『ドンキホーテ・ホーミングは裏切り者の一家だえ。決して聖地に近付けるのではないえ』
聖地を目前に、電伝虫越しに伝えられたのはそんな言葉だった。そりゃそうだよな、と人ごとのように眺めている私の目の前では、ドフラミンゴが父親の首を見せつけて怒鳴っていた。
「なぜだ!?裏切り者の首を刎ねて持ってきたんだぞ!?おれたちはもうコイツとは何の関係もねェ!!!」
『フン。恨むのなら父親を恨むのだえ』
無情にも切られてしまった電伝虫を前に、ドフラミンゴは怒りのままに手に持った袋を甲板に投げつけた。
「くそおおお!!!」
地べたに叩きつけられた袋から重い音がして、べぢゃ、と生首が転がり出た。ドフラミンゴのかなりの強行により数週間という短さで聖地に着いたものの、保冷剤もないままの状態で、父親の生首はとうに傷んでいた。皮膚がずたずたに崩れ果て、中の筋肉と脂肪が変色して灰色がかった茶色になっていた。目玉もとろけて涙のように垂れたらしい。眼窩は落ち窪み、優しい父親の顔なんて見る影もない。生首のあちこちに無数の小さな穴ができていて、肉を食ったのだろう蛆がうじゃうじゃと這い回っていた。
「ウッ…!」
「ぐぷっ…オェエ!」
「ひでェ…」
生き残った海兵たちからは、嘔吐とともにそんな声が聞こえてきた。しかし幸いなことに、殺してやる、全部壊してやる、と呪詛を吐き続けるドフラミンゴには聞こえていなかったようだった。かくいう私もさすがにこの光景は限界で、即座に船から身を乗り出してゲロをぶちまけていた。喉などが胃酸にひりつく感覚はなかったが、味覚はまだ健在だったので、ゲロの味で口の中がただただ気持ち悪かった。
(ロシナンテがベッドに引きこもっててよかった…)
ロシナンテがこんなのを見たら失神していただろうから。ただでさえストレスで言動が年齢退行していて、あの歳でおねしょも復活しちゃったというのに。これ以上ロシナンテの精神に負荷をかけさせるわけにはいかない。袖で口を拭って、腐敗した生首を視界から外し、ついでに鼻もつまみながらドフラミンゴに声をかけた。
「あにうえ、こえからどうふる?」
鼻をつまんでこもった声ながらも、ドフラミンゴはちゃんと聞き取ってくれたようだ。
「ハァ…ハァ…!…これからだと?」
「うん。あのひま(島)にかえふ?」
ドフラミンゴは心底腹立たしげに歯を食いしばっていたが、少し悩んだ後で腹を決めて頷いた。
「ーーーああ、戻るぞ、ルシー」
「うん」
そんなわけで、海兵を操ることで能力の扱い方がさらに上手くなり、しかも船の扱いを理解したらしいドフラミンゴは、再び副船長を操り、ついでに今度は天竜人ではないからと船から私たちを突き落とそうとした海兵たちをも操り、元の島へと戻らせたのだ。途中で海兵によって船の乗っ取りの連絡を受けた海軍船が数隻近付いてきて、操られる海兵もろとも船を沈めようとしてきたけれど、負けじとドフラミンゴが大砲を撃たせて&覇王色の覇気で応戦して勝ってしまったというエピソードもある。…本当に、とんでもない兄だと言うしかない。漫画の世界だから、と割り切るには神がかった奇跡の連続だ。けれどドフラミンゴとロシナンテをここで死なせることはないという、確固とした運命のようなものすら感じた。
「ロシー?ロシー兄上?」
「……ルシー…?」
「あのね、島に戻ってきたよ。もう船の旅はおしまいなの」
「………」
何を言っているのか分からない、そんな顔でロシナンテは私を見つめ返していた。
「ルシー、ロシーはまだなのか?」
「っ………」
船旅を続ける中で、ロシナンテがドフラミンゴに話しかけることがなくなった。間近にいる私だから気付けて、ドフラミンゴに分からない程度に、ロシナンテは震えていた。
「船旅で疲れちゃったみたい。後でロシー兄上を連れて行くよ。ドフィ兄上は先に降りてて」
「分かった。降りたらゴミ捨て場で待ってろ」
「どこかに行くの?」
「ーーああ」
ぎゅっと拳を握りしめてドフラミンゴは行ってしまった。おそらく、未来の幹部になる4人に会いに行ったのだ。聖地に帰れなかったという報告と、次にどうすべきか知恵を出させるために。つまり、今がチャンスだった。
「逃げよう…!」
「…ぇ……?」
「ドフィ兄上がいないのは今しかないの!ロシー兄上、逃げるよ!」
今すぐ船を出してもらおう。保護してくださいと頭を下げよう。舐めろと言われたら靴だって舐めてやる。こんなに無防備にドフラミンゴが私たちの元から離れて、しかも私たちが海兵たちの側にいるタイミングなんて、金輪際訪れないだろう。今しかない!ごうごうと胸の内で炎が燃えた。今!しか!ない!海兵は微妙なので、比較的協力を得られやすいと思えたあの老医師に頼み込もうと、もたつくロシナンテの手を引いて医務室から出た。
「おじ、ぃーーー」
おじいさん、と呼びかける声が、続かなかった。言葉が、息が、止まる。背後でロシナンテが失神して床に倒れた。
「ぁ…あぁ……!」
これが最後の機会だった。あの老医師ならば信用しても大丈夫だと、そう思えたのだ。なのに。
「いやああああああ!!!」
老医師も、海兵も、みんな、みんな。
鋭い刃物か、ピアノ線のように細くて丈夫な糸で、体を輪切りにされて、真っ赤な廊下に落ちていた。