綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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96.いつか必ず失うもの

 

 

 

来るべき1年後に向けて、私は自室にキーパーソンたちを集結させた。…集結させてくれたのはヴィオラさんだし、厳密にいうと私は片足の兵隊さんとはこれが初対面なんだけど。まあ一応、話の進行役は私だし。チャチャっと仕切らせてもらおう。

 

「それでは、ドレスローザ解放に向けての作戦会議を行います!えーと、兵隊さんが隊長ね」

 

かっこよくビシッと指名したのに、なんだか戸惑った顔をされた。というか、ヴィオラさんも兵隊さんもレオくんも、お互いがお互いにギスギスというかギクシャクした雰囲気なんだけど……え、なんで?顔見知りじゃないの?

 

「あの……ヴィオラ様、なぜあなたが…いえ、彼女は一体…!?」

 

「!?私を知ってるの!?私もあなた達をずっと見てた!!あなたと……レベッカを!!」

 

「!?」

 

(お、おお〜っ!?ちょっと…これどういうこと?顔見知りじゃ…………アッ、顔見知りじゃなかったわ!!!)

 

兵隊さんとヴィオラさんが出会うのって、ルフィと一緒にグラディウスから逃げつつスートの間を目指す時だった!やっちゃった!!!でもレオと兵隊さんは原作では顔見知りだったからセーフ!そもそもトンタッタと連絡を取るのに兵隊さんに頼んだのは私だし!

 

(あっ!でも、ここで「どうやっても集結できない!」とかいう展開にならなかったってことは、彼らの出会いは原作に大きく影響しないからってこと…?)

 

ロシナンテがローに刺されなかったように、スワロー島で亡くなったように。原作の流れが〜、とか言いつつも未来のことは分からないので、私の動きが全てを台無しにしてしまわないかと今でも不安だ。ここまできたら原作ブレイクとか言ってる場合じゃないんだし。

 

「えーっと。挨拶も終わったところで、さっくり計画しましょう。…いつドフラミンゴがここに来るか分からないし」

 

そう言うと、ピリ、と場の空気が引き締まった。

 

「…あなたは、ドゥルシネーア王女か。なぜあなたがドレスローザ解放などと口にする?この国の王座がリク王に戻れば、真っ先に不利益を被るのはあなた方だろうに」

 

いっそ不器用なほど直球だなぁ、と笑えた。きっとこんな人だから、スカーレットさんも事件の後で惚れ込んじゃったんだろうな。

 

「えっ!?やっぱりあなたがドゥルシネーア王女だったんれすか!?」

 

「あー、うん。ごめんね、悪気はなかったの」

 

「ならいいれす!」

 

いいんだ…。自分の身の安全のためだけに騙していたっていうのに、なんて甘…優しいんだろう。やっぱりトンタッタって諸刃の剣だわ…。

 

「まあ、私は全然王女なんて器じゃないし、ルシーとかでいいですよ、キュロスさん。不利益って言っても、単に国と王冠はあるべき場所に返すべきってだけの話だし」

 

「!!!あなたには…記憶があるのか!?」

 

「え?ねえルシー、何の話をしてるの?」

 

「???」

 

兵隊さん…キュロスとヴィオラさんがそれぞれ戸惑いの目を向けてきた。レオは話が見えていないのか、首を傾げているだけだ。

 

「順を追って話しましょう。この国の仕組み…シュガーのことと、ドフラミンゴのことを」

 

主に、現状を一番把握できていないだろうレオに理解させるために、ファミリーの情報を伝えた。おおよそはヴィオラさんも自身の能力で把握していたのか、私の説明を補足してくれた。ヴィオラさんも知らなかったのはシュガーを気絶させると能力が解除される点と、ドフラミンゴの鳥かご、そしてこの世で私だけが知り得る情報…つまり、1年後にルフィとローが手を組んでドレスローザの解放に来ると言う点だ。

 

「どこでそんな情報を?」

 

呆然とした表情のヴィオラさんに尋ねられた。その言葉に懐かしいような既視感を覚える。

 

(ああ、そっか…ロシーだ…)

 

「ヒミツ。でも、誰かに聞いたんじゃない。…あ、ホビホビが気絶で解除ってのはドフラミンゴ本人から聞いたんだけどね。未来に関しては、私の…まあ、特殊能力みたいなものかな。キュロスさんのことを忘れてなかったのもね」

 

「……間違いないようね。はあ…前々から不思議なことを言うとは思っていたけれど…」

 

「ヴィオラ様…」

 

ヴィオラさんの言葉にキュロスがにわかには信じがたい、と言いたげな声を出していた。

 

「???つまり、シュガーを気絶させればいいんれすね?」

 

「まあ…そうなるかな」

 

キュロスやヴィオラさんの戸惑いも何もかもすっ飛ばして、ズバッと結論を言ったレオは間違いなく大物だと思う。まあ、彼自身マンシェリーを探せるのなら細かいことは割とスルーしがちになっているのかもだけど。

 

「ヴィオラさんにはこの城にある海楼石の手錠の鍵を見つけて、スペアを作ってもらいたいの。たぶんローが捕まってしまうから」

 

「ヴィオラ様、ご無理をなさらないよう…!」

 

「普段は倉庫に入っているものだし、数も多くないから大丈夫よ」

 

幹部というだけあって把握していたのか、すんなりと了承してもらえた。よしよし、これで来年まで新しく手錠が補充されなければこの件はいける!

 

「それから兵隊さんにはトンタッタの指揮をしてもらいたいんだけど、まず問題なのはトンタッタが騙されやすくてドフラミンゴや幹部は騙すのが得意ってところなのよね」

 

「そうなのれすか!?」

 

せやで。なぜ気付かないのか、とため息が出そうだ。そもそもうちのファミリーはほとんどが悪人ヅラじゃないか!善人にもほどがある!頼むからまずは疑ってくれ!

 

「だからこの先トンタッタのみんなには一旦マンシェリーちゃん捜索をストップしてもらって、ドフラミンゴ以下メンバーに会わないためにも城に立ち入らないことをオススメしたいわ。それから……えっと…ちょっと待って。紙に書いて整理するわ」

 

もうこの先機会はないと踏んで、今日だけで作戦の全てを伝えてしまいたい、と思った。なので言い忘れがないようにと伝えるべき事項を紙に書いていく。

 

(伝達事項、結構あるな…。伝え忘れててもいざってなったらヴィオラさんに手紙とかで頼もうかな)

 

凡人の私は後から言い忘れを思い出すことが多いし。こういう時、自分が完全無欠な天才だったらなぁ、と心底思う。まあ、天才だったならこんな場所にいつまでもとらわれてはいないんだろうけど。海楼石のせいで書きづらいながらもなんとか頭の中の情報を書き出していく最中。ぎし、とブリキの軋む音がした。

 

「…!!!」

 

「キュロスさん?どうかしました?」

 

何か気にかかることでもあっただろうか、とザッと紙に目を通すも、特にキュロスが反応しそうなことはまだ書いていない。例えば、レベッカのこととか。だというのに、キュロスは微かにうめき声のようなものを上げて俯いてしまった。え、何事?

 

「兵隊さん、どうしたの?」

 

「隊長?」

 

「お…おおお…!!!…そうか、あなただったのか…!!!」

 

「なに?」

 

「あなたは!私に"2度"!手紙をくれた…!!!」

 

2度、という言葉と、手紙、という言葉が頭の中でゆっくりと結びつく。…ああ、そうだった。そういえば私はキュロスに2度手紙を書いた。正確には、1度目はキュロスたち一家に、だけど。もう何年も前にたった2回だけしか書いていないというのに、私の筆跡を見て気付くなんて。

 

「そういえば、お礼がまだだったね。トンタッタに連絡をとってくれて、ありがとう」

 

2度目の手紙でトンタッタに連絡を取りたい、と頼んだ礼を言い忘れていた。今さら思い出して、遅まきながら礼を言ったけれど、キュロスはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに頭を振った。そして、絞り出すように、声を上げた。

 

「私があなたの忠告を受け入れなかったばかりに、スカーレットを…!!!」

 

ヴィオラさんが、はっと息を飲んで私を見てきた。姉一家のことを気にかけていたヴィオラさんのことだから、もしかしたら手紙のこと自体は知っていたのかもしれない。ただ、この反応から察するに、その手紙の出所は知らなかった…ということか。

 

「キュロスさん、あなたが悪いんじゃない。私が……ああなるって知っていたのに…何もできなかったから……」

 

気持ちが陰る。胸の中の炎に炙られるように、ジリジリと心がすり減る。…コロシアムでレベッカに浴びせられていた怨嗟の絶叫が耳に蘇った。そして、あの時以上に強く思う。あの憎悪の声は、遠くない未来、今度は私たちに向けられる。きっと武器を手に向かってこられる。今まで向けられていたあたたかな笑顔が、憎しみに変わる。そんな予測がかつて火あぶりにされた思い出と重なる。

 

「ーードフラミンゴを…止められなかった…私が…私が、スカーレットさんや街の人たちを殺したのよ…私が……」

 

「……ルシー、どうしたの…?」

 

直接的な苦痛であれば、どれだけマシだっただろうか。誰も私を責めてこない、そんな真綿のような罪悪感に、少しずつ絞め殺されるような感覚だった。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさい、私…知ってたのに…!」

 

「……いや、あなたのせいではない」

 

「ええ……あなたが悪いんじゃないわ、ルシー。あなたは何もしていないんだから」

 

「あの、泣かないでくらさい…」

 

こうなることが分かっていたのだと告白した。だというのに…妻を失い娘と主君が酷い目にあっているというのに、キュロスは私を責めなかった。ヴィオラさんも、レオも。優しく私を慰めてくれた。

 

(どうして責めないの…)

 

私は怖くなった。いつか必ず、この優しさが無くなってしまう日がくる。今は優しい彼らも、1年後には私を詰る民衆の一人に変わるのかもしれない。原作を読んで違うとは分かっていながらも、そんな想像が頭をよぎった。

 

「……ごめんなさい…」

 

お前は本当に弱いなァ、と言ったドフラミンゴのつまらなさそうな声が聞こえた気がした。

 


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