綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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93.家族のことは好きだけど

 

 

 

グラス越しにかち合ったグラディウスの目が丸く見開かれた。

 

「ルシー…!!!」

 

走り寄る姿を見て、これはもう逃げられないなと諦めた。もともとグラディウスから走って逃げるなんて体力もないし、逃げたところで村人を一人残らず殺して血祭りにでもされては困る。これが他のメンバーなら口で丸め込めただろうが、いくら可愛いとはいえ生真面目なグラディウス相手に説得は無理だ。

 

「久しぶり、グラディウス。元気だった?」

 

「お前…っ!」

 

「あっ、ちょっとパンクは無し無し!私死んじゃう!」

 

「っ…!」

 

ピタリと膨らむのをやめてくれたということは、ドフラミンゴから下されているのは無傷での捕獲の命令なんだろう。グラス越しの目は激情でこれでもかとつり上がっているし、握り締められた拳はブルブル震えている。グラディウスのことだ、きっと怒りだけでなく私のことを心配してくれたのだろう。なんだかんだと身内に甘いな、と笑えばグラディウスが私の腕を掴んでドスの効いた声で言った。

 

「帰るぞ!若がどれだけ心配したと思っている!」

 

「嫌よ。帰らない」

 

「な…っ!?」

 

おおかた、ドフラミンゴのことを出せば素直に帰るとでも思っていたのだろう。私に拒否されてグラディウスが目に見えて動揺した。

 

「黙って出てきてごめん。心配させたことも、ごめんね、グラディウス。だけど私は帰らない。ここで村人として生きて死ぬわ」

 

「何故だ!お前はそこまでしてでも若やおれたちの側にいたくないのか!?」

 

「違うよ。兄上のことも、あなたたちのことも大好きだよ。でも私はここで両親とロシーの菩提を弔って生きたいの」

 

「っ…」

 

ロシナンテのことを持ち出すと、息を飲んでグラディウスが動揺した。どうやらドフラミンゴは私がロシナンテの死を知っているとは誰にも言っていなかったようだ。掴まれていない方の手でグラディウスの頬を撫でて、できるだけ優しく微笑んだ。

 

「兄上とあなたたちが元気で幸せに生きられるように、ここから祈ってる。だから…」

 

「許さない…!若の元へ帰るんだ、ルシー!」

 

苛立たしげにグラディウスが腕を一振りして、海に爆発で派手な水柱が立った。その爆発が私に向けられなくて心底よかった。マジで死ぬ。

 

「グラディウス…」

 

クソッ、他のメンバーならだいたいこの辺で落ちるのに。雨のように降り落ちる海水を浴びながらため息を吐きたくなった。やはりグラディウスは真面目だ。真面目で、頑固で融通が利かず、何より手強い。仲間でいるうちは頼もしかったが、敵に回ると手間だ。どうしようかと迷ううちに、ざばっ、と水を掻くような音が聞こえた。波と違う音にまさかと振り返ると、見慣れたベビー服がみるみるうちに地面を泳いですぐ側にきた。あーあ、これはもう絶対に逃げられないわ。

 

「久しぶり、セニョール」

 

「チュパ!……ルシー…ここにいるってことは噛んでいるのはローか?」

 

「さあ?…私はただ、ここでロシーと両親の菩提を弔って生きていたいだけだよ、セニョール。ねえ、それってそんなにもダメなことなのかなぁ?」

 

「ルシー…!」

 

「落ち着け、グラディウス。…おれからは何とも言えねェな。だがお前にはもう一人、お前を待つ兄がいるってことは忘れてないだろうな?」

 

「忘れてないよ。兄上のことも、私の大切なあなたたち家族のことも。でも、それじゃあ死んでしまった家族たちのことは?ここに置いていかれたロシーのことは?ねえ、置き去りにされてしまった彼らに、ファミリーの誰が寄り添っていけるというの」

 

グラディウスに掴まれたままの腕を力任せに振りほどいてセニョールに詰め寄った。ボグッ、と慣れた音が肘から聞こえたから、たぶん関節が外れたんだろう。あんまり熱くなりたくなんてないけど、こればっかりは譲れなかった。

 

「私は忘れないわ、セニョール。ロシーのこと、死んでしまった可愛い小さな子どもたち、ちょっと怖いけど頼れた部下たち、殺された取引相手に海軍の人たち…助けられなかった、あなたの家族のことも」

 

「………」

 

セニョールが静かな目で私を見下ろす。彼だって家族のことを忘れた日なんて一度もないだろう。だからこそ私の言葉が響くはずだ。不意にぐっと腕を引かれたと思ったらまたグラディウスが私の腕を掴んでいた。そうでもしないと逃げるとでも思われているのだろうか。

 

「あなたたちは兄上と未来に向かって歩いて行けばいい。私はここで彼らを想ってひっそり生きていく。今までずっと役立たずだった私なんて必要ないでしょう?お願いだから、ここで自由にさせて」

 

「……それがお前の答えか?ルシー」

 

低い声が私を呼んだ。ああ、時間切れか。やはりこの二人を相手に説得して見逃してもらおうなんて無理だったんだなあ。私は諦めと久しぶりに会う嬉しさで微笑みを浮かべて、ゆっくりと海へと振り返った。

 

「……久しぶり、兄上」

 

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