綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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97.取りこぼした2人分の命

 

 

あれから何度か話し合いや手紙での連絡をして、なんとか原作通りに作戦を開始できる用意が整った。心臓100個事件のローの悪名や、頂上戦争での破天荒なルフィの名前を知っていたヴィオラさんの説得が一番大変だったかもしれない。何せ相手は国を乗っ取ったドフラミンゴと同じ海賊…しかも七武海だし、原作でもサンジの頭を覗くまでルフィたちを信用してなかったっぽいし。

 

(てか結局手を組むかどうかはサンジくんの頭の中を覗いてから判断するとか言われたし…)

 

まあ、それでも全く構わない。原作を読んだ以上に直接彼らと会ったことで、私は麦わらの一味をこれ以上ないほどに信頼をしている。

 

(懐かしいな、シャボンディ諸島……)

 

つい先日、ドフラミンゴがいいものが手に入ったと、ある悪魔の実を私に見せてきた。悪魔の実のことを少しは勉強しろとドフラミンゴに押し付けられた本を開くまでもなく、あれはメラメラの実だったと断言できる。なぜならこのタイミングでベビー5とバッファローの姿が見えないからだ。…要するに、原作に突入したのだ。さしずめ今はパンクハザード編ってところか。

 

(ローは約束を守ってくれるかな…)

 

モネとヴェルゴの命を助けてほしい、と強引に約束を取り付けたものの、原作のあのぐちゃぐちゃかつ忙しい中でそんなことが可能なのか、今さらながら心配になった。ソファにもたれかかり、祈るように手を組んでため息をこぼしていたら、出窓に腰掛けていたドフラミンゴが顔を覗き込んできた。

 

「…顔色が悪いな、ルシー。また熱か?」

 

私を膝に乗せると海楼石に触れてしまうからか、ドレスローザに戻ってからドフラミンゴがむやみにくっついてくることがなくなった。もちろん夜寝る時にお気に入りの人形代わりにされることもなくなった。何のかは知らないけれど能力者になって海楼石の装飾品をつけられてと散々な目に合ったものの、兄がある意味マトモになったのはありがたいことというか何ていうか…。それでも時々膝に乗せたりはされるけど。

 

「ううん……モネに会いたいなぁ、って思って」

 

「ああ、そういやお前はモネにもヴェルゴにも会ってねェんだな」

 

そう、モネとはもう8年も会ってない。ヴェルゴなんて別れを告げられてから14年以上も経つ。原作で時々病気の妹に会うために基地を留守に、って設定があったほどだし、きっとヴェルゴはドフラミンゴと会ったりしてたんだろうな。私にも会わせてくれたっていいだろうに。このまま二度と…遺体にすら会えないなんて、嫌だ。二度とモネをシュガーに会わせてあげられないかもだなんて、そんなのは絶対に嫌だ。

 

(お願い、ロー……モネとヴェルゴを殺さないで…原作に殺させないで)

 

奇跡が起きることを願った。ローを信じて待った。けれどーー。

 

「……悪いな。全てを道連れに……死んでくれ…!!!」

 

『了解。"若様"』

 

5匹の電伝虫をサイドテーブルに乗せ、それぞれの相手と通話するドフラミンゴの口から、そんな言葉が出た。そして、その相手からの了承も。ーーモネの、自らの死を承諾する言葉が。

 

「っ、だめ!兄上、モネを死なせないで!」

 

「黙ってろ…ルシー」

 

さすがのドフラミンゴも家族を自らの命令で死なせるのは初めてだからか、声に力がなかった。私は…本当は分かっていた。ローがモネの心臓を取り返していれば大爆発が起きて島ごと…モネも死んでしまうことを。それでも私はモネを助けたいと思って、だからローにモネの心臓を取り戻して欲しいと頼んだ。逆に、原作通りローがモネの心臓をシーザーから取り戻していなければ……モネが死ぬだけ。どちらにしても、モネは死ぬのだ。

 

(……それでも、シーザーにあんな形で殺されるなんて、そんなことはさせたくなかった…!)

 

けれど、ドフラミンゴの命令で死なせることもしたくなかった。私のせいだ。私がもっと、ちゃんとローに伝えていれば。モネを死なせない方法を、もっともっと考えていれば。

 

(私がモネを殺すようなものだ…)

 

『……お嬢様、そこに…いるんですか?』

 

「モネ…」

 

ドフラミンゴが無言のまま私に電伝虫を寄越してきた。震える手で受話器を手に取り、私はモネに話しかけた。

 

「ダメだよ、モネ…帰ってきてよ。そんなところで死なないで…!シュガーと一緒に幸せになるって、そう言ってたじゃない…!」

 

『………』

 

電伝虫が、笑みを見せた。通話の向こうのモネもこんな風に…神様が俯瞰するような眼差しで微笑んでいるのだろう。それは死を受け入れた人間の表情そのものだった。焦燥感が胸を焼く。いつかの叛逆の炎が、私を嬲る。

 

「今日まで…ごくろうだったな」

 

『………』

 

ーーああ、ヴェルゴも……。ローは2人の命を守ってはくれなかった。約束してくれたのに、ダメだった。私のせいだ。ローに任せっきりにせず、私がもっと上手く立ち回れていたなら2人を死なせずに済んだかもしれないのに。私のせいで2人が死んでしまうんだ。

 

「…あなたたちを守りたいのに」

 

涙がとめどなく落ちた。悔しい。悲しい。苦しい…!

 

『……さよなら、お嬢様。どうか幸せに…』

 

通話の向こうで爆発音が響いている。その音に紛れるような小さな声で、モネは言った。その途端、ガシャン、とひときわ大きな音が電伝虫から発せられた。ハッとしてモネに語りかけようと口を開いたけれど、喉が引きつって声が出なかった。

 

「…!?」

 

声の出ない私から受話器を奪い、ドフラミンゴがモネに向かって声を上げた。

 

「……モネ、…何かあったのか。応答しろ………!!!」

 

ああ、原作通りになってしまった。ぐわん、と視界が揺れる。全身の血が逆流するような、そんな衝撃に思わずソファへと倒れてしまった。

 

(え…何が、起きたの…?)

 

当然痛みはない。2人が死んでしまうことが、物理的に倒れるほど私にとってショックだったのか。呆然としていると、さすがに様子がおかしいと思ったらしいドフラミンゴが私を抱き起こしてきた。

 

「ルシー…どうした?一体何がーー…!!?」

 

ハッとした顔で、ドフラミンゴは私の背をさすった。私を抱き起こした時に違和感を感じたのだろう。そして正面から、私の胸に大きな手を当てて、服の上からその凹みを確認した。そう、私の心臓がないことをーー。

 

「…ローか!!!」

 

憤怒の感情をあらわにし、しかし強烈な感情を溢れさせながらも笑みを浮かべ、ドフラミンゴは机の上の電伝虫1匹と側に引っ掛けていたコートを掴んで文字通り窓から飛んで行ってしまった。徐々に楽になって息ができるようになってきたけれど、私はその背を見送ることしかできなかった。もしかして今の衝撃は、ローが持つ私の心臓が握られたものだったんだろうか。

 

「……モネの心臓と私の心臓、取り替えてくれてたらよかったのに…」

 

そうすれば、私がシーザーに殺されてただろうけど、モネは助かっただろうに。……いや、それはないか。

 

(どっちにしたって、モネは死んじゃったんだから…)

 

もう、モネと繋がっていた電伝虫も、ヴェルゴと繋がっていた電伝虫も、どちらからも微かな爆発音しか聞こえなかった。

 


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