綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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101.猶予なんて残されていない

 

 

 

渋る工場長を説き伏せるのにドフラミンゴの名前を使って、なんとか扉を全開にさせることに成功した。中ではトンタッタを逃すまいと工場長と下っ端が慌ただしく何かしている。トンタッタを助けてあげたい気持ちは山々だけど、今は死ぬかどうかの境にいる街の人々の避難の方が優先だと割り切った。予定通りなら、もうすぐレオが仲間をこっちに寄越す手はずになっているし。

 

「早く工場の中へ!まだ入れます、早く中に逃げてください!」

 

私も兵や下っ端と一緒に声を張り上げて、街の人たちを中に誘導した。けれど今ひとつ効果がない。避難誘導の声を聞こうとしないというよりは、避難しようとするけど私の姿を見て足が止まっているような状態だった。

 

(もしかしたら私や下っ端は立ち退いて、兵だけに任せるべきなのかも…)

 

そりゃそうか。ドフラミンゴの妹、部下というのは誰がどう考えたって敵だし、怪しい。

 

(それに、この熱気……下手すると私と下っ端に向けて暴動が起きるかも)

 

どのみち皆殺しにするくせに、ドフラミンゴがパフォーマンスにと懸賞金をかけたせいで、国民も海賊も海兵も、誰もかれもが殺意と憎悪で熱狂している。金に目を眩ませる者、仕方がないと苦悶に顔を歪ませる者、ドフラミンゴに立ち向かおうとする者もいる。けれど国を包むように渦を巻くこの熱は、紛れもない激情に満ちていた。ただの善良な一般人に武器を取らせるほどの、狂った激情に。

 

(やっぱり、想像してたのと全然違う…)

 

知識と経験は違うと理解していたはずなのに、それでも体が竦む。逃げ出したい。逃げて隠れて、全てが終わるのをただ待つという手もあった。それをしなかったのは、私の弱さのせいだ。もう後悔するのが嫌だったから、怖かったからーー自分が動いたことで1人でも救えたら、なんて驕っていたのだ。

 

「……逃げろだって!?」

 

憎しみのこもった声がぶつけられて、体が硬直した。反射的に見た先で、血にまみれ、微かにも動かない女性を抱いた男性が、涙に濡れ憎しみで充血した目で私を睨んでいた。

 

「この国を…おれたちをこんな目に合わせておいて!よくもそんなことを!!!」

 

「っ、ドゥルシネーア様!」

 

がきん、と金属同士が叩きつけられる音が響いた。その音があまりに間近だったものだから、肩が跳ねるほど驚いてしまった。私に怒鳴ってきた男性とは別の人が、背後から殺意を持って私を殴りつけようとしていた。それを剣で受け止めているのは王宮で私が見たことのない兵士だった。

 

「あんた…リク王軍の兵じゃないか!あんたたちだってこいつらに酷い目に合わされたんだろ!?」

 

「なんでそいつを庇うんだ!」

 

「くたばれ!」

 

「おれたちの10年間の苦しみを味あわせてやれ!」

 

周囲の人々から、おそらく人形にされていたであろう人たちからも、そう叫ばれた。

 

(分かってた…けど、やっぱり怖い…っ!)

 

昔の記憶と重なる。ぐるぐると視界が回りそうだ。もうしにたいよ、と泣いた幼いロシナンテの声が耳に蘇る。ここにはもう私を助けようとしてくれたロシナンテも、無力なりにも私たちを庇おうとした父親すらもいない。ーードフラミンゴが殺してしまった。

 

「私はっ!この10年、ドフラミンゴに人形にされ、地下で働かされていたっ!!!」

 

ふっ、と空気の流れが変わった。ガチャガチャと鎧や武器を鳴らしながら、何人かの兵や一般人、カタギではなさそうな人までもが私に背を向けた。まるで、私を捕らえようとする民衆たちの動きを阻むような格好で。

 

「だが!!!それはドンキホーテ海賊団の総意だったのか!?この国から!ドフラミンゴからも逃げ出そうとしていた彼女は!本当に私たちの仇なのか!!?」

 

「ーーー」

 

息を飲んだ。この期に及んでまだ私のことをそんな風に言う人がいるなんて、想像すらしていなかった。あなたの国民でしょう?この民衆の中にはあなたの家族もいるかもしれないんでしょう?あなたの大切な人が殺されたかもしれない。あなたの家族、部下、知人、友人もドフラミンゴ海賊団に酷い目に合わされたのかもしれないのに。あなたも死にたくても死ねない永遠のような絶望に苛まれていたはずなのに。

 

(ーーなんで私なんかを庇ってるの?)

 

「つべこべ言わずにさっさと中に行け!!!」

 

「あんたならドフラミンゴを止められるかもしれねェんだろ!?さっさと行って兄貴止めてこい!!!」

 

なかばヤケになったような声で私の背を押したのは、やはり見たことのない兵だった。なんで、どうして、そんな疑問ばかりが頭の中をぐるぐると渦巻く。私の家族でもないのに、どうして私を守るの。

 

「ま、待てっ!」

 

「お前ら、その武器を向ける相手をちゃんと自分の頭で考えて出直せっ!!!」

 

「だいたいこんななまっちろい女に何ができるってんだ!!!」

 

その通りだ。私に何かできるかもと思っていた時点で、私は自分を過大評価していたんだ。戦いも覇気も、色んな才能がないと家族たちからも散々酷評されてたじゃないか。他人の方がよっぽど正確に私を理解してくれている。そんな彼らが、私ならドフラミンゴを止められるかもしれないと言ってくれた。

 

「ーーありがとう」

 

敵意を持つ人々を丸ごと工場に押し込むことは彼らに任せて、私は真正面からやってきたフランキーへの対応に走った。ビームで工場を壊そうとする彼に、両手を広げてやめるようアピールする。真正面の強烈な光が大きくなるのを見て、逃げ出したいと体が震えたけれど、なんとかフランキーには私の姿を視認してもらえたのか光が収束するのを確認できた。

 

(ナウシカってすごいな…!)

 

よくもまあ、撃たれることを覚悟して両手を広げて待ち受けたものだ。さすがは姫ねえさま、恐るべし。

 

「アンタ確か…ドフラミンゴの妹か!!!」

 

「ええ。この工場は国民の避難場所になりました。だから壊すのはやめてください。…セニョール!あなたも手を出さないで!」

 

「何っ!?敵か!!!」

 

気付かれないうちに倒そうとフランキーの背後に泳いで近寄るセニョールにも声をかけた。フランキーが反応したことで奇襲に失敗したセニョールが、ざばりと地面から飛び出てきた。

 

「チュパ!!…ルシー、これは一体どういうことだ。ここで一体何をしている!」

 

「国民を避難させてるの。兄上はこのまま国民全員を殺しきるつもりだって、あなたなら分かるでしょ?」

 

「……若を裏切るつもりか」

 

きっと、セニョールも葛藤しているはずだ。本当は優しい人だもの。だけどセニョールはドフラミンゴの意図を理解した上で、それを是としている。このまま国民たちを見殺しにするつもりだ。13年前に鳥カゴの中の人々を残らず皆殺しにしたのと同じように。悔しかった。悲しかった。家族と言いながらも私はセニョールに何もしてあげられない。

 

(…海賊なんてやめて、本当に銀行員にでもなってたらよかったね)

 

フランキーに海楼石を渡して、痛めつけることなく早々にセニョールを拘束してもらおう、と思って手をポケットに伸ばしかけて、やめた。きっとフランキーはそんな卑怯な手を使おうとしないだろう。それができるなら原作で工場の壁にセニョールを押し付けて、すぐに勝てただろうから。それをしなかったということは、彼らは正面から戦い合うことを望んでいるんだ。私が手や口を挟めるような戦いじゃない。

 

「フランキーさん。セニョールと戦うんですよね」

 

「あ、ああ。こいつが工場を守るってんならな」

 

「分かりました。…セニョール、中に避難した人たちを殺すというなら、フランキーさんとの決着をつけてからにして。フランキーさんも、鳥カゴがなくなるまで工場の外側は壊さないで。それぐらいはいいでしょう?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「…いいだろう。だがルシー、お前はどうする気だ。この中に避難する気はないようだが」

 

「…私には、まだやることがあるわ」

 

この国の人たちに、ドフラミンゴを止めてこいと言われてしまった。ドフラミンゴにとって、私にはまだ利用価値がある。殺されることは、ない。何より、私が工場の中に避難したところで、避難した人々に嬲り殺されるのがオチだ。セニョールもそれが分かっているからだろう、苦々しい顔をした。

 

「えっ、あの、ドゥルシネーア様!ならせめてここで一緒にいましょう!」

 

「きっとセニョールが守ってくれるわ!」

 

「よせ。女の覚悟を邪魔するんじゃねェ」

 

周りの女の人たちが善意で私を引き止めようとするのを、セニョールは止めた。そんなセニョールの一挙一動にくらくらと見惚れる彼女たちには悪いけれど、私は長く思っていたことをセニョールに告げた。

 

「…私は女の人たちに囲まれているあなたより、船の隅で写真を眺めていたあなたの方が好きだったよ、セニョール」

 

「……そうか」

 

「フランキーさん、後をお願いします!」

 

「ーー任せろ!」

 

はるか遠く、2段目で戦う大きな体を見つけて、私は走った。ハイルディンが一度倒れて、その後起き上がったらそのままバイスが鳥カゴに叩きつけられる。その前に、早くハイルディンに会わないと。

 

「"凪"!」

 

この先、激しい戦いの最中に飛び込むことになる。けれどその前に憎悪に呑まれた人々の合間を縫って走ることになる。

 

(生きてたどり着けるかな)

 

ギャッツが持っている国全体に響き渡る電伝虫を借り受けて、避難のアナウンスができれば上々。途中で大将藤虎や海軍に会えて避難誘導を頼めたらまだマシ。それらができなければ…原作通りになるだけ。

 

「(私が守るんだ…!)」

 

あんなに重かった体が、今はこんなにも軽い。

 

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