの習慣は変わらない。けれど未だに私は妹を気遣うドフラミンゴの優しさだと信じていた。だけど。

 

(本当に、身内だけ良ければ他人のことはどうでもいいんだ…)

 

レベッカがどういう経緯で囚人になったかは知らない。ドフラミンゴに逆らったかもしれないし、リク王の孫と知られたからかもしれない。いや、もしかしたら片足の兵隊はお尋ね者だったから、一緒にいるレベッカを先にひっ捕らえた形なのかもしれない。いずれにせよ、彼女は今、こうやって囚人剣闘士になってしまった。

 

(他人への対応は、いつか身内にも向けられる)

 

前世でよく聞いた言葉だ。長く付き合えるいい彼氏が欲しいなら、その人のコンビニ店員への対応やレストランでの対応を見なさい。そこで金を放ったり、嫌な言い方や不機嫌さを表して店員を侮辱するような人なら、いつかあなたにもするでしょう。その人にとってどうでもいい人にでもきちんと対応できるかが人柄を見る手段の一つなのだ、と。

 

(分かってたよ。ロシナンテをも殺した人だもの。最初から、ドフラミンゴがこういう人だってちゃんと知ってた)

 

だけど、優しさもあるのだと、信じていた。信じたかった。だって彼は私の兄で、『家族』だから。

 

(けど、もう無理…)

 

「兄上、気持ち悪いから先に戻るわ」

 

「…そうか。ディアマンテ、ルシーを連れて帰ってくれ」

 

「なんだ、久々にドフィにおれの雄姿を見せられると思ったんだがな…。まあルシーがへばっちまったなら仕方ねェな」

 

ディアマンテがひょいと私を抱き上げた。ディアマンテは上背があるからか、周囲の人たちから注目をされて恥ずかしかった。綺麗な女の人たちがきゃあきゃあと騒いでいる。恥ずかしかったし、セニョールの時と似た悲しさも感じた。周りの目から逃れるようにディアマンテにくっついて顔を伏せると、くすぐったかったのかディアマンテがげらげらと笑っていた。

 

(あ…兵隊さん……)

 

コロシアムを出たところで、伏せた視界に入った小さなおもちゃを見つけた。彼はただ、じっとコロシアムを見上げていた。血にまみれたコロシアムで娘が無事なのか案ずる姿が、悲しくて、……羨ましくて、見ていられなくて目を閉じた。私が知っている家族の愛情とは、今こうやって与えられているものではなく、キュロスとレベッカのようなものだと、羨望していたから。

 


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