本当はもっと能力の幅が広いのかもしれない。そう思いつつも、見たことがあるのは2つだけだったから、私はひたすらカームとサイレントだけを特訓した。部屋に閉じ込められたまま日がな一日することといえば特訓だけ。前世の私なら退屈すぎて死んじゃってたかもしれないけれど、かつてヴェルゴたちに鍛えられた日々を送ったり、ドフラミンゴに閉じ込められるという特殊環境に慣れていたおかげで、特に支障もなく特訓に明け暮れることができた。おかげでサイレントに関してはなかなか広い範囲で発動できるようになったと思う。……まあ、確認できてる範囲はまだ自室だけなんだけど。凪は数人分くらいいけそう。とはいえ、24時間365日単位で口元に限局して能力を発動させていたコラソンには敵わない。
(…やっぱり、才能の差なんだろうなぁ)
悲しいことに、これが現実だ。武術の才能がない私は、能力者としても今ひとつなようだ。ロシナンテが能力を使うのを見ていて、それでもなお劣化コピーしかできないなんて。
「ルシー、ちょっと来い」
「うわっ!兄上?へ?ちょっと、なに???」
ドフラミンゴに担がれて連れて行かれたのは、広いスートの間。まさか、と顔を上げた先に、大きな椅子が並んでいた。ハートの椅子に座っていたのはーーローだった。
(は、は、早くない!?)
スタイリッシュに2度見3度見をした私を、ドフラミンゴが楽しげに笑った。え、うそ、もう原作のこんな場面?聞いてないんですけど!?ってかそれならそもそも朝の時点で国民たちがドフラミンゴの七武海やめたやめてないetcで騒いだり……あ。
(もしかして…能力の特訓のせいで聞こえてなかっただけ…だったり?)
ざあ、と顔から血の気が引いた私の肩を支えたまま、ドフラミンゴはローの側へと近寄った。今は海楼石をつけてないから、大人しく脱力のフリをしてドフラミンゴに連れられた。間違ってもドフラミンゴの手がピアスに触れないよう、バレないように、気を張り詰める。
「ロー。お望み通り連れてきてやったぞ。ルシーの心臓を返す気にはなったか?」
「………」
ギロ、とドフラミンゴを睨みあげる姿は、さすがというか。後が怖すぎて私にはできないことを、ローはよくやれるものだと尊敬する。傷めつけられて、ズタボロになっている。そんな姿を見てかわいそうだと思う、けれど、どうしてもモネとヴェルゴの姿を思い出して複雑な気持ちになってしまう。
(…どうして助けてくれなかったの?)
単に余裕がなかっただけなら、しかたがないと諦めもつく。だけど、昔を思い出す。ミニオン島で、弱ったロシナンテを手当てさせようとローが海兵を…ヴェルゴを連れてくる、そんな場面がないように、私はちゃんと手配してたでしょう?もしかして、それでもロシナンテとローはヴェルゴに見つかってしまっていたの?一度は約束してくれたものを覆すほどに、そんなにもヴェルゴとモネが憎かった?視線で会話なんてできるわけもなく、そらすことなくじっとローと見つめあっていると、突然外が騒がしくなり始めた。
『外壁塔正面入口より報告!!侵入者〜〜!!!』
ドフラミンゴがけたたましく鳴り響く警報と、賑やかなコロシアムの実況の方へと向いた時、私は今しかないと判断した。
「"サイレント"」
騒音に搔き消えるほどの小さな声と指の音だったというのに、ローは正確にそれらを聞き取ったらしい。見開かれた目に、じわりと涙の膜が張るのが見えた。
「(まさか、本当にこの国に私の心臓を持ってきたわけじゃないでしょ?私と話したかっただけなんだよね?)」
ハンカチでローの顔に流れる血を拭って、ドフラミンゴにバレないように話しかけた。声が聞こえないとはいえ、見られれば口が動いているのは丸わかりだからだ。
(くそっ…ヴィオラさんに作ってもらった合鍵、私ももらっておけばよかった…)
今ならローの手錠を外すことができるのに、と悔しく思った。だってまさかこのタイミングでドフラミンゴがローに会わせてくれるなんて思いもしなかったし。とはいえ、もしローが私の心臓を持っていたなら、手錠をかけた今もまだドフラミンゴが取り上げていないわけがない。ここにはサニー号もローの船もないんだし、きっと私の心臓はローの船かどこかにあるはずだ。
「(なんで、あんたがその能力を…)」
「(…性悪な兄上にでも聞いて。それで、要件は?)」
ちら、と後ろを見ると、ドフラミンゴが電伝虫を何匹か用意してどこかに連絡をかけているところだった。部屋の外の兵士たちの動きが活発になってきているのが分かって、そろそろバッファローたちがやって来るのでは、と警戒を強めた。
「(……モネとヴェルゴは海軍に引き渡した。約束は守ったぜ、ルシーさん)」
「(……え)」
にや、と笑う悪い顔が目に入った。次の瞬間には顔が引き締められて、私の背後へと目配せしたのが分かったから、とっさに能力を解いた。けれど、告げられたことが信じられなくて、呆然としてしまう。
(モネとヴェルゴが……生きてる?)
「あっ!ルシーさん、ローから離れてっ!」
「わっ!?あ、ベビちゃん…!」
「若様、ルシーさんには部屋に戻ってもらう方が…!」
ローから隠すように、ぎゅむ、とベビー5に抱き込まれた。ベビちゃん…こんな時だけどさ…大きく育ったねぇ…色々と。なんとかモネ・ヴェルゴショックから立ち直りつつ、今度は柔らかな胸の谷間に抑え込まれて、ヨコシマな発想が出てきた。
「ハァ…。ベビー5、ルシーを部屋に戻せ。ルシー、お前はしばらく部屋で大人しくしてろ。いいな」
「…わかった」
「イイコだ」
ぐりぐり、と頭を抑え込むように撫でられた。ベビー5に体を支えてもらいつつ部屋へと戻った直後、悲鳴のような騒がしさが街から王宮にまで広がってきた。いや、王宮の中でも、凄まじい悲鳴や歓喜の声が響いている。
(…シュガー……)
ウソップがやったのだろう。ああ、これでドレスローザは終わりだ。能力で全てかき消してしまいたいほどに、まるで地鳴りのごとく声のうねりは大きく聞こえる。私たちの終わりを告げるように。
「…ルシーさん」
「ん…?なあに?」
「あのね…私はずっと、ルシーさんの味方よ」
私の心の中など知らないはずなのに、ベビー5はまるでヴィオラさんのように心を読んだようなことを言ってきた。思わずどきりとして、けれどそんなことを悟られてはいけないと私は笑ってみせた。
「ありがとう。私も、ずっとベビちゃんの味方だからね」
「…うん」
ベビー5はタバコを咥え、部屋から走って出て行った。
(…そっか……ギロギロの実じゃなくたって、心が読めるくらい、ずっと一緒にいたんだもんね…)
大切な家族だ。大切な彼らだ。だけど、私には守れない。たとえドレスローザから秘密裏に逃がせるような能力を持っていたとしても、私にはその後を守りきることなんてできない。世界を相手に、家族を守ることなんてーー。私にできることは、彼らが無事に海軍に捕まることを見届けることだけ。
「…私は、みんなを守らなくちゃ」
錆びついた呪文をもう一度唱えた。たとえ家族たちを世界から守る手立てがあったとしても、私はもう手を出さない。全てをこの世界の流れに任せることが、ベストなんだ。