綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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102.頼りたい人はもういない

 

能力の恩恵なのか体の軽さと息切れのし辛さがあるものの、何度か休憩を挟むだけで王宮前まで来ることができた。けれどそこで動く気配のない人だかりを見つけて、なぜさっさと逃げないのかと焦燥感が滲んだ。だがその理由はすぐに理解できた。銃を手に何かを見守る海兵の姿と、その奥で燃え上がる炎や轟音が聞こえたからだ。

 

「(あんたたち、何してんですか!)」

 

大将藤虎とサボの戦いってこんなに長く続いてたの?早く一般人の避難誘導をしないと、後ろから次々押し寄せてきているっていうのに。そう思って張り上げた声が、自分の能力に遮られて届かなかった。自分に凪かけていたのを忘れてた、と頭を抱えた。まさか能力と一緒にロシナンテのドジまで引き継いでしまったとかないよね?我ながら情けない。能力を解除して、人の波を押しのけて海兵の所まで向かった。

 

「あの、海兵さん!早く国民の避難をさせてください!」

 

「あ、ああ…だがあの戦いが終わらないことには…!」

 

「くそっ、やはりおれたちもイッショウさんの手助けを…!」

 

「よせ!下手に手を出すとかえって危険だ!」

 

海兵たちも思うところがあるのか、手出しも口出しもできずにたたらを踏んでいる。なんて無駄な時間を!

 

(っ…バイスが戦ってる!)

 

予定ではハイルディンの指にでも海楼石のアンクレットを結びつけて、できる限りお互いに軽傷のままバイスを倒してもらおうと思っていた。鳥カゴの押さえ込みには負傷していないハイルディンの力が必要だと思ったからだ。だというのに、このペースじゃ戦いに間に合わなくなる。

 

(だいたいあんたたち、海軍と革命軍でしょ!?どっちも一般市民を守るって目的のくせに、なんでこんな所でぐだぐだと戦ってんのよ!)

 

何が賞金首だ、何が理想だ。そんなもん、人の命の代わりになんてなりはしないのに。

 

(あの人たちはどこ向いて戦ってんだ!)

 

「"サイレント"!」

 

周囲の音を断絶させて、サボと大将藤虎だけを私のサイレントの中に取り込んだ。サイレントを自分の部屋以上の大きさに広げられたことに安心する心の余裕もなく、私は大きく息を吸い飲んだ。突然静かになった空間に警戒を強めた2人に向けて。

 

「七武海撤廃とか打倒天竜人とか敵とか味方とか!そんなの!今は!どうでも!いい!!!周り見ろ!さっさと一般人の避難誘導してこい!!!こんな時まで戦うとか…!あんたたちバカじゃないの!!?」

 

激しい怒りのままに流れる涙を拭う時間すら惜しくて、そう怒鳴りつけた。

 

「「………」」

 

ぴたり、と動きの止まったサボの視線と、大将藤虎の意識が向けられた。ああ、よかった、止まってくれた。殺されはしないだろうと思いつつ、それでもやっぱり戦いの横入りなんてするもんじゃないな。怖いし。特にメラメラと燃えるサボの腕が。ーー炎は、苦手だから。火あぶり、という単語が頭をちらつくのを無理して引き剥がして、大きな声でもう一度だけ声をかけた。

 

「返事は!!?」

 

「…ああ、その通りだな」

 

「…この場は王女に免じて引きやしょう」

 

このギャンブル好きめ、私が王女って分かってたんかい。へえ、王女か、とサボから検分するような目が向けられた。

 

「…海楼石でできた工場とコロシアムは、ドフラミンゴの鳥カゴの影響を受けないでしょう。兵と下っ端たちに避難誘導を任せています。ぜひ海兵の力も貸していただきたい。それから…地下の港にもまだ逃げ遅れた人がいるかもしれない。ジョーカーの各国への武器密輸の記録や人造悪魔の実、カイドウとの癒着などの証拠もあるはず。あと黒ひげの所のバージェスがメラメラの能力を狩り、バルティゴに乗り込むため船に革命軍の船に密航を………ああもう!!!とりあえず地下と地上はあんたたちでなんとかしといてください!!!」

 

伝えたいことは山ほどあるのに、時間も私自身の心の余裕もないのが悔やまれる。前もってサボや大将藤虎と会えると分かっていたら、長々とネタバレの手紙でも書いておいたというのに。頭を掻きむしる私にサイレントの範囲外の海兵たちもドン引きしていた。

 

(おい、そんな目で見てんじゃねえよ!さっさと避難誘導してこい!)

 

サイレントを解除して、いたたまれない空間から逃げるように王宮へと向かおうとした。私は忘れていたのだ。ここには、私の正体を知っている一般人もいたことを。

 

「うわっ!?あっ、おい!やめろ!」

 

海兵の驚き諌める焦った声と、ガチャ、と微かな金属音に危険な空気を感じて振り返ったのが良くなかった。さっさと逃げてしまえば良かった。そしたら、こんな目をこんなにも近くから見つめることはなかったかもしれないのに。

 

「あんたが…あんたたちのせいで、この国はめちゃくちゃよ!!!」

 

「よせ!やめろ!!!」

 

「おやめんさいっ!!!」

 

遠くでサボと大将藤虎が声を張り上げていた。手を伸ばせば触れられるような距離だ。その至近距離で、真正面から罵倒された。憎しみのこもった目をした彼女は、本当なら穏やかな目の優しい女性だったんだろう。片腕で我が子の遺体を胸に抱き、片手で海兵から奪ったらしい拳銃の銃口を私に向けていた。ドン、と銃口が火を吹く。ーー痛みはない。だけど、想像していた以上に、人から撃ち殺されるというのは…ショックだった。

 

(…まだ、やることがあるのに……)

 

目を閉じて、自分の体が傾ぐ時を待った。けれど、一向にその時は訪れなかった。何かおかしい、そう思って目を開けると、目を丸くして私を見つめる人々がいた。

 

「……え………なんで、私…ちゃんと撃ったのに…」

 

呆然と手の中で煙を立ち上らせる拳銃を見て、彼女は言った。彼女や、周囲の人々の驚愕の眼差しが、私の胸に向けられている。慣れないとはいえ至近距離での銃撃は、見事に私の胸の中央やや左を捉えていた。そう、今は空洞の心臓を。

 

「……あ…ああ……いやああぁっ!!!化け物っ!!!」

 

つんざくような叫び声を、私はただ受けた。頭を狙わなかったのはなぜだ。私はまだ死ねないというのか。怯えた彼女が投げ出した銃を拾い上げ、昔グラディウスから習った通りに残弾数を確かめて私は頭を下げた。

 

「…ごめんなさい、私はまだ……死ねないの」

 

ドフラミンゴを説得する、もしくは海楼石を直に当てて隙を作るか……飲み込ませる。それがこの国に私ができる、唯一の贖いだろう。心臓を撃たれても血の一滴も出ない体を、彼らはどう思っただろうか。彼女が叫んだように化け物と見られたんだろうか。だけど、私は私自身をこう思った。

 

(私…本当に、人形みたいだ)

 

されるがままに飾られ生きてきて、壊される時はあっという間。撃たれた時、心臓をローに渡したことを一瞬忘れた。そして自分の胸の銃撃の痕を見て、妙に納得していた。血が出ないのも、痛みを感じないのも、温感や触覚、空腹感すらないことも、全ては私が人形だからなんだと。だからこの人生が、こんなにも現実味がなかったんだと思った。まるで無機物のように生きてきた人生だったとすら、あの一瞬で思った。…いや、現実味がなかったのは前からか。だけど死にたくないと必死に足掻くことをやめたのは、いつだっただろう。

 

「…本当に、ごめんなさい」

 

「あっ、オイ!待て!」

 

誰かが引き止める声を無視して、再び王宮へと走った。胸が痛い。心が苦しい。まるで見えない炎に炙られているようだ。

 

「っ…ごめんなさい…!!!」

 

バイスとセニョールの倒れる姿が目に浮かぶ。ああ、ピーカが斬って捨てられる。デリンジャー、大丈夫かな。ラオG、ベビー5に酷いこと言わないでよね。ジョーラは今頃マンシェリーの方へと向かっているのかな。今はそれよりも、早くグラディウスの所に行かないと。グラディウスの能力も早く無効化しないと。忠誠心、能力、タフさ…気絶させられたとしても、あの子が家族の中で一番危険なんだから。海楼石のカケラが入ったポケットを強く意識する。これから私がしようとしていることは、とても酷いことだ。能力者となって海楼石を身につけさせられた今の私だからこそ分かる辛さを、私はあえて大切な家族に味あわせようとしている。

 

(「自分がされて嫌なことは人にしちゃいけませんよ」なんて、この世界で私に言った人は誰もいなかったな)

 

親も親だし、周りも周りだったから。私がこれからしようとしていることを、ロシナンテが知ったらどう言っただろう。裏切り者とバレたロシナンテに殴る蹴るの暴行を加えたグラディウスたちに、ぜひ復讐してやれと言っただろうか。

 

(そんなわけ、ない)

 

優しいロシナンテが、いくら敵にとはいえそんなこと言うはずがない。そもそも私にそんなことさせまいと止めたに違いない。もしくは私の頑固さに根負けして「ほどほどにな」と呆れた顔で言うだけだろう。

 

(…ロシーに会いたい)

 

ねえ、大切な家族に酷いことをしようと企む私を、止めに来てよ。半ば賭けだったけれど、ピーカは原作でヴィオラさんが使っていた緊急通路を潰してはいなかったようだ。どれだけの段数があるか分からない、気の遠くなるような階段を見上げて、くらりとする目眩を無視して覚悟を決めた。これを駆け上がって、家族の所へ着く頃には…もう、とっくに戦いは終わっているだろうけど。それでも私は彼らの所へ行きたいのだ。

 

「あっ!ドゥルシネーア王女!」

 

「待ってたれすよ!」

 

ピョコピョコと飛び跳ねて声をかけてきたトンタッタの子たちが駆け寄ってきた。

 

「はぁ……はっ……、な…なんでここに!?」

 

「ヴィオラ王女に言われて来たんれす!」

 

「イエローカブも準備万端れす!」

 

「ヴィオラさんが…」

 

さすが、原作では先を見通しているようだと言われていただけある。彼女たちとの計画では私がするのは市民の避難誘導だけだったけど、その上こうやって手助けをしてくれるということは、いつの間にか私の心を読んでいたということなんだろう。それでも知らないふりをして、こうやって準備してくれていたなんて。

 

(ヴィオラさんってば…こんなのされると惚れちゃうじゃない!)

 

イエローカブの紐を貰って、手に何重にも巻きつけた。確か思いっきりジャンプするんだったか。イエローカブたちが空へ飛ぼうと浮かんだのを確認して、内壁に沿って取り付けられた階段めがけて思いっきりジャンプした。想像以上にふわりと体が浮く。すごい、これならあっという間に王宮の下部までは行けそうだ。

 

(そこから先は原作のロビンさんみたいに外壁に沿いながら、イエローカブでジャンプすれば……いける!)

 

土埃や銃痕で薄汚れたワンピースの裾が揺れる。どうやったって結局私はドフラミンゴに抗ってしまう。彼が私に望む綺麗な人形のままでは、私は生きていけないのだ。


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