綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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90.自由をください

「あっ、ねえ!どうしてあなたはケイミーや私たちのことを助けてくれたの?」

 

「ん?」

 

ナミちゃんがクリマタクトを伸ばしながら聞いてきた。振り返ると、なんだかレイリーさんだとかキラーさんだとか思いのほかたくさんの人たちに見られていてびっくりした。

 

「まあ、建前で言うと、みすみす天竜人に売られるなんて可哀想だったから。本音で言うと……まあ、色々?」

 

「色々って?」

 

「そりゃもう色々よー?」

 

あなたたちに恩を売ろうと思って、なんて言うのは憚られるので割愛した。そこまあ、良い人っぽくシメてもいいでしょうよ。

 

「…とにかく、ありがとう!助かったわ!」

 

「ナミちん待って!まだお礼を…!」

 

「お礼?じゃあね…」

 

考える私を、生唾を飲んで見守る面々が面白くて笑えた。私はもちろん、彼らに10億のお代に見合うだけのお礼を期待している。それは10億なんてちっぽけに思えるほどの"お礼"だ。指を2本立てて、ケイミーちゃんに、というよりも麦わらの一味たちに向けて告げる。

 

「……2年後に、私に自由をちょうだい」

 

「自由?なんだそりゃ?」

 

「ふふ…。大きな檻を、ぶち壊してくれるだけでいい。お礼はそれでいいわ」

 

ゾロが首を傾げていた。うんうん、分からないよね、今は。でも2年経ったら絶対に分かる。国一つ覆う大きな檻を、その根源をぶっ飛ばしてくれたらそれでいい。私だけが自由になるためじゃない、ヴィオラさんやドレスローザ国民たち、みんなに自由を与えて欲しい。保険をかけられたことに大いに満足しながらベビー5やデリンジャーを連れて彼らから離れた。ジャンバールの首輪を外そうとしているローの方へと向かう時、すれ違いざまにルフィに腕を掴まれた。

 

「おい!お前っ!」

 

「ん?」

 

「一緒に来い!!!」

 

力強く、そう、胸の奥まで震えるような声をかけられた。間近で、まっすぐに目を見つめられて、思わず足が止まる。

 

「ーーへ?」

 

「ちょっと、ルシーさんに何を…!」

 

「自由なんて人にもらうもんじゃねェ!自由が欲しいならおれたちが手伝ってやる!お前ケイミーの恩人なんだろ?だから、来い!」

 

触覚も温感も痛覚もない。だというのに、腕を掴まれて、痛いほどに力強く、熱いほどまっすぐに感じた。ああ、これがルフィか。ーーかっこいいなぁ。なぜか、ロシナンテを思い出した。妹を助けるのは兄として当然のことだと、当たり前のように言い切ったロシナンテのことを。うっかり涙腺が緩んで泣きそうになった。

 

「……さすが主人公、イケメンだわ。惚れちゃうね」

 

「おい麦わら、勝手に決めんじゃねェ」

 

「ん?なんでだ?」

 

機嫌が悪そうにやってきたローがルフィの腕を叩き落としてた。おいおい、喧嘩はダメだっての。

 

「こら、ロー。ちゃんと仲良くしなさいって言ったでしょ?もうすぐくまさんと黄猿さんも来るってのに……あっ、そうだ、セニョールが戻ってくるかも!」

 

「!?…それを先に言えってんだ!"ROOM"!うちの船が53番グローブにある。先に行ってろ!」

 

「えっちょ、」

 

せめてルフィくんたちに挨拶を、と言おうとしたのに、瞬き一つする間に視界が一転してて唖然とした。頭の処理が追いつかないんだけど…たぶん能力であの場から追い出されたのだろう。遠くでドンパチする音が聞こえる。

 

「キャー!すっごーい!ねえねえママ、ロー兄ィって何の能力者なの?」

 

「あー、オペオペの実だよ。ローはお医者さんなの」

 

「ふぅん」

 

テンションの上がってるデリンジャーに説明するそばで、ぎしりとベビー5の体がこわばった。顔色も悪いし、どうしたんだろうか。

 

「ベビちゃん、どうしたの?」

 

「あ……あの、ルシーさん…オペオペの実は…」

 

「うん?」

 

「あーーー」

 

青ざめた顔で口を開こうとしたベビー5を止めるように、私のポシェットの中の電伝虫が鳴った。ベビー5が出るようにと頷いたので、先に通信に出ることにした。受話器を取ると同時にギュッと電伝虫の目がつり上がる。ああ、そうだった、ディスコが連絡したんだもん、そりゃあこっちにも連絡してくるよな。

 

「ルシー。今どこにいる?」

 

「ベビちゃんとデリンジャーと一緒にシャボンディ諸島にいるよ」

 

「キャー!若様ー!」

 

「若様!」

 

2人の声を聞いたドフラミンゴが、いくらか目元を和らげたらしい。電伝虫の表情が少しばかり和らいだ。

 

「どうしたの?」

 

「何番グローブだ」

 

「えっと……ああ、今はホテルに戻ろうと思って70番グローブを散歩してるよ。どうしたの?」

 

「えっ、ママんぐっ」

 

50番グローブでしょ、と言おうとしたデリンジャーの口を塞いだ。ちら、とベビー5に目配せすると、ハッとした顔をして私の代わりにデリンジャーの口を鉄に変化させた腕で塞いでくれた。

 

(ここでドフラミンゴに真実を言おうとしないってことは、ベビちゃんは…)

 

きっと、さっきみたいに一時的なものでなく、本当に私と逃げてくれようとしているんだろう。表情でドフラミンゴにバレないように気をつけて、にっこり笑ってみせた。

 

「兄上は今何してるの?」

 

「ーーまだメンツが揃ってねェから待機中だ。退屈で仕方ねェからな。一度そっちに行こうかと思ってるところだ」

 

(まずい…!今来られるとめちゃくちゃまずい!)

 

ローたちと鉢合わせしてしまう。それは、よろしくない。大変よろしくない!引きつりそうな顔を気合いで押しとどめてなんてことないフリをした。

 

「ふぅん?でも兄上までいなくなったらみなさんに迷惑かけちゃうでしょ?」

 

「フッフッフ…シャボンディ諸島なんざここから目と鼻の先だ。だからルシー、今日はホテルで大人しくしてろ。すぐに迎えに行ってやる」

 

「……聖地に行くのはヤダ。絶対にヒマするもの」

 

「まあそう言うな。お前が10億で競り落とした人魚で遊べばいいだろ?競りが下手なお前に、おれが直々に上手いやり方を教えてやる」

 

「そ、そう…」

 

情報筒抜けですやん。とうとう笑顔を作る口の端が引きつってしまった。まさかこれ、ローのことまでバレてんのか?麦わらの一味が暴れる中でディスコがローのことを視認していたとは思えないけど…。

 

(やばい…めちゃくちゃやばい!)

 

「じゃあな」

 

「はぁい…」

 

ぷつりと通信が切れて、受話器を戻した。これは、まずい。非常に、まずい!その場ですぐに電伝虫の受話器を上げ直してボタンを押した。賭けだった。あの時…ロシナンテとロー宛に送った荷物に入れた電伝虫を、今もローが所持していれば…!

 

(お願い、繋がって…!)

 

祈る。今まで一度も叶ったことなどないのに、それでも私は奇跡を信じて祈ることしかできないままだった。弱い私にほとほと嫌気がさす。それでも、この時ばかりは祈りが通じた。

 

「…もしもし?」

 

(っ、やった…!)

 

聞こえてきたローの声に、飛び上がりそうなほど安堵した。

 

「ロー、ドフラミンゴが来る!」

 

「ーーは…!?」

 

「今聖地にいるの!すぐここに来る!たぶん今コーティングしてるんだろうけど、一旦船に乗って逃げて!」

 

海賊が新世界へ行くにはレッドラインを潜って抜けるしかない。ローは必ずコーティングをしている。そう知っているからこその言葉だったけれど、どうやら大当たりのようで忌々しげにローが舌打ちするのが聞こえた。

 

「わかった。すぐに船へ戻る!だからルシーさんは、」

 

「ルシーさん!!!」

 

「へ…!?」

 

ベビー5に抱き寄せられてその場から飛び退いた。何が起きたの、と目を白黒する私とは反対に、ベビー5とデリンジャーがある一点をじっと見つめて警戒していた。その先を見て、私は息を飲んだ。あの巨体は、あの容姿は……七武海の、くま?なんでこんな所にーー。

 

(えっ、まさか手に……あった!バイブル持ってる!あの人がくまさんだ!)

 

「オイ!何があった!?」

 

「…七武海のくまさんがいる…!」

 

「はァ!?」

 

「船長!!アレ…」

 

「……………!?…こっちにも"七武海"がいるぞ!?」

 

「っ…パシフィスタ…!クソっ忘れてた!そういやそうだった!」

 

キッドとローたちがパシフィスタとかち合うんだった。このタイミングでか、と歯噛みした。最悪だ。ここで時間を取られれば取られるほど、ドフラミンゴに捕まる確率がぐんぐん上がる!

 

「ヤバ…なんか強そう…!処刑しちゃいたいけどママがいるのよね」

 

「…デリンジャー、ルシーさんの護衛が優先よ」

 

「もちろん、わかってるわよ」

 

ジリジリと距離を空けようとする2人を見て、バイブルを持つくまさんを見て、腹を決めた。可能性は限りなく低い。だけど、本当はくまさんは優しいのだというサボの言葉を、私は信じることにした。

 

「2人とも待って。ちょっと話したいから」

 

「はァ!?ちょっとママ正気?殺戮命令受けてたらどうするのよ!」

 

(…なるほど、そういう言い方するってことはベガパンクの作ったパシフィスタって認識はあるわけか)

 

まだまだ子どもと思っていたけれど、かなり深くまでデリンジャーが知っていることに驚いた。この歳でも幹部と呼ばれるだけあって、海軍や政府なんかの内部事情をドフラミンゴから教えられている。…下手したら一般人に戻ることのできないレベルまでいってるかもしれない。それでも、この子たちに一般人になる道があったっていいはずだ。電伝虫とデリンジャーの手を握りしめて、私は腹から声を出した。

 

「くまさんに、お願いがあります!」

 

「ーー七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴの妹、ドンキホーテ・ドゥルシネーア…」

 

ひとまず武力でなく言葉で返してくれたことに安心した。

 

「私たちを北の海のスワロー島に飛ばしてください…!」

 

「はァ!?何言ってんのよ、ママ!正気!?」

 

「っ、デリンジャー!!!」

 

距離を詰めてくるくまさんを警戒して、ベビー5が鋭くデリンジャーを呼んだ。しかしくまさんに敵意がないと察したのか、2人は私を背に庇って警戒したままとはいえ、距離を空けることはしなかった。そしてとうとうくまさんの手が届く範囲にまで近付かれた。改めて見ると、めちゃくちゃデカい。生唾を飲み込んで、それでも視線をそらすわけにはいかないと彼を見上げた。表情や目からは何の感情も伺うことができない。私とは縁もゆかりもない他人だからか、ベガパンクの改造のせいなのかは分からないけれど。手袋を外し、スッと伸ばされた手を警戒してベビー5が銃の足を突きつけた。

 

「ベビちゃん、大丈夫だから足を下ろして」

 

肉球のついた手を伸ばすということは、きっと望みを叶えてくれるのだろう。そう信じることにした。

 

「だめ。だって私はルシーさんを守るってコラさんに誓ったんだから!」

 

(ーーああ…そうだったんだ)

 

不意に、頭の中にカチリとピースがはまった。ベビー5がタバコを吸い始めたのも、口調を崩し始めたのも、任務でなかなか会えなくても失恋だ何だと理由をつけて会いに来てくれたのも…全てが私のためだったのだ。さっき、オペオペの実について言おうとしたのも、きっと、ロシナンテのことを言おうとしたのだろう。ドフラミンゴと私のやり取りを家族たちが真実としてとらえているのなら、私が今でもまだロシナンテの死を知らないのだと信じているはずだから。

 

「…もういいんだよ、ベビちゃん。ありがとう」

 

この子の健気さに、泣きたくなった。ああ、本当に私は恵まれている。

 

「ベビちゃん、デリンジャー。一緒にスワロー島のロシー兄上のお墓参りをしよう。一緒に…普通の人として生きていこうよ」

 

「ーーぁ……知ってたの…?」

 

呆然と振り返ったベビー5に微笑み返した。喧騒の聞こえる電伝虫に向かって、話しかける。

 

「ロー、私のこと助けてくれるって言ったけど、やっぱり今はまだいいや。ありがとう。また連絡するね」

 

「くっ……ルシーさん…っ!?」

 

ローに胸の内でごめんと謝る。後でちゃんと理由を説明しよう。

 

「くまさん、お願いします」

 

「…お前はなぜ王女の地位を捨てる?」

 

「ーー元々私のものではないもの」

 

自由になりたい、それは真実だ。だけどそれ以上に、他人から奪ったその地位に、他人の不幸の上に成り立つその場所に胡座をかいてのうのうと生きるのは嫌だった。いつだってそれが私の心の中心にある。どんなことになろうと、決して揺るがない私の芯だ。

 

「地位も権力も綺麗な服も何もいらない。私はこの子たちと生きる自由が欲しい!」

 

「ーーそうか」

 

大きな手のひらが近付く。ベビー5とデリンジャーが私を呼ぶ声が聞こえてーーふっと意識が遠のいた。


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