綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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105.これが私の贖罪だから

 

 

(終わっ…た……?)

 

ルフィの勝利を、濁音混じりで高らかに宣言するアナウンスが響いた。国中から歓声が上がるのを、呆然と身に受ける。終わった…ルフィが勝った。

 

「は……」

 

全身の力が抜けて私が倒れこみかけた時、ドサッ、と煙を立ち上らせながらルフィが落ちてきた。その音に驚いて、手放しかけた意識を引き締め直すと、ルフィにレベッカが駆け寄って膝枕をしている姿が見えた。危ない危ない、寝る所だった…。

 

「ハァ…。……オイ、顔色が悪いぞ。後で安全な場所まで連れて行くから、ここで少し寝てろ」

 

ローの申し出に全力で頭を下げたくなったけど、頭を振ってなんとか意識を繋ぎとめ直した。まだ、私にはやることがある。

 

「ロー。ちょっと、兄上の所に行ってくるわ」

 

「だめだ」

 

「お願い。きっとこれが最後になる。兄上はもう起き上がることはできないよ」

 

ぼやける視界のまま、じっ、とローと睨めっこをする。先に目をそらしたのはローだった。ヨッシャー!勝ったぞー!

 

「………ハァ。"ROOM"」

 

行くとは言ったものの行き方まで考えていなかったのを察してか、疲れ果てているというのにローが能力を使ってくれた。これはもしかしなくてもドフラミンゴの所まで送ってくれるってやつか!優しいなぁ。

 

「ーー手出ししないでね、ロー。兄上を最後まで見届けたいだけなの」

 

「…トラファルガー・ロー。ルシーがバカなことをしないよう、お願いするわね」

 

ヴィオラさんが私の説得を後押しするように言ってくれたおかげでか、ローの眉間のシワがほんの少し和らいだ。って、バカって何?今まで協力し合ってた仲なのに、ここにきてまさかの罵声?

 

「…分かった。"シャンブルズ"」

 

「えっ、ちょっ!!?……ちょっと…ローまで来なくてもよかったのに…!」

 

腕を掴まれたと思ったら、ローと一緒に見慣れた地下の交易港奥に場所が切り替わっていた。

 

「ハァ……ハァ……今のあんたを、放っておくと……ロクなことが…起きないだろうからな…ハァ……元々救いようのねェ、バカだし」

 

「元々!?」

 

あっ、そういえば昔にそんなこと言われてた気が…。子どもの頃のことなのによく覚えてるなぁ、この子。ヴィオラさんもローもなんだか容赦がなくなってきてるなぁ、なんて思いながら周りをぐるりと見回して、私よりも先に見つけたらしいローがある方向を指差して教えてくれた。

 

「…ここで待っててね。ちょっと行ってくるわ」

 

疲れた顔で座り込んだローが、手にした刀を軽く上げて了承の意を示した。やっぱりいい子だなぁ。何度も瓦礫で足を滑らせ、転びながらも光の刺す場所へと向かって瓦礫の山をよじ登った。昔生活していたゴミ山もこんな風に足場がすごく悪くて、すぐに転んだり穴に落ちたりしてたから、崖の上の町まで買い物に行くだけでも大変だったなぁ。

 

『ルシーのことはちゃんと守ってやるえ』

 

『だから泣いてもいいんだよ、ルシー…』

 

私たちしかいない静かな交易港に、幼い2人の声が聞こえた気がした。…気がしただけなのに、涙がじわりとこみ上げてきた。辛くて、悲しくて、ひどい人生だった。それでも、私は彼らを愛していたし、彼らも彼らなりに私を愛してくれていたのだろう。涙を拭い、瓦礫を踏みしめ、ようやくたどり着いた場所にドフラミンゴは倒れていた。表情を見られたくなくて、ローに背を向けるようにしてドフラミンゴの側へとしゃがみこんだ。息は…している。だけど意識は完全になくなっているようだ。地に堕ちたドフラミンゴを見つめて、ポケットに潜ませていた拳銃を取り出してそっと持ち上げた。

 

(これで、撃てば…)

 

ドフラミンゴを殺せば私は自由になれるんだろうか。ーーそんなわけない。ドフラミンゴに向けて持ち上げた拳銃を、ゆっくりと下ろした。ドフラミンゴの盾がなくなれば、世界政府と天竜人に命を狙われるだけ。国民たちからも世界中の人々からも嬲り殺されるだけ。…いや、昔に言われた通り、ずっと生かして苦しめられるのかな。

 

(この人を殺せるならとっくに殺してた。兄上だって、私には何もできないって分かってたんでしょ?)

 

海楼石の装飾品をつけさせてから頻度は減ったけど、今でもドフラミンゴはお気に入りの人形を閉じ込めるように私を抱きしめて眠っていた。悪夢に魘されるのを何度宥めたかは、もう数えきれないほど。私が逃げていなくなった後は、ヴィオラさんを代わりにしていたようだった。けれど、私もヴィオラさんも、眠って無防備になったドフラミンゴを殺そうとはしなかった。できなかった。ヴィオラさんはもしかしたら予言めいた私の言葉を信じて今まで待っていただけかもしれないけど。少なくとも私は、ドフラミンゴを殺そうとは思えなかった。

 

「……嫌いになれたらよかったのにね」

 

遠くから何人もの足音や大きな声が聞こえてきた。…タイムアップだ。ポケットの中に手を入れた。グラディウスにしたように、海楼石のカケラを飲ませてしまおうと思った。でもいざドフラミンゴに、となると、それ以上手が動かなかった。対立しないと言ったことは撤回するけど、裏切らない、敵にはならない、そう何度もドフラミンゴに言ったのは口先だけの言葉じゃなかった。長年染み込んだ恐怖が邪魔しているというのもあるけど、守らなきゃ、と繰り返した呪文が私の手を縛り付けている。

 

(ロシーを殺されても……それでもドフィのことが、心底嫌いになれなかったや)

 

カケラを取り出す代わりに、指に引っかかった輪っかを引き上げた。前世も合わせて、これがもらって1番嬉しくなかったプレゼントだった。グラディウスよりドフラミンゴに手心を加えるとか我ながらおかしなことをしてると思う。ドフラミンゴの耳のピアスを片方だけ取って、力が抜けて地面にへばりつつ、震える手で海楼石のピアスを代わりにつけた。

 

「…片方だけ返すね、兄上」

 

ドフラミンゴの耳から取ったピアスはというと、なんだかここで投げ捨てるというのも躊躇われて、仕方なくワンピースのポケットに入れておいた。同じリングタイプのピアスでも、片方は美しい黄金で、片方は海楼石のそっけない鉱物色。

 

(やっぱり、私と違って似合わないねぇ、兄上)

 

偽物の王女だった私とは違って、生まれながらに本物の王様だったドフラミンゴには、どう見たって本物の貴金属の方が似合っていた。

 

「いたぞ!あそこだ!」

 

銃を担ぎ、大慌てで駆けてくる海兵たちの姿を見て大きく息を吐いた。ああ、終わった。何もかも。これでおしまいだ。割れたサングラスを拾い上げ、軽く柄の歪みを直してかけ直してあげた。うん、ドフラミンゴはこうでなきゃ。

 

「ドゥルシネーア王女、ここで何を…」

 

私の手の中の拳銃を見て警戒した海兵に、何もしないと両手を上げて笑いかけた。

 

「先ほど、兄の耳に海楼石を付けました。けれど念のため、早く海楼石の錠で取り押さえてください」

 

「わ、分かりました!おい、急げ!」

 

「はっ!」

 

「それと、幹部たちはどうなりましたか?ラオGとデリンジャーは能力者ではないのですが、歳が歳ですし、その辺りを配慮していただきたいのですが…」

 

「幹部たちは捕縛しました。扱いについては保証しかねます。それとブキブキの実の幹部の行方が分かりませんが、何かご存知ですか?」

 

「…いいえ」

 

「そうですか。ご協力ありがとうございます」

 

(ベビちゃん…ちゃんと逃げられたんだ)

 

ベビー5に、デリンジャーも一緒に連れて逃げてあげて、とはとうとう言えなかった。あの子はもう、海賊として染まってしまっている。あの子の母親との約束を最後まで果たせなかった、それだけが心残りだ。両手を下ろして、私は指揮をとる海兵に声をかけた。ローの体力が回復する前に、ローが私を逃がそうとする前に、早く私もーー裁きを受けなければ。

 

「海兵さん。早く私も捕まえてください」

 

「……現在あなたには賞金がかかってはおりません。あなたの身柄は今後ドレスローザ国軍が保護する手筈ですので、しばしこちらでお待ちを」

 

思いもよらなかった言葉に目を剥いた。この国の兵が、私を保護?そんなバカな話があるものか。

 

「なっ…なんで!?私はドフラミンゴの妹です!長年王女の名を騙っていた犯罪者なんです!それに……そう、七武海会議でドフラミンゴは私をドンキホーテ海賊団のもう1人の船長だと公言しました!私の家族を捕まえるなら、私も捕まえるのが筋でしょう!?そうでないなら、もう、ここで殺してください…っ!」

 

「できません!!!…あなたはこの国の人々を救わんと奔走していた。イッショウさんは、あなたもまたドフラミンゴの被害者であると判断したのです」

 

「ーーそんな…」

 

膝の力が抜けてしまった。そんな理屈が通るわけがない。明らかにおかしいじゃないか。なんで?どうしてこんなことに?

 

「じゃあ、私は……」

 

ざあ、と記憶が巻き戻る。憎悪の眼差し。罵声を吐いてきた人たち。背後から殴り殺そうとしてきた人。向けられる殺意。私を罵倒して銃で撃ち殺そうとした人。腕の中の子どもの遺骸ーー。その途端、今まで私を突き動かしていた何かが、胸から消えてしまった。

 

「海軍は私に、ここで国民たちに嬲り殺されろと…そう言うんですね」

 

「えっ?いや、そんな意味ではなくーー!」

 

海兵の声が遠い。ふっつりと、私の胸の中の炎は消えてしまった。原作通りの流れを見届け、心残りだった家族たちの結末も知り、活力が消えて残ったのは消し炭のような脱力感だけ。

 

(もう、疲れたよ……)

 

そろそろ楽にならせてほしいと、私は力なく笑った。だってもう色々と疲れてしまったのだ。

 

(親の頭はお花畑、ついには死んでしまった。兄は極悪人だし、もう一人は死んだし…)

 

とんでもない世界、とんでもない時代。そしてとんでもない人たち。そんな中に生まれ育って、でも……。

 

(まあ…幸せだったかな)

 

家族を愛し、家族に愛され、時に憎み……逃げ出すことは…できなかったけれど。苦しくて悲しくてあんまり順風満帆じゃない。こんなとんでもない全てに対して。ーー私は恋をしていた。この世界が大好きだったから、今まで生きてこれた。でも、もう…これ以上は無理だ。

 

「ルシーさん!!?」

 

異変を感じたのだろう、ローの声が遠くから聞こえた。目が霞んで表情は目視できなかったけれど、その方向に向かって私は笑顔を向けた。

 

(いろんな意味でドフラミンゴからは逃げられないし、逃げられてもこれからの人生、死ぬまで世界政府や天竜人に追いかけられる。ローやベビー5はきっと守ろうとしてくれるだろうけど、彼らの負担になるわけにもいかない。前世の記憶を持つ私は……この作り物の世界そのものからは…生きている限り、逃げられないの)

 

大将藤虎は私を捕まえないと公言した。とすれば、私を待ち受けるのはドレスローザ国民たちからの報復だ。気のいい人たちが豹変する様は昔から嫌ってほど見てきた。そんなのはもうこれ以上見たくない。私の逃亡を楽しげに見て笑っていた彼らのまま、私の記憶から消えて欲しい。城から逃げ出しては家族に捕まっていた、ただの間抜けなドゥルシネーアのままで国民たちの記憶から消えてしまいたい。憎悪の対象として彼らの手で消されることだけはーー嫌だ。

 

「ーーロシーが迎えに来てくれるといいなぁ」

 

銃の安全装置を外して、銃口を額に押し付けた。ミニオン島でのように、今度はもう、私を止める家族もいない。海兵たちに押さえつけられ、気を失って倒れているドフラミンゴに、私はそっと囁いた。さんざん汚れながらも手の中に掴んできたのに、私たちの周りにはもう誰もいなくなっちゃったね、ドフィ。

 

(さよなら、世界)

 

止めようと伸ばされた海兵たちの手が届くよりも早く、私は引き金を引いた。

 

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