綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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グロ注意


12.暴虐の兄と脆弱な兄

 

 

海に、海軍の船が来ていた。しかもゴミ捨て場に一番近い海に。父親が電話をかけていたのは海軍にだった?いや、そんなはずはない。だって逆探知されて手酷く切り捨てられたのだから。しばらく悩んで、一つ思い当たることがあった。ドフラミンゴのファミリーになる、彼らだ。確かハート、スペード、クローバー、ダイヤの幹部になるから…4人か。彼らがドフラミンゴに悪魔の実を提供して、武器を持たせたのだ。そして父親を殺して……おそらく、首を持って行けば天竜人に戻れるとでも唆したのだろう。

 

(ドフィを騙したのか…いや、彼らは彼らなりに考えて首を持って行くことに勝算を見出していたのかもしれない。でも、天竜人は私たちを絶対に拒絶する。だってそういう人たちなんだから…!)

 

二人の兄の手を強く握りしめた。こんなのは無駄なことなのだと言ってしまえばいいのかもしれないが、ドフラミンゴが納得するはずがない。なぜそんなことが分かるんだと詰られるだけだ。ロシナンテはもう顔を上げずに足元しか見ていない。…静かに泣き続けている。

 

「おや?君たちどうしたんだい?」

 

人のいい笑顔で話しかけてきた海兵に、ドフラミンゴは尊大に言い放った。

 

「おれたちは天竜人だ。さっさと船で聖地へ送れ」

 

サッと海兵の顔色が変わった。

 

「あのね…お父さんお母さんから聞かされてないのかな?天竜人を名乗るだけでとんでもない犯罪になるんだよ?」

 

「くどい!さっさと船に乗せろ!」

 

ビリリ、とドフラミンゴから覇気が滲んだ。面食らった海兵が一歩たじろいだが、私たちを船に上げようとしなかった。当然だ。だけど、ドフラミンゴから見れば当然のことではない。

 

「チッ、役に立たねェな…!もういい、お前は消えろ」

 

「え?あ…体が…っ!!?」

 

私の手を離し、ドフラミンゴの手が奇妙な動きを見せた。すると海兵が背中の銃を構え、そして、銃口を咥えてーー。パァンと軽い音がこもって聞こえた。どちゅ、と肉を床に叩きつけたような音がして、そして、海兵の背後に赤い霧が花火のように散った。体がぐらりと傾いて地面に倒れた。弾け飛んだ後頭部が一瞬見えたけれど、すぐにドフラミンゴの手で視界を隠されて見えなくなった。私は一層泣き声がひどくなったロシナンテの背中を撫でてなだめた。

 

「……兄上、何も殺さなくても…」

 

「邪魔するやつを処分しただけだ」

 

銃声を聞いて何事かと船から降りてきた海兵たちを悉く自殺させて、ドフラミンゴは悠々とタラップを登って行った。血と肉片で汚れきった地面とタラップを進むには、それらを踏みしめて行くしかなかった。生臭さはゴミ捨て場で慣れたとはいえ、空気が濁るほどの臭気は初めてで怯んでしまう。うんざりしながら、けれどドフラミンゴを追うしかなくて、私も一歩踏み出した。

 

「ぐっ…オエェ…っ」

 

「…ロシー兄上」

 

耐えきれず嘔吐したロシナンテを哀れに思った。うん、普通は無理だよね。死骸が積み重なる中、血と肉片の上を歩いて行くのも、そんな光景を作り出した兄に従って行くのも。でも、仕方ないじゃないか。私たちはまだ彼の『家族』の枠の中にいる。そこから出てしまえば、次に死体になるのは私たちなのだから。

 

「兄上、目を閉じて」

 

「ル"ジー…」

 

「大丈夫。これは悪い夢なの。船に乗って、耳を塞いで目を閉じていれば、ちゃんといつもの朝が来るよ」

 

船の中でドフラミンゴが怒鳴りつけている声と銃声、大の大人が泣きわめく声が聞こえる。このまま皆殺しにして出航できなくなってしまえ。やけになってそんなことを思った。賢いドフラミンゴのことだから、きっとそんな凡ミスはしないだろうけど。…痛覚や触覚がなくなってから、あらゆる場面で現実味がない。VRのゲームでもしているみたいだ。

 

「…どう、して…ルシーは平気なの…?」

 

「……これは夢だもの」

 

これは夢、夢なんだよ、とロシナンテに繰り返した。夢だから、怖い事があってもそれは現実じゃないのだと。それでも納得なんてしていないロシナンテに、目を閉じるように言った。

 

「私が手を引いてあげる。ロシーは目を閉じて付いてきて」

 

「ロシー!ルシー!早く来い!」

 

「ほら、ドフィ兄上が怒ってるよ。ね、大丈夫。ロシー兄上のことは私が守ってあげるから」

 

「…ごべん"…ごべん"ね"……ル"ジー…っ!」

 

「…いいんだよ、私は大丈夫だから」

 

本当は大丈夫じゃない。だけど、子どもの前で泣き言は言えなかった。だって私は、本当は大人なんだから。

 


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