あの後なんとかロシナンテを引きずって外に出たらしい。らしい、というのも私の記憶がぶっ飛んでいるからだ。気がついたらゴミ捨て場でロシナンテに抱きつかれていた。
「ロシー、ルシー。こいつらがこれからはおれたちのファミリーだ」
紹介された4人の顔を見て、薄く残る記憶が呼び起こされた。ああ、そういえばこんな顔だったかな…。自己紹介をしてきた彼らに名乗って、万が一にもうっかり殺されないようにとドフラミンゴの手を握った。ドフラミンゴは私が大人に対して怯えていると思ったようだ。
「大丈夫だ、ルシー。こいつらがルシーを傷つけることは絶対にない」
「……そう…」
もうどうでもよかった。死にたくない、死なないためならなんだっていい。
(せっかく、海軍に保護してもらえそうだったのに…)
全部台無しだ。ああ、これで原作でのロシナンテが海軍に保護されるルートが潰えていたらどうしよう。死にたくないなぁ。死ぬのは怖いなぁ。母親と父親も、死にたくなかっただろうになぁ。ドフラミンゴたちが話している側から離れて、ゴミの側で膝を抱えて蹲った。
「ルシー…ルシー!起きて!」
名前を呼ばれた。私の本当の名前はそんなのじゃないのに、6年間呼ばれ続けたせいかちゃんと反応してしまった。
「海軍の船が来たんだよ、ルシー!」
海軍の船が来た?ロシナンテが私の腕を引っ張って、どこかへ連れて行こうとしている。ああ、これ夢なのかな。
「…そう。ロシー兄上、行ってきて。きっと保護してもらえるから」
「ぼくだけじゃだめだ!ルシーは優しいから…優しくて弱いから、兄上といちゃダメだ。兄上は、ドフラミンゴは、バケモノだ…!」
「……ロシー…私、疲れたの。置いて行っていいよ」
体が重い。動かせない。足の火傷もかなり治ってきていたし、立って動けるはずなのに、動かそうと思えなかった。ロシナンテについて行けばドフラミンゴの意図から外れてしまうと考えただけで、目の前にあの真っ赤な廊下が浮かんでしまう。
「お願いだから……ルシー…」
だけど、私が動かないと、ロシナンテが保護されない。それはダメだ。なけなしの勇気を振り絞って、私は立ち上がった。
「………分かった」
海軍は本当に来ていた。それも、私たちが乗って聖地に行った船よりも大きく立派なものが。遠くで何人もの海兵たちがセンゴク中将、と呼びかけている人がいた。
(あれが、海軍のトップに立つセンゴクさん…)
エースの処刑を進めた人だ。原作にあったような感じではなく、もっと若い。でも丸眼鏡をかけていて、髪型もそのままだった。これで、ロシナンテは助かる。ホッと息を吐いた。これで心残りはもうなくなる。
「ロシー、ここでお別れしよう」
「ルシー?疲れたの?でもあそこまで頑張って…!」
「ううん、違うの。行くのはロシー兄上だけ。私は戻るよ」
「えっ!?だ、ダメだ!戻ったらどんな目に合うか…!」
「でも、ドフィ兄上を一人にできないよ」
違う、ドフラミンゴを裏切ったと知られてしまうと、地の果てまででも追いかけられて殺されるからだ。
「アイツの周りには危ない人間がいっぱいいるんだぞ!?」
知ってるよ。だって彼らは海賊になるんだから。でも私はスラスラと嘘を吐いた。ロシナンテに私を諦めさせるために。私がドフラミンゴの元に戻れるように。
「それでもだよ。だってどっちも、私のお兄ちゃんだもの。ロシーが保護してもらうのが海軍なら安全。でもドフィは危ない場所と人に囲まれていて、とっても危険。だから私は守ってあげられなくても、ドフィと一緒にいてあげなくちゃ」
「ルシー…!!!」
「ドフィ兄上は私たちを守ろうとしてくれるところもあるんだよ。なのに、私たちがいなくなったら、きっと寂しがるよ」
違う…本当は、私の本音は、そうじゃない。怖いだけ。ドフラミンゴに背を向けた途端、ドフラミンゴに殺されるということが怖くてたまらない。なのにロシナンテには背を向けて行くよう仕向けている。だって知っているから。ロシナンテがセンゴクさんに保護されて、ドフラミンゴに殺されることなく大人になれると、私は『事実として知っている』から。だからロシナンテは海軍に保護してもらえばいい。けれど、私は分からない。ならば殺される確率が少ない方を選ぶのは、自然なことでしょう?そう、自分の心に嘘をついた。
「ル"ジー…!一緒に行ごゔよ…!」
「……ごめんなさい。ロシー兄上のこと、ずっとずっと大好きだよ。…さようなら、元気でね」
「ル"ジーー…っ!!!」
泣き叫ぶロシナンテの声は、きっと海兵たちの耳に届くだろう。ああ、よかった。これでロシナンテは安全だ。そして私もドフラミンゴの元に戻ることで殺されずに済む。万々歳じゃないか。なのに、目からも鼻からも液体がどばどば流れて止まらなかった。
「…ひっ…ひっく…うぅ……!ど、ドフィ兄上ぇえ…!!!」
「ルシー!!!お前、どこに行ってたんだ!ロシーは!?」
ロシナンテが何処かに行った、だけでは理由には弱い。例えば…そう、誰かに誘拐されたとでも言えばいいかもしれない。さあ、言わなくちゃ。そう思うのに、喉が震えて言葉が出てこなかった。
「う…うぅ…!うぁあああぁ…っ!」
代わりに出て来たのは下手くそな泣き声だった。自分の喉から出てくるものなのに、一瞬、誰の泣き声だと思った。だって転生してから今まで、こんなに声を出して泣くなんてーーー冗談でも比喩でもなく、ガチで産声以来だったから。
「な、泣くなっ!ロシーはどこに行ったんだ!」
「いっ、い、いなく、なっちゃった…!誘拐…行っちゃった…っ!」
「クソッ!!!誰がロシーを攫ったんだ!?」
ドフラミンゴは私の手を握り、しかし泣く妹を気遣うことなどせず、ロシナンテを誘拐したであろう人物に殺意を向けていた。この時、私の頭に突拍子もなく閃いたことがあった。お腹が痛いと蹲ったロシナンテをベッドに招いて背を叩いて優しく包み込んであげたこと。ドフラミンゴが父親を撃ち殺した後からずっと目を閉じさせて手を引いてあげていたこと。何も見なくていいと、これは夢だからと言い続けてあげたこと。悲しくて涙に濡れる夜に抱きしめてあげたこと。それら全て、私は私の大切な家族のためにとしてあげたことだと思っていた。けれどーーー。
「あ、兄上っ!行かないで…っ!兄上まで、いなくならないで…!」
ロシナンテを探させるわけにはいかない。なるべく自然に見えるようドフラミンゴに抱きついて、動きを鈍らせた。
「…っ、行くぞルシー!アイツらにロシーを探させるんだ!」
ドフラミンゴが私を抱き上げて走り出した。私は涙を流しながらドフラミンゴにしがみついた。…結局のところ、私がロシナンテにしてあげていたのは、ドフラミンゴの独善的な理論と同じことだったのだ。
(日本に帰りたい…家に帰りたいなぁ…)
私は、理解した。私がロシナンテに優しくしてあげたのは、ロシナンテのためでもあり、結局はどうあってもこの世界に独りきりでしかない…可哀想な私のためでもあったのだと。『私がして欲しいこと』を、ロシナンテにしていただけだった。そしてきっとロシナンテはそのことに気付いていながら、そして弱いながらも、私を妹だからと守ろうとしてくれていたのだ。頭の悪い私はロシナンテがいなくなってようやく、私がただの利己的な人間であると思い知ったのだ。