(やっぱり、私も動かなきゃダメだ…)
腹を決めた。銃は没収されたけど、私には悪魔の実の能力がある。いざとなったらこの海楼石のアクセサリーを家族たちにピタッとくっつけて…。
(…あ、海楼石といえば)
ドフラミンゴに見つからずに済んでいた、あの海楼石のカケラを取り出した。カケラの数はそんなに多くはないけど、いざとなったら家族たちに投げつけて…いやいや、さすがにこんな小さいものをぶつける前に、持った時点で私が脱力しちゃうっての。それに、動くも何も、そもそも私の耳や足の海楼石を取らないことには…。
(困った時のヴィオラさん、だよね)
何から何まで申し訳ないけれど、他に頼れる相手がいないのだ。今回ヴィオラさんに頼んだのは2つ。人形を1人連れてきて欲しいということと、このピアスとアンクレットの模造品を作って欲しいということだ。数日して私の望み通りにしてくれたヴィオラさんに周囲を見張ってもらいつつ、私は人形に頼んだ。
「このピアスとアンクレットを取ってください」
「…分かりました」
人形の虚ろな目が私を見上げた。その目に既視感を覚える。もしかしたら幹部塔で会った人形の1人だろうか。無力にも、ごめんねと口先だけで謝る私を、恨みとともに覚えているのかもしれない。いつかこの人形にも報復される。ピアスを取るために近付いた手に、一瞬ぞくりと背筋が震えた。微かな振動とともにピアスが取られ、そしてなんとかアンクレットも取ってもらった。人形は海楼石に触れても、元の人間に戻ることはなかった。あくまでも「悪魔を宿す能力者」に作用するものであって、「人形になってしまったもの」には能力無効の作用はないということか。そしておそらく、シュガーに海楼石を触れさせても、人形なってしまった彼らを元に戻すということはできないのだろう。厄介な、と吐きかけたため息がすぐに掻き消える。体がふわりと浮かぶように、軽い。
「わ……」
一歩前にと踏み出した足があまりに軽すぎて転んでしまいそうになるほどだ。海楼石がないと、こんなにも軽やかに動けるものなのか。
「取ってくれてありがとう!ヴィオラさんも、助かりました!」
「良かったわ。でももしかしたらドフラミンゴにはバレてしまうかもしれないから、何か手を打った方がいいわ」
「じゃあ…ピアスだけ。すぐ取れるくらい緩く付けておくわ」
耳たぶに癒着しかけていたのか、耳にまた血が滲んでいたけど、ドフラミンゴは海楼石を恐れて私の耳に触らないからバレないだろう。それでも海楼石のピアスを付けておくのは、たまに抱き込まれたりするから、その時はさりげなく海楼石を身に付けてるアピールのためだ。アンクレットは自分で取れないから却下。海楼石のものとよく似ているアンクレットを足に付けた。
「ドゥルシネーア王女」
「…うん、どうしたの?」
人形が私に語りかけてきた。限界を迎える直前のような、感情の磨り減ったような声だった。
「私たちは、まだ諦めてはいません。助かるために、私たちはまだ誰も、諦めてはおりません」
かつて、私が幹部塔で人形たちに言った言葉を思い出した。諦めないで、と。私でなくあなたたちがあなたたちを救うのだと。そう言ったことを思い出した。
(やっぱり、あの時幹部塔にいた人形だったんだ…)
よくぞ8年もの間、諦めずにいてくれたものだと思った。素直に彼らの力に驚いたし、感動した。
「ですから、あなたも負けないでください。私たちには何もできませんが、ドフラミンゴに負けないでください」
「……え?」
この人形は一体何を言っているんだろうか。私がドフラミンゴに負けるとは、どういう意味なのだろうか。
「国が炎に包まれ、あの日、ドフラミンゴが王位についた瞬間を皆が見ていました。高らかに笑うドフラミンゴと幹部たちの側で、あなただけが私たちのために泣いてくれていた…」
もしかしたら、この人形はドレスローザの兵だったのかもしれない。
(そうか、彼には私がそう見えたんだ)
国民たちはみんな王座についたドフラミンゴを歓迎していたと思っていたけれど、やはり兵は疑いの目を向けていたのか。だから私の様子にも気付けた、と。なんていうか、勘のいい人だ。
(まさか……だから人形にされたの?)
これはドフラミンゴの罠だ、と糾弾しようとしたのか?だから人形にされた?だとしたらそのきっかけはーー私だ。
(また…私のせい…)
体は軽やかになったのに、心がずぐりと落ち込んだ。私が不用意に泣いたりしていなければ。幹部たちの、それこそピーカの中にでも隠れていたなら、よかった。
「…ルシー、あなたのせいじゃない」
幾度となくヴィオラさんから言われた言葉を、また言われた。私が落ち込んでいる度に気遣ってくれる彼女の優しさが、辛い。この優しさを失いたくないと思うのは、私の弱さで、汚さだ。ほとほと、自分が嫌になる。
「…ねえ!それよりもルシーはどんな能力だったの?」
「…分からない。でも、たぶん……予想はできるわ」
こんなにも体が軽いのは、きっと海楼石から解放されたからだけじゃないんだろう。バイスのように重さに関する能力者はもう原作でいたから、おそらく、私は空気に関係する能力を手に入れたんだ。けれどドフラミンゴは逃亡できるような能力ではないと断言した。そしてこれは私の勘なんだけど、きっとアニメオリジナルなんかの未知の悪魔の実ではないだろう。……その上で、この原作の段階で、所在が分からない悪魔の実は、限られている。
(これで違ったら本を読んで勉強し直さなくちゃだけど…)
ドフラミンゴに渡された分厚い悪魔の実図鑑…どこやったっけ。そんなことを思いながら、私は胸に手を当てた。
「ーー"凪"」
じわり、と胸元があたたかくなったような、そんな錯覚を覚えた。見た目には何も変化がない。
(これで違ったら……いつかまた旅に出てロシーの実を探さなきゃだなぁ)
そんなことはもう不可能だろう、そう薄々感じながらも思った。きっと私は死ぬまでこの国から出られない。ルフィにドフラミンゴを倒された後も、天竜人が私に価値があると判断して結婚までするわけがないんだから。ドフラミンゴが倒されるということは、今まで沈黙していた世界政府や天竜人がドフラミンゴと私を本格的に殺そうとしてくるということだ。そうでなくてもドレスローザ国民に恨まれて嬲り殺しされそうなのに。
(やっぱり、私に自立なんて無理だったんだなぁ…)
旅なんて夢のまた夢だ。分かってる。けどそれが悔しいし、悲しい。机の上に置いていた本を手にとって、床に投げつけた。
「キャッ!」
「ルシー何を……!!?」
ふかふかの絨毯の上とはいえ、本を投げつけても音が一切しなかった。
(ああ、ロシー……やっぱりあなたの力だった)
身の内に宿る悪魔に語りかけた。ようこそ。会いたかったよ。でも、本当は会いたくなかった。
「(会いたいよ…ロシー…)」
ロシナンテの死を看取ったローたちや村人から話を聞いて、ロシナンテの墓まで作って、どうやらそこまでしても私は心のどこかでロシナンテの死を認めたくないなかったらしい。けれど、こうやってロシナンテの能力を私が引き継いでしまったなら、ロシナンテの死を受け入れざるを得ない。この世に、あの優しい、私の絶対的な味方はもういないのだと、認めざるを得ない。
「(…会いに行きたい)」
柔らかな絨毯に、ぽつりと涙が落ちた。