14話の後に、「世界政府非加盟国」を気にした白ひげの使いで、たまたま様子を見に寄ったマルコが出てきます。
サン&ムーンさん、リクエストありがとうございました。
目の前が、青い光に閉ざされた。青い、北の海の雪解け水のような、美しい青。海軍船の中を染め上げるように散っていた赤や茶の血肉で焼ききれそうだった視神経には、それは鮮烈すぎるほどに美しかった。
「おいおい、こりゃあ……どういうことだよい」
ああ、ドフラミンゴの声じゃない。それだけで、安心してしまって。
「………たす、けて…」
「…!おい、しっかりしろ!おい!」
体が動かなくて、ばたりと倒れてしまった。ああ、もう、限界。ロシーが腕の中にいることを、意識が途切れるまで確認し続けながら。
「ーーあの時は絶対に死んだと思ったよい」
賑やかな食堂の一角で、マルコの語りが始まった。一番隊隊員のロシーを隣に、そして新人を前にしているところを見ると、たぶんまたあの話だ。オッサンって同じ話を繰り返したがるよなー、と呆れつつ、手早くパスタを皿に盛りつけた。アルデンテアルデンテ…。
「マルコ隊長、もうその話はいいんで…」
「おいおい、ロシー!面白いのはここからだろ!?そんで、取り乱したマルコがこいつらをまとめて連れ帰っちまって?」
「空飛んでる最中にロシーが寝ぼけて?」
「「「ションベン垂らして泣いちまうんだよなー!!!ぎゃはははは!!!」」」
「やめてくれー!!!」
わあっ、と机に突っ伏してロシーが泣いてしまった。大泣きも大泣きである。マルコが昔話をすると毎回こんな感じだ。周りの連中はいつだって、マルコの話よりもロシナンテの反応を楽しんでるってのに。あーあ…。マルコの前に大皿に乗せたパスタを置いて、両手をかたく握りしめた。私の様子に「あっ」と気付いた新人くんに、にっこりと笑いかけて……ゲラゲラ笑っているオッサンたちの後頭部を殴りつけてやった。
「イ"ッ…!!?」
「イデェエエエ!!!」
「誰だァ!!!っる、ルシー!!?」
ひゃっ!と目に見えて青ざめた『兄』たちが、手と手握り合って怯えていた。おい、うちのロシーを泣かせておいて、かわい子ぶってんじゃねえよ。本当の可愛いってのはロシーのことを言うんだからな!
「はいそうですよ、あなたたちの可愛い妹ルシーちゃんですよ。分かったらさっさとメシ食って風呂入って寝てこいオッサンども!」
「ル"ジー……っ!」
「もう…泣かないでよ、兄上。兄上が毎回そんなだからお兄ちゃんたちがからかうんじゃないの」
でも、とか、だって、とか鼻水を垂らしながら言い訳をしだしたロシナンテをぎゅむっと抱きしめておいた。
「はいはい、大丈夫、大丈夫。私の兄上は世界一素敵な兄上だよ」
「ションベン小僧でもかァ?ルシー」
「どんだけダサくってもよ!」
ふん、と言い切ってやると、一部の兄連中がキラキラした目で私を見ていた。な、何…気持ち悪…。
「ルシー、もう一回!もう一回お兄ちゃんって呼んでみてくれよ!」
「頼むよルシー!あと一回でいいから!」
「私の素敵なお兄ちゃん、って!さあ!」
「バッカ!そこはカッコいいお兄ちゃん、だろ!?」
「分かってねェなあ!頼れるお兄ちゃん、の方がグッとくるだろ!?」
「……どこにどうグッとヤってほしいって?」
グッと拳を握りしめて睨みあげてやると、バカどもがきゃあきゃあとかわい子ぶって騒いで股座を隠していた。ほほう…私がどこにグッとしてやろうと考えてるか、よく分かってんじゃないか…。
「…まあ、落ち着けよい。ああそうだ、メシまだだろい?ここ座って食っていけ」
「ありがとう、マルコお兄ちゃん。でもお父さんの所にスープを持って行きたいの。また後で来てもいい?」
「ああ。オヤジを頼むよい」
「任せて」
ぽんぽん、と頭を撫でられた。また子ども扱いして、と不満だったけれど、マルコは命の恩人で、しかも尊敬に足る人だから何も言えないのだ。それを知っていていつまでも子ども扱いしてくる辺り、めちゃくちゃずるいと思うけど。
「ルシー、おれも手伝おうか?」
そう言ってロシーが腰を上げたけど、大丈夫、と返した。それより、目の前で胡乱げな顔をしている新人くん…エースにちゃんと話をした方がいいと思う。たぶんあれ、ロシーが実力者だってことを絶対に疑っている目だから。
「新人くん。ごはん中はあんまり寝ないで、あったかいうちに食べてね」
「へ?あ、ああ…」
目をまん丸にしたエースににっこりと笑顔を向けて、厨房に戻った。後ろで「ルシーってたまに変なこと言うよなァ」「メシ食ってる途中で寝るってどんなだよ」「いや、ああ言う時のルシーが間違ったことねェ」「出たよ妹馬鹿…って寝たーー!!!?」「エーーースーーッッ!!!」なんて騒いでいたけれど、みんながうるさいのはいつものことだ。
「サッチお兄ちゃん、スープできた?」
「おう。零さねェようにしろよ。あと熱いからな、十分に気を付けろよ。ゆっくり持って行っていいからな」
「はいはい、分かってますって」
「絶対にだぞ!?」
「はーい」
サッチはちょっと大げさだ。別に火傷したって熱くも痛くもないのに。私が痛がらない分、みんなが大げさなほどに私の怪我に痛がってみせるから、なんとなく罪悪感はあるけど。……一応、気をつけて持って行こう。ひと抱えほどもある大きな椀を持って、ゆっくりゆっくり近付く私に気付いたニューゲートが、じっと見守るようにしてこっちを見ていた。彼は私の仕事を絶対に手伝わない。代わりに、スープを零したりしそうになるとすぐ庇ってくる。ちょっと過保護だ。…なんだか大切にされているみたいで…ちょっと、気恥ずかしい。
「お父さん、スープだよ。熱いから気をつけてね」
「グララ!ありがとうよ」
私が抱えるようにして持ってきた椀を、ニューゲートは片手で軽々と持ち上げて机に置いた。うーん、大きいっていいなあ。
「足りないものはない?」
「ああ、酒が欲しい」
「お姉ちゃんたちにオッケーもらった?」
「……いちいち煩ェなあ、おれの娘は」
「当たり前です!お父さんのことが心配だもの!」
胸を張って言ったら、周りの兄たちから拍手された。みんな、なんやかんやとニューゲートのことを気遣っているのだ。その代わりに、祝い事の時は遠慮せず酒をプレゼントしているからあんまり意味がないっちゃないんだけど。
(ああ、そうだ)
私は前世のことで、とても後悔していることがある。…親に、大好きだと伝えていなかったことだ。子どもの頃は、母の日や父の日なんかで少なからず好きだといった言葉を使ったような気がする。けれど、思春期を迎えて、好きだと伝えることなんてなくなって、むしろ嫌いだと言い放っていた。大人になってからも、親のことは好きだったけれど、なんとなく、素直に伝えることはできないままだった。そして……この世界に生まれ変わってからも。私は、父親と母親に、産んでくれてありがとう、とすら言わなかった。それに関しては、むしろなんで産んだんだとすら思ったりしていたぐらいだけど。けど、好きだと伝えるくらいは、すべきだったと今では思う。
(誰かに好意を伝えることは、そんなに難しいことじゃない…そうだよね)
前世でも今世でも、親たちは不出来な私を、私の娘、と自慢げに言ってくれた。彼らにはもう返せない言葉を、せめて私は今の父には伝えたいのだ。どかりと座ったニューゲートに近付き、たくさんのびるチューブに引っかからないように気を付けて、大きな大きな体をぎゅっと抱きしめた。
「お父さん、大好き。あなたの娘になれてよかった」
「グラララ…!ああ…愛してるぜ、じゃじゃ馬娘」
大きな手が背中に回されて、ぐっと引き寄せてくれた。おれもオヤジの息子になれてよかったぜー!と、兄たちが我こそはと声を張り上げる。ニューゲートはそんなガラの悪い息子たちを愛おしげに見回して、馬鹿息子が、と笑っていた。