ドフラミンゴのパラサイトはゴミ捨て場の半ばでぷつりと途切れた。能力がまだ未熟だからか、原作にあったように一国の軍隊を長時間根こそぎ操るような腕はまだないようだった。
「…父上…!」
なんとか間に合って欲しい、そんな思いで私は引き返した。普通の6歳児に見合わない弱い体が、途中でスタミナ切れを起こして何度も倒れてしまった。痛みも苦しみも感じないのに力が抜けたように倒れる自分の体は、まるで人形のようだった。…ドフラミンゴの糸に操られて、ようやく動くことが許される人形になんて、私はなりたくない。酸欠で飛びかける意識を何度も持ち直させて、家に向かった。けれど、もう、遅かった。
「わあああああああああ!!!!!!」
遠くから、引き裂くようなロシナンテの叫び声が聞こえた。目の前で父親の頭を吹き飛ばされたロシナンテはーーーこの世の終わりのように、泣いていた。父親の死体に縋り付き、ドフラミンゴから守ろうとしているロシナンテに、ドフラミンゴは苛立ちを隠してさえいなかった。
「どけ、ロシー!そいつの首を持って聖地に帰るんだ!」
「い"やだああ"ああ!!!!!!」
(……あーあ……あーぁ………死んじゃった…)
死体を見たのは、初めてだ。前世でも、親戚の葬式でさえ棺の中の遺骸をわざわざ見ることはなかったから。死んだ…いや、ここはあえてこう言おう…『殺されたばかりの死体』だなんて、前世の人だってなかなか見ることはなかったんじゃないかな。父親の死体は、テレビで見る作り物のようだった。頭が凹んで、そこからイチゴジャムみたいに血と脳漿が飛び出ていた。プリンみたいな卵色の柔らかそうなものが潰れていた。あれはたぶん脳だな。近くにいたであろうロシナンテに返り血が付いていないのは奇跡だ。…いや、靴にいくらか飛び散っているか。
「ッ!ルシー…なんで戻ってきた!?」
「……ルシー…?」
焦りを露わにしたドフラミンゴと、魂が抜けたように呆然としたロシナンテが私に顔を向けた。
「あー…えーっと、気になって。とりあえず、ロシー、こっちおいで」
「ル"ジー…っ!」
ぼとぼと涙を滴らせて、ロシナンテが抱きついてきた。いや、自分の体で私を覆い隠そうとしていたのだろう。私からは完全にドフラミンゴが見えなくなったから。ああ、父親のように殺されるとでも思ったのか。父親の代わりに守ろうとしているのか。けなげな小さい兄の姿に、目頭が熱くなる。
「ルシー、そのままロシーを捕まえてろ」
そう言ってドフラミンゴは何かし始めた。…父親の首を切り落とすつもりなんだろう。ロシナンテに抱きつきながら、私は頭の中でぐるぐると考え始めた。なんで父親が殺されたの?ロシナンテの避難グッズからはドフラミンゴのお気に入りの銃は抜いておいたはず。なのになんでドフラミンゴが銃を持っているの?首を持っていけば聖地に帰れるなんて誰の入れ知恵?どうしてーー?
「ルシー、行くぞ」
赤い血が滴り落ちる袋を持って、ドフラミンゴは言った。満足そうに笑いながら。
「ルシー…」
涙を流して縋り付くロシナンテを私は一度抱きしめて、にっこり笑って頷いた。
「うん、ドフィ」
何も考えたくなかった。おかしくなってしまいたかった。地獄のような場所で2年もの間、妻を失ってもずっと身を呈して我が子を守ろうとしてくれた父親の生首を見て、それでも私はこう思ったのだ。
(ああ、殺されたのが私じゃなくてよかった。ドフラミンゴの逆鱗に触れたのが私じゃなくて、本当によかった)
泣きじゃくるロシナンテの手を引いて、ドフラミンゴの後を追った。目印のように落ちた血痕を、踏み潰しながら。