綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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103.守ってくれる人を手放した

 

 

 

トンタッタが持つ灯りを頼りに暗い頂上付近まで近付いた時、あっと私の肩の上で3人が声を上げた。

 

「で、出口がないれす!」

 

「しまった…!」

 

この緊急通路が残っていたということはピーカが知らなかったからだと思っていたけれど、単にあらゆる出口を塞げば怪しい場所を消す必要がないと判断したからだったかもしれない。エレベーターも含めてピーカがあらゆる昇降手段を断とうとしたことがうかがえる。かといってここでまた降りるような余裕はない。

 

「えっと、ぼくたちどうしたら…」

 

「……壁を叩いて音を聞くの。空洞があれば、そこが外に繋がってる可能性が高い。ねえ、あなたたちの尻尾で壁を破壊できないかな?」

 

「分からないれす。けど、やってみるれす!」

 

「任せてくらさい!」

 

「調べるれすよ!」

 

トンタッタの3人は私の目では捕らえられないような速さであちこちをバンバンガンガンゴンゴン叩きまくり、すぐに壁の薄そうな場所を見つけ出した。

 

「ここれすね…離れてくらさい!いくれすよっ、えーいっ!!!」

 

なんとも可愛らしい掛け声の後に、まるでグラディウスが爆発させたような破壊が行われた。目を疑うような光景を見て、この後のこともこの子たちに任せておいた方が良くない?なんて考えがよぎったけれど、そんなわけにはいかないと大穴に向かってジャンプした。これは彼らの家族である私がケジメをつけないと、意味がないことなんだから。

 

「……よし、行こう」

 

「はいれす!」

 

見事に外に通じたらしく、戦いの残骸があちこちに散らばる場所に出ることができた。けれど主要キャラがいないから、今がどの時間軸か分からない。とりあえずはバイスと戦うハイルディンに海楼石のアンクレットを装備させることと、グラディウスを海楼石で無効化することが目的だ。

 

(特にグラディウスが厄介だしなぁ)

 

原作では、バルトロメオの一撃でラストまで退場扱いになってた。だけど本当にそんなことが可能なのか。あのドンキホーテ海賊団の幹部が長々と眠り続ける?能力を使ったとはいえたった毒にやられた人のひと殴りで?原作では下っ端が担架に乗せて連れて行くシーンで終了してたけど、あの後彼がどうなったか分からないし。

 

(大丈夫だとは思うけど、万が一があると困るもの)

 

イエローカブに任せきりになるけど、と緊急通路に引き続いてジャンプしながら台地を見て回ることにした。悪い足場も軽々と飛び越えられるし、何より私が走るより断然早いから。

 

「あっあそこ!大きいれす!巨大人間れすよ!」

 

「巨人族っていうんだよ。でも…遅かったか」

 

バイスを倒してからしばらく経っているようだ。当然、空を見上げたけれど、バイスの姿なんてなかった。ピーカは、と視線を動かすと、3段目の台地にピーカの顔があった。あっまずい、見つかる。とっさに突き出た岩の柱に隠れた。

 

(ここ…2段目か。でもベビちゃんたちはいないのか)

 

もしかしたら裏側にでもいるんだろうか。仕方がない、と上の台地に上がることを決めた。でもその前にトンタッタの1人に頼んだ。

 

「…マンシェリーちゃんは礼拝堂の裏のお仕置き部屋にいるはず。レオくんが助けに行ってるわ。マンシェリーちゃんを救えたら、誰にでもいいから献ポポを頼んで、チユポポの綿毛でそこの巨人族を優先で治してちょうだい」

 

「えっ、いいんれすか!?あの巨大人間が起きても怖くないれすか?」

 

「優しい人だから大丈夫。それにこの先巨人族の彼の力が必要になるの。お願い!」

 

「わわっ、分かったれす!行ってくるれす!」

 

「ごめんね、あなたたちもマンシェリーちゃんの所に行きたいだろうけど…まだ私の手伝いをしてちょうだい」

 

「大丈夫れす!ヴィオラ様にお願いされたんれすから!」

 

「ぼくたちがちゃんと守るれすよ!」

 

「ありがとう…!"凪"」

 

トンタッタ3人と自分に能力をかけて、私とトンタッタ2人とで上に向かった。ピーカが棘のように石の柱を作ってくれているから登りやすい。ピーカの顔から離れるようにして無音のまま上がって行くと、ちょうど倒れているグラディウスの姿が視界に入った。遠くで動いているのは…担架にデリンジャーを乗せた下っ端たちだ。ジョーラの所へ連れて行く気なんだろう。

 

(……デリンジャー…)

 

下っ端からデリンジャーを受け取り、助けようと一瞬思った。だけどその後デリンジャーをどうしたらいいのか、私には思いつけなかった。デリンジャーは能力者ではない。私には、彼を制御することは…できない。どうしたら、と悩む私を待ってなどくれない。あっという間にデリンジャーの姿は消えてしまった。

 

「(…デリンジャーのお母さんに謝らなきゃだなぁ)」

 

彼女に約束した通り、家族みんなで大切に育てた。いつも笑っていられる子になったし、他人に食われる側ではなく、他人を食いつぶせるほど強い子にもなった。約束は果たした。だけどこの後海軍に捕まるデリンジャーを守ることは、私にはできない。身を引き裂かれるような苦しさのまま諦めの息を吐いて、能力を解除した。

 

「…グラディウス」

 

「………」

 

少し離れた場所で、バルトロメオが息を飲んで上を見上げている。今まさにロビンさんがキャベンディッシュと花畑に到着する頃なんだろうな。バルトロメオに邪魔される前にと、私はグラディウスの頭を膝に乗せた。

 

「……ごめん…ごめんね、グラディウス…。私のことは、一生恨んでいいから」

 

長年一緒にいる私でさえあまり見たことのない口元を晒した。そして覚悟を決めて、海楼石のカケラを指で摘み上げた。指先で触れた途端に吸い取られるように力が抜けてしまう禍々しいカケラだ。体内に入るとどうなるか、想像もつかない。

 

(ごめんね)

 

私はいつも、この子に謝ってばかりだなぁ。

 

「……っ、んぐ…っ!!?」

 

眠っている人間に何かを飲ませようなんて、それだけで殺人行為だ。そう分かっていながら、私は海楼石のカケラを飲み込ませた。無意識のまま異物を吐き出そうとするグラディウスの口を押さえつけ、頭を抱き込んで身動きを封じた。海楼石で脱力したグラディウスなんて、小さい頃のデリンジャーよりも容易く押さえつけられた。やがてごくりと飲み込んで、呼吸の様子が正常に戻るまで、ずっとそうしていた。

 

「は……っ、は……」

 

(やった…やってしまった…)

 

恐ろしいことをしてしまった、と今さら体が震える。それでも、グラディウスを封じ込めるにはこれしかできなかった。布で体に海楼石を縛り付けたりする程度じゃ、グラディウスは何とでもしただろうから。

 

「グラディウス…」

 

右のこめかみに残る傷跡を、指でなぞった。私の不注意で残してしまった傷跡を、どうしてグラディウスはマンシェリーの力で治そうとしなかったんだろう。あの時にはすでにマンシェリーを手元に捕らえていたのに。ドフラミンゴが大切な家族の傷を放っておくわけがないのに。それにーー。

 

(結局最後まであんまり仲良くできなかったね…)

 

怒っていないグラディウスは、と思い出すのは、何年も前に1度だけ2人きりで手を繋いで地下まで行ったあの時ぐらいだ。照れて耳を赤くしていたのが珍しくて、可愛かった。訓練の時だって日常でだって、いつも私に怒鳴るようにして怒っていたし、彼が敬愛するドフラミンゴに私は何度も歯向かったりしていたから仕方ないんだろうけど。でも、グラディウスはきっと私のことが心底嫌いじゃなかったんだろう。私が強姦未遂にあった時も助けに来てくれて、逃げた敵へと凄まじい剣幕で罵声を吐いていたぐらいだし。もしかしたらドフラミンゴの次ぐらいに好かれてたのかなぁ、なんて…まあ、そこまで思い上がりはしないけど。

 

「昔も言ったけどさ…私は君が好きだよ、グラディウス」

 

能力者に海楼石を飲ませるなんて酷いことをした私には、そんなことを言う資格なんてもうないんだろう。そもそも気を失っているグラディウスには聞こえていないだろうし。だけど、そう伝えずにはいられなかった。だってグラディウスと会うのはこれが最後になる。グラディウスの口元を再び隠して、最後にもう一度だけこめかみの傷に触れた。

 

「さようなら。…どうか、元気で」

 

「あっ、あの、ドゥルシネーア様!幹部たちを集めるようジョーラ様に言われてて…」

 

担架を持った下っ端たちが、恐縮したような態度で私に声をかけてきた。さっきデリンジャーを運んでいた下っ端とは違う人たちだ。

 

「ーー分かった。丁重に運んで」

 

「はい!」

 

「あ、待って」

 

担架にグラディウスを乗せて運ぼうとする下っ端たちを止めて、脱力してだらりと垂れたグラディウスの腕を腹の上に乗せた。

 

(…さようなら、グラディウス)

 

「あっ!何だべお前ら!!」

 

あ、バルトロメオだ。グラディウスを運ぶ下っ端たちがしどろもどろと話している。焦れたようにさっさと行けと怒鳴った彼に近付いた。ちょうどいいタイミングでここにいてくれたものだ。

 

「バルトロメオさん」

 

「うおっ!?」

 

横から声をかけたら私の気配に気付かなかったのか、バルトロメオに飛び上がって驚かれた。あれ、私能力解いてたよね?ああ、敵を倒してバルトロメオの緊張が緩みすぎただけか…。

 

「な、なんだべ!!?」

 

「ピーカとの戦いで、ゾロさんはあなたの力を必要とします。どうか下に行って、バリアで住宅街に瓦礫が降り落ちないようサポートしてください!」

 

「ええっ!?ゾロ先輩がおれに、た、た、頼みを!!?」

 

(いや、そこまで言ってない)

 

だけど勘違いしてやる気を出してくれるなら儲けもの。涙目で頬を紅潮させるバルトロメオに、にっこりと笑ってやった。

 

「それがゆくゆくは"ルフィくんのため"に繋がるでしょうね」

 

嘘は言ってないぞ。だって最後には街の人たちがルフィたちを大将藤虎から庇ってくれるんだから。

 

「うおおお!!!」

 

雄叫びを上げて余所見もせず下へと駆け下りる姿に安堵した。大将藤虎が能力で瓦礫が落ちないようにするとはいえ、やっぱり街の人たちが心配だったから。これで街の人たちに関しては…いや、やっぱりギャッツの持つ電伝虫での避難誘導もすべきだ。原作の風景を思い浮かべる。コロシアムを出たギャッツは、どの高台に行ったんだ?そこが分かれば、ドフラミンゴがルフィに殴り飛ばされて落ちる場所もある程度特定できるはず。

 

「2人とも!コロシアムのギャッツさん、分かる?コロシアムから台地のどこかに向かってるはずなの。あの人が今どこにいるか探して!」

 

「はいれす!じゃあ私はあっちから探すれす!」

 

「じゃあぼくはあっちを!」

 

「お願い!」

 

2人が左右から走ってぐるりと周囲を確認しに行ってくれた。この土埃に加えて慌ただしく動く人々がいるし、ただでさえ私の視力じゃ人の鑑別なんて無理だ。絵だから動かず、そしてクリアに描かれているウォーリーを探せの方がどれだけ楽か。

 

「ドゥルシネーア様ーっ!こっちれすー!」

 

「いた!?」

 

「はい!ほら、あれじゃないれすか?」

 

小さい指で示された場所を目で追うも、やっぱり見えない。けれどそっちにいるのなら、とイエローカブに繋がる紐をしっかり手に巻きつけ直した。

 

「行くよ!"凪"!」

 

ジャンプして飛び降りる時に、ピーカの顔がぼこりと引っ込んだのが見えた。おそらく、4段目、2段目と負傷者たちを始末しに行ったのだろう。3段目を飛ばしたのはまだグラディウスを運ぶ下っ端がいるからか。

 

(ハイルディンさんの復活、間に合ったかな)

 

イエローカブでゆっくりと降下しながら見上げると、ピーカの力でハイルディンの巨体が飛び上がるのが見えた。

 

「(なるようにしか…ならないのか)」

 

助手の女性と一緒に、息を切らしながら上へ上へと登るギャッツの姿がようやく見えてきた。

 


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