綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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95.ただいまドレスローザ

 

 

あの後、懐かしのドンキホーテ海賊団の船を見つけたデリンジャーと引きずられたベビー5も船に乗り込み、ミニオン島を出て行くこととなった。ただ、ベビー5は海賊をやめて恋人といたいのだと主張したから、恋人を町ごと殺されてしまったのだけれど。

 

(今回の恋愛は私も応援してた分…辛いなぁ…)

 

町ごと恋人を殺された、という原作のベビー5の言葉が今さらになって身に沁みた。そして改めてドフラミンゴの恐ろしさに身震いした。

 

(…逃げようと思うなら、本格的に自殺とかも考えなきゃダメかなぁ。死にたくはない。けど、でも、……天竜人の所に嫁ぐくらいなら…いっそ…)

 

「うっ、ううっ…ジョーカーのやろう…っ!許さない!あんなにも素敵な人だったのに…!」

 

力が抜けるせいでマイナスの考えしかできない。ベビー5はベッドに伏せる私の横で恨み言を吐いて、とめどなく涙をこぼしていた。なんとか手を動かしてその涙を拭うも、次から次へと涙が落ちてくる。原作でバッファローはベビー5を妹のように可愛がられている、と称していた。まさに、その通りなんだろう。私と同じとは言えなくても、それに近いくらいベビー5は可愛がられている。だから…言うならば、この子の涙や心の痛みは、私のものと等しいのだろう。大して気の利いた言葉をかけてあげることもできず、私はただただベビー5の背を撫でることしかできなかった。ちなみに隣の部屋ではデリンジャーが久しぶりのドフラミンゴに大喜びで、島での出来事を楽しげに報告している。今さら島での出来事を話されても何も支障はない。だって、ドフラミンゴたちが町の人々を皆殺しにしたのだから。おかみさんも、ベビー5の恋人も、サンチョさんも、気のいい町の人たちも、みんなーー。

 

「ルシーっ!!!」

 

「……ヴィオラさん…?」

 

「あーっ!ドゥルシネーア王女だ!おかえりなさーい!」

 

「今回は長い逃亡だったなあ!」

 

「おかえりなさい、王女様!」

 

港に着いた私に、鮮やかな色彩が飛びついてきた。ああ、ヴィオラさんだ。ドレスローザの花畑の香りと共に、ヴィオラさんの纏う華やかな香りが肺に広がる。国王の帰還を一目見ようと集っていた街の住人たちが、私の姿を認めて口々に喜びの声を上げた。ヴィオラさんはそんな声を背に微かに震えながら、けれどドフラミンゴの手前、無言のまま私を抱きしめていた。

 

「フッフッフ…こんなに熱烈に迎えてもらえるとはなァ…!これに懲りたらもう"二度と"逃げ出そうなんて考えるんじゃねェぞ?」

 

私の頭をゆるりと撫でて、ドフラミンゴは笑った。サングラスの奥の目が、笑顔で私たちを迎える人々に向けられる。ーーああ、ドフラミンゴはこういうやつだった。あらゆる方法で人の退路を絶って、その道を自ら選んだように仕組むような男。

 

(また逃げ出せば、今度はこの街の住人たちを皆殺しにするってことでしょ?)

 

ミニオン島の、私たちが住んでいた町の人々は見せしめだったんだろう。また逃げ出せば次はドレスローザの街一つを壊滅させる、と。きっとヴィオラさんはその心を見抜いてしまって、今こうやってドフラミンゴの顔を見られずにいるんだろう。

 

「…分かってる。兄上と一緒にいる。…次に離れる時は私か兄上が死ぬ時ね」

 

現時点で天竜人との婚姻はどうなったのか情報を引き出す意味でもそう言ってみると、ドフラミンゴは一瞬ギラリと鋭い目をして、そして私に楽しげに返してくれた。

 

「フッフッフッ!それこそまさかだろ?死ぬことはねェ…おれもお前もな。あァ、そういやあの話があったなァ!」

 

ニヤリ、とドフラミンゴは嫌な笑みを見せて、大きく両腕を広げて国民たちに宣言した。

 

「今この場で!ドレスローザ全国民に発表しよう!おれの最愛の妹、ドゥルシネーアの婚姻が確定した!1年後、ドゥルシネーアは聖地マリージョアに嫁ぐこととなる!天竜人の妻としてなァ!!!」

 

わああ、と国民たちが感嘆の声を上げた。宣言を聞いて天竜人への嫌悪感を出す人は少なくなかったのに、ドフラミンゴが決めたのだから悪いことにはならないだろう、という絶対的な信頼によってその表情が歓喜に変わる。

 

(…っ…吐き気がする……)

 

加盟国であるからか、ドレスローザ国民は天竜人から直接的な暴虐を受けたことはない。天竜人の数々の悪名すら、絶対的な王者の発言と信頼の前には搔き消える程度ということか。海楼石と精神面のダブルでぐったりしながら懐かしの白い部屋に戻され、ベッドに寝込んでしまった。どうやらストレス的な発熱が起きたらしい。看病の名の下に残ってくれたヴィオラさんは、ようやく涙に濡れるその顔を見せてくれた。

 

「ルシー、どうして帰ってきてしまったの!?それにそのピアス…まさか…!」

 

まだかさぶたにもなりきっていない流血の生々しいピアスホールと、私のセンスにしては独特なデザインのピアスを見て察したのだろう。ヴィオラさんは私のピアスに一瞬触れて、火傷したようにとっさに手を引いた。

 

「…能力者にとって海楼石ってこんなに辛いんだねぇ…」

 

辛そうな顔を見ていられなくて誤魔化すように笑って見せたのに、ヴィオラさんはますます悲痛な顔になってしまった。私のことを慮ってくれてのことだと思うと面映ゆいけど、今はそんな感動している場合なんかじゃない。

 

(原作に突入しても私がドレスローザからは出て行けないことが確定しちゃったし、次の手を打たなくちゃ。…あと1年しかないんだから)

 

放っておいても原作通りに物事は進む。だけど私は何かをせずにはいられない。シナリオの針を進めるとか、そんなおこがましいことも、もう考えない。ちょっと余計な口を挟むだけだ。そして、せめて足手まといにはならないように動くだけ。

 

「ヴィオラさん、片足の兵隊さんとコンタクトとれる?あとトンタッタで発言力のある若い子にも」

 

「え、ええ…。でも何をする気?」

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

今までの人生で、幾度となく私を奮い立たせんと燃えていた胸の炎が、鈍く蠢く。その炎の勢いはもう、この世の中にだけでなく私自身にすら向かっていた。かつて父親とドフラミンゴ、そしてロシナンテとともに味わったあの地獄のような業火のように。この世界を拒絶するように痛みも何もかも消し去ってしまった、人形のような私を燃やし尽くすように。

 

「全て、終わらせるの」

 

幼少期と変わらずベッドに埋もれたまま。だけど今の私にだって戦うことはできるのだから。

 


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