「ロレンソさん、聞いてっ!彼にもらったの!」
「ベビー5!静かにおしっ!」
下からおかみさんの怒鳴り声が飛んできた。うちの子が毎度毎度すみませんー!ベビー5はドンキホーテ海賊団から離れた今もまだ、自分の本名で生活しようとしなかった。なんでも、私にベビちゃんと呼ばれたいからなのだとか。うーん、可愛いなぁ!
「あら、可愛い花束!よかったね、ベビちゃん」
「ええ!」
荒々しく扉を開けて飛び込んできたベビー5はそう言ってブーケサイズの可愛らしい花束を見せてきた。一目惚れしたというミニオン島住民の男性がベビー5の勤める花屋に通い詰めた結果、見事に恋人同士になったのである。まさかの展開に驚きつつ、こっそり様子を見に行ったら普通に普通の人で、これは騙されてるんじゃないな、と安心したものだ。というか、ベビー5が付き合いだして今までの2ヶ月間、ベビー5が財布を開くことが一度もないので貯蓄が溜まる一方なのだ。最初こそお付き合い=貢ぐことだと思い込んでいたので戸惑っていたものの、今では仲良く手を繋いで島の散策に行くほどの中という。リア充よ、永遠に幸せであれ。
「ママー!おじさんがくれたんだけど食べる?」
種類が豊富なのか色とりどりの魚の切り身を両手いっぱいに帰ってきたデリンジャーが机の上にそれらを乗せてきた。どれも獲れたばかりなのか、みずみずしく潤っている。しかしデリンジャーの服が血まみれという…。
「うん、食べよう。料理してくるから、デリンジャーは先にお風呂入ってきなさい。あっ、お風呂でちゃんと服の汚れを落としてから洗濯物に入れるのよ!?」
「はーい!」
「ベビちゃん、その魚肉持って調理場に行っててくれる?」
「はいっ!」
床に血をぼたぼた垂らしつつ浴室まで元気に走って行く背を見送った。ベビー5に魚肉を託して、床の汚れを雑巾で拭いていく。昼間に床掃除したばっかりだってのに、もう。
「まったく…仕方ない子だなぁ」
そうぼやきつつ、ついにやけてしまう。人間らしく生きている、こんな平和な生活が愛おしくてたまらなかった。なんとかおかみさんにバレて怒られる前に、玄関まで拭き掃除を終えることができた。やれやれ、と息を吐いて雑巾を洗って干しておいた。北の海だけどまだ暖かい季節だし、乾燥してるし、明日も晴れるし、きっと夜の間に乾くでしょう。やれやれとエプロンで手を拭った時、窓の外から私を呼ぶ声が聞こえた。
「ロレンソさん、こんばんは」
「ん?あら、サンチョさん。どうされましたか?」
戸を開けると、夕空の下にいたのは穏やかそうな風貌の男性だった。元々はミニオン島の住民ではなくルーベック島の住民だったらしいが、ドフラミンゴの鳥かご以降周辺の住民たちに協力してミニオン島の遺骸の葬送をする内に居着いてしまったらしい。ちなみに漁師でデリンジャーを船に乗せたりしてくれている。大柄で、風貌は違うものの、ちょっとロシナンテを思い出す人だ。
「ちょっと通りがかったので挨拶をと。デリンジャーくん、今日も絶好調でしたよ」
デリンジャーのあの狩りを絶好調で済ませられるとは…大物だな、サンチョさん。ちなみに私は一回見ただけでお腹いっぱいになった。血しぶきというか、波の揺れというか…なんかもう、すんごいんだもの…。
「ああ、そういえばデリンジャーにたくさん魚肉をくださって…。ありがとうございました!」
「いえいえ!ロレンソさんとベビー5ちゃんも一緒に食べてください」
「ええ、ぜひ!サンチョさんもまたうちに食べに来てください」
うちの宿場では食堂もやっているので、漁師の方々はよく食べにきてくれている。サンチョさんは常連さんだ。いい歳なんだし、奥さんもらって愛妻弁当でも作ってもらいなさいよ、と思ったこともある。って、いい歳して独り身って私もだ…。ブーメラン!
「ならぜひ明日の昼食にでも」
「はい、お待ちしてますね」
それじゃあ、と軽く手を振って家に帰る背を見送り、調理場に行こうと振り返ると、調理場と浴室からベビー5とデリンジャーが顔を出してニヤニヤしながらこっちを見ていた。な、何?
「ルシーさんもなかなか隅に置けないじゃない!」
「ママ、あたし別に反対とかしないからねっ!」
「え、なんのこと?」
「「別にー!」」
そう言って、きゃあきゃあと笑いながら引っ込んでいった。全く、何を期待しているのやら。
(でも…そっか、結婚かぁ…)
翌朝の休暇日、ベビー5の働く花屋で花束を買って、島の裏手にある広場の方へと向かった。土地の所有者である私がなかなか手入れに来れないものの、なんとか荒地というほど草だらけなんかにはならずに済んでいる。ベビー5たちと一緒に用意した墓石の周りを掃除して、花束を備えて祈りを捧げる。ロシナンテと、両親と、セニョールの家族と、それからドンキホーテ海賊団に所属していた名も知らない部下たち、奴隷たちにも。
「ねえ、ロシー。結婚も目標の1つにはしてたけど、いざそういう話が出始めるとなると、なんか不思議な感じだよね」
両親はきっと反対しないだろうし、相手が普通の人…下々民と結婚となれば喜んでいただろう。ロシナンテはもしかしたら泣いたかもしれない。優しい人だけど、私には甘い人だったから。でもきっと喜んでくれただろうな。そう思える。
(ドフラミンゴは……それこそ町一つ潰してでも反対してきそうだな…)
そういえば天竜人との結婚話はどうなっただろうか。私が逃げ出したことで白紙に戻ると思えない。あのドフラミンゴがわざわざ自らの失態を晒して、天竜人の機嫌を損ねてしまうことになんかしないだろうから、きっと予定通り結婚をさせようと話を進めながらハラワタ煮えくり返っているんだろう。…あの凶悪な笑みを想像しただけで鳥肌だ。しかし今のうちにさっくり結婚でもして子どもでも産んでおけば、もしかしたら諦めてくれるかも?
(いやいや、あのドフラミンゴが諦めるわけないわ…。結婚してた事実ごともみ消して、記憶操作系の能力者でも雇って私の記憶を改ざんしてきそう。……うわっ、ありえるー!)
ドフラミンゴに関しては、考えれば考えるほどドツボにハマる。考えるのをやめよう、と頭を振りつつ帰路についた、その時だ。海岸線沿いを歩く私の視界に、黒い影が見えた。もしかしてベビー5も来たんだろうか、と思った。でも、違った。
(………あーあ、平穏な日常終了かぁ…)
懐かしい姿が、今はつらい。ばちり、とグラディウスと目が合って、私は諦めのため息を吐き出した。